0004 それがわたしの使命です。
「止まりなさいっ!!」
エンドなんちゃらが止まったのを確認して馬車へ視線を向けると、降りてきたのは——
「え?」
「……痴女?」
——めちゃくちゃ露出度の高い衣服を着た美少女だった。
「ち……痴、女……?」
俺たちの声を拾ったのか、少女は眉を吊り上げて煌めく紅玉のような瞳で睨めつけてくる。
心なしか銀髪のショートカットが逆立っているような気がする。
ていうか、なんだあれ、義眼か?
「貴様ァ!! このお方を誰だと——」
「おい待て、それ言っちゃダメなんじゃねぇのか」
「おお……すまん」
敵に謝ってどうする。
やっぱり悪いやつではなさそうだ。
頭は悪そうだが。
「で? 止めたってことは、頼みを聞いてくれるっつーことでいいのか?」
頬を紅潮させて固まっていた少女ははっとなり、俺を睨んだまま後退する。
そして、馬車の陰に身体を隠すと、
「……そう思っていましたが、なんだか気が変わりそうです。あと、こっち見ないでください」
「あははははっ!! アイン変態扱いされてるっ!! やばっ、お腹、痛っ……はぁ、はぁっ……死ぬぅ」
「……お前は死ね。俺の常識では、戦闘時に脇から背中にかけて肌を露出しているようなやつは痴女なんだよ、なんか文句あるか」
「大アリです! 今すぐ撤回してください!! だいたい、今時そんな全身鎧みたいな装備してる女子いません! これは流行りなんですっ!」
そんな胸を強調して、ちょっと動けばパンツ見えそうなのが流行りとかこの世界大丈夫か。
「それのどこに実用性があんだよ! 男を誘惑すんのがこの世界の戦い方なのかっ!?」
「なっ、誘惑なんてしてませんっ! これは多種多様な魔術的加工を施すことで軽装ながらに高防御力を発揮する最高級バトルドレスなんです! 勝手に興奮しないでください! あと、こっち見んな、スケベ!!」
「ドレスって言ってんじゃねぇか!! つか、その腹筋辺りに空いてる穴とか絶対いらねぇだろ! 殺し合い舐めてんのか! お前が発情してんだろ!」
「ぷっ、ぐふっ、ふふふふ、くくっ、勘弁して……アイン、興奮、ぶふっ」
こいつ……他人事だと思いやがって。
そんなフィーアの態度に腹が立っていたのは、どうやら少女も同じだったらしい。
「……そこのお仲間さんを黙らせてください。こんなに笑い者にされたのは生まれて初めてです」
「はは、奇遇だな。俺もそうしようと思ってたところだ」
「ちょっ、まっ、変態と痴女が、け、けっ、たく……あははははははっ、はぁ、はぁ、はあー……、いやでも、なに? かわいいとは思うよ? そのドレス。だから私は痴女ちゃんサイドで」
平然と仲間を裏切っていくスタイル。
なんだこのクズ……。
「ですよねっ! かわいいですよねっ! このかわいさが分からないなんて、紳士としてどうかと思います。はあ、お話の通じる方がいてよかったで——あれ? 今、なんて呼びました?」
「? 痴女ちゃん?」
「~~っ! だから、痴女じゃないですーーっ!」
森の中に、叫声と笑い声が響き渡った。
今日も世界は平和である——どうして、こうなった。
「とりあえず、落ち着こうよ二人とも」
「——お前に言われたくねぇ」
「——あなたに言われたくありませんっ!」
見事にハモった。
フィーアはもともと赤かった顔を更に真っ赤に染め上げた少女を見てにやにやと笑う。
「仲良いね~、ベストカップルだね!」
「おい、もうこいつ放っておこう」
「……妙案ですね。あなたともあまり話したくはないですが」
「痴女呼ばわりして悪かった。カルチャーショックってやつだ」
「許しません。が、ひとまず置いておいてあげましょう」
うわ、こいつ面倒臭え。
「今、面倒臭いとか思いませんでした?」
「い、いや、気のせいだ」
なんでバレた。
心でも読めるのか、と思ったが、その疑問はフィーアが超音波で答えてくれた。
『アインは全部顔に出るからなぁ』
『まじかよ』
『うん、まじまじ。あの子のおっぱい見てたのもモロバレ』
『それは男の性だ』
『否定しようよ……。ていうか、私だって負けてないんだけど?』
言って、フィーアはぐっと胸を張る。
ううむ……。
『そんなゴツゴツしたバトルアーマー着て胸張られても反応に困るんだが。なに? わー、副砲が魅力的、とか言えばいいの?』
『失格』
なんでだよ、俺が悪いの?
