第11話 ノート忘れたンゴ

 「やべぇ! ノート忘れた!」


 生物学の講義の後、イグザミネーション・スクールズを出たリリアンがバッグに手を突っ込んで声を上げた。彼女の隣を歩いていた隆弘はタバコをくわえて視線だけをリリアンに向ける。


「取りにいくのか? 一緒にいってやろうか」


「いいよすぐだし! あぁー折角良いホモネタメモっといたのに!」


「てめぇは授業中になにしてんだよ」


 隆弘の呆れた言葉も見事に流し、リリアンは自分の持っていたバッグを彼に押しつける。


「ちょっと待ってろよー!」


 言うが早いか建物の中に戻っていったリリアンを見送り、隆弘はため息をついてタバコの煙を吐き出した。リリアンを1人でいかせるのは物騒ではないかとも思ったが、忘れ物を取りに行くくらいでついていくのは過保護な気もした。アリエルやエリンなら自然についていくだろうが、隆弘にはどうにも気恥ずかしい気がする。

 不意にリリアンの携帯電話から着信音が響く。

 『津軽海峡冬景色』は隆弘も聞いたことがあったが知っている歌手のものではなかった。男性の歌声だ。

 メールは違う曲だったのでおそらく電話だろう。エリンかアリエルあたりだったら自分が出ても問題あるまい。隆弘は多少の抵抗を覚えつつバッグから携帯電話を取り出す。

 表示された番号は知人のものではなかった。

 ただ末尾が警察のものだったので、考える間もなく慌てて電話に出る。


「リリアン・マクニールの携帯電話だが?」


 事件になにか進展があったのだろうか。電話の向う側からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『なんだ。隆弘か。リリアン・マクニールはどうした?』


 警察官のアーマンだ。本当に捜査に本腰を入れてくれているらしい。


「おっさんか。あいつなら忘れ物取りに言ってるぜ」


『じゃあ近くにいるんだな。何よりだ』

 

 アーマンの口調がどこか焦っているようだったので隆弘が眉をひそめる。


「なにかあったのか」


『ジャッキー・ボーモントに事情聴取を行おうとしたが、自宅に見あたらないんだ。電話をしても繋がらない。ただ、借家の自室から女性用ナプキンの入ったゴミ袋が発見された。お前、リリアン・マクニールの近くにいるなら1人で出歩かないようよく言っておいてくれ。こちらも早急にジャッキー・ボーモントを捜索する。今、おまえらの家に警官を2人向わせているところだ』


「わかった。悪いなおっさん」


『おい隆弘、間違っても妙なマネはするんじゃないぞ』


 最後のほうの言葉はよく聞き取れなかった。

 ジャッキーの自室からゴミ袋が見つかったと言われたあたりで携帯電話を握りしめたままスクールズに走り始めたからだ。講義はサウス・スクールで行われたからリリアンはそこにいるだろう。

 こんなことなら無理にでも一緒についていけばよかった。

 隆弘の後を追うようにタバコの煙が少しだけ残っていたが、風に吹かれてすぐに消えてしまった。

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