「嫁さんとうぃきぺでぃあ」

 うちの嫁さんは、猫又だ。日曜日は猫になるが、平日はネット回線に関連した会社で営業をやっている。


「あっ、旦那さんっ!」

「どした?」

「なにげなく、旦那さんのお仕事名で検索したら、トップページにwikipediaがでてきたんですけどっ!」

「……ウィキって、ユーザーが自由に編集できるやつ?」

「はい」

「それなら、だいぶ前からあったような」

「えっ、知りませんでした……」


 そんな妖怪の嫁さんを持つ俺は、フリーのイラストレーターをやっている。


「ねぇ旦那さん、書いてる内容がちょっと間違ってるんですが」

「変なことが書いてあっても、てきとうに読み飛ばしてればいいよ。誰が編集してるか分からないわけだしさ」

「いえ、見逃しておけません」


 嫁さんが、ちょっとすねた顔をしていた。内心、少しうれしく思った時だ。


「奥様のことを、世界でいちばん大事にしてると書いてません」

「……ん?」

「この記事には不足があります。間違いを編集しなくては……」


 真顔で言いだしたので、さすがに止めた。


 *


 うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。猫はだいたい気まぐれなイメージがあるが、嫁さんも例外ではない。


「ねぇねぇ、旦那さん。奥さんの記事も作ってくださいよー」

「記事って?」

「うぃきぺでぃあの記事です。旦那さんだけ、ずるいー」

「……記事になったところで、べつに印税とかでないから」

「そういう問題じゃないですよ。奥様だって、たまには目立ちたいじゃないですか」

「目立ちたかったのか」

「そのとおり。目立ちたい。たまには。わたしも」


 真顔で言いだした。


「嫁さんには大事な秘密があるだろ」

「えぇ。日曜日は猫になってしまうという、とっぷしーくれっとがありますわ」

「おかげで日曜は気兼ねなく、なにもせずに寝てられるよな?」

「べ、べつに、なにもしてないわけじゃないですよー? 旦那さんがお仕事に集中されてる間、ツイッターのアカウントを乗っ取り、宣伝担当してるじゃないですかー」


 それをヒトは、ただの暇つぶしとも言う。いや確かに効果あるけど。ありがたいけど。素直に喜べないのは何故だろう。


「そうそう。とりあえず十分に目立ってるじゃないか」

「目立つのは旦那さんじゃないですか。まったく」


 まったく、困った人だわ。とか言わんばかりだ。

 それはこちらのセリフである。


「とにかく旦那さん、うぃきでわたしの記事を、ちゃちゃっと魅力的に書いてやってください」

「アホなこと言うな。やだよ」

「なんでいやなんですか」

「面倒くさいからに決まってるだろ。自分で書けよ」

「自分で、自分の記事を編集するとか……」

「履歴書かな?」

「あ、もういいです。就活の苦労は二度と味わいたくないので」


 そして嫁さんのワガママは、露と消えた。

 やはり、ただの気まぐれであった。

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