0007 ちょろくないんだからねっ!?


「つか、これあとどのぐらいで着くんだ? あまり急いでる風には感じないが」

「そうですね……早ければ明後日の夕刻には」

「明後日……?」


 今までの時間は情報共有という目的があったからいいが、ここからは無駄でしかねぇな。

 ていうか、明後日まで待ってたら死ぬ。


「馬車降りろ。俺が担いで移動したほうが十倍は速い」

「な、担ぐなんて……その手には乗りませんよ。発言は許しますが、接触は許しません」


 ユリアは両腕で自分の身体を抱いて軽蔑の眼差しを向けてくる。

 なに言ってんだこいつ。


「いや、ふざけてる場合じゃねぇっつーの」

「どの口が!」


 凄い剣幕で怒鳴られた。

 いや、俺ここに来てまだ一回もふざけてないんですけど、俺はいつも大真面目だったよ?

 怖いから、その、なに?

 魔法陣みたいなやつしまってくれる?


「ど、どうどう」

「わたしはいつからあなたの犬になったんですか!? とんだ変態さんですね!! ていうか、やっぱりふざけてるじゃないですか!」

「いや、そんなアブノーマルな性癖はないよ? 俺も慣れてないし正常位からだと助か——」

「そんな話はしていませんっ!!」


 髪を逆立てて、ふーっと威嚇する猫のように息を吐き出す。

 まじ怖ぇ。なんだよ、じゃあ、なんの話だよ。


「あれ? なんの話してたっけ?」

「あ、あなたが急にわたしを担ぐなどと言い出したのでしょう……?」


 ああ、そうだ。

 そうだった。

 いや、本当にふざけてる場合じゃなかった。


「いや、真面目に時間がねぇんだよ、そう、うん」

「時間がないって……」


 そこまで言って、ユリアははたとなにかに気づいたような表情を浮かべた。

 そして続け様にその顔は青ざめていく。


「まさか……一定の条件、というのは」

「そういうことだ。あと十七時間もすれば、俺たちの身体は爆発する」


 ちょっと深刻な雰囲気を醸し出しながら告げると、ユリアは勢いよく俺の両肩を掴んだ。


「なぜそれを早く言わないのですかっ! もうっ、本当にあなたという人は……っ‼ 十倍の速さで移動できるというのは事実ですかっ? あなたの爆発を止めるのに何時間かかるのですか? 今からでも間に合うのですか⁉ 急がなければっ!!」

「お、落ち着け落ち着け、お前が慌ててどうする。お前が耐えられるのなら、十倍どころかそれ以上出せる。爆発を止めるのに何時間かかるかは分からない。故に、今から間に合うかどうかも分からない」


 完全にミスった。

 超深刻な雰囲気になっちまったよ、どうするよこれ。


「わ、わたしがっ、質問なんてしていたせいで、時間が無駄に……っ」


 あー、もう、泣くのやめろよ、この泣き虫アホか。

 アホだろ、お前。


「お前と話していた時間は情報の共有のためには仕方のない消費だ、お前が気にする必要はどこにもねぇ」

「そ、そんなものっ!! あなたが生き残ってからすればいい話でしょう……っ!」

「——うるせぇ、黙れ」

「なっ!」

「死んだらなにも返せねぇだろうが。俺はなにかを与えられるだけの人生なんて……もう、嫌なんだよ、くそったれ」


 今までいろいろと奪われはしたが、その分兵器としていろいろ与えられてきた。

 それはくそみてぇなもんかも知れねぇけど、自分がなにも持っていないことを痛感するのには充分だった。


 あんな情報なんかで恩を返せるだなんて思っちゃいない。

 そもそも、俺だって情報をもらっている。

 けれど、なにもしていないよりはマシだ。


「それに、俺はお前みたいになにも知らない相手を信用できるほどお人好しじゃねぇんだよ。お前がどういう人間なのかなんてことは、話してみなきゃ分からねぇだろ」

「それは、そうかもしれませんが……でも」

「んなこと今更言ったとこで時間が増えるわけじゃねぇだろ。失った時間は取り戻せない、俺たちが考えるべきは今からどうするかってことだけだ」


 この言い争いこそ時間の浪費である。

 下着だの露出だのと騒いでいる場合ではない。

 誰だよ、頭おかしいんじゃねぇの。


 まあ、どうするもこうするも、この現状で選べる選択肢は一つだけだ。

 ユリアもそれは分かっているだろう。


「……あ、あまり、変なところを、触らないように、お願いします……うぅ」

「……お前はまず男心を理解したほうがいい」


 そんなことを顔を真っ赤に染めて言われたら触りたくなるのが男という生き物である。

 なんなの、誘ってんの?

