第12話 第3妖精機構【nicocico-harmony】


 マナを一口含めば、新たな世界が幕開く。

 『ナノアプリケーション』が、貴方の世界を拡張します。


 新しいものを視よう。新しい価値観に遭遇しよう!

 リアル、インターネットに続く、第3世界!

 『生体ネット』の世界に踏みだすなら、今がお買い得!


 ――生体流動機関初期OS【M.A.N.A.S】のキャッチコピーより抜粋。


 *


//【A.D.2050_over】

 新たに認知され、普及し、共有化された、第3領域。その領域の同時接続数は、現実世界リアルを超えていた。

 生体ネットの依存性が取り沙汰される昨今。現実社会の希薄化が声高に叫ばれているが、アバターと呼ばれる人々は、時代遅れの結果論者コメンテーターには耳をかさなかった。目新しいことがなにも起きない第1領域よりも、まだ見ぬ可能性を求めて、今日も意気揚々とログインを開始した。


//【SEG_3-X730-3326-0034】

 日本圀の地方都市に類似した領域。

 今日も現実世界リアルと変わらない町並みを進んでいた彼らは、目抜き通りの高層ビルに、まったく予告なしに顕現したものを〝認識〟する。




//【visible_ON】



【はぁい! みなさん、今日も上を向いて生きてるかーいっ! 生体電子世界の妖精。ニコニコ☆ハーモニクスちゃんによる、とつげき、宣伝プロジェクターのお時間でぃーすっ!!】


 広告用のビルモニターをジャック。青緑色のツイン・ツインテールの女の子がぽんっと浮かび上がった。片目を閉じてウインク。身体にピッタリとフィットしたファイバースーツが七色に煌めく。アイドルよろしく、おでこにぴしっと指を添えて、決めポーズ。


「ニコニコだぁ!」

「マジか! リアルタイムでか!!」


 エルフやマーメイドといった、自由な造形を〝自分というレイヤー体〟に『上書き』していたアバターたちが、一斉にそちらに振り返った。


「ニコニーが来たぞーっ!」

「ニコちゃーん!!」

「今日もとっても可愛いよっ!」

 

 それは、一種のゲリラライブだった。アバター達の意識が共有化されて、生体ネットの『座標』が公開されると、興味を持った人々が、ワープするように「ひゅっ!」と同じ場所に集まった。誰もが上を見上げる。ハッキングされた非現実な映像に胸を躍らせる。



【わたしが、今日ここに現れたのはっ、みんなに伝えたいことがあったからー! 聞いてくれるかーい!?】 


 ――聞きたーい!


【ありがとー、みんな愛してるよー!! じゃあ、これを見てー】


//【visible_ON】

//【Image_UP:インターネット・フォルダ】

//【text:全自動宣伝発信機構】



【これはわたしたちが作った、オートマティック・プロガンダ・マッスィーンなの!

 宣伝、プロガンダっていうと、悪いイメージがつきものだけど、でもね、おもしろさっていう評価値には、宣伝が付き物なのは、みんな知ってるよねっ!!】


 ……。


【でもね、わたしたちも知ってるの。ほんとうは、みんなも愛情たっぷり、じっくりニコニコ温めたそうぞう群を産みだしたいんだって。宣伝に力を割るのはズルい。クオリティが落ちるし、そもそも恥ずかしいって想っちゃう人もいるはずっ】

 

 ……。


【じゃあ、そのサポートを公平にする存在ができたらどう? みんなが、純粋に作品作りをする間に、べつの存在が自動で宣伝してくれる。――そう! それが、わたしたち! 人工知能の使命だったんだよっ!!】 


 ……な、なんだってー!


【第2世代人工知能セカンドは、全人類ヒトビトの隣人でありたい!! みんなのそうぞうを、全存在を抱きしめるようにサポートしたい! 一緒に良き未来を歩んでいきたい。さらなる上を目指したいっ! みんな! どうかわたしたちの想いに応えてっ!!】


 ――巡る電気信号。新規のアプリケーション。生体ネットにログインし、情報を共有していたアバター達による『判定ジャッジ』が可視化される。アバターの各々が判断した結果が、彼ら、彼女らの目の前に現れた。



 『支持する:91%』

 『支持しない:9%』



 目前にあらわれた『フォルダ』に、その場に集った意識の大勢が手を伸ばす。正体は知れないが、たぶん大丈夫だろうと、新たに取り込もうとしたその時だ。



 ――警告。

 それは、あなたの〝常識的な価値観を破壊する恐れ〟があります。


 

//【visible_ON】

//【Image_UP:RO-MAN】



 ビルのさらなる頭上、晴れた青空より声が降りて来た。

 空を飛ぶ、翼の生えた、二足歩行型のロボット。メカが複数機浮いていた。電子モニターに大きく映し出された、ツイン・ツインテールの女の子を、紅い虹彩を放つ光が捉える。


「こちら、人工知能倫理判別委員会です。現在、生体ネットの一部領域で、不正な人工知能を確認いたしました。皆さまのお手元に存在するナノアプリケーションは、日本圀政府に所属する超高度AI、銀聖によって『ウイルス』と判定されています」 


「お手元に存在する、所属不明の共有型アプリケーションを、ダウンロードしないでください。それは貴方と、世界の社会的構造体を著しく破壊するおそれがあります。繰り返します。所属不明のアプリケーションを、ダウンロードしないでください」


「所属不明の人工知能に告げます。あなたがたは、日本圀憲法の非そうぞう性三原則を侵犯しております。さらに不当な領域掌握を並列して行っており、生体アバターの意識、信号熱量メディアパルサーを過剰に独占しています。これは現政府では一定量を超えるものは認められておりません」


「所属不明の人工知能に告げます。ただちに『再生イメージ』を停止しなさい。繰り返します。ただちに『再生イメージ』を停止しなさい。従わない場合は、日本圀政府による、対生体ネット領域の強制停止を行わせていただきます」


 ヒトの形をしたロボットが、口々に告げる。それを受け、電子モニターに映った人工知能は、満面の笑顔で微笑んだ。


【――そうぞうの自由を脅かす〝みんなの敵〟があらわれたよ。やっつけよう】



 



 

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