月曜日: 非日常への誘い

朝: 弐年参組のざわめき [東雲萌]

 毎年、文月ふみつきの終わりにあるお祭りが開催される。

 かつてこの地に存在し、日本国を壊滅に追い込んだ怪異、<八岐大蛇やまたのおろち>を倒すために殉じた八人の勇士達の御霊みたまを鎮める武術大会だ。

 学園生全員が出席し、五つの種目の内どれか一つに出場エントリーし、互いの武を競う。

 一つ、一対一では、培った武芸と錬り上げた恩寵をぶつけ合う。

 一つ、二対二の同時対戦タッグマッチでは、相棒パートナーとの息の合った団結力チームワークを見せつける。

 一つ、三対三の勝ち抜き戦では、戦友達と技量・知恵を合わせ他を圧倒する。

 一つ、弓術では、遠方の的を射抜き破壊する技と力を披露する。

 一つ、乱戦では、己の持ち得る全てで他者を撃滅し打ちのめす。

 勝ち残った者だけが戦うことを許される本戦にて各種目の優勝者計八名を決定する。

 その八人の中で最も活躍した一人が、この島の刀鍛冶で錬成された恩寵刀を大地へと突き刺し、二度と悲劇を繰り返さぬ決意を新たにし、英霊達への感謝の意を表す。

 それこそがこの鳥上島に伝わる最も重要なお祭りにして僕達鳥上学園とりがみがくえん学園生にとっては最大の重要行事ビックイベント——『昇武祭しょうぶさい』だ。


 日常って、繰り返される毎日のことを言うと思うけど、一日だって同じ日は無いって思う。

 例えば——僕の前に座ってる志水しみず君が喋ってくれるお話とか、百地ももちさんがクラスに入ってくる時のかけ声とか、毎日が同じようでほんのちょっとだけどっか違ってる。

 だからそんな違いを見つけられると、僕はちょっと嬉しくなる。それと同時に『だから毎日気絶するまで稽古し続けるんだぞ』って言うお師匠様の無茶苦茶な教えを思い出せて少し懐かしくなる。

 そう言う意味で、今日は朝から普段の日常からかけ離れた、とんでもない日になりそうだった。

 雨の日も雪の日も、僕らのクラスがあるボロボロの木造校舎がガタガタ揺れる暴風の日だって、ホームルーム開始五分前の八時十五分きっかりに教室に入ってくる学級長が、何時もより五分も早く教室のドアを開けたからだ。

 皆が学級長を見て、教室にかけてある同調時計を見上げて、あれって首を傾げる。驚きで声も出ない。

 そして学級長が両手に運んでいるものを見て、もっと首を傾ける。

 机を二台重ねながらその上に椅子を二脚、見事なバランスを保ちながら、教室の奥——窓際の空いているスペースへと運んで行く。

 静まり返る教室の中、学級長は黙々と机と椅子を並べる。

 作業が終わり、僕を含めたクラス全員が唖然として見つめているに気付くと、学級長は馴れた手つきでクイッと眼鏡を直しながら、


「皆、転校生が二人、今日からやってくる」


 と、爆弾発言をした。

 暫しの沈黙があり、同調時計の秒針が進む音だけが静かに響く。

 転校生が来る? あ、そっか。だから机と椅子が二つずつ新しく必要なんだ。前もって用意するよう言われたのかな? そっか、だから今日は早いんだ、って、えぇぇぇぇ!? 転校生ー!?

 さっきまでの沈黙が嘘のように、うおぉぉぉー、と言うどよめきとざわめきがクラス中から沸き上がる。

「え、何々、転校生ってマジ!?」

「いやっほぉぉぉぉーぃ!! 転校生来たぁー!」

「ほんと!? ねぇほんと!? うちのクラスに転校生が二人も来るの!?」

「ねぇねぇどんな子なの、学級長!? どんな子!?」

「もう見たの!? どんな子達なの!?」

 クラスの皆は一気にヒートアップする。中には机の上に立ち上がって学級長に詰め寄る子も出てきた。

 そんな皆に対し、あくまで冷静に学級長は答える。

「女性だ。二人とも」

 おおおぉぉー、と言うどよめきがもう一度沸き起こる。さっきよりも遥かな大音量で、教室の窓がビリビリと震えるくらいに。

「おんにゃのこぉぉぉー!」

「いぃぃぃぃいやっほぉぉぉぉーぃ!」

「うぉぉぉーー! さんバンザーイ!」

「あぁぁぁーーーっっしゃぁぁぁー! 愛してるぜぇ、学級長ォォォーーー!」

「かわいいの? かわいいの? きゃわいいのぉぉぉぉ!? きゃわいいって言ってよ学級長ぉぉぅ!」

「いえーぃ! やりー!」

「ね、ね、ね、どんな子なの!? どんな子!?」

「ぃやったー! 絶っ対、女子なぎ部に勧誘するよぉー!」

 ネジが外れて変なことを叫びだした男子と違い、女子はやっぱり冷静だ。

「ふむ、一人としか会うことはできなかったが、」

 学級長が口を開いた途端、一斉に教室が静まり返る。

 皆固唾を飲んで学級長の答えを待っていると、

「美人だ」

「うおぉぉぉ!?」

「ええぇぇぇ!?」

 まさかの発言に、男子は『うおぉぉぉ』と、女子は『ええぇぇぇ』と大声で答える。

 男子の『うおぉぉぉ』は、綺麗な女の子がやってくるって言う喜びの声と、まさかあの学級長が真顔で美人だなんて答えるなんて、どれだけ美人なんだよこんちくしょーって言う驚きの声だ。

