0008 あまり、舐めないほうがよろしいかと。
「それで? あいつらはなんだ?」
戦闘終了後、応急処置を終えて歩ける程度に回復していたベルンハルトたちを拾って馬車へと追いついた。
治癒魔法とかがあるのか、なぜか傷が塞がっていたベルンハルトたちについてや、あの魔術士の生命力、主砲を回避した方法など、気になることは多いが、まず一番に訊くべきことはこれだろう。
「……それに関しては着いてからでいいでしょう。今はあなたたちを王都まで連れて行くことが最優先事項です」
なんだか暗い表情のユリアに反論することも出来ず、渋々頷く。
「ベルンハルトたちは大丈夫なのか?」
「もうしばらくでわたしの国です。国境を越えてしまえば、追撃はないでしょう。わたしやアインさんたちが抜ければ彼らも馬車に乗って素早く移動出来ますし」
「そうか。なら、いい。さっさと行こう」
王都というからには王城のある都市だろう。
ここに飛ばされてすぐに城は確認している。
「ユールヒェン様、ご無事で」
「ええ、ベルンハルトも気をつけてくださいね」
挨拶を済ませたユリアを担ぐ。
「ひゃっ! ちょっ、ええっ!」
「徐々にスピードを上げる。もしなにか身体に異変が起きたなら叩くなりなんなりで伝えてくれ」
「いや、えっ?」
「フィーア、行くぞ」
「おっけー」
走り出すと、ユリアは途端に大人しくなる。
まあ、そのまま騒がれてたら舌を噛むこと必至なので、当然と言えば当然なのだが。
どんどん加速していくが、どうやらそこまで影響はないらしい。
ユリアは特になにかを報せることなく黙って抱えられている。
そのままマッハ十に到達する。
しばらく移動を続けていると、遠方に城の姿を見た。
遠方とは言っても、見える範囲に入ったのならもう時間はかからない。
「到着、っと」
徐々にスピードを落とし、巨大な市街壁の前で止まる。
そのままユリアを降ろすと凄まじく不機嫌そうな顔で睨まれた。
「……接触は禁止ですと言ったはずですが」
「覚えてねぇな」
「なっ……本当に」
ユリアははあと大袈裟なため息を吐いて、
「まあいいです、早く行きましょう。確か頑丈で工具のある施設が必要なんでしたよね」
「ああ、そうだな。あるのか?」
「あるというか……まあ、なくはない、というところでしょうか」
なんだか曖昧な言い方に首を傾げると、ユリアは淡々とした調子で、
「簡単に言うと、造るという感じですかね」
「造る……?」
なんとなく言っていることは分かる。
魔法で造るという意味だろう。
しかし、重要なのはそこではない。
「それは、間に合うのか?」
「さあ、どうでしょうか。ただ、そうですね——」
ユリアは意地の悪そうな笑みを浮かべて答えた。
「あまり、舐めないほうがよろしいかと」
× × × ×
正直、そこまで期待していなかった。
建築技術が高いとは思えなかったし、そもそも魔法という力の自由度を俺はまだ正確に認識していなかったから。
大地に描かれた巨大な魔法陣が青白い光を放ち、地面が隆起する。
「わぁー……、すごいねー」
隣でフィーアが感心したように言う。
確かに、これは凄いという他ない。盛り上がった地面はドームを形成し、入口らしき穴が俺たちの正面に空いた。
凄いは凄い。
おそらく中には空間が作られているのだろう、こんな真似は科学では出来やしない——しかし、と俺が口を挟もうとすると、ユリアはにっこりと笑い、自らの指に短剣の刃を突き立てた。
「おいっ」
彼女が血の流れる指を宙空に滑らせると、まるでそこに紙があるかのように模様が描かれた。
血で描かれた魔法陣は不気味な雰囲気を漂わせる。
「我こそは暴食の魔王。ユールヒェン・シュヴァルツリヒト・ベルゼブブの名の下に、集え、我が同胞よ——
瞬間、視界が真紅に染まる。
まぶたを持ち上げて、思わず息を呑んだ。
「——失礼を承知で言わせて頂きますと、わたしは本気で戦えばアインさんたちに負ける気はしません」
「……なるほど。まあ、これは舐めてたと言わざるをえないな」
「だねー……」
眼前に広がるは十万は下らないであろう軍勢。
その一人一人が強いのだろう、彼女の瞳が自信に溢れていることから、それは察せられる。
「まあ、でも」
ちらとこちらを見たフィーアの言葉を引き継ぐ。
「その言葉はそっくりそのまま返させてもらうよ——負ける気がしねぇ」
