0006 セクハラ。


「それでは、あの戦闘服はあなたたちの肉体から造られているのですか?」

「まあ、そういうことだ。大抵の攻撃には耐えるし、バトルアーマー自体に再生能力がある。っつっても、俺たちの世界じゃ腕の一本や二本消し飛んだところで普通に生やすことが出来たからそこまで特殊な能力でもなかったが」

「あなたたちの世界、ですか……。やはり、信じ難いですね、こことは別の世界があるだなんて」


 馬車に揺られること一時間。

 バトルアーマーや、兵装の説明、俺たちが本当はどこから来たのか等々をユリアに話した。


 信じ難いとは言うものの、一応は信じる方向で話を進めてくれるらしい、それでなくては困るのだが。


「とりあえず、わたしの聞きたいことは以上です。あとは気になったらということで。なにかわたしに訊きたいことがあれば、どうぞ」


 訊きたいこと、か。

 いろいろあるが、まずは一番重要なことを訊こう。


「ずっと気になってたんだが……」

「はい? なんでしょうか?」

「お前それ後ろから見るとほぼ半裸だけど下着つけてんの?」


 俺の質問に、ユリアは一瞬固まって、わざとらしく咳払いをする。


「こほん……なんでしょうか?」

「無視かよ」


 真剣な表情でユリアを見つめ続けると、彼女は盛大にため息を吐き出し、心底嫌そうに、


「隙あらばセクハラするのやめていただけますか。……下着はつけてます」

「なん、だと……っ!」

「なんで残念そうなんですかね……本当に、呆れる」


 いや、だって、つけてないと思うじゃん!

 そんな背中丸見えの服着てたらさ!

 胸部に穴とか空いてたらさ!

 なにをどうやってつけているんだ……そんなところばっかり発展しやがって!!


「男の夢が……浪漫が……」

「とても女性の前で口に出す言葉とは思えませんね……。というか、ふざけてないで訊きたいことがあるのならさっさと訊いてください」

「誰がふざけてるって!? こっちはくそ真面目だったっつーの!! ……はぁ、まあいい。そうだな、じゃあ、魔法について詳しく教えてくれ」

「最初からそういう質問をしなさいと言っているのです。魔法について、ですか……確か魔法のない世界から来たと——」


 そこまで言って、ユリアは唐突に口を噤む。


「どうした?」

「いえ、その、わたしたちは生まれながらに魔力、魔法を生み出すための力を内包しており、それを探知することで敵の接近を把握するのですが……」


 へえ、と流しそうになり、途中で違和感に気付く。

 俺たちは魔法のない世界から来た。

 おそらくだが、この世界の空気に混じっているのは魔力だろう。


 つまり、俺たちの世界にはそもそも魔力がなかったということになるのだが、しかし、それならどうして——ベルンハルトたちは俺たちを探知出来た?


「あなたたちには魔力があります」

「だが……魔法は使えないぞ?」

「空気中に魔素が満ちていなければ魔法は具現化しませんし、使おうと思って使えるものではありません」


 魔素? これは魔力じゃなくて魔素なのか……?


「魔素と魔力の違いを教えてくれ」

「そうですね……魔素は魔力の元で、魔力は魔素の集合体です。イメージ的には霧と水のようなものだと思っていただければいいかと。空気中に魔素が満ちている、魔力が必要量ある、双方の条件を満たしている状態でのみ魔法を使用することができます」

「それじゃあ、魔素が満ちてなければ魔法が具現化しない理由は?」

「そのまま空気中に放出すれば霧散してしまう魔力を安定させるのが魔素なのです。つまり、水と霧と言えどもその性質は体内で確実に変異しているわけですね」


 酸素を吸って二酸化炭素を吐くのと似たようなもんだろうか。

 とりあえず、この世界の空気中には魔素とかいう幻想物質が含まれていることは把握。


「魔法の使用方法は?」

「いろいろありますが、一番簡単なものは詠唱を唱えて、杖を媒体に発動するものですね」


 媒体?

 なんか複雑そうだな……ファイアーとか叫んで炎が出るわけじゃないのか。

 それだったら、俺も何回か炎出してるか。


「杖を媒体にする利点は?」

「職人の造った杖には魔法の術式が組み込まれているので、術式を理解する必要がなく制御もそれほど気にせず使用出来ます」


 術式を組み込む、か。

 それが魔術的加工というやつだろうか。


「欠点は?」

「欠点というほどではありませんが、基本的に三種類しか魔法は使用出来ません。四種類以上使用したければ自分で覚えるしかないので、杖は自分の覚えていない魔法を使うために補助的に持つ方が多いですね」


