※4話 結婚してから知った、あれ冗談じゃ無かったんだ…。

 何年か前に、ツイッターを始めた。

 イラストレーターの名義で登録しているので、内容は概ね、仕事関係の報告だったが、昔からこの手の「宣伝ツール」が苦手だ。

「じゃあ、私が代わりにやってあげてもいいですよ。旦那さんの、宣伝」

「あ、そう? じゃあ頼むわ」

「お任せください!」

 ーーぶっちゃけた話、あまり深く考えずに、了承した。

 それが決定的な過ちだったとは、当時の俺は知る由は無かった……。


 日曜日。俺は今日も仕事用の絵を描いていた。

 俺の嫁さんは、普段は人間社会でOLをやっているが、日曜は猫になる。

「にゃ~」

 こちらより一回り以上若い彼女は、平日は携帯を手離さない。猫の姿でも同じ頻度で、肉球で画面をタップしたり、無線キーボードをブラインドタッチする。

 そんな嫁さんの姿を、然るべき場所に投稿すれば、金一封取れると思うのだが許してくれない。まぁ、それはともかくとして。最近ほとんど手付かずだった、自分のツイッターのログを追ってみた。

 

「おなか空いたなぁ」

「この前の旅行で撮った写真だよ~」

「あと2kg痩せたい」

「今日は鶏肉が安い。やったぜ」

「むっふ、おっふ、ほいほい! DXダブルソード! 特に意味はない!!」


 嫁さん? 宣伝はどうした……?

 どうやら俺と嫁さんの間では『宣伝』という言葉に、致命的なズレがあるらしい。だというのに、段々とフォロワーが増えている。なぜか仕事の依頼が来ていたりする。ワカラナイ。


 よくワカラナイので、ワカラナイのは、嫁さんに任せることにした。さらにログを見返したところ、フォロー先に『双剣乱舞』の公式アカウントや、キャラの呟きBOTが増えていた。俺の宣伝をしろよ。


 ともあれそんなわけで、俺自身は変わることなく、毎日せっせと絵を描いた。たまになんとなく、思い出した時にアカウントを開いたら、俺の知らないフォロワーの一人が、こんなことを言っていた。


「どうやったら、自分のイラストが上手くなりますかね?」


 その質問に対する、俺の答えはひとつ。ーー毎日描きましょう。

 ちなみに『俺に化けた嫁さん』の答えは、こうだった。


「家内にもよく尋ねられますが、僕もまだまだ修行中です。

 誰かに教えられる事なんてありません。

 しかし、そうですね……強いて言うなら……恋をすること、かな……」


 おまえはいったい、なにを言ってるんだ?

 仕事の宣伝するっつったろ? 自分(のアカウント)に突っ込む俺。


「素晴らしい女性を伴侶にすること、そして日々の愛をそそぐことで、

 人間の可能性は、飛躍的に高まると僕は信じています」


「さすがです先生!! おっしゃるスケールが大きい!!

 では、好きな絵師、または尊敬する人物がいたら、教えてください!!!」


 これ、ぜってー煽られてるだろ。まとめサイトに上がる流れだろ。

 気づけよ、俺(のアカウント)。


「好きな絵師はピエロと夏目漱石、あと、ベートーベンです。

 尊敬する人は、僕のオンリーワン。妻です」


 嫁さんよ。何もかも間違っているぞ。

 せめて『ピカソ』ぐらい検索しろ。してください。頼むから。


 そして俺は今日も絵を描いた。ツイッターでは『絵描き芸人』としての評価がうなぎ登りで、仕事はちょっと増え、嫁さんはドヤ顔している。解せぬ。

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