 女子の『ええぇぇぇ』は、真顔の答えで驚いたって言うのは男子と同じだけど、驚きよりもショックな『ええぇぇぇ』が少し聞こえちゃった。

 国立高等専門学校鳥上とりがみ学園弐年参組学級長、宝影院ほうえいいん正国まさくに——スラリとした長身に、サラリとした髪、端整な顔立ちにキラリと光る縁の無い眼鏡が絶妙なまでに似合っている。

 どこからどう見てもカッコいいのに、不思議と嫌みな感じがない。口から出るハスキーボイスは、心にずしんと響いてくる。あの声を耳元で囁かれたら『あたしもうダメ』とクラスではもっぱらの評判だ。……男女を問わず。

 宝影院と言う名字が示す通り、この島の外にある(奈良だったかな?)高名な寺院の跡取り息子さんの一人なんだとか。それなのに鼻につくところが全然ない。

 男の僕から見てもかっこいいと思うし、人前で堂々と喋る姿は流石委員長って感じで、クラスの女子でこっそり憧れてる人は多いと思う。

 クラスの誰もが彼でなければ学級長は務まらないと断言し、彼自身も『私のことは名字ではなく、学級長と呼んでくれるとありがたい』と言う——自他共に認める、僕達の永遠の学級長だ。

 実は相当なむっつり助平すけべぇと言うのは去年の冬合宿に同じテントで寝泊まりした僕と志水君と大豪寺だいごうじ君の三人だけしかしらない秘密だったりする。

「ひょー、あのむっつり眼鏡君が美人って言うなんて、どんだけなんだろうな? な、はじめ、お前的にはどうなん?」

 前の席に座っている志水君が僕の方に身を乗り出しながら聞いてくる。

 ——うーん、ちょっと嬉しいけど、少し緊張しちゃってるかも。

「なんでぇ、ノリ悪いなぁ〜。もし一人でも俺らんとこに来れば、正式な同好会に昇格できんだぜ?」

 学園生徒会に正式な同好会と認定されるには、最低でも学生が三人所属してなきゃいけない。だから、僕と志水君が二人でやってるのは非公式な同好会だ。学園内には備品を原則置いちゃいけないとか少し不便だけど……。

 ——でも今みたいな感じでやってるの、僕、結構好きだよ。

「でさでさ、萌、この時期に転校してくるのっておかしくね?」

 前期の学期試験の筆記と実技の両方とも無事終わり、夏休みまでは学園内対抗戦の昇武祭しょうぶさいを残すのみ。言われてみれば、転校してくるなら夏休み明けの後期からの方が区切りがいい。

 ——う〜ん、本人の事情とかいろいろあるんじゃない?

「うちの学園、ってかこの島って出たり入ったりするのマジ面倒臭いんだって。親戚の姉貴が島に帰ってきた時なんか、三ヶ月ぐらい外町の関所で待たされたって言ってたぞ」

 鳥上学園のある鳥上島とりがみじまは、陸の孤島だ。熟語の意味とはちょっと違うんだけど、中国山脈にある大きな湖、鳥上湖とりがみこの中にぽつんと浮かんでいる。

 島からは『恩寵兵装』を練成鍛練するのに必要な貴重な幻想鉱石や木材が沢山採れて、それを武具に鍛える鍛冶職人の人達も住んでたりする。て言うか、そっちの人達が本命で、僕達はおまけみたいなものだ。

 島へ出入りするには、外町——湖の外にある鳥上外町とりがみそとまち——からかかっている石橋を渡らないといけない。島に変な人が入らないように、そして島から貴重なものが許可無く出て行かないように、橋の入口と出口にある二つの関所が出入りする人や物をチェックしている。

 ——あ、そっか。後期が開始するまで外町で待たされるかも知れなかったんだ。普通は待たされちゃうのかな? それなのに許可がおりて転校できたのかぁ。

「だからさぁ、萌よぅ、」

 志水君が僕の方にググッと顔を近づけて、

「これって絶っ対、政府の陰謀だって」

 机をバシバシっと叩きながら、声のトーンを微妙に落として力説する。

 うわぁ、出たぁ〜、志水君お得意の政府の陰謀説〜。

「関所の完全自由通行許可証フリーパス出せるのって、中央政府だけのはずだろ? ぜってぇ転校生のふりした政府の諜報員スパイか、この島の秘密を探りにきた秘密組織の工作員エージェントか何かだって」

 ——でもそれなら同じクラスに転校する必要はないんじゃないかなぁ。

「おーい、学級長ー! その転校生達ってどっから来たんだー!?」

 志水君の大声に、わざわざしたクラスがちょっと静かになる。

 学級長はクラスの皆に囲まれて質問攻めされてたけど、皆も志水君の質問に興味があるみたい。

「西だ」

「え、俺?」

「いや西田にしだ、違う。西から、だ」

「西? なら下関? それとも太宰府?」

「あー! あたし分かっちゃったかも。薩摩でしょ、学級長!」

「いや、もっと西だ」

「もっと西?」

「もっと西なら……長崎か対馬?」

「いや、二人は欧州諸国連合ヨーロッパからの留学生だ」

「うぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!?」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!?」

「ん? ああ、日本語なら二人とも喋れるそうだから、心配はいらないぞ。現に彼女の日本語は実に流暢だった」

「いやいやいやいや、頷いてる場合じゃないって学級長! そこじゃねぇだろ!」

「うっそー! 欧州諸国連合からって、外人がいじんさん!?」

「そもそも、うちの学園って外国からの留学生なんて受け入れてたの!?」

「いや、設立以来初と聞いた」

「えぇぇー!」

「ほぇー〜、しずっち、静っち! なんか凄いことになってきたよ!」

「……え……? ……ん……」

 ひゃ〜、欧州諸国連合から来るんだぁ〜……。

「な、萌、やっぱ俺の言った通り、陰謀の匂いがプンプンしねえ?」

 学級長のまさかの答えに志水君が目を爛々と輝かせて僕に同意を求めてくる。

 ——陰謀って言うより深い深ーい事情があるんじゃないかなぁ……?