 補助器具か。

 つまり、実戦では杖を使用しない時間の方が長いと。


「魔法は誰でも使えるのか?」

「そうですね、杖やスクロールと呼ばれる媒体を使用するものなら誰でも使用出来ます。ですが、高度な魔術になると戦闘中に術式を組み立て魔法陣を展開、詠唱で発動しなければならないものもあり、そういったものは魔力の量が多い魔術士の才能がある方でなければ使用出来ません。簡単なものは誰でも使える、難しいものは限られた者だけという理解でいいでしょう」


 俺に魔術士の才能はあるだろうか……出来れば魔法を使ってみたいが。


「そういえば、属性とかはあるのか?」

「はい、ありますよ。属性魔法を使用するためには精霊の加護を受けなければなりませんが」

「精霊の加護? ああ、ドラゴンとかいたが、他にもやっぱり魔物みたいなのがいんのか?」

「ドラゴンと対峙したのですか? 魔物……?」


 魔物で通じないのか?

 この世界でなんて呼んでるのかが分からない。

 まさか、動物でいいのか?


「いや、角が生えた馬とか、そういう精霊とか、頭の二つある狼とか」

「ああ、魔物と呼ばれているのですね……、それもそちらの世界の創作物に出てきたものなんですか?」

「そうだな。俺の世界では馬に角とか羽とか生えてないし、狼だって人間よりでかいのはそうそういない。ましてドラゴンなんて一体もいやしない」

「そうなのですか……。この世界では、どんな動物にもなんらかの特徴がありますね」


 あんなのがうじゃうじゃいんのか……。

 これ助かったとしても生きていけんのか?

 ドラゴンが大量に襲って来たら終わりだろ。

 あの狼でもやばいぞ。


「ドラゴンはなんであんなに防御力が高いんだ? あれも魔法かなにかか? 死んだあと狼に噛みちぎられてたが、死ぬと効果がなくなるなにかがあるのか?」

「それはおそらく種族的耐性と身体強化によるものですね。死後は魔力が体内から抜けてしまうので防御力は著しく低下します——って、ドラゴンを殺したのですか⁉ 二人で!?」

「お、おう……そんな驚くことか? ていうか、一人だったけどな」

「一人で……いえ、ワイバーンなら、あるいは」


 ワイバーンというのはあのワイバーンだろうか。

 だとしたら、それとは違うやつだと思うが……ドラゴンを殺すのがそんなに一大事か?


「全長十メートル、赤い鱗のドラゴンだった。翼と前脚は繋がってなかったぞ」

「それは、おそらく赤竜の幼体ですね……よく戦おうと思いましたね」

「殺気飛ばされたからな。売られた喧嘩は買う」


 俺の答えにユリアは本日何回目かのため息を吐き出し、


「アインさんはどうしようもない変態ですが、折角助けた命を無駄にして欲しくはないので、この世界で絶対に逆らってはいけない存在を教えておきます」

「はあ? いいよ、面倒くせぇ」


 つーか、変態じゃねぇし。

 俺を変態とするなら、男は皆変態だし。


「——聞きなさい」

「は、はい……」


 なに、怖いんだけど。女怖え……。


「まず、神と呼ばれる者が現れたら抵抗せずに逃げること。剣神、魔神、死神あたりは本当にやばいです。それ以外にしても、一人で国を滅ぼす力を持っていると言われています」

「自称なのか?」

「いえ、その圧倒的な強さからそう呼ばれているのです。あとは、人間以外だと、龍王や蛇王、獣王など、王の名を冠している生物には絶対に手を出さないでください。この辺りは生息域が判明しているので、近づかなければ大丈夫です」


 なんだよ、やばいやつ多過ぎじゃないの?

 よくそんなとこで生活出来るわ、頭おかしいんじゃねぇのか。

 自分が生態的頂点に立ってなきゃ怖くて夜も眠れねぇよ。


「まあ、俺が一番強くなれば大丈夫だな」

「無理ですね。格が違います」

「どうして断言出来る? 俺は一応、史上最悪の兵器だぜ?」

「あなたがいくら強くても地震には勝てないでしょう? そういうことです。抗えない天災、故に神なのです」


 にわかには信じ難い。

 俺は今まで生きてきて、身体が傷ついた経験がない。

 水爆の一発や二発なら耐え凌ぐバトルアーマーに、それとほとんど同質の身体。


 剣神なんて言われても剣を弾く未来しか見えないし、死神なんて嘘くさいとしか思えない。

 本当に負けるのだろうか。

 天災と言うのなら、俺も充分天災だ。


「……あまり、危険に飛び込むような真似はしないでください。あなたのことなど好きではありませんが、生きていて欲しいとは思うんです」

「その前置きがなかったらかわいかったんだがな……。死ぬつもりはねぇよ、俺だって死にたくはねぇ。でもな、もし自由が手に入ったのなら、俺はなにも気にせずにやりたいことをやりたい」


 もちろん、やりたいことの一番は、生きたい、だが。

 でも、この身体に埋め込まれた爆弾と違って、それが百パーセントではないのなら、俺はそれに縛られたくはない。


「あなたにかわいいとか思われたくありません。襲われそうなので。……今までの人生を聞く限り、その欲求は満たされるべきだと思います。ですが、自由と身勝手を履き違えないでください。あなたには、あなたが死んで悲しむ人がいるのでしょう?」


 言って、ユリアは「ふへへ……お兄ちゃぁん。ぐふ」とか言いながら爆睡してるフィーアをちらりと見て目を背ける。

 おい、背けんな、気持ちはわかるけども!


