0009 さあ、始めようか。


「それにしても……熱かったです」


 ユリアがそんなことをつぶやいたのは、魔法で生み出された光る玉——名称もまんま光玉らしい——を先頭に階段を下りているときだった。


 軽く肌をさするような素振りをするユリアを視界に収めながら声を掛ける。


「大丈夫か?」

「はい、もう治ってますので、大丈夫です。ですが、まさか、あそこまでの熱だとは……車内の温度が急に上がったのはそういうことだったんですね」

「車内? ……ああ」


 おそらく、ユリアが言っているのは俺たちがベルンハルトたちと対峙したときのことだろう。

 確かにあのときもプラズマ砲を撃った。


「でも意外だな。輻射熱は完全に遮断されてるものだと思ってたが」

「……皮膚が焦げるくらいの温度は貫通してましたよ。ドラゴンを丸焼きにしただけのことはありますね」

「よくそれで騒がなかったなお前……」


 皮膚が焦げるって俺の常識ではそこそこ重度の火傷だったはずなのだが……、この世界ではよく皮膚が焦げるのだろうか?


 考えられるとすれば、治癒魔法——いや、医療技術の高さは言い訳にはならない。

 皮膚が焦げるどころか腕がもげたところで治せる医療技術が向こうにはあったが、重症は重症だった。


「ふふ、熱いからといって騒いで許されるような歳ではありませんからね。それに、わたしの場合、火傷程度ならすぐ治りますし」


 見た目と年齢が違うタイプなのか?

 外見年齢は俺とそんな変わらないように見えるが……そういえば、魔王とか言ってたな。

 純粋な人間とは種族が違うのだろうか。


「すぐ治るってのは、魔法か?」

「いえ、これは生まれ持った能力ですよ」

「ほう、神子みこってやつか」


 俺の言葉に、ユリアは言いづらそうに、


「いえ、その、それとはまた違って……種族的特徴、と言えばいいのでしょうか」


 やっぱり、純粋な人間ではないのか。

 いや、この世界での人間の定義が分からないから、その言い方は差別的かもしれないな。


 俺は今更だが、普通は人間から外れているかのような言い方をされれば傷つくだろう。

 そういった差別の描写は漫画や小説でもよくあった。


「へえ。つーか、これだけ硬く出来るとなると、この世界では防御のほうが発達してるのか? 戦争が起きにくそうでいいな」


 地雷っぽい話題を早々に終わらせ、壁をこつこつと叩きながら言うと、ユリアは微かに首を横に振る。


「いえ、そう簡単な話でもないんです。これ自体ずっと維持出来るわけではありませんし、それなりの実力者であれば手順を踏めば突破出来ますからね。本当の意味で最高峰の硬さの防壁を生み出しても、防壁を粉々にしなければいけないわけではないので、やはり戦争の抑止力にはなりえないでしょう」

「これを突破出来るのか……」


 なかなかにプライドの傷つくことを言ってくれる。

 こっちはほぼ最大出力の攻撃を完全に防がれたというのに。


「そんなに気に止むことはありません。アインさんは魔法が使えないから突破出来なかっただけですよ。術式を解く、といった方法を知らなければ、どうしようもなくて当然です」

「術式を解く?」

「ええ。イメージとしては、紐で纏められた紙をばらばらにするのに近いでしょうか。紙が魔力、紐が術式。術式——紐をほどけば、魔力——紙はばらばらになってしまう。一応、高等技術ではありますが、魔法とは違い、こちらは魔力がほとんど必要ないので、習得している方は少なくないです」

