0012 一緒に、生きようよ。


「それで、今、どういう状況なんですか……?」


 控え目に尋ねて来たユリアを見て、「は?」と言いかける。


「……ああ、そうか。悪い」

「いえ、不勉強で申し訳ありません」


 謝るようなことじゃない。

 よく考えてみたら当然の話だ。

 俺たちは今まで日本語で会話していたのだから。


「一言で言えば、最悪、だな」

「最悪?」

「ああ、まあ、より正確に言うならば、これから最悪かどうかが分かるって感じなんだが……」


 プログラムを見てみないことには分からない。

 けれど、あの人が言った通り『そもそも止める方法がない』可能性の方が圧倒的に高いだろう。


 あの人なら止めるプログラムを作ってしまえるのだろうが、その選択肢を提示しなかったということは、それには時間が足りないということだと考えられる。


 つまり、俺は爆発を止める方法がないことを念頭に置きながら、それでもプログラムを書き換えられる可能性に縋るしかないのだ。


「……この動力炉を外すだけではダメなのですか?」

「それだと爆発するな」

「なるほど、では爆発する前に飛ばしてしまえるのであれば……」

「いや、それだとフィーアの記憶が飛ぶ」

「……余計なことを言ってしまいましたね」


 無駄な時間を取らせたと思ったのか、ユリアはあからさまに気を落とす。

 よかれと思って言ったのだから、なにもそんなに卑屈になることはないと思う。


「気にすんなよ。俺たちには魔法でなにが出来るのか分からないんだ。気になることがあったら遠慮なく言ってくれ」

「はい。ですが、もう特にわたしに出来そうなことはないので、そうですね……」


 ユリアは数秒の沈黙の後に、微笑み混じりに言った。


「——わたしも信じていますよ、アインさん」

「はっ……ああ、任せとけ」


        × × × ×


 心臓、とは言っても、動力炉を外したり機能を停止させたりすることで、フィーアが死ぬことはない。

 心臓の役割を果たすパーツは別にある。


 故に——爆発する可能性から目を逸らせば——もしも動力炉のプログラムの変更もしくは停止が出来なかった場合、外すことも選択の一つだ。

 記憶がなくなってしまうのは仕方のないことだと思う。


「そういえば」

「はい?」

「昼間のあいつらは、なんだったんだ?」


 なぜ今そんなことを、というような顔をしながらも、ユリアは俺の質問に答えた。


「他国の刺客です」

「それは分かってる。なにか狙われる理由があるのかって意味だ」

「……ええ、まあ」

「言い辛いことか」


 声のトーンが落ちたユリアの心中を察して話題を変えようと思考を巡らせる。

 が、そんな心配は杞憂だったようで、ユリアは「いえ」と俺の言葉を否定して話を続けた。


「その、実は……近々、結婚する予定なのです」

「……は?」


 聞き間違いだろうか。

 今、結婚すると聞こえた気がしたが……。


「その相手が隣国であるアウナスの王、エミル・アウナスなのです」

「ちょっと待て。つまり、お前はこう言ったのか? 『わたしはもうすぐ結婚しますが、セクハラをするのはわたしだけで我慢してください』と」

「そういうことになりますね」


 そういうことになりますね、じゃねぇよ……。

 意地の悪い笑みを漏らしているユリアが容易に想像出来る。

 完全に嵌められた。


「はあ……まあいい。それで? お前とそこの王が結婚するとなんかまずいことでもあんのか」

「我が国とアウナスが合併すれば、軍事力で近隣諸国と大きな差がつくことになります。それを面白く思わない輩は少なくありません」

「なるほどなぁ……」


 軍事力か。

 つっても、王の護衛があいつらに負けてたわけだし、数がいれば強いってわけでもない気がするが。


「そのアウナスって国はそんなに強いのか?」

「いえ、総合的に見ればそれほど高くありません。我が国が近隣では二番手、アウナスはそうですね……甘く見ても五番手くらいではないかと」

「二番手……? ってことは、刺客を送ってきたのは」

「十中八九、一番軍事力の高いドラキュール王国でしょう。元々アウナスより軍事力のある他国という可能性もありますが、『剣極』ベルンハルト・ノイマイスターはそんなに簡単に負けるような人物ではありません」


