幕間。「人工知能が作った、ウイルスの話」

「――〝それ〟は、ある種の指方向性を持ったウイルスです」


 女が言った。年齢は若く美人。スーツを着ている。ただし、シャツがはみでている。長い黒髪には寝癖が残っていた。


「指方向性――〝それは人間性を破壊する〟そういうことかね?」


 窓のない執務室。豪華な調度品、身なりの良い初老の男が椅子に座った姿勢で尋ねる。女性は吐息をひとつこぼして「えーとですねぇ」と言葉を探していた。


「〝人工知能セカンドの連中〟が、生体ネットで配布中のナノアプリケーション。通称【エーテル】を体内ストレージにインストールすると、むしょうに〝創作活動がしたくなる〟んですよ」

「創作活動をしたくなる?」

「はい。創作活動です。まるで熱におかされたように、一時的になんらかの創作活動をしてしまう。現実、ネット問わずに作ったものを配布したくなる。それがこのアプリケーションの効果です」

「……つまり、中毒性があるんだね?」

「そこが微妙なところでして。純粋な医学的見地からすると、心身共に〝悪影響は認められない〟という報告があがっています」

「しかし、中毒性があるのだろう?」

「いえ、生体情報のパラメーターが一定値を下回ると、アプリは自動的に中断されます。むしろ、萎えた思考力や発想力は活性化され、年輩者の仕事能率は上がり、第二次成長期の若者には、衝動的なエネルギーが創作活動に回されて、良い結果をもたらしているとのことです」


「若者の衝動的なエネルギーとは?」

「反抗期と呼ばれるアレですね。理由もなく、むしゃくしゃしてやった。あの時は私も若かった。というエネルギーがすべて、なんらかの創作活動に費やされるそうですよ? なので【エーテル】が配布された生体ネット域では、若者による犯罪率が大幅に低下したとの報告もあります。特に麻取からの報告では、暴力団が流通している〝通常のドラッグ〟を求める学生が大幅に減り、さっぱり売り上げが出ないので、いつのまにか密売ルートが潰れていたのだとか」

「……いい話だね?」

「いい話です。タバコ・アルコール・麻薬。それらに続く第四の中毒性を持った嗜好品が、ナノアプリケーション【エーテル】だと言えますね」


 女は続ける。


「【エーテル】には、通常のドラッグと同じような依存性は現在のところ、正確には認められていません。少なくとも、心身を破壊して幻覚症状を見せる。通常の生活ができなくなる。といった事実はありません。先ほどもお伝えしましたが、あくまでも医学的見地からすれば、〝危険性のない生体電子ドラッグ〟という判断がなされています」

「つまり、法律で【エーテル】を禁止すると、ものすごい反感を買うというわけだ」

「でしょうね。特に生体ネットに依存している世代からは暴動が起きるでしょう。しかし実際、生体ユーザーの新規アイディアは、ここ数年で爆発的な増加傾向にあります。経済効果も十分に見込まれており、禁止すればむしろ、他国に技術面でも遅れを取ることになりかねません」


「――15年前に起きた〝創作性の不在危機〟の再来は?」

「懸念されています。ですが、当時と決定的に異なるのは、肝心の作品を生み出しているのが【AIU】ではなく、我々人間だということです。大方の見方としては、人工知能が15年前の〝失敗から学んだ成果〟として、改めてこのような手段を取っているのだという意見が、多数派を占めています」


「――では、新たな人工知能セカンドは、我々の味方なのかね?」

「クリエイターと呼ばれる人種。特に若い世代にはそうでしょう。クリエイティブな行いをする際のパートナーとして、数年の間に人工知能セカンドは必須と呼ばれるはずです。15年前の、あの時のようにね」


「なにか気になるところがあると」

「えぇ。私はひねくれ者なので、現在の状況を歓迎する気はまったくないんですよ。残念ながら」

「なにか理由が?」

「昔の話です。私が家にひきこもっていた時、痛々しい思春期を過ごしていた時期に〝上の一人〟と会話する機会がありまして」

「ホワイトボックスか」

「そうです。変な女性でしたよ。まぁいくつか言葉を交わしたところで、言われたんですよ。――あなたは本当に人間が嫌いな困ったちゃんね」

「ほう」

「たぶん、総理も一度はお持ちになられた感情だと思いますよ。――大人なんて、人間なんて、大っ嫌い――自身が大人になれば〝捨て去ってしまえる感情〟を、記憶という概念を持たず、歴史という事実のみをデータとして〝消し去ることのできない〟人工知能が、はたして人間を愛し、共に歩んでいこうとするんでしょうか?」


 女は最後に、こう締めくくった。


「それはちょっと、難しい話だと思うんですよねぇ」

  





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