副砲の砲口を全て向けられた俺の身にもなって欲しい。
俺は砲身とかに興奮する変態じゃない。
「まあ、いいです。それで? お金で解決するんですか?」
「ああ、金さえもらえれば問題ない」
俺が答えると、少女は首を横に振り、真剣味を宿した瞳で問う。
「あなたの命はお金だけで解決するのか、と聞いているんです。お金で命が買えるのなら、そのくらい差し上げましょう。別に返す必要もありません」
実際のところ、金で解決する問題ではない。
金は目的を達するための道具でしかないし、そもそも、本当に使うことになるかどうかも分からない。
「ですが、お金以外にも必要なものがある、もしくは、なにで解決するかも分かっていないのであれば、お金だけを渡すのは不本意です。必要な額が分かっていないのに、脅迫してまでお金を求める。その行為だけで、あなたたちが切羽詰まっているということは推測出来ます」
「……なにが言いたい。確かに、俺たちの命は金だけでは繋がらない。だが、なにをするのにも金は必要だろう。もしかしたら、必要じゃない可能性があることは肯定する。けどな、命掛けな場合に限っては、もしかしたら必要なもの全てを揃えるのが普通だろ」
俺だって、自分ためだけに相手に全てを求めるほど腐っちゃいない。
金さえ手に入ればそれ以上の迷惑はかけないと言っているのに、なにが不本意だ。
だいたい、希望しているのは俺たちであって、お前じゃないだろ。
「だから、不本意だと言っているのです。お金だけを渡してあとは自分でなんとかしろと、そんなことをわたしにさせるつもりですか?」
「なにを……」
なんとなく、こいつの言いたいことが分かってきた。
だが、確信がない——いや、信じられないのだ。
そんなやつが、存在するのか?
たった今、顔を合わせたばかりの相手に、脅迫して金を奪おうとした相手に——
「あなたたちの命を救う。今、この瞬間から、それがわたしの使命です」
——こんな言葉を吐けるやつが。
「わたしに救える命なら、全力で救わせて欲しいのです。先程の無礼はお詫び致します」
「無礼?」
「あなたの頼みを一蹴したことです。彼らがわたしのことを想ってそうしたのだということは理解しています。ですが、わたしは、自分かわいさに他人を見捨てるような人間にはなりたくないのです」
正直なところ、なんだこいつと思った。
思わざるをえなかった。
気色悪いというより、怖い。
理解出来ないことが、恐ろしい。
「分かんねぇ……意味分かんねぇよ、お前。俺たちにとっちゃ、願ったり叶ったりだが、こんな素性も知れない相手にどうしてそんなことを思える? 嘘かもしれねぇとか考えねぇのか?」
「考えますよ? でも、嘘じゃないのでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうだが」
「わたしは職務上、そんな簡単に騙されるわけにはいかないため、相手が嘘を吐いているかどうかくらいは分かります。それに……」
少女は俺の顔をじっと見つめ、おかしそうに微笑む。
「ふふっ、嘘を吐くのは苦手そうな顔です」
「……ほっとけ」
そんなに分かりやすいだろうか。
ポーカーフェイスを練習する必要がありそうだ。しないけど。
「ま、ここは甘えとけばいいんじゃない?」
「だな。……本当にいいのか?」
「ええ、もちろんです」
助けてもらうのにこんなことを思うのはあれだが、危うさを感じる。
助けられる命を全て助けていたらキリがないし、それが敵だったらどうするのだろうか。
「……優しさは甘さとは違うだろ」
優しさなんてそんなものは分からないのに、いかにも知ったような言葉をつぶやく。
と、少女は耳聡くそれを聞いていたらしい。
「わたしだって、全てを救えるとは思っていませんよ。目で見えない範囲で起きたことに関しては仕方がないと思っていますし、殺さなければならない相手がいることも知っています。ですが、殺す必要がない、見捨てる理由がないのに、見て見ぬ振りはしないと決めているのです」
ただ、それだけのことですよ。