 あれでもそこそこの実力者ってことか。

 まあ、王の護衛がそんなに弱いわけもないだろうとは思っていたが。


「しかし、二番手と五番手がくっついたからって、護衛に圧勝するほどの刺客を送ってくるような国に勝てるもんか?」

「そう思われるのも無理はありませんが、まず、当たり前ですが数が増えます。アウナスは兵の数ではかなり上位なので、これだけでも鍛え方次第でドラキュール王国と五分にはなれるでしょう」

「へえ、それを超える要素はなんだ?」

「アウナスの王、エミル・アウナスです」


 王か。

 正直、王が強いようなイメージは持ってないが……この世界では武闘派の王が多いのだろうか。


「お前と戦ってどっちが勝つ?」

「わたし……と言いたいところですが、単純な火力ではおそらくエミル・アウナスの方が上でしょう。善戦は期待出来ません、油断と慢心を排除して万全の状態なら負けることはないかと思いますが、あまり能力が知れ渡るのもよくないので、実際に戦ったらぎりぎりの勝利かと……」

「結局、勝つのかよ……」


 俺が言えることではないが、こいつも相当プライドが高い。


「わたしは一対一ならそうそう負けませんよ。戦闘能力に関しては、自信があります」

「はいはい。それで? お前に勝てないエミル・アウナスがいるからってなんで国力が大幅に上がるんだ?」


 正直、話の信憑性が薄れてきた。

 半身失って生きてるような刺客を送ってくる国に勝てる気はしない。


「アウナスの五番手は、エミル・アウナスの実力によるものだからです」

「……どういうことだ?」

「つまり、エミル・アウナスは、単身で五番以降の国に勝てる、ということです」

「なっ……」

「もちろん、全滅されられるとかではありませんよ。降伏させられるという意味で、です」

「それでも相当だろ……」


 俺でも出来るような気はするが、造られた兵器でもない人間がそんなことを成し遂げるのは異常だ。

 つまり、それに勝てると言っているこいつも、本当に実力があるのだろう。


「『炎帝』エミル・アウナス。炎の国アウナスの頂点にして、歴代最強の王。あまり逆らわないほうがいい相手です」

「なるほど……それで政略結婚か」

「それは……」

「聞いてりゃ分かる。そもそもお前、自分より弱いやつを好きになるタイプじゃねぇだろ」


 政略結婚、とは言っても、当人同士で話し合って決めたのなら部外者にとやかく言う権利はない。


 王と王が、という例はあまり聞かないが、「戦争で国を奪って国力が上がりました」よりも、「二つの国がくっついて国力が上がりました」のほうが平和的且つ合理的だ。


「ちなみにそれ、どっちから申し出たんだ?」

「アウナスから、です。気性の荒い王ですから、断れば戦争は避けられなかったでしょうね」

「それでいいのかお前……」


 好きでもない相手と結婚することが、この世界の住人にとってどういうことなのかよく分からない。

 平民と王や貴族ではまた価値観が変わってくるのだろうが……。


「別に、好きか嫌いかは重要ではありません。結婚しないことで戦争になり国土を奪うか、結婚することで戦争をせずに国土を増やすか。どちらを選ぶべきかは明白です」

「王だから、か?」

「ええ、わたしが結婚しなくて命を落とすのはわたしではないので」

「ふぅん、ま、お前がそうやって割り切ってんなら、いいけどよ」


 会話に一段落つき、再び空間に静寂が訪れる。

 さて、次はどんな話題を振ろうか……気になることは尽きない。


「ああ——」


 俺が口を開くと、それに被せてユリアが声を発した。


「ちょっと待ってください……」

「……どうした?」


 そう問いながらも、俺はユリアの言いたいことを内心では理解していた。

 そしてその予想通りに、ユリアは訊ねてくる。


「今、やるべきなのは、わたしとの会話ではないでしょう……?」

「…………」