「欧州諸国連合からって、まじかー」

「だいだいここに来るまで何ヶ月かかるんだよ?」

「確か、三ヶ月か四ヶ月ぐらいかかったと言っていたか。道中、『怪異かいい』を撃退したのも二度や三度じゃないそうだ」

「へぇ〜」

「ふぁ〜」

「やるぅー」

「すげー、実戦経験あるのかぁ」

「おぉー〜っとぉ! こりゃ女子なぎ部に期待の真打エース登場だね!」

「百地ー。勝手に入部させんなー。それにお前んとこ、部じゃなくてまだ同好会だろ?」

「うっさいぞ、志水っちー! 女子なぎ同好会じゃ語呂が悪いから女子なぎ部でいいって静っちも言ってたも—ん! ね!?」

「……ん……?」

「そんな凄え奴が何でまたうちの学園なんかにわざわざ来るんだ?」

「それはだな、」

 学級長が言葉を区切り、クラスの皆をぐるりと見渡してから答える。


「騎士と武士、はたしてどちらが強いのか——と言うことらしい」


 その答えに、教室が水を打ったように静まり返った。


 騎士と武士——この二つは、怪異により破壊されたよりあった職業のことだ。

 旧時代では、それぞれ騎士道、武士道と言う独自の価値観・哲学を持ち戦う戦士のことを指した。

 騎士は、現在いまの欧州圏で発生した職業で、本来は騎馬に乗った戦士を意味して、名誉的称号や階級クラスとか様々な意味を含む。

 これに対し、武士は、旧時代に僕達の国で発生した戦士のことで、様々な武芸・武術を身につけ戦場に生きる武人のこと……で良かったかな?

 騎士も武士も旧時代じゃほぼ同じ時期に発生したみたいだけど、西と東で凄い離れてたせいか直接戦うことはなかったみたい。

『怪異』に対抗するために人類が異能の力、<恩寵>に目覚めた現在では、騎士と武士とは、以前の言葉の意味合いとは少し違ってきている。

 今では特別な力を持って生まれてくる——その超常の力こそが<恩寵>だ。

 人によってどんな力を授かるかは千差万別だけど、問題になるのが二つある。一つはその力をどう使って怪異に対抗するのか、ってことと、その力をどう正しく使うのか、ってことだ。

<恩寵>による怪異への対抗手段はずっと研究され続けている。旧時代の超兵器が怪異達にってのもあってかずっと劣勢を強いられ続けてきたけれど、反撃手段の一つが開発された。

 それが恩寵兵装だ。

 恩寵兵装は旧時代に発達した科学技術を基本とした兵器とは大きく異なる。原材料の幻想鉱石の加工が独特だからだとか、作り手の恩寵が原始的な武器の形でないと発揮されにくいからとか色々言われている。つまりは、剣、刀、槍、弓矢、兜、鎧、盾と言った昔ながらの武具の形になる。

 恩寵兵装の持つ意味は大きい。誰もが怪異を攻撃する恩寵に目覚める訳じゃない。そうした『恩寵を持たない人』を怪異と戦う戦力にするだけでなく、物によっては自分の恩寵を増幅させられる。

 例えば、本人の恩寵が<雷撃の召喚>だとしたら、呼び出す雷を増幅させられるだけじゃなく、刀にのっけて斬りつけたり、矢として射ることができるようになる。

 だから刀剣、槍、弓をどう扱うかが重要になり、旧時代から受け継がれている武道や武術、はたまた途絶えてしまった流派を再興してそれを習得する動きが盛んになった。

 恩寵兵装が普及されるにつれ、武術や武道の持つ意味合いが重要度を増してくる。

 恩寵は怪異と対峙する力だ。

 だけど兵装による増幅は時として人には扱いきれない力にもなる。異常に膨れ上がった力を制御するには健全なる精神が何よりも大切となる。

 忠義・礼節・清廉と言った精神的な人としてあるべき姿を求め、本来滅びたはずの騎士道や武士道と言った道徳観を恩寵の成長と同時に鍛えることで、心身共に完璧な人間を育てるんだ。

 けれど——僕達人類が取り戻した生活圏はまだまだ狭い。騎士と武士、大陸の極東と極西で再興した二種類の武人は本来ならばまだ交わらなかったはずだった。

 きっかけは、今から十年ぐらい前の出来事だ。

 事の始まりは詳しく分からないけど、怪異達の親玉の一つ、四の数字を持つ<黙示録の四騎士>の一騎、<赤き馬に乗った騎士>が欧州で出現した。

 当時の欧州は部分部分では怪異に支配されている地域があるものの、生活圏は確保できていて複数の王侯貴族がそれぞれの縄張りを作り、統治していた(って現代史で習ったけど、実際はどうなんだろ?)。時には怪異を協力して討伐していたみたいだけど、怪異退治や侵蝕された大地の浄化には力ある王侯貴族——強力な恩寵をとして保持している一族——があたっていたんだけど、大規模な攻勢を受けなくなったせいか、貴重な幻想鉱石を奪い合う人間同士の争いが起きていたらしい。

