0003 ……痴女?


「——魔法、とか?」


 恐怖の中に興味心が滲んでいるのが分かった。


 魔法と言えば、ファンタジーの定番だ。

 その気持ちは分からないでもない。

 俺だって少なからずわくわくしている。


「気持ちは分かるが、抑えろよ……多分、バレてる」


 目標との距離は常に百メートル以上取っているが、さっきからやたらとこちらに視線を向けてくる。

 視界には入っていないはずなので、なにかしらの索敵手段を持っているのだろう。


 さて、どうしようか。

 こそこそと後を着けていたのがバレている以上、今更普通に出て行ったところで攻撃を受けそうな気がする。

 ぱっと見た感じ、武器は刀剣類しか無いようだが。


「一、この位置からプラズマ砲をぶっ放す」

「却下。全員死亡の恐れありのため……ていうか、分かってて言ってない? それ」

「二、一気に距離を詰め、身体機能だけで無力化する」

「無視された……。保留、相手の能力が分からないため返り討ちにあう可能性あり」

「三、俺の拳銃で攻撃してみる」

「却下。そんな二十一世紀の拳銃を使うかっこよさが理解できないため」

「それはお前の理解力が足りないだけだ!!」


 この二百年以上前の拳銃のかっこよさが分からないだなんて。

 本当、女ってやつはこれだから困る。


「治安維持に尽力する正義の組織が愛用していた拳銃だぞ」

「きゃー、かっこいー。胡散臭さが半端じゃないあたりが特に。正義ってなに。アインとか以前に日本に正義を語る資格があるとは思えないけど」


 やめろ、真顔でそういうこと言うな。


「だいたい、日本の歴史なんて上に都合良く改変されてるんだし、本当はなにしてたんだか分かったものじゃない」

「お前はたまに辛辣だよな……」

「私はアインの味方だよ?」


 どのあたりが味方なんだよ……思いっきり全否定されたんですけど?