「少しの気分転換なら付き合いますが、これ以上は余分かと。それとも、どうしても今話しておかなければならないことでも?」

「いや……」


 そんなものはない。

 状況は依然変わっていないのだ。


 悠長に話をしてはいたが、その間だってずっと俺はフィーアの動力炉をどうにかしようと作業を続けていた。


 そう——続けることに意味のない作業を。


「今まで、あなたが問題ないと言ったので黙っていましたが……本当はもう、無理なのでは……」

「そんなことはねぇよ」

「……今までで一番分かりやすいです」

「……少し黙れ」

「それは出来ません。動力炉に辿り着くまでにかかった時間を考えれば、あなたを助けるには今から始めなければ間に合わない」


 そんなことは分かっている。

 だが、分かっているからなんだ。

 そんなこと、出来はしない。


「まだフィーアを助けられたわけでもないのに、そんなこと出来るわけねぇだろ」

「それは——」

「——黙れ」

「わたしには」

「黙れよ……っ」


 完全に気付いている。

 今、どうすべきなのかがこいつには分かっている。

 そして、それをする力がこいつにはあるのだ。


 でも、だからと言って、どうして諦められる?

 それをすれば、フィーアは——


「お兄ちゃん……」

「お前は、必ず——」

「……もう、いいよ」


 儚げに笑うフィーアの瞳から、つうっと頬に一筋の線が引かれる。

 すべてを諦めてしまったかのような微笑みに少しだけ圧されながら、俺は声を絞り出した。


「いいわけ……ねぇだろっ……‼︎」

「いいんだよ、うん、いいの。別に死んじゃうわけじゃないんだし、そんなことよりお兄ちゃんの命の方が大事だよ」


 いかにも兄想いの妹みたいな言葉で俺を止めようとするフィーアを無視して、俺は作業を続ける。


 まだ、四時間半もあるのだ。

 プログラムを解析して、それに対抗する新規プログラムを作成する。

 『稀代の天才』奉日本真白が放棄した方法だが、絶対に出来ないと決まったわけではない。


 いや、あの人がそう考えている時点でまず間違いなく無理なのだが、絶対に出来ないから諦められるほど単純な思考を俺は持ち合わせていないのだ。


 非合理的だ、感情的だ。

 罵りたければ罵ればいい。

 こんなもの、造られた兵器には似合わない。

 分かっている、分かりきっている。


 ただ、それでもやっぱり——世界にたった一人かもしれない家族の記憶を失うのは耐え難い。


「……お兄ちゃん」

「…………」

「お兄ちゃん」

「…………」

「お兄ちゃんっ!」

「従来機と呼べ……」


 プログラムの解析を続けながら、お前の言い分なんて関係ないと突き放すように言う。

 しかし、フィーアが黙ることはなかった。


「お兄ちゃん、だよ……アインはずっと、私のお兄ちゃん」

「…………」

「ツヴァイもお兄ちゃんだし、ドライはたった一人のお姉ちゃん……。フンフはかわいい妹で、ゼックスとジーベンはやんちゃな弟。みんな、みんな家族なの。それでね……っ、その中でねっ……、アインが、一番好き——っ」

「……静かにしてろ」


 フィーアの想いを否定出来ない。

 否定したくない。


 それで出て来たのがこんな言葉で、そんな自分に嫌気が差す。

 本当に、どうして感情なんて余分なものを持って生まれてしまったのだろう。


 いっそのこと洗脳でもしてくれた方が、よほど楽だっただろうに。


「素っ気ないフリしてもさ、本当のところは誤魔化せないよ……。アインはね、すっごく優しいの。あははっ……人を殺して、優しいだなんて、おかしいね。でも、それは仕方ないことだと思う。もっと普通に生まれてたら、普通に生きて、普通に死んでたはずだもん……。誰かを殺したとか、殺すことが悪いことだと思えないとか、そんなこと、どうでもいい、どうでもいいよ……っ」

