「嫁さん、ちょっとえらくなる」

 

 うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。その正体は現代社会に生きる妖怪、猫又さんだが、平素は通信会社の営業職に、フツーの社会人として勤めている。そして今日の夕方、そんな嫁さんからメールが届いた。


『旦那さん、聞いて聞いてー! わたくし、昇進が決まってしまいましたよ!』


 入社して3年目のことだった。


 *


 平日の夜。そろそろ雪が降るかなといった年末に、うちでは小さなあかりと豪勢な肉が用意されていた。


「えーと、それじゃあ」

「わたしにカンパイ!」


 ちりーん。シャンパングラスがぶつかった。いくらか高級な赤ワインを口付けると、向かいでは嫁さんが一口であおっていた。


「んまーい! フフ、えへへへへ……ほめて?」

「いや、もう散々にほめたじゃん」

「にゅふふふふふ。もっとほめてよ~。褒め殺してよ~」

「すごいすごい」


 冬のボーナスもでたことで、いつにも増して強気だった。あと酒の勢いもあって、完全に酔っていた。さっきから赤ら顔になって、えへえへへ~、と笑いまくっている。不気味だとか言ってはいけない。


「にゃふふふふ……日本経済も、ついにわたしの価値観に気づきはじめたとゆーことですなー」


 浮かれまくっていた。ちなみに昇進といっても、役職や肩書が変わるわけじゃないらしい。聞いた話を要約すれば、翌年の新人が入ってきた以降、彼らを部下に持つ、チームの責任者に選ばれたようだ。

 それでも当初の予定とくらべると、昇給の幅は大きく、確かに出世みたいなものだといえた。


「うちの嫁さんも、えらくなったなぁ」

「そうですよー。わたしえらいんですよー」

「そうだなー」


 とはいえ、内心は不安である。

 旦那の俺が言うのもなんだが、新卒の方々は頑張ってください。

 朝の7時に、一人で起きられないこの人が、あなた方の上司ですよ。


「じゃあ、来年からはもう、朝は一人で起きるように。えらいんだから」

「それは無理」

「無理か。えらくなっても無理なのか」

「えらいので、今後とも旦那さんのサポートに頼る所存であります!」

「俺は秘書かなにかかな?」


 お高いステーキ肉を切り分けながら、そんなことを思うのだった。


「でもとにかく、おめでとう」

「ありがとうございまーす」


 ワイングラスを傾けながら、いつも頑張っている彼女を賞賛した。

 これからも、来年もまた、よろしく。

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