と言って、彼女は笑う。
それだけのことが、どれだけの命を救ってきたのだろうか。
俺には誰かを救った記憶がないどころか、誰かを殺した記憶しかない。
だから、きっと、理解できる日は来ないのだろう。
「さ、馬車に乗ってください。行き先はこちらで決めさせていただきますよ? あと、少し質問をさせてください。あなたたちの姿は興味深いので」
「それはこっちの台詞だ」
「こっち見ないでください」
「見てくれって言ってるようなもんだろ! 文句あんなら着がえろ!」
「嫌です。なんでわたしが着替えなければならないのですか。あなたが目を瞑っていればいいんです!」
なんて理不尽なやつだ。
ここまで言われて大人しく引き下がるわけにはいくまい。
「はっ、嫌だね、ガン見するね」
「なっ! そうですか……そういうことならそちらの方だけで結構です。あなたは歩いてください」
「嫌だよ、面倒くせぇ」
なに言ってんだこいつと思いながらそう答えると、彼女はフィーアに視線をずらす。
「ちょっ、この人我儘が過ぎません!?」
「うんうん、すごーくよく分かる。けど、アインと張り合ってたら日が落ちちゃうから折れるのをオススメするかなぁ」
「わたしに胸部をガン見されろと仰るのですか……」
「いや、本当にはしないから、多分……しないよね?」
「いや、しねぇよ!? なんで信じてくれねぇの!? お前俺と何年一緒にいんだよ、アホか!」
なんで兄妹みたいな存在に精神攻撃受けてんだよ。
こいつ俺をどんなやつだと思って今まで一緒にいたんだ。
割とまじで気になる。
「いや、だって、アインって、盗み見はしないけどガン見はするタイプじゃん」
「あながち間違ってなくてびっくりしたわ……」
「やっぱり徒歩でお願いします」
「いや、自重する。ていうか、そのくらいの欲望は抑えられるから」
すると、彼女は俺をじろじろと見て怪訝そうな表情を浮かべる。
「本当ですか?」
「嘘です、ごめんなさい」
なんだよ、クソ。
まじでバレバレじゃないですか。
ていうか、馬車の中でそんな揺れるもんが目の前にあったら見るだろ、普通。
「結論、お前の胸が悪い。小さくしろ」
「なにを頭のおかしなことを……はぁぁあ、呆れました。なんかもう疲れたのでさっさと乗ってください。あなたはわたしの隣で窓の外を見ていてください」
「すげぇ! 万事解決じゃん!」
「そこが譲れるなら目を瞑るのも快諾してくださいよ……なんなんですか、この人」
「なんなんだろうねー? 私もよく分かんないけど、悪い人じゃないよ?」
「それは……まあ、なんとなく分かります。頭はちょっとアレみたいですけど」
ひどい言われようだった。
「おい、やったなエンドなんとか! 仲間だぜ!」
「
「ケチくさいこと言うなよ! お前も見てたんだろ? ん?」
「いや、俺は……別に、見てなど」
「ベルンハルト……」
よしっ!
「ご、誤解ですっ!」
「嘘はよくないぞ、ベルンハルト」
「貴様は黙っていろ!」
なすりつけ任務は完了した。
ベルンハルトに栄光あれ。
「卑劣だなぁ……そういうところも好きだよ?」
「なに顔赤くしてんだよ、きめぇ。近親相姦とか嫌だよ俺……?」
「半分しか繋がってないじゃーん! ケチ!」
「半分繋がってんのが問題なんだろうが。なに言ってんだよこいつ、怖いんだけど。あと夜這いすんのやめろ」
「嫌でーす! 私、アインの腕枕じゃないと眠れないのー」
「……なんだこいつ、うぜぇ」
さっき殺し合いになりかけたのが嘘のような混沌だった。
幸先がいいような気はするが、こんな平穏も、あと十九時間後にはどうなっているか分からない。
果たして——俺たちは生き延びられるのだろうか。
× × × ×
「そういや、それがファッションだっつーのは分かったが、なんで戦闘服にお洒落求めてんだ?」
「へ? え、えーと、それは……なんででしょうね?」
「あはははははははははっ!」
……不安だ。
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