 はあん、世の中の男はこうやって過ちを犯すわけだ。


「そんなに恥ずかしがるくらいなら、フィーアに運んでもらえばいいだろうが。別に俺じゃなきゃいけねぇ理由なんてねぇんだし……お前がどうしても俺が——」

「はっ!? そうですね! 是非!」

「——最後まで聞けよ、くそ」


 そうと決まればすぐ行動。

 相変わらず爆睡しているフィーアの頬を軽く叩く。

 が、起きる気配なし。


「おい、起きろアホ」

「んん〜、あと五日ぁ〜」


 長えよ、テンプレかよ。


「【Lock-on】」

「わーっ! 起きるっ! 起きたよっ!! おはようお兄ちゃんっ!」

武装解除ディザーマメントしてるっつーの。寝呆けてんじゃねぇ、あと、従来機と呼べ」


 こいつのお兄ちゃん呼びに対する欲求はなんなんだ、まじで。

 つーか、ガチで寝てたのか……二度と外では寝させねえ。


 フィーアはぐぐっと伸びをして、ハーフアップの黒髪を整えながら、


「ケチくさいなぁ。ふぁ……で? なに? 話は終わったの?」

「お前が爆睡してる間にな。馬車降りて飛ぶぞ、あとよだれ拭け愚妹」

「ぐ、愚妹だなんて……へへー」

「うわぁ、面倒くさい」


 これであとはユリアに馬車を止めてもらうだけだ。

 ここまま飛び出しても問題はないが、一応ユリアの口からベルンハルトたちに伝えておくべきだろう。


 視線を送ると、ユリアは意図を察して頷く——


「——止まった? なんだ? なにか通信手段があるのか?」

「……いえ、特にそういったものは」


 つまり、なにかしらのトラブルがあったということか?

 いや、俺たちに会ったときのように旅人にでも遭遇したのかもしれない。


「確認しないのか」

「……一応、今は隠密で動いているのです。あなたたちに名を教えたのはどちらにせよ知ることになるからであって、誰彼構わずというわけではありません」


 隠密?

 だから、身元やらなんやらを訊かれたのか。

 報告待ちか……待つのはあまり好きじゃないんだが。


 そのまま数分が経っただろうか、唐突に扉が大きく一度ノックされた。

 同時にユリアの顔が強張る。


「敵か?」

「はい、おそらく……ベルンハルトたちでは対応出来ない」


 一回なら対応不可能な敵、二回なら対応可能な敵というところだろうか。


「分かった、俺が出る。フィーア、大丈夫だろうとは思うがお前も一応来い。あと、ユリア、熱が伝わりにくくなる魔法とかがあれば使っておいてくれ。出来れば光も。御者ぎょしゃがいなくても走れるなら逃げろ」