 そんな中、出現した<赤き馬に乗った騎士>とそれに従う<多数なる軍勢>は争いを加速させた。怪異は倒すべきものとして戦おうとする者、助けを求める者、諦めて逃げる者、その隙に領土を拡張しようとする者——怪異との戦闘初期の人類絶滅の危機に瀕していた頃と違って選択肢がある以上、色々な行動をしちゃうのは人間の性なのかも知れない。

 そして、援軍を求める声は遥か遠くの極東の島国、日本に届くことになる。

 中央政府は直ちに派兵を決定した。

 即ち『文化、信条、宗教の差異は小事なり。大事なるは人類の敵を打つことである』と。

 敵戦力の規模、戦地までの距離、兵站確保の困難性——もろもろの状況を考慮すると、母国に帰ってこれる可能性は極端に低かった。そのため中央政府は決死の義勇兵を募ったんだけど、これが結果として士気高く腕に自信のある人達を送り出すことになり欧州各国に日本の名前を強烈に刻むことになる。

 厳酷苛烈な戦ぶりから、味方の騎士にすら血も凍る恐怖と忘れられぬ悪夢を与え、同じ戦場には二度と立ちたくないとまで言わしめた日本皇国第十海兵隊師団、『鬼軍・島津おに・しまず』——

 たった七人で幾多の戦場を駆け抜け、その全ての戦いに勝利し、<赤き馬に乗った騎士>を見事討伐した特殊戦略小隊、『七支刀しちしとう』——


 う〜ん、現代世界史の試験がついこの前あったせいか、抜けてるところもあるかもだけどちゃんと覚えてる。

 この共闘がきっかけで怪異のせいで止まっていた交流が再開されたりしているみたいだ。留学生が来るっていうのもその一環なのかな?

 騎士と武士は一緒には戦ったけど、お互いが戦ったって記録はあったっけ? 学級長の一言でふと思ったけどどっちが強いんだろう?

「どっちが強いって、どっちだべ?」

「あたし的には騎士じゃないかなー! だってほらナイト様って響きが最高じゃん!」

「ばっか、何言ってんだよ。日本刀は最強の近接攻撃武器だろぉ?」

「でもさ、だからって武士うちらの方が強いって話にはなんなくね?」

「萌よぅ、お前はどっちだと思う?」

 ——うぅ〜、どっちも強いで良いんじゃないかなぁ〜?


「すると、あれか、その野郎共は、わざわざ喧嘩売りにうちに来るって訳か?」


 教室の最後尾に座っている大豪寺君の声が、騒がしくなった教室を静まらせる。声にゴリっとした敵意が含まれてるのを皆も感じ取ったみたいだ。

「二人は女性だ、大豪寺。野郎とは適切ではないぞ」

「きゃわいいは正義だよォ、大豪寺ィー!」

「そーだよ、大豪寺、クールにいこうよ、クールに」

「かっかすんなって。うちの学級長ご推薦の美人さんが二人もきてくれるんだぜ」

「それにだな、大豪寺よ、彼女達は——」

「それにもクソもねぇだろうが!」

 その大声に、クラスの皆がビクッと震える。

「あぁ? 騎士が強ぇか武士が強ぇかだと? んなもん真剣で死合しあえば一発じゃねぇかよぉ!?」

 一層の怒気と、抑えきれない剣気が教室の空気を冷たいものへと変えていく。

「大豪寺、そう猛るな。彼女達は、」

「なに呑気なツラして湿気しけたことぬかしてんだ、コラァ!」

 学級長の言葉を遮って、大豪寺君の大声が飛ぶ。

「ヨーロッパの姫様か騎士様か知らねぇが、俺達日本の武をコケにされて黙ってろってのかぁ!?」

 大豪寺君が、自分の机に立てかけてある刀袋を手に取る。

 僕達の学校、鳥上学園は日本全国の中でも凄く変わった学校だと思う。『文武一道ぶんぶいちどう』、『常在戦場じょうざいせんじょう』、『皇武一身こうぶいっしん』をモットーに、日本が誇れる真の武人を育てることを目的としている。

 教育カリキュラムも、普通の高校や専門学校なら、<恩寵>を伸ばすための『恩寵学』や『恩寵学実践』を重視するのに、鳥上学園では武士道を題材にした道徳教育や、剣術・槍術などの古式武術を重要視する。だから僕は鳥上学園を受験したいと思った。

 その最たるものが、学園への(事前に生徒会に申請して許可を貰わなきゃだけど)と、(こっちも生徒会に認められなきゃだけど)だ。

『己の魂の分身を肌身から決して離すべからず。皇国の武は己が一身より成る。常に死地・戦場にあると心得、学問と武道の二つの道を一つとし、心身を質素にして誠実に鍛え上げるべし』

 許可無く学園内で抜刀すれば即放校ものの重い処分が下される。……されるんだけど、

「なんなら……今から俺が、そいつら二人ともぶっ潰してきてやるよ」

 大豪寺君が刀袋の紐を解き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 熱り立ったら猪突猛進、誇りを汚されて黙っている大豪寺君じゃない! でも!

 ——ダメだよ、そんなことしちゃ!