十万の軍勢を一瞬で出現させたのは驚いた。
だが、たかだか十万だ。
遊んでたって殲滅に一時間もかからない。
「ふふっ、そうですか。まあ、あなた方の実力を正確には知りませんし、わたしもこれですべてではありませんので、これ以上の問答は無意味でしょう。いつか、本気で戦ってみたいものです」
「死んでもクレームは受け付けねぇぞ」
「死人に口なし。そもそも、物心のついたときより、覚悟は出来ていますよ。己が命に向き合えず、民の命を背負うことなど出来はしませんから」
「へえ……」
これは確かに王だな、と思った。
自らの死を想定して行動しているのであれば、ユリアが死んだところでこいつの国は揺るがないのだろう。
もちろん、それが絶対の正解というわけではないのだろう。
いろいろな考えのやつがいるのだから、いろいろな王がいて当然だ。
ただ、そういうやつは、嫌いじゃない。
「ユリアって意外と戦闘バカなの?」
「バ……こほん、まあ、否定はしません。血は争えないのです」
「それで? これをどうするんだ?」
「こうします——
ユリアが言い放つと同時に兵が詠唱を開始した。
それぞれ技量が違うためか、その内容はばらばらである。
「いや……そもそも意思疎通が出来ていないって可能性もあるか」
彼ら彼女らはたった今この場に現れたのだ。
ユリアが直接詠唱内容を指示した様子もない。
であれば、ばらばらになるのは必然と言える。
「いえ、意思疎通は出来ていますよ」
俺のどうでもいいつぶやきを拾ってユリアが答える。
初対面のときから思ってはいたが、こいつ本当に地獄耳だな。
「へー、どうやって?」
フィーアが問うと、ユリアは答えづらそうに、
「なにか特別なことをしているわけではないので、どうやって、と聞かれると困りますが……。まあ、仕組みを説明すると、わたしの考えたことが、そのまま彼らにも伝わっている、というだけのことです」
「……えぇ」
ユリアの答えにフィーアが不満気に唸る。
「……というだけのことです。とか言われてもなぁ」
彼らになぜ意思が伝わっているのかが結局分かっていない。
まさか、質問の意味が伝わっていないのだろうか。
ユリアの理解力は高いと思っていたが——いや?
「ん、ちょっと待って……え、まさか」
「そういうこと、なのか」
「そういうこと、です」
俺の口調を真似るようにして、ユリアは肯定の意を示す。
「流石にそれは……反則だろ」
「その思考はこの世界において異端ですね。魔法によって生み出された存在と術者の意思が統一されているのは当然のことであり、常識です」
戦争において、正確な情報を素早く伝達出来る、ということは大きな意味を持つ。
もちろん、俺たちの世界ではそんな環境は当たり前だったわけだが、しかし、この世界においてそれは当たり前ではないだろう。
通信手段がないこの世界で、十万の兵に一瞬で指令が出せる。
そのアドバンテージには計り知れないほどの価値がある。
「つまり、魔法によって生み出されたこいつらはお前の手足であり、なにをする必要もなく当然のように思考を共有できるわけか」
「とても悪意に満ちた説明をどうもありがとうございます」
ユリアは拗ねたように唇を尖らせる。
が、勘弁してほしい。
実際そういうことだし、『なにをする必要もない』という部分においては元の世界を超越してさえいるのだから。
「——で、だ」
消えていく彼らがこちらを向いて跪いているせいで、なんだか彼らを従えているのが自分であるかのような新鮮な気分を味わいながら、俺は話を本題に戻す。
新たな知識の吸収はこの世界で生きていく上で一二を争う優先事項だが、それよりもまず現状の窮地を脱せねばならない。
「これによって、さっきと今とでなにが変わったんだ?」
重要なのはそこだ。
そして俺は、口でなにが変わったのかと聞きながらも、なにが変わったのかについては察しがついている。
口を挟もうとした俺を制したユリアの行動、及び呼び出された兵たちの唱えた言葉から推測するに、おそらく、たった今行われたのは——物質の強化。
輻射熱を防いだり、更地に数秒で建造物を生み出したり、一瞬で十万の兵を召喚したり——魔法という技術の自由度を目にした今、それが出来ないなどとは思わない。
でも————それだけだ。
そう、それだけなのだ。
つまり、だからなんだという話である。