「へえ……」


 それは是非、俺も習得しておきたいものである。

 現状、魔法に対しての防衛手段が自分の身体しかない。

 その上、攻撃も通らないのでは完全にお手上げだ。


「まあ、これ自体は防衛手段には使えないので、魔導士に有効というわけではないんですが」

「使えねぇのかよ……」

「術式を解くには魔法に触らなければなりませんからね。攻撃魔法——例えば、火球や風刃に触ったら解く前にダメージを受けてしまいます」

「なるほど」


 そうなると、例えば兵器にその術式解除の効果を乗せて放つ、といったことは出来ないのか。

 なんだか随分と肩身の狭い世界に来てしまったものである。


「どうしてもということであれば、仙術を会得すれば反魔法空間を形成したり、効果を乗せたりといったことも出来ますよ」

「おお、そういうのを待ってたんだよ!」

「ただ、会得には相当修練が必要になります。大概の人は会得する前に死にますね、寿命で」

「上げて落とすとかお前……」


 しかも寿命って。

 どれだけ時間かかんだよそれ。


「じゅ、寿命ならさ、わ、私たちでもいつか会得出来るんじゃない……?」


 今まで黙っていたフィーアが震え交じりに声を出す。

 こいつが今までなにをしていたのかというと——


「? それはどういう……というか、意外ですね。フィーアさんが暗いところが苦手なんて。ふふっ」

「わ、笑い事じゃないよ……っ」


 ——というわけで、怖さに身を縮こまらせて黙って着いて来ていた。


 繋がれた手が女の子とは思えない握力で軋んだ音を立てているような気がするが、まあそれを言うのは流石に意地が悪いだろう。

 痛覚をシャットダウンしてしまえば別に痛くはないし。


「結局、いつの時代でも——どんな世界でも、戦争はなくならないのかね。大罪と言うなら、それこそが大罪な気がするぜ」


 この世界のピラミッドの頂点に立てないことをなんとなく理解しながら、そんなネガティブになりそうな話は放って、『戦争はなぜなくならないのか』なんて道徳的な話題を振る。


「ま、まあ、でも、戦争なかったらさ……私たち生まれてないし」

「それ言ったらおしまいだろうが……。そういう意味じゃ、俺たちみたいなのが生まれない環境が理想的なんだろうな」


 たとえ俺たちが造られていなかったところで、また別のなにかが作られていたような気もするが。


 ……俺たちがいなくなった世界で、次に生まれる兵器はなんなんだろうか。

 いや、でも、あいつらはまだあっちにいるのか?


「生まれなくてもいい命なんてありませんよ。戦争は……起きない世界は確かに夢がありますが、戦争が起きなければ起きないでまた別の問題が生まれますからね」


 戦争が起きない場合の問題か。

 人口増加のスピードが一気に上がりそうだな。

 この世界なら魔物に減らされてそうだが。

 餌が増えれば魔物も増えるのだろうし。


「高度な防衛手段が確立されれば、より高度な攻撃手段が。さらに上をいけば、そのさらに上が」

「いたちごっこだね……」

「人間という生き物は、他人を不幸にする道具を生み出すのがなによりも得意なのでしょうね……それが自分の幸福に繋がると思っているあたり、本当にたちが悪い」


 吐き捨てるような物言いをする。

 なんとなくイメージ通りではあるが。


「戦争は嫌いか?」

「ええ、まあ。かと言って、わたしになにが出来るかと言えば、なにも出来ないのですが。というか、特になにかしようとも思っていないので、たちが悪いのはわたしかも知れませんね」

現実主義者リアリストだな」

夢想家ドリーマーに国は背負えないので」

「確かに」


 現実主義者リアリストであるが故に——いや、この言い方から察するに、国王であるが故に現実主義者リアリストなのか。

 国の頂点トップに立つ重圧がどれほどのものなのか俺には想像出来ないが、ありのままでいられるとは思えない。


「そういえば」


 と、思い出したようにユリアが声を出した。


「なんだ?」

「アインさんたちの装備……しゅほう? は、どのように召喚しているのですか? でぃざーまめんと、というのとなにか関係あるのでしょうか」

「ああ……いや、そこは関係ないな」


 全く関係ないというわけではないが……どう説明すればいいのだろうか。

 たとえるにしても、なにに喩えればいいんだ?


「えーっと、武装解除ディザーマメント……ドイツ語だと【Abrüstung】か」

武装解除Abrüstung。なるほど、ブリタニアの……ドイツ語というのは? ……あ。今気づいたんですが、こことは違う世界から来たのであれば、なぜ、この世界の言語を? それに——」

