第6話 夢見悪すぎて他人の部屋で絶叫したンゴ

 エヴァンドロの部屋を借りて就寝したリリアンは夢を見た。荒らされた部屋に誰かが立っている。顔のよく見えないその誰かがリリアンに気付き、乱暴に腕を掴む。振りほどこうとしても逃げられず、人の形からぶわりと広がった影が自分を飲み込む。


――いやだ、気持ち悪い。気色悪い。気味が悪い。離して、触らないで、近寄らないで!


 真夏に放置した飲み水のような温度がぬるりと足に触れた気がした。生暖かい不快な感触に飲み込まれて、意識が遠のいていく。


――さわらないで!!


 自分の悲鳴で目が覚めた。


「……は、」


 心臓が激しく脈打っている。寝汗で全身がぐっしょりと濡れていて酷く不快だった。天井を見つめたまま深呼吸して暑かったので布団をはねのける。

 もう一度シャワーを浴びようかと思って起き上がり、動く気になれず視線をさまよわせた。

 腕を掴まれた感触が残っているような気がする。あの影に飲み込まれたあとはどうなるのだろう。現実に腕を掴まれる日が来るような気がする。飲み込まれる日が来るような気がする。その時自分はどうするのだろう。


――またあんな思いをするのは、嫌だ。


 手が震えていたのに気がついて腕を押さえる。コンコン、とノックの音がして体が硬直した。


「おい、大丈夫か。さっき悲鳴みてぇな声がしたぞ」


 男の声がする。さっき見たばかりの夢を思い出して思わずドアから距離を取った。背中が壁にぶつかるギリギリまで後退する。

 声は返事がないのを不審に思ったのかしびれを切らしてドアを開けた。暗い部屋に男が入ってくる。リリアンは夢を思い出した。黒い影に飲み込まれてしまう夢だ。腕を掴まれる夢だ。


「おい」


 低い声が聞こえる。誰かが自分のテリトリーに入ってくる。リリアンの喉が意志とは無関係に動いた。ヒュゥ、と妙な音が鳴って音が絞り出される。


「あ、あぁああああぁああああぁああ!!!!」


 ドアから入ってきた男が声に驚いて動きを止めた。闇に慣れたリリアンの目が捉えたのはクマのきぐるみパジャマを着た隆弘だ。

 彼はリリアンの悲鳴に心底驚いたようで、ドアを半開きにしたままリリアンの顔をまじまじと見つめる。


「……おい、大丈夫か?」


 問われたリリアンは強ばった体を無理やり動かし、笑みを浮かべた。


「は……はは、いや、夢見が……わるくてさ」


 震えが止まらない。隆弘もそれに気がついたらしい。なにか言おうとして結局言葉が見つからなかったようだ。口を閉ざした隆弘が部屋を出ていき、しばらくしてまた戻ってくる。その時にはだいぶ呼吸も落ち着いてきたので隆弘が部屋に入ってきてもリリアンの喉から悲鳴は出なかった。

 男が部屋に入ってすぐ足を止めると、ペットボトルに入った水をリリアンに投げて寄越す。

 リリアンが呆けた表情で隆弘を見ると、彼はフイと視線を逸らした。


「そんなビビるんじゃねぇ。別にとって食いやしねぇよ」


 低い声だったが、いつもより幾分か優しい声色だ。腰に手をあてて立つ姿はひどくさまになっている。服がきぐるみパジャマなのでその一点で全てが台無しだが。


「手間ぁかけさせやがって」


 幾分か優しい声色のまま呟いて、隆弘が部屋から出ていく。

 もらった水を少しだけ飲んだリリアンはまたベッドに潜り込んだ。

 今度はきっと朝まで眠れそうだ。

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