「まあいい……。四、敵意を見せずに話しかけてみる」

「保留、先制攻撃を受ける可能性あり」

「五、主砲を適当な方向に撃ち、脅迫する」

「保留、効果があるかどうかが不明」


 相手の実力が分からないため、どれにしたって保留か却下にしかならないだろうことは分かっていた。

 なら、それを踏まえてどうするのか。


「四、五、三、二、一でいいか」


 提案すると、フィーアは一瞬思索した後に人差し指をぴんと立てて、


「一を副砲の小型レーザー砲に変更することを要求。主砲は最終手段で」

「承認。電波がないから通信が使えないが、緊急時の連絡手段はどうする?」

「二十ヘルツ以下二十キロヘルツ以上の超音波で」

「了解。……音響兵器使えるか?」


 不快音がこの世界でも同一ならば、効果はあるだろう。


「分からないけど、やってみる価値はあるかも。戦闘に関しては不明点が多過ぎるし、臨機応変で」

「正式な任務じゃねぇし、こんなもんでいいか」


 ふう、と息を漏らすと、フィーアはくすりと悪戯っぽい笑みを漏らす。


「正式な任務で適当じゃなかったアインを見た記憶がないんだけど?」

「それに関してはノーコメントで」

「ふふっ、了解。それじゃ、行こっか」

「おーけー。一旦距離を取って正面からで、ヘルムは念の為最初から装着」

「了解」

「んじゃ——ミッションスタート」


 言葉と同時に俺とフィーアはパワードスーツに取り付けられた飛行装置を起動し、動力炉から供給されるクレセリウムのエネルギーを燃焼して高速でその場から離れていく。


 ——初速からマッハ十。

 これも、ツァールだとかワースト・ヌーマンだとかいうコードネームで呼ばれた俺たちの最悪たる所以である。


 もちろん、いくら速く動けたところで光には勝てないため、レーザー砲という弱点はあるのだが。


 しかし。


 それでも——七体で戦争を終わらせたという事実が揺らぐことはない。


「このあたりでいいか」


 目標から二キロほど離れたあたりで、俺とフィーアは着地し、ゆっくりと歩きながら距離を詰めていく。


 もし敵の索敵能力がこれ以上の範囲だったならば、白々しい演技になるだろうが、そこまで細かいことは考えるだけ無駄だ。

 相手は未知なのだから。


 しばらく歩くと、眼鏡機能を使用せずとも姿が捉えられるような距離にまで近づいた。

 そして、五十メートルほどのところで相手の一人が声をあげた。


「そこの二人!! 止まれ!!」


 言語が理解出来たため、言われた通りに立ち止まり、超音波を用いてフィーアと言葉を交わす。


『……ドイツ語、だよな?』

『多分……、ってことはドイツ人? 確かに上空から見た湾岸線とかはドイツのものと酷似してたけど』


 この季節の気温もだいたい同じだ。


『じゃあ、なんだ。あれはアルプス山脈なのか……?』


 遠くに霞んで見える山に視線を向ける。

 位置的には間違っていない。

 標高もおおよそ同じくらいだろう。


『かも。ってことは、もしかしてここって異世界じゃなくて……』


 そして、フィーアと俺は全く同じ単語をつぶやく。


並行世界パラレルワールド?』


 なにかが違っていたら、こうなっていたのか?

 ここは地球なのか?


 まさか、そんなわけが……いや、だが、そう考えると納得がいく部分もある。


 まず、太陽の動きが変わらない。

 太陽らしきなにかだと思っていたが、まさか本当に太陽だとは。

 重力も地球と大差ないし……考えれば考えるほど類似点が見つかる。


『間違いないっぽいな、これは』

『だね……アルプス山脈、削っちゃったね』

『それは、まあ、不可抗力ってやつだ』


 だいたい、ここの世界でもアルプス山脈と呼んでいるかどうかは疑問である。


「顔を見せろ!」


 フィーアと話していると、先と同じ人物にそう言われる。

 攻撃態勢に移るのに多少時間を要するためヘルムを外したくはないが、大人しく従っておこう。


 俺とフィーアがヘルムを外すと、今度は質問が飛んできた。


「見慣れない服装をしているが、どこから来た! なにか身分を証明できるものを持っているか!! なんのために、ここを歩いていた!!」

「東にある島国から来た! 身分を証明するものは持っていない!! 貴殿らに頼みがあって近づいた! 敵意はない!! 話しを聞いて頂けると助かる!」


 つーか、もうちょっと近づいて来いよ。

 大声出すの面倒なんだけど。

 もうスピーカー使っちゃおうかな。


「身分を証明出来ない者を信用するわけにはいかない!! 即刻、この場を立ち去れ! 本来ならば捕らえるところだが、今は貴様らに構っている暇はない! 今すぐに立ち去れば見逃してやる!」