「りょーかーい」

「え、いや、でも、わたしも——」


 戦える、とかそんなことを言おうとしたのだろうユリアの言葉を遮る。


「王がそんな簡単に戦場に出んな。なんのための護衛だ」

「見捨てろ、と……?」


 兵の命に一喜一憂する王は優しい王だろう。

 国民にも慕われているのではないだろうか。

 しかし、


「緊急事態に逃げる選択が出来ない王は愚王だ。国民にとってあいつらの代わりはいくらでもいるが、お前の代わりはいねぇのを理解しろ」

「誰かの代わりになれる者などっ」

「——そもそも、俺が出るんだ。負ける理由がねぇよ」

「うんうん、ユリアはちょっと私たちを舐めすぎかなぁ。信用してよ、少しでいいからさ」


 フィーアの言葉に、ユリアは言葉を詰まらせる。


「さあ、いこうか」

「おっけー!」


 馬車から飛び出す瞬間、背後から「ごめんなさい」と声が聞こえた気がした。


        × × × ×


 むわっと、炎の中に飛び込んだような錯覚に陥る——否、それは錯覚ではなく、俺たちは実際に炎の中に飛び込んでいた。


「「【Fully armed】」」


 電子化デジタイズしていた主砲や副砲を呼び出し、完全武装になる。


 周囲を見渡してみれば、一面が炎に包まれていた。

 端々に戦闘痕のようなものも見える。

 走り出す馬車を見送りながら思う。


「この熱でよく耐えてたな……」

「魔法じゃない? 輻射熱に耐えられるならたかだかこの程度の火くらい余裕でしょ」

「それもそうか」


 それにしても視界が悪い。

 これは反響定位エコーロケーションをメインに使ったほうがよさそうだ。


 敵の位置を確認して、歩きながらフィーアと話す。


「作戦は?」

「——敵を殺せ、以上」

「簡単なお仕事は好きだけど、情報とか聞き出さなくていいの?」

「隠密で動いている王を狙って来たなら、相手も隠密、あるいは作戦の中核は知らされていない可能性が高い。やるだけ無駄だし、そんな余裕があるかどうかも分かんねぇ」


 あのドラゴンがそれなりに脅威なのは分かったが、おそらく神だの王だのというやつはそれよりも上位なのだろう。

 もしもそんなやつが出て来たら生け捕りに出来る自信はない。


「あんな大口叩いたくせにー」

「この世界の最大をまだ話でしか知らねぇからな。あれは見栄だ、兵器として——いや、男としての」


 フィーアはからかうような口調で、


「なに? 惚れちゃったの? ていうか、私も可憐な女の子なんだけど!」

「別に惚れちゃいねぇよ。ただ、たまには格好つけるのも悪くねぇ。家族に格好つけてもしょうがねぇだろ」


 というか、見栄と言うより意地に近いのかもしれない。

 あいつはどこか俺たちを舐めてる感じがしたからな。


「お兄ちゃんもそういう年頃かぁー、っと、はっけーん!」


 フィーアの言葉通り、敵だろう四人の姿とベルンハルトたちの姿を目視で捉えられた。


「従来機だっつーの。ベルンハルトたちの救助を優先、そのあと一気にケリつけるぞ」

「はいはい、了解ですよ」


 俺とフィーアはぐっと膝を折り、思い切り地面を蹴り上げる。

 敵は俺たちに気づいていたようだが、魔法はこの速さにはついてこれないようだ。


 直前で急減速し、俺が三人、フィーアが二人を引っ掴んで、再び地面を蹴る。

 数秒で一キロほど離れた地点に到着して、混乱しているベルンハルトたちを降ろすと、彼らは思いの外重傷を負っていた。


「実力差は?」

「その怪我、自分たちで治せる?」


 ベルンハルトは焼け爛れた顔半分を片手で覆いながら、


「……なぜ助けた。ユールヒェン様は、ご無事なのか……っ?」

「もう逃がした。その傷を治したら追え。治せねぇならそこで待ってろ、すぐに戻ってくる」

「ま、待てっ! 俺はまだ……」

「——その身体でか?」


 ベルンハルトは右腕を失い、脇腹は鎧ごと抉られている。

 俺たちならまだしも、普通の人間なら、このまま放っておけば死ぬだろうというレベルの重傷だ。


「はっきり言って足手まといだ。そんな身体で戦うことのどこにも名誉なんてありはしない。お前の主君が望むことを、お前はよく考えたほうがいい」

「なるべく早く戻って来るから、治療出来るなら大人しく治療しててね」


 その場で衝撃波を起こすわけにはいかないので、徐々にトップスピードまで上げていく。


「ま、トップスピードになる前に着くわな」

「そりゃね」


 止まった俺たちを探知して追ってきていたのか、先よりも短い時間で敵の眼前に辿り着く。


 魔導士っぽいのが二人、剣士が二人、弓使いが一人か。


「……新手か? 見慣れない格好だが」

「悪いな。のんびり喋ってる暇はねぇんだ——【Lock-on】【All】」

『ターゲットをロックオンしました。全主砲を起動。並行して精密射撃システムを起動。射撃準備、完了しました』

「ねえ、私の出番……」

「一応っつったろ——【Fire】」


 轟音と光の奔流。

 凄まじい衝撃波を伴って、四つの主砲から光線が吐き出される。


「うっわぁ、容赦ないなぁ……」


 光が収まると、そこにあったのは削れ焼け焦げた大地だけだった。

 跡形もなく、か。

 あのドラゴン並の防御性能はないわけか——


「——【Fire】」


 続けざまに上空に向けて同様の光線が伸びる。


「逃がしたか?」


 しばらくすると、少し遠方に魔導士っぽいやつが一人堕ちてきた。


 どうやって避けたんだろうか。

 しかも二回も……いや、見る限りでは完全に避けられたのは一回目だけだったようだが。


「ごほっ……」


 右肩から腰までが消滅した魔導士は這いずりながら血反吐を吐く。

 ……生命力が高いな。


「おい、お前、今どうやって避けた」


 問うと、魔導士は首を微かに動かし、


「——し、ね」

「ははっ、死に際に強気なやつは嫌いじゃねぇよ。自分から挑んどいて命乞いをするようなやつよりよっぽど好感が持てる。じゃあな——【Fire】」


 三度目の正直。

 確実に人型の生物の生態反応が消え去ったのを確認して踵を返す。


「私、ユリアの護衛でよかったでしょ」

「念には念を、だ。あいつも弱いわけじゃないだろうしな。お前がいなきゃベルンハルトたちを運ぶのに二往復しなきゃいけなかったし。お前は必要だった」


 フィーアは焦ったように手を突き出し、わちゃわちゃと忙しなく動かす。


「い、いや、そんなこと言ってもダメー! 私はそんな、ちょ、ちょろくないんだからねっ!?」

「……アホか」

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