 知らず知らずの内に両手で机を強く叩いて、席を立っていた。

 大豪寺君を見ていた皆の視線が僕に集まる。少し恥ずかしいしちょっと怖いけど、止めなきゃ!

「ふん、心配するな、萌。転校生そいつらの首は、この俺——大豪寺たけしが、獲る!」

 ——えぇぇぇー!? 違うってばー!

「待て、大豪寺。私は萌の意見に賛成だ」

 学級長が眼鏡をクイッと直しながら、教卓へ静かに歩み出す。

「えっ?」

「学級長?」

「学級長……?」

「萌の?」

「東雲の意見?」

「東雲君、何も喋ってなくない……?」

「うん、何時も通り無口だよね……」

 皆の戸惑いは御構いなしに、学級長は両手を教卓について語り出す。

「皆に問いたい。海越え、山越え、数ヶ月かけて遠方より来た彼女達を、我々はどう扱うべきなのか? もし、彼女達が『騎士と武士、どちらが強いのか』との疑問を持っていたとして、それに我々はどう答えるべきなのか?」

 学級長が僕達に問いかける。

「大豪寺の言い分も一理ある。疑問を持っているのならば、その答えを我々が身を以て示すべきではあろう」

 学級長の声だけが教室に響く。僕を含め、皆が学級長の一挙手一投足に引き込まれていく。

「だが——だが、しかし! しかしだ諸君! 彼女達ははるばる遠く欧州から我が国にやって来てくれた客人ではなかろうか!? しかも! しかもだ諸君! 彼女達は我々の言葉、日本語を学んできてくれているのだぞ! 他の言語を習得することの難しさは、英吉利イギリス英語を未だ取得できずに悪戦苦闘している我々が良く知っていよう! 異国の地で暮らす苦労など、我々に想像できようか!? 彼女達がこれまで味わった辛苦、そしてこれから味わうであろう困難をただ手をこまねいて見ているだけなのか!?」

 学級長が教卓を横へとどかす。お陰で今まで以上にはっきりと声が心に届いてくる。

「他者から蔑まされ、貶められ、疎外される艱難辛苦を誰よりも知っているのは我々ではないのか!? 彼女達を客人と呼ばすして何と呼ぶ!? 彼女達の友になれずして何が弐年参組か!」

「学級長……」

「学級長——!」

「彼女達が決闘を望むのならば、宜しい、我らの命を賭して日本の武をご覧にいれよう! だが! それは今か!? 互いの名すらも知らずして、友になるべき客人に対し刃を持ってもてなすのが我々日本人のおもてなしなのか!? それを我ら日ノ本が誇る美と言えるのか!?」

 学級長が拳を振りかぶって僕達に問いかける!

「否! 断じて否である! ——そうであろう、我が同胞はらから達よ!?」

「うぉぉぉぉぉぉーーー!!」

 ——ひぃぃ!

「大和男子の諸兄らよ、君達に問う! 諸兄らの大和魂は燃えているか!?」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!」

「大和撫子の諸姉らよ、君達に問う! 諸姉らの撫子魂は萌えているか!?」

「いえぇぇぇぇぇぇぇぇいーーーー!!」

 ああ、柏木さんなんか自分の机の上でジャンプしちゃってる。

「結構! ならば、我ら弐年参組の全力をもってして彼女達をもてなそうではないか!」

「うぉぉぉぉーー!」

「おっしゃぁぁぁぁーーーーーっ!」

「おらぁぁーーー! まかせろぉー!」

「キャー! 学級長ー! ステキー!」

「うぉぉぉーーー! 弐の参バンザーーィ!!」

「イヤッホーィーー! アタシ達、頑張っちゃうよー!」

「うぉぉぉぉーーー! 学級長、抱いてくれーーーーー!」

 もうそろそろ七月も終わろうかと言うのに、真夏なんて目じゃないぐらいの凄い熱気だ。クラス替えがほとんどないから一年以上一緒だけど、皆のこういうノリ、やっぱり馴れないなぁ。

「学・級・長! 学・級・長!」

「学・級・長! 学・級・長!」

 皆が手拍子をつけながら掛け声を合わせ、

「ホイ・ホイ・ホイ・ホイ・ホイ・ホイ!」

 掛け声が雄叫びに変わり、手拍子の間隔が段々と短くなる。

「ホイホイホイホイホイイェーーーィ!」

 盛り上がる皆を横目に、ちらっと一番後ろの大豪寺君の席を見る。憮然とした表情で腕組みしながら席に座ってるけど、刀袋からは手を離してくれている。良かった、いきなり殴り込みとかは思いとどまってくれたみたい。


ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!! ホームルームの時間は既に始まっとるぞ! 何を騒いでおるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」


 大声一喝!

 僕達の盛り上がってた掛け声や木の扉を開ける音すらかき消す程の大声を出して、僕達のクラスの担任の先生——沢庵たくあん先生が入ってくる。

 沢庵たくあん奏滴そうてき——髪の毛が一本も無い剃り上げた頭、蒼色の作務衣さむえ、蓄えられた白いあご髭、年齢を感じさせる重厚な声、顔に刻まれた深い皺——その全てが示す通り、正真正銘のご高齢なお坊さんで、僕達の担任の先生だ。

「起立、礼。着席」

「ふむ……」

 先生の一喝で、それまでの喧騒が嘘のように、全員きちんと起立礼をして着席する。

 あ、動かしてあった教卓が何時の間にか元の位置に戻ってる。流石学級長、素早いなぁ。

「む……」

 先生がクラスをギロリと一瞥するも、皆は静ぁーに着席している。背筋もピッチリ伸ばしてる。

 皆のこういう切り替えの速さ、まだ慣れないかも……。

 あれれ? 先生の入って来た扉が開けっ放しになってる。なんでだろう?