「…………」

「? アインさ——あ」


 振り向きかけたユリアは自分が興奮気味に質問攻めを行っていたことに気づき、少し頬を赤らめて慌てて片手で口を塞ぐ。

 が、今塞いだところで口から出てしまった質問は戻らない。


「次から次へと忙しいやつだな」

「うぅ。す、すみません……」

「まあ、階段を降りるまでは暇だし、別にいいけどな。俺もお前のことをとやかく言えるほどにわきまえていたつもりはないし。とりあえず、最初の質問から答えようか——」


 と、タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど視界が開け、広い空間が目に映る。

 広い、と言っても階段と比べればの話なので、高さ四メートルの縦横十五メートル程度である。


「——答えは生き残ってからのお楽しみってことにしとこうか」

「ええ、是非!」

「……つ、着いた? うわ、ここも暗いし……」


 フィーアが嘆息するのとほとんど同時に、ユリアは光玉の光量を増やし、天井付近に滞空させる。

 照明の着いた部屋と同程度に明るくなった部屋を見て、


「えっ……こんなに明るくなるなら最初からやってよ!」


 叫ぶフィーアにユリアは悪戯っぽく笑う。


「ふふっ、それではわたしが眩しいではないですかー」

「なっ……」

「わたし、結構根に持つタイプなんですよ?」


 ユリアにすっきりした笑顔を見せられ、フィーアは脱力したように肩を落とす。

 今頃、ユリアをからかったことを後悔していることだろう。

 ユリア、グッジョブ。


 そんなくだらないやり取りをしながらも、ユリアは俺が事前にしていた説明を元に機材を生み出していく。

 時間がないのを一番気にしてるのはやっぱりこいつだろう。


「……なんつーか」

「すごいねー……」


 出来上がる端から確認して修正箇所があれば修正を頼むのだが、いかんせんクオリティが高過ぎて重箱の隅を突いたような指摘になってしまう。


「たいしたことではありません。念写紙のおかげですよ」


 念写紙、というのは、所謂いわゆる、魔導具だ。

 使用者のイメージを描写するという効果の付与された紙で、週刊誌連載陣も驚きの便利アイテムである。


 そりゃ確かに俺は細かにイメージしたが、イラストからまさかここまで正確なものを生み出すとは思っていなかった。

 機材、工具の作成に早くても一時間は掛かると見ていたで、良い意味で予想を裏切られた形である。


「割と万能だよな、お前……」

「なんでもは出来ませんよ。万能というより多能という感じで、神から才能を賜ったはいいものの持て余している、のが現状です」


 万能というより多能、ねぇ。


「なんかお兄ちゃんみたい」

「従来機と呼べ。あと一緒にすんなよ——」

「変態さんと同類は勘弁してもらいたいものです」

「——こういうこと言われるから」

「息ぴったり!」


 からかうように言う。

 全く……学ばない愚妹である。

 さっきまで散々だったのをもう忘れたのだろうか。


「フィーアさん……?」


 ゴゴゴ……と擬音が付きそうな雰囲気を纏って、ユリアがその紅眼こうがんでフィーアをめつける。


 殺気すら帯びている気がするが、俺と一緒にされたことに殺したくなるほど怒っている、と考えると悲しさ二百倍で鬱になりそうなので、気のせいだと思っておこう。

 うん、気のせいだ。


「じょ、冗談じゃん! 落ち着こ、ね?」

「そうですね……」


 ユリアが大きく息を吐くと、フィーアも安堵の息を漏らす。


「——えっ!?」


 ——驚嘆の声が暗闇に響いた。

 見渡す限り闇。

 十中八九、ユリアが魔法を消したのだろう。

 三秒ほどで再び光の玉が出現した。


「……やり過ぎました」

「まあ、だろうな」


 寝るときだって電気点けっぱなしで、尚且つ誰かと一緒じゃなきゃ寝れないようなやつである。

 付け加えて、わけのわからない世界に飛ばされて精神が安定していない。


 そんなやつがそんな状態で暗闇に放り出されたらこうなるだろう。


「……ううっ。ごめ、ごめん、なさい……っ」

「……安易な行動でした。フィーアさん、申し訳ありません」


 胸の中ですすり泣くフィーアの頭を優しく撫でながら、ユリアは眉尻を下げて申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を口にする。


 ちらと俺の顔に視線を送ってきたユリアの意図を察して、俺は口を開く。


「まあ、簡単に言えば、トラウマ、ってやつだな」

「トラウマ……?」

「ああ。詳しい説明は省くが、フィーアはある事件——って言うにはお粗末だな。ある出来事がきっかけで暗闇を異常なほど恐れている。たまたま地雷を踏んだってだけだ。気にすんな」

「そういうわけには……」

「まあ、落ち着いたら一回謝ればいいだろ」

「……はい」


        × × × ×


「さて、なんかハプニングがあったが、それは置いておこう」

「……すみません」

「ご、ごめん……」


 謝る二人を一瞥して、俺はテーブルにずらっと並べられた機材に視線を戻す。

 タイムロスは五分程度だし、反省してれば別にいい。


「わたしに出来るのは、ここまでですね」

「ああ、助かった」

「いえいえ、お礼はいりませんよ。どうしてもということであれば、生き残ってからお願いします」

「おう、任せろ」


 生き残る。

 そう、生き残るのだ、絶対に。

 フィーアを生かして、俺も生きる。

 ユリアに恩を返す、生き残って思う存分セクハラする。


「……なにか寒気が」

「気のせいだ。さあ、始めようか」


 タイムリミットまで——あと、十五時間。

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