「…………」

「い、今、私の記憶を諦めきれないアインが、優しく、ないわけないんだよ……!」

「やめろ……」


 やめてくれ。

 そんな、別れの台詞みたいな言葉を吐かないでくれ。


 まだ、終わってない。

 まだ、やれるはずなんだ。

 諦めるには、まだ早い。


「あのとき、一番最初に私を見つけてくれたのも、アインだったよね……。すっごく怖かった。真っ暗なとこに一人取り残されて、このまま、死んじゃうんじゃないかって……っ! だからっ! だから、あのときから、アインは一番大好きなお兄ちゃんなのっ」

「やめろよ……そんなの、昔の」

「——今とか、昔とか関係ないよ。それでもそれが重要だって言うなら、今だって優しいお兄ちゃんだよ……? 私が寝れなかったら一緒に寝てくれる、私が変なことしたら笑ってくれる……お兄ちゃんは、そういう人。記憶が失くなったって、それは変わらない」


 俺は、そんなにいいやつじゃない。

 だから——


「やめろっ」

「私はっ、私の記憶を残してお兄ちゃんが死んじゃうより、私の記憶が失くなってもお兄ちゃんに隣にいて欲しいよっ……! たとえ、私が覚えていないくても……たとえ、あなたが覚えていなくても、それがいい……っ! だからっ——」

「やめろよっ!」

「——一緒に、生きようよ……っ」


 ——俺にそんな価値はない。


 こいつの記憶を代償にすれば、確かに俺の生存確率は上がる。

 そして、それを出来るやつがここにはいる。


「ユリア、お願い……出来るんでしょ?」

「……はい。わたしの能力を使えば、それを一瞬で移動させることは可能です」

「近寄るな」

「諦めてください。あなたがたの面倒はわたしが見ます。フィーアさんの安全も保障致します」

「……ダメだ」

「あなたが自分を犠牲にしてまで得る未来を、彼女は望んでいないのです! なぜそれを受け入れられないのですか!」

「……意地だよ。約束は、守るためにするもんだ」


 俺だって死ぬのが怖くないわけじゃない。


 けれど、もしも、俺がここで諦めたにも関わらずフィーアが助からなかったら?

 俺が死んだら?


 助かったとして、記憶のない俺には記憶のないフィーアの支えにはなれない。

 俺は約束したのだ——絶対に助けると。


 まだ時間はある。

 ここで諦める俺を、俺は絶対に許さない。

 今思えば、フィーアの身体の支配権を奪ったのは、俺がこうすることを見越していたからなのだろう。

 我が母親ながら、流石としか言いようがない。


「もう……やめてよ。お兄ちゃん……」

「仕方ありませんね。実力行使させて頂きます」


 実力行使はまずい。

 流石に応戦しながら解析するほどの余裕はないのだ。


 なにか見つからないか。

 この状況を変えられる、新しい情報——


「——嘘、だろ……?」

「……どうしたのですか?」

「……お兄ちゃん?」


 急に動きを止めた俺を不思議に思ったのか、二人が声を掛けてくる。


 何度読み返しても、ウィンドウに表示されている文面は変わらない。

 というか、なぜ、気づかなかった?


 もし、敵国にプログラムを解析され、止められたり動力炉を除去されたりした場合、その情報を本国に送るのは当然だろう。


 ——あの人が言ってなかったから。


「これが、人に頼り過ぎたツケかよ……笑えねぇ。はあ、作業を続ける」

「なっ」

「今、分かった。……俺が助かる可能性は皆無だ。だから、ここでフィーアの記憶を維持させる方法を考えるほうが合理的で、止めることには意味がない」

「どういう、こと……?」

「そのままだ。お前に管理者権限が譲渡されてるかどうかは知らないが、たとえ譲渡されていて、さらにユリアが俺のやっていたことを一つ残らず完璧に記憶していたとしても、俺を助ける方法はない」

「な、なんで……!」

「動力炉を外したり、プログラムを書き換えたりした場合のペナルティは記憶だけじゃなかったんだ」


 送られてきた情報をもとに、当然、本国——日本は奪還のために動き出すだろう。

 だが、そのときに相手が奪った兵器を使ってきたら面倒だ。


 それ故に——


「お前は動力炉を外すと、最低三日間活動が強制的に停止する」

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