それ自体は確かに凄いし、今までの常識を全てまっさらにしてこの世界では生きていかなければならないだろうと考えるのには充分なインパクトがあったが、ことここに至って重要なのは建物の強度が上げられることではない。
「本当に重要なのは——」
「——壊れるか、壊れないのか、ですよね」
分かっています、とばかりに二の句を継いだユリアは自信ありげな微笑みをたたえていた。
「ふぅん、自信があるのはいいけどさぁ」
「想像を絶する——とか、それをする本人が言うのもなんだが、実際、俺たちの兵器っていうのは、破壊力に関しては相当な威力を誇るぞ。その中枢たる内部の動力炉が爆発した場合、大都市が壊滅するレベルか、それすら上回る可能性がある」
破壊の象徴。
個で軍を薙ぎ払う世紀末兵器——
それだけの兵器が反旗を翻したときのために用意されたシステムがどういう仕組みなのかは知らないが、再起不能なまでに木っ端微塵にされるのは間違いない。
あるいは、水爆をも耐え凌ぐこの身体なら、爆発を内部に留める可能性もないではないが、それに縋るのは流石に楽観的に過ぎるだろう。
それを分かっているのか、いないのか、ユリアは微笑みを崩さないまま、
「もし、これが破られるのであれば、もう少し時間をかけて強度を高めることになりますが、おそらく——いえ、絶対にそれはないでしょう」
「そこまでか……」
見たところ外見的変化はなにもないが……本当に大丈夫なのだろうか。
やはり不安だ。
ぶっちゃけ、別に俺自身は爆発がこの世界にどれだけ甚大な被害をもたらそうとどうでもいいのだ。
どうせそのときには帰らぬ人になっているのだし。
しかし、まあ、助力してもらっておいて、危険を防ぐ手段を講じさせないというのは自他共に認める適当主義な俺でもどうかと思うわけである。
「圧倒的な破壊力には、より圧倒的な防御力。さらには幾重もの衝撃吸収の補助魔法を付与してあります。これが数十人、数百人なら微かな不安もあるというものですが、重ねに重ねて総数十万。これを単純な力技で突破出来るのは、神——自称でも他称でもなく、天辺に住まう神々のみでしょう」
神がいるのか……。
まあ、今更驚きはしない。
龍だの精霊だのがいるんだ。神がいたっておかしくないだろう。
「剣神だか魔神だかっていうのは?」
「そうですね……その身に持つ加護や武器に反魔法系統の力がない限りは無理かと。そして、あなたは魔法が使えない。まあ、早い話、やってみればいいのです」
ユリアはどうぞとドーム型の建造物へ手を向ける。
「いいのか?」
「ええ、もちろん。本当にアインさんたちの力が想像を絶しており、危険が外に漏れてからでは遅いですからね。自信はありますが、自惚れるつもりはありません。異界の力は未知ですから」
「慎重なんだな」
「ふふっ、まあ、これでも国王ですからね」
「は、そりゃそうだ。よし——熱対策は万全か?」
ヘルムを装着しつつ、二人を窺う。
ユリアは身体に橙色のオーラを纏わせて頷き、フィーアもまたヘルムを被って準備万端といった様子で頷いた。
「フィーア……一応言っとくが、お前のはなしだぞ?」
「えーっ!」
「えーじゃねぇよ。お前のは広範囲殲滅用だろうが。やる意味がねぇよ」
「で、でもでも! 私、ここに来てからまだ一回しか……」
黒く長い髪を揺らして駄々をこねるフィーアの頭を軽く撫でる。
だいたいにして、問題はそれだけではない。
「浄化装置がない現状で、お前の最大出力の水爆を使えばここら一帯が死地になる。ユリアの国民にも被害があるかも知れねぇ。それはお前も望まないことだろ」
「……分かった」
渋々といった様子で頷いたフィーアの頬がなんだか少しだけ緩んだ気がしたが、気のせいだろうか。
「——【All】【Free】」
『全主砲を起動。自由射撃モードに切り替え完了。反動準備完了。射撃準備完了しました』
俺の思考を読み取って、砲口が視線の先——ドーム型の建造物へ向く。
「さて、じゃあ遠慮なく——【Fire】」
刹那、視界が真っ白に塗り潰される。
遅れて轟音。
地を削り、空を裂いた破壊の奔流が収まり、激しく舞った砂塵が晴れる——と、そこにあったのは、微動だにしない建造物だった。
隣からくすりと自慢気な笑い声が聞こえたのは、気のせいではないのだろう。
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