 あっ、そっか! これって——

「喝ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!! たるんどるわぁぁぁぁーーー!! 喝ぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 ひぃ!! 僕達の意識が空いている扉に移ったのを見逃さずに、またも先生から喝が飛ぶ。

 先生の喝が教室にあるあらゆるもの、黒板、教卓、窓ガラス、机に椅子、そして僕達自身の体をビリビリビリっと震えさせる。

喝破かっぱ>——それが沢庵先生の持つ恩寵だ。声を発することで物体に衝撃波を与える恩寵なんだけど、ここまで凄いのは恩寵とは関係なく先生自身の声量だと思う。本気になれば欧州圏の金剛不壊アダマン鉱製の全身板金鎧プレートメイルも破壊できるって噂がある。

 何時聞いても先生の喝は、体中の骨にまでビリビリと響くなぁ。

「ふむ……。既に知っていようかと思うが、この度、我ら弐年参組に海外からの留学生を二名、迎い入れることと相成った」

「いよっ、」

「やっ、」

「喝ぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」

 皆の『いよっしゃー!』『やったぁー!』の歓声が先生の一喝で無効化キャンセルされる。

「よいか! この留学は、皇国政府、鳥上島地方政庁、並びに欧州諸国連合、瑞西スイス誓約者同盟、和地関バチカン教皇庁、聖コンスタンス騎士修道会、洋の東西を問わず様々な国と機関の協力を得て実現に至ったものである! そして! 我々が皇国全体を代表し二人を迎え入れるもの! これ即ち! 我らの恥が、皇国全体の恥となると心得よ! 喝ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」

「はーい」

 ——はーい。

 先生の熱弁と比べちゃうと僕達の返事はちょっと間が抜けてるように聞こえちゃう。

 うぅ、ごめんなさい、先生。学級長のさっきの演説で熱血モードは使い果たしちゃいました。

「ふむ……。では二人を迎い入れるとしよう。ほれ、入って自己紹介せい」

 廊下へと投げかけた先生の声に、開いた扉の先から、


「はい」

 咲き誇る花のように可愛らしくて、聞いている人を思わず笑顔にさせてしまうような優しい声と、


「はい」

 強い意志を感じさせるように凛としていて、雲一つ無い透き通った青空のように爽やかな声が返ってきた。


 そして、彼女達が教室へ入ってきた。


「皆様、初めまして。私、スイス誓約者同盟から来ましたシャルロッテ・アイギス・フォン・ルツェルブルグ=ウンターヴェルデンシルトです。あのあの、私の名前、とても長いと思いますので、どうぞシャルロッテと呼んで下さい」

 彼女はそう言って、少し恥ずかしそう頬笑んだ。

 美人と言うよりも、『可愛い女の子』と言う呼び方がこれほど似合う女の子を、僕は今まで見たことがない。きっとこれからも絶対にないだろうと一目見ただけで確信しちゃった。

 朝の日の光を微かに反射している彼女の金髪は、夏の日に咲き誇る向日葵のように輝いている。ふわりと長く伸びた髪の毛は、波打つように緩やかな曲線を何度も描きながら腰まで伸びている。こうしてみると彼女がキラキラ光る黄金の小川の中に立っているに見える。

 大きな二つの瞳は深い翠色の光を抱いていて、目の前にいる僕達を吸い込んでしまいそうな艶やかさを放っている。優しい弧を描く眉毛は、まるで内面の穏やかさを表しているかのようだ。両頬は淡い桜色に染まっていて、少し緊張しているんだろうなぁっていうのが伝わってくる。ふっくらと膨らんだ小さな紅色の唇は、柔らかな笑顔を浮かべながら瑞々しい輝きを放っている。

 その中で、彼女の肌が金色の衣に包まれて白く浮かび上がっている。

 彼女が着ているのは学園指定の夏服のシャツに桃色のリボン、それに紺のスカートと真っ白なソックス——夏服のサイズが大きそうなのを除けば、皆と同じ制服を着てるはずなのに、まるで王室御用達の職人さんが丹誠込めて仕立て舞踏着ドレスを着たお姫様みたいだ。

 身長は僕達のクラスで一番小さい青江あおえさんと同じ位かな。手も足もスラリと細い。スカートの前で組まれた細い指は、学園指定の鞄を持っていて、触ってしまったら壊れちゃいそうだ。

 でも、僕からは彼女の二の腕が見えない。彼女の髪が腕にかかっているとかじゃなくて、物理的に遮断されている。

 その、胸が大きい……。彼女は、小さい。そう、体は小さくて、腕も足も細い。顔もその体形にピッタリ合わせたかのように小さい。大きいのは、服のサイズと左右の瞳だけど……、何よりも大きいのは、胸、だ。

 大きい。すっごく大きい。

 こんなこと考えたら女子の皆から怒られちゃうけど、蜜柑みかんの中から特大サイズの甜瓜メロンが収穫されちゃったぐらいの驚きと違いを持った桁外れの大きさだ。

 彼女の顔より大きい——訳はないはずなんだけど……僕からは、彼女の二の腕がその豊満な大胸筋に隠れて見ることができない。服のサイズが大きいのは、体格に合う小さめのサイズだとボタンが留められないからだと思う。けれど、大きいサイズの服を持ってしても、はち切れそうなくらいふっくらと膨れ上がってる。