「まあ、なんですか。わたしは別に人の趣味にとやかく言うつもりはないので……」

「違ぁぁぁああう!! 全然違うから、そういうイケない関係にはなってないから! つか、こいつなんの夢見てんだよ……幸せそうな顔しやがって腹立つ、殴ろうかな」

「幸せそうな人を見てどうして殴るという結論に至ったのか本当に疑問なんですけど……幸せな人になんかされたんですか?」

「いや、特になんも」


 むしろ、人を不幸に陥れてきた側の兵器にんげんである。

 人の不幸は見飽きた。


「死ぬかもしれねぇのに、幸せ一杯ですみたいな顔してられんのが腹立つんだよ、くそ。なんでも出来ると思いやがって……」


 寝ているフィーアの頬を摘んだり引っ張ったりしてみるが、「ふむぅ」だの「むー」だのとつぶやくばかりで一向に起きる気配がない。

 なんでさっき起きたんだこいつ……もしかして寝言だったのか?


「……すき」


 本当に寝てんのか怪しいレベルだな、これ。

 ていうか、本当に寝てるとしたら、二度と外で寝んな。

 俺が恥ずかしいわ。


「はあ……本当、勘弁しろよ。なんとかしてやりたくなるじゃねぇか」


 もちろん、もともとなんとかするつもりではあった。

 でも、やっぱり不安が大きかったのだ。

 なんでも出来るわけじゃないのだから。


 不安は消えないけれど、もう少し傲慢にいこうか。

 こいつがこれだけ信じてくれる俺を俺自身が信じないでどうする。


「ふふっ……」

「んだよ」

「いえ、別に。……あ、でも、変態さんって絶対身内に甘いタイプですよねー」

「とうとう名前が変態になっちゃったよ……名誉毀損だ。まあ、身内に甘いのは否定しない」

「強姦さんのほうがよかったですか?」

「強姦さんはまじで勘弁して欲しいです」


 なんだよ、強姦さんって。

 超強そうじゃん。

 そんなあだ名で呼ばれた日には自殺する自信あるわ。

 史上最悪を自殺に追い込むとか強姦さん超強え。


「まあ、改めて欲しければ今後一切そういった発言をしないことですね」

「ぐぁぁぁっ! それは無理だぁぁぁぁぁ!!」

「そんなにですか!?」

「お前、毎日毎日戦争戦争でかわいい子と一切喋ったことがねぇやつの気持ち分かんのかよ! くっそつまんねぇんだからな! ちょっとぐらいセクハラしたっていいじゃねぇかっ!! 減るもんじゃあるめぇし」


 くぅ……俺だって、俺だって!!

 女性職員とペチャクチャ喋ってる男性職員の勝ち誇ったような顔を思い出しただけでも腹が立つ。


「それは、まあ、かわいそうだとは思いますけど……」

「もういい……どーせ俺は兵器だよ。人間と仲良くしちゃいけない存在だよ。ちっ、どーせならもっとイケメンに造ってくれりゃよかったのによぉ……イケメンならなにしても許されんだろ? はっ、本当世の中腐ってんな」

「なにをやさぐれているのですか……。というか、その、アインさんは整っているほうだと思いますが」


 そんな慰めはいらねぇよ、くそ。

 イケメンでもセクハラが許されないとか絶望しかねぇよ。


「はぁーあ……」


 金があればいいのだろうか。

 強さか? つまり、金持ちになれば条件は満たされるのか?

 そうなると当面の目標はやっぱり金稼ぎだな。


 頬杖をついて窓の外をぼんやり眺めていると、ユリアの声が耳に届いた。


「はあ……もう、分かりました! 分かりましたよっ! わたしが悪かったです!」

「は、え、なに急に……」


 驚いてユリアのほうへ顔を向けると、顔を真っ赤にしたユリアはそっぽを向いて恥ずかしそうに、


「……すれば、いいじゃないですか。セクハラ」

「……まじで?」

「た、ただし! わたしだけで我慢してください! 他の方に迷惑をかけるようならそのときはもう知りませんからね!」


 ……これは絶対に死ぬわけにはいかねぇな。

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