 意外と話しの通じる相手だった。

 悪いやつではなさそうだが、素直に立ち去るわけにはいかない。

 こっちも命が懸かっているのだ。


「必要ならば法的な手続きにも応じる!! 助けて欲しい! このままだと、俺たちは死ぬかもしれないんだ! 話だけでも聞いてくれないか!」


 俺の言葉に、彼らは数人で話し合った後、再び声を張り上げる。


「拒否する! 心苦しくはあるが、他の旅人にでも——」

『無理そうだな』

『だねー、しょうがないか……』


 他の旅人では無理なのだ。

 彼らの護衛する馬車はディティールが凝っていたり、宝石らしきものがついていたりと豪奢なものである。


 護衛する彼らの態度から見ても、あの中にいる人物がそれなりに高い地位にいるであろうことが察せられる。


 必要になる資金がいくらか分からない現状で、この機会を逃すわけにはいかない。

 他のを探している時間が惜しい。


 俺とフィーアはヘルムを装着し、射撃準備を整える。

 ここでフィーアの爆弾を使うわけにはいかないので、実際に撃つのは俺だけだ。


「【No.Ⅲ】【Free】」

『第三主砲を起動。自由射撃モードに切り替え完了。反動準備完了。射撃準備完了しました』


 俺の思考を読み取り、砲身が動く。


「——【Fire】」


 後方の空に向けて、青白い閃光が発射された。

 周囲の木々は焦げ、大地は衝撃波で削られる。


 後方に撃っているにも関わらず視界が真っ白なため正確には分からないが、おそらく、五十メートル離れた位置にいる彼らは熱風をもろに受けているだろう。


 五十メートルなどという距離は、超兵器の前では無いに等しい。


 しかし、その予想に反して、プラズマ砲が霧散した後に飛び込んできたのは平然と立っている彼らの姿だった。

 彼ら一人一人がオレンジ色のオーラのようなものを纏っている。


「あれが……」

「……魔法?」


 なにか機械を使用したとは思えない。

 強いて言うならば、彼らの中の一人——ローブを着た女性がなにかをつぶやいたくらいである。


 それが重要なのだろう。

 発動キー、これを魔法と仮定するならば、呪文と言ったほうが適切か。


「聞き取れたか?」

「ううん、流石に隣でプラズマ砲撃ってるときに正確には……」


 フランとか言っていたような気もするが……フランマならば炎だ。

 熱に関係する魔法を使ったと推測できる。


 まあ、あれが本当に魔法なら、だが。


「頼まれて欲しい。これ以上、手荒な真似はしたくない」


 砲口を前方——彼らに向けてゆっくりと歩み寄る。

 死なれても困るので、これを撃つことはないが、あの光線を見て、この状況を認識して、まさか立ち向かっては来ないだろう。


「……なにが頼みだ。そういうのは脅迫と呼ぶんだ」

「知ってるさ。こっちも自分の命が懸ってるからな。死にたくねぇなら、やれることはやるだろ、普通。安心しろ、頼まれてくれるのであれば、武力行使に移ることはない」


 これは事実だ。

 別に敵意があるわけではない。

 俺たちは金さえ手に入ればそれでいいのだ。


「……なんだ? なにが欲しい。蘇生薬なんてお伽話に出てくる道具は持ち合わせてないぞ?」

「そんなもんは、はなっから期待してねぇよ。金だ。いきなり飛ばされたせいで資金がねぇ……治療する金が欲しい。生き延びられれば、必ず全額返す」

「飛ばされた……? 転移か? 金か、いくらだ。いくら欲しい?」


 転移があるのか。

 装置を使うのか?

 まさか、それも魔法か?

 いや、だとしたらなんでこいつらはわざわざ歩いている?


 分からないことが増えていく一方だ。


「必要額が分からねぇ。そこの馬車に乗ってるやつは金持ちなんだろ? 借りれるだけ借りたい」

「貴様……っ! この馬車に乗られている方を——」


 俺と話していたやつの言葉を遮って他の人物が声をあげた。


「おいっ!」

「……すまん」


 名前を出してはいけないあの人なのか、二十一世紀マニアの俺としてはわくわくする展開である。

 つーか、馬車でいいのな、それ。


「了承の返答以外は求めていない。お前らの未来は、車内にいる者を残して逃げるか、戦って死ぬかの二択だ。選べ」

「……そんなもの、選ぶまでもない」


 男は剣を握り直し、鋭い眼光で俺を捉えた。


「ほう。身の程知らずの愚か者は嫌いじゃないぜ。だが、そういう態度がその中にいる奴の身分を限定していることを理解した方がいい。そういえば、向こうに城があったなぁ?」


 上空から見た城の方向へ少し視線をずらすと、ぴくりと男の眉が跳ねる。


「はっはー、これは期待できそうだぜ、おい!」

「うわあ、もろに悪役だよ……アイン」

「こういうのは雰囲気が大事だ。つか、ぶっちゃけやってることはまんま悪役だしな」

「さっきまで、なんか否定気味じゃなかった?」

「今更だ。もうどうでもいいし、残念ながら過去は振り返らないタイプでな」


 それに、こいつらの力量は知れた。

 プラズマ砲を見て固まってしまうようなら、まず間違いなく負けないだろう。


「さぁて、殺ろうぜ。戦うのはお前だけか、剣士? 面倒だ、全員纏めてかかって来いよ」

「……侮るなよ、クズが。【剣極エンド・デス・シュヴェアテス】の誇りにかけて、貴様を必ず切り伏せる」

「剣の極み……ね。この世界の剣術がどの程度のもんか、試させてもらおうじゃねぇか」


 剣一本でレーザー砲に勝てるとは到底思えないが。

 ……ていうか、絶対無理だろ、やる意味あんのかこれ。


「【Lock-on】【Sub】【No.Ⅳ】」

『ターゲットをロックオンしました。第四副砲を起動。並行して精密射撃システムを起動。射撃準備、完了しました』

「——行くぞ」

「いつでもどうぞ、まあ、辿り着けねぇと思うが——【F」


 俺がレーザー砲を撃とうと口を動かしたときだった。

 今まで無言を貫いていた馬車から声が届く。


「止まりなさいっ!!」


 エンドなんちゃらが止まったのを確認して馬車へ視線を向けると、降りてきたのは——


「え?」

「……痴女?」


 ——めちゃくちゃ露出度の高い衣服を着た美少女だった。

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