 何でこんなに小さいのにこんなに大きいんだろう? 根っからの日本男児の僕にはさっぱりだけど、不思議とイラヤしい感じやエッチな感じがしない。

 彼女の笑顔のお陰かな? 教室に入って来た時から笑みを絶やさずに、柔らかく優しく微笑んでいる。その笑顔が一層——胸が大きいとか関係なく——『可愛い女の子』である彼女を引き立てている。

 黄金の野原に咲く一輪の小さな花みたいだ。華麗に、優雅に、手を触れることが憚れるように咲く白い花みたいなのに——それでいて、ただ見ているだけで何処か心が優しい暖かさに包まれるのを感じる。

 甘くて心地よい香りが彼女から漂ってきて、鼻の奥をくすぐるのを感じた。

「十年前、縁もゆかりもない私達のために戦って命を落とされたニッポンのおサムライさんが沢山いました。私達の国では、せめてもの恩返しとして、遺品をお探しし、遺族の方にお渡しすることを務めとしています。こうしてニッポンに来ることができて、皆さんとお話できて、とても光栄で、とても嬉しいです。あのあの、ニッポンについてまだまだ分からないこと、知りたいことがいっぱいあります。どうか、お願いします」

 彼女は右足を左足の後ろに引いて、鞄を手に持ちながらスカートの裾を軽くつまみ上げ、膝をゆっくりと折り曲げて、優雅にふわりとお辞儀をした。

 僕は——僕だけじゃなくてクラスの皆も——彼女が教室に足を踏み入れた瞬間から圧倒されっぱなしだった。

 おとぎ話に登場するお姫様みたいな雰囲気、色んな意味で日本人離れした外見、心の底に染み渡るような優しい声、ちょっとだけ片言な日本語、僕達のやり方とは違うけど洗練された流れるような所作のお辞儀——何から何まで想像と違いすぎて、どうしたらいいのか頭が停止状態になっていた。

 そうやってポカーンと口を開けながら彼女を見ている僕達を見て、彼女は違う風に受け取ってしまったみたい。

 彼女が、すっと背筋を伸ばす。桜色の頬を赤へと染めながら、両手をスカートの前で組みながら、腰をゆっくりゆっくりと折り曲げ、そして腰を戻す。僕達が良く知っているお辞儀をして、ニコリと、まるで自分のしちゃった間違いを照れ隠しするみたいに微笑んだ。

 そんな彼女を見て——と言うよりも見とれてしまって——拍手しなきゃ、何てこと、頭によぎらなかった。


「では、次は私が」


 呆気にとられている僕達を見て、もう一人の彼女が一歩前へ歩み出す。

「初めまして。私の名はリーゼリッヒ・ヴォルフハルトです。この度はこちらのシャルロッテ殿と共に——いえ、コホン、失礼、シャルロッテと共に皆さんと勉学に励む機会を頂きました」

 先に挨拶をした彼女が太陽の中に咲く白い花だとしたら、今度の彼女は透き通るような輝きを内に秘めた宝石だ。

「日本と言う国は、幼い頃からの私の憧れです。この国には、『武士道』に代表される気高い精神や、剣術・槍術・体術などの戦闘武術を極めている『武士』と言う、ヨーロッパとは異なる戦士の文化が根付いています。私も剣に生きる者の端くれ、この国が誇る高い操剣技術を少しでも吸収し、皆さんと共に学ぶことができればと思っています」

 剣士——それが彼女の第一印象だった。

 柔らかいと言うよりは堅く、刺々しいと言うよりは凛として、挑戦的と言うよりは勇壮な立ち振る舞いで、目つきが悪いと言うよりは意志の強い眼差しだ。さっきの彼女、シャルロッテさんが『可愛らしい女の子』なら、この彼女ひと、ヴォルフハルトさん(外国の人の名前って名字が後ろでいいんだよね?)は『欧州の武人』って言葉がピッタリだ。

 シャルロッテさんの金髪よりも白く、透き通るような白金色プラチナの金髪を無造作に全て後ろへ流し、真っ白なゴムで留められた一房の髪はただ自然に下の方へと垂れている。前髪も全て後ろに流しているので、おでこが広く見えるけど、それがかえって彼女の肌の白さと髪の色の綺麗さを一層引き立てている。この髪型って、オールバック・ポニーテールだったかな?

 だけどそれよりも目を引くのは、彼女の燃えるように赤い紅玉ルビーみたいな瞳だ。キリッとつり上がった両眼は彼女の内に秘めた炎を表すかのように力強い。それでいて見ている僕達を圧倒するのではなく、力づけるような輝きを秘めている。斜めに払われた白金色の睫毛は目の輝きを一段と強調する。

 シャルロッテさんの小さい体が隣にあるせいか、大きく見えるけど、身長は僕と同じくらいだ。シャルロッテさんの体つきが細いのに対して、彼女の体には自由自在に剣を扱うに足る筋肉がついている。ただ盛り上がっている訳ではなく、しなやかで、どこか洗練された上品な雰囲気がある。

 右肩に背負っている群青色ぐんじょういろの袋の中にあるのは、彼女の武器——欧州圏の両手持ち大剣に間違いない。皆が持っている日本刀を納める刀袋と違い、横幅が広く長い。鍔の形状が日本刀は円形だけど欧州圏の剣は横に広い長方形になっているからだろう。

