0002 魔法、とか?


 ——例えば、いきなり異世界に飛ばされたとして、普通ならどうするのだろう。


 いや、自分でもわけのわからないことを言っているとは思うが、もはやこれが異世界じゃないと言われる方がわけがわからない。

 だから、このわけのわからなさについては一旦置いておこう。


 普通なら、ここで帰る方法を探したりするのだろうか。

 なんとなく、それが常識人の行動な気がする。


 俺自身、帰らなければと思っているし、実際帰らなければいけないのだと思う。

 俺が居なくなって困るのは俺だけじゃないのだから。


 まあ、あいつらが困ることに関してはざまぁみろという感じなので、俺が帰らなければいけないと思っている理由はもちろん他にある。


「あ、やっぱりアインだー! アイン発見っ! 補足っ! 【Fir——」

「いや、それは洒落になんねぇから!」


 全力で飛び退いた俺を見て、フィーアは指をさしながら爆笑する。

 なんだこいつ、鬼か。


「でも、アインが悪いんじゃん。私が居るの知ってて山に荷電粒子砲撃ったでしょ。土砂とかめっちゃ崩れてきて大変だったんだからね!」

「いや、お前だって確証はなかった。っつーか、別にお前を狙ったわけじゃなくて、ドラゴンを撃ったらたまたまそこに山があったわけだ。で、お前っぽいのが居るのに気付いたのもさっき」


 これは本当だ。

 おかしな食物連鎖を眺めているときに山で巨大な爆発が起き、それで気付いた。


「ふーん……?」


 フィーアはしばらく俺をじろじろと見た後、はあと息を吐いて着地する。


「ま、許してあげましょう。それで? なにか分かった?」

「いいや、全然全くこれっぽっちも分からん。お前は?」

「私も。ここに来ることになった原因なはずの物質転送装置も使えなくなってるし、そもそも、私たちって基本的に自分の身体の構造とか教えられてないし」

「そうなんだよなぁ……」

「どうしよっか……まずいよね、これ」


 フィーアは視線を落とし、陰鬱な雰囲気を漂わせる。


「まずいな、これは」


 どうしても陰鬱にならざるを得ない。

 なぜなら、このまま帰る方法が見つからなかった場合、俺たちは死ぬかもしれないからだ。


「基地を出たのが九時頃、今が十二時だから、あと二十一時間でなんとかしねぇと」

「で、でも、実際どうなるかって分かんないんだよね?」

「そりゃあそうだが……、荷電粒子砲だのプラズマ砲だのをバンバン撃ち出せる動力炉が俺たちを殺せねぇとは思えねぇ」


 事実として、フィーアなら俺を殺すことは可能だ。

 なら、俺が俺を殺すことだって可能だと考える方が自然である。


「……もしかしたら、起爆装置も壊れてるかも」

「それに賭けるのは本当にどうしようもなくなってからにしろ。俺だってまだ死にたくねぇ」

「そんなこと言ったって……」


 どうしようもないじゃん、とフィーアは掠れた声でつぶやく。


 確かに、既にどうしようもない状況に陥っている。

 俺たちは俺たちの設計図を知らないし、仮にそれを知っていたとしても、ここには施設も機材もない。


「……いや? 本当に、ねぇのか?」


 文化レベルを察するに明らかに無さそうだが、しかし、それは調べてみなければ分からない。

 そもそも、文化が違うという可能性だって大いにある。


「探すか……」

「? なにを?」

「そういう施設を、だ。ここでグズグズしてたって時間を無駄にするだけだからな。それに——」

「それに?」

「いや、なんでもねぇ……」


 それに——なにかしていないと恐怖に押し潰されそうだ、なんて、何百万もの命を奪ったやつの台詞じゃない。


        × × × ×


「ていうか、百歩譲って施設とかがあったとして、私お金持ってないよ?」


 フィーアがそんなことを言ったのは、目立たないように地上を歩いていたときだった。

 ちなみに、この世界の情報収集も兼ねている。


「…………」

「もしかしなくても、考えてなかった……?」


 全く考えてなかった。

 どう言い訳しようか。

 いや、もう面倒だし開き直るか。


「おう、まあな」

「なんでそんな自信たっぷりなの……」

「うっせぇな、俺だって焦ってんだよ。なんだよ、異世界転移って。バカじゃねぇの!」


 なんだかむしゃくしゃして近くの木を殴り倒すと、笑い声が耳に届いた。


「……ふふっ」

「んだよ……」

「なんか、焦ってるアインて新鮮だなーって!」

「んなこと言ってる場合かよ……」


 暢気過ぎる。

 俺が焦ってる時点で自分がやばいことに気付け。


「アインにも出来ないことあるんだね」

「当たり前だろ。なんでも出来る兵器なんてそれこそ史上最悪だ」


 俺が嘆息すると、フィーアは人差し指を顎につけてうーんと考え考えした後に、


「私にとっては史上最高だったよ?」


 なんてことを言うのだった。


「でも、なんでもは出来ないアインも悪くないかなぁ」

「俺は今、自分がなんにも出来ないやつだったことに心底うんざりしてるけどな……」


 結局、兵器は兵器だ。

 俺の知識はインプットされたものに過ぎないし、主砲も副砲もバトルアーマーもこの身体も、俺が造ったものではない。


「だいたい、お前が俺よりバラエティに欠けてるのは、単にお前が特化型だからって話だろうが」

「特化型、なんて言ってもさ、アインには正直勝てる気がしないよ。お兄ちゃんだもん」

「従来機と言え。水爆量産装置がよく言うわ……俺だってそう何度も核に耐えられるわけじゃねぇ」

「アインにはレーザーがあるでしょ。核弾頭ミサイルなんて飛ばしたところで撃墜されるのがオチじゃん」

「お前の広範囲攻撃性能はそんなちゃちじゃねぇだろ。俺のレーダーで感知したときには被爆圏内だっつーの。俺は万能じゃなくて、多能なんだよ。レーザー砲だって遠距離攻撃用ってわけじゃねぇ」