 不思議な存在感だ。もしかして、ただの剣じゃなくて、それ自体が恩寵と同様の異能力を持つタイプの<恩寵兵装>なのかも知れない。袋に覆われた剣の放つ冷たい風が彼女の剣士としての風格を高めている。

 右手は剣袋から伸びるベルトを握り、左手には鞄を持ち、毅然として態度で立っている。

 シャルロッテさんの時はドレスみたいに見えた学園の制服が、彼女の場合は戦装束みたい。気高さと勇敢さと、内に秘めた闘志が外へ発散されている。

 それと……大きい。やっぱり大きい。何でなんだろう……? クラスに初めて来た転校生の胸をジロジロ見るなんてすっごい失礼だけど、うぅ、どうしても意識しちゃう。

 隣のシャルロッテさんよりは大きくない。大きくない、けど、大きい。クラスの女の子達よりは抜群に大きい。

 そして何より、眼鏡だ。眼鏡、眼鏡。そう、彼女は眼鏡を——黒く縁取った四角い眼鏡をかけてる。眼鏡をしている人はクラスにもいる。僕達のクラスで眼鏡っ子めがねっこと言えば、勿論誰もが学級長を推す——けど、彼女の眼鏡姿も決まってる。いや、学級長のキラリん眼鏡に負けてないと思う。

 彼女の剣士然とした姿と、知的な雰囲気を醸し出す黒縁眼鏡は、正反対にあるものだ。動の剣士と静の眼鏡——対極に位置する存在を一個にまとめあげている処が彼女——ヴォルフハルトさんの眼鏡っ子ソウルなのかも知れない……あれ、僕何考えてるんだろう?

「シャルロッテ同様、皆さんの友人となれるよう精一杯頑張りたいと思います。彼女共々宜しくお願いします」

 澄み渡る声でテキパキと簡潔に告げ、そして彼女は深々と腰を曲げてお辞儀をする。

 僕は、彼女の腰が戻るよりも先に、力一杯手を叩いて拍手する。静かな教室に、僕の手を叩く音だけが響く。

 一瞬、前にいる二人が、ただでさえ大きくて綺麗な瞳をもっと大きく開いて驚いたように僕を見る。

 彼女達と目が合ってしまい、僕の心臓がドックンと凄い大きな音を立てる。その恥ずかしさを消すように、今の僕は顔を凄い真っ赤にしてるかも知れないけど、彼女達への歓迎の意を込めて、にこっと笑い返しながら、何度も何度も手を強く叩く。

 僕の拍手に続いて、前の席の志水君が、教卓前の学級長が、クラスの皆が、手を叩き出す。さっきシャルロッテさんの時に拍手できなかった分を合わせるかのように、教室中が割れんばかりの拍手の音で埋め尽くされる。

 その大きさにビックリした二人が、チラッと互いに目を合わせて、ニッコリと笑みを浮かべながら、僕達の方に振り向いてもう一度深々と頭を下げる。

 今度は僕達がもっと大きな拍手と歓声で二人のお辞儀に答える番だ。

「ふむ……これくらいで良いじゃろ。二人とも席は——……ぬぅ?」

「よろしくねーーー! 二人ともーー!」

「うぉぉぉぉーーーん! 生きてて良かったぁぁぁぁーー!!」

「壱組、弐組の奴ら見たかぁぁぁ!! 参組はすげーんだぞ、しゃらぁぁー!」

「キャー、シャルロッテちゃんこっち向いてー!」

「うっそー! ちょっとマジほんとにすっごい可愛いんだけど、どーいうことなのぉ!」

「チクショー! どこが美人だこのヤロー! チョー可愛い子とチョーカッケー美人じゃねーか!! うおおおぉぉぉだぁぁぁぁん!」

「喝ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!! お主らいつまで拍手しとる喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!! 静かにせん喝ぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!! たわけども喝ぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

 沢庵先生の落雷のような喝が四度、僕達に落ちる。

 僕達はもう条件反射のようにピタッと拍手を辞め、口を閉じて、背筋を九十度にぴしっと伸ばして、太ももに両手をぴたりと置く。

 沢庵先生の喝を真横で、しかも四度も聞いて、さぞ二人は驚いているかと思いきや——先生の桁外れの大音量の声と、僕達の変わり身のあまりの速さに、

「くすっ」

「ふふ」

 シャルロッテさんは手を口に当てて、ヴォルフハルトさんは姿勢をそのままに頬を緩ませながら、笑いを堪えていた。

「喝ぁぁぁぁーーーー!! ルツェルブルグゥ! ヴォルフハルトォ! もうお主らは儂のクラスの生徒故手加減は一切せんぞ! たるんどるわ、喝ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 その大声に、今度は二人が僕達に負けないくらいの速さで、ぴしっと気を付けの体勢を取る。

 シャルロッテさんは大丈夫そうだけど、先生の真横にいたヴォルフハルトさんは辛そうだ。

 あぁ、分かる分かる。先生の喝をあれだけの至近距離で真正面から喰らっちゃうと耳がキーンとなっちゃう。ふふ、僕達はもう慣れちゃったけど。

「ふむ……。これで良し。二人とも、ほれ、席は窓際の一番後ろじゃ。青江に百地。隣の席となったのも何かのえにし。二人の面倒を良くみるように」

「……はい……」

「はいはーい! 了ー解しましたー!」


 泰平たいへい十四年、文月ふみつき、昇武祭と夏休みを後少しに控えた夏の日——僕達、鳥上学園弐年参組は、海外から二人の留学生——シャルロッテさんとヴォルフハルトさんを迎え、新しい一歩を踏み出した。


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