「卑屈だなぁ」

「現実的なだけだ」


 こんな言い争いをしたところで事態はなにも進展しない。

 第一条件の施設すらあるかどうか分からないのに、その先の話をすることに意味なんてあるのだろうか。


 しかし、もしもを考えれば貨幣は必要である。

 この世界の貨幣が元の世界と同じだとは思えないし、まず、元の世界の貨幣すら持っていない。


「お金がないなら奪えばいいじゃない」

「なにアントワネットだよ、お前……。知ってるか? 世間ではそういうのを犯罪って呼ぶんだ」


 俺が呆れ口調で言葉を返すと、フィーアは真面目ぶった顔で、


「人を殺すのだって犯罪だよ。命は奪えるのにお金は奪えません、なんておかしな話じゃない」

「そりゃそうだけどな……好きで奪ったわけじゃねぇよ」

「私たちがどう思ってるかは問題じゃないでしょ。私は自分が殺されたときに、好きで殺したわけじゃないとか言われても許せないよ」


 ごもっともである。

 しかし、それを言うならば——


「殺した相手がどう思ってるかなんて俺たちにとって問題じゃねぇだろ。許してもらう必要もねぇ」

「だったら別にお金を奪っても問題ないよね」

「…………」


 嵌められた。

 俺が無言で睨めつけると、フィーアはくすくすと笑みを溢す。


「……ここに飛ばされてから、善悪とかについてちょっと考えてみたけどさ、やっぱりよく分かんないっていうのが本音だよ。それに、今はそれより重要なことがある」


 確かに、自分の生き死にに関わることは自分にとって最重要案件に違いない。

 だからこそ、否定的にならざるを得ないのだ。


「別に最初から敵意剥き出しってわけじゃないよ? 頼んでみてダメだったら、どうしようもなくなったら、そのときはそうするしかないでしょ」


 違う。

 そうじゃない、そうじゃないのだ。

 俺が嫌なのは——俺の不安はそこじゃない。


「金を奪うって案自体は悪くない。実際、手っ取り早く大量の金を手に入れるには、それが一番効率がいいしな」

「なら——」


 フィーアの言葉を遮って、俺は言葉を続ける。


「重要なのは、相手を殺すかもしれねぇことじゃねぇ——俺たちが殺されるかもしれねぇってことだ」


        × × × ×


 クレセリウム。

 二十三世紀に日本で見つかったそれは、別名を成長する金属と言い、動物の身体と結合することで鋼鉄の肉体を生み出す新種のウイルスである。


 悪性ウイルス。

 もちろん、身体に害がある。


 まあ、リスクを今考える必要はない、今考えるべきはリターンだ。

 ウイルスに感染することで、どんな利益があるのか。


「ただの人間っぽいけど……金属反応もなければ熱量も変わらないし」


 馬車(頭に角が生えている馬を馬と呼んでいいのかわからないが)を護衛するような形で森の中を移動していく一行を見ながらフィーアがつぶやく。


「俺たちとはそもそもの生物的性能が違うって可能性は充分にある」

「それでも、私たちを壊せる性能があるかどうかは疑問だよ。個人で核を超える攻撃力を持ってるなんて、尋常じゃない」


 クレセリウムに感染することで肉体は強靭になる。

 ライフルはおろか大砲を撃ちこまれたって毛も焼けないレベルに。


 加えて、クレセリウムには修復能力がある。

 たとえ肉が溶け、骨が絶たれたところで致命傷には成り得ない。


 さらに、クレセリウムは膨大なエネルギーを生み出す。

 それ故に、俺たちはこのサイズでレーザー砲やプラズマ砲を撃ち出せるのだ。


 実質、俺たちを壊せるのは、俺たちの主砲クラスの兵器だけである。


「だが、実際に荷電粒子砲を食らって原型を留めていられる生物が存在している」


 ——ドラゴン。

 俺がこの世界に来て初めて出会った超生物は、時速千キロで空を飛び、超兵器の破壊力に耐えられるほどの耐久力を有していた。


「でも、殺せはしたんでしょ?」

「一応な」


 殺した後、あいつは二つの頭を持つ狼に貪り食われたわけだが、そこも問題である。


「だいたい、あのフォルムで時速千キロ飛行とかありえないだろ。身体機能に差異があると考えるのが普通だ。荷電粒子砲で炭に出来ない強度の身体を牙で噛み切る生物。それを一瞬で殺す樹……」


 フィーアもなんとなく俺の言いたいことが分かったらしい。

 当然だろう、こいつにはすでに、俺が城を見たということは教えてある。


 それに今、肉眼で文化の有りそうな人間を目撃している。


「こんな異常な世界で、人間が生き残る。城とか建ててる文化レベルの人間がだぞ? あんな角の生えた馬を平然と従えてる状況はどう考えても常軌を逸している」


 人間が文化を形成するには脅威が多過ぎる。

 それはつまり、逆説的に、この世界の人間にとってそれらが脅威ではない可能性を肯定していることになる。


「脅威じゃないは言い過ぎにしても、対抗する術があるはずだ」

「例えば……」


 その先に続く言葉はなんとなく予想出来た。

 ドラゴンやらなんやらがいるファンタジーな世界。なら、当然、アレもあるはずだ。


「魔法、とか?」


 恐怖の中に興味心が滲んでいるのが分かった。


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