2話 以心伝心 = 妥協点 ÷ 2

 日々の生活が安定の兆しを見せはじめた今日この頃。

 うちの嫁さんと、ケンカした。


(――そろそろ、謝るタイミングかな)


 些細なすれ違いが起こると、いつもの流れまで軌道修正するのに、ずいぶん掛かるようになってしまった。


 一種の諦観と余裕。「まぁそのうちなんとかなるだろ。なってください。なれ」という、労力を対人関連のリソースに割り振りたくないと甘えていたのが主要因。


 副次的理由には、ここ最近、こっちの仕事が重なりすぎていたことだ。嫁さんと話をする時間すら取れず、ストレスを貯めていたらしい彼女に「某夢の国に、一度は行ってみたいんですね~」とそれとなく話題を振られた際に「自分が不思議生物なのに行ってどうすんだ?」と返してしまったのがいけなかったのか。


 関係がギスギスし始めたところ、決め手の一声がやってきた。


「旦那さん、最近いくらなんでも……冷たく、ないですか? もしかして、もしかすると、べっ、べつのヒトを好きになったとか……じゃない、ですよね……?」


 聞いた瞬間、面と向かって噴き出した。むしろ「可愛いなオイ」という感じで好評価だったんだが、


「なっ、なんでそこで笑うんですっ!?」


 一転して「あっ、やっぱ面倒くせぇ。今のナシで」という方向に加速した。表情にも露骨に出てしまったのか、


「どうせ私は、世間知らずのダメ山ダメ子ですよっ! 旦那さんとなんて釣り合ってませんよバカっ!! うわ~~んっ!!」


 すねた。それがちょうど一週間前のこと。同じ布団で眠らなくなり、一言も口をきかず、今日も姿を見ていない。改めて、何故ヒトは、同じ場所で誰かと生きようとするのか。愛とは。というテツガクテキな命題を考えて、十秒であきらめた。

 

 * * *


 日曜日の夕方。今日の仕事を片付けてから、家のどこかにいるはずの嫁さんを探すべく、家の中を歩き回っていた。探索のコツはいろいろあるが、ひとつは『戸が開いているか確かめること』だ。


 家の階段を上がる。廊下を突当たると、気持ち広めに隙間が生じている寝室に着いた。部屋にあがり、箪笥の向かいにある押入れの襖を見つめると、そこもまた少し隙間が開いている。


「嫁さん、こっちの仕事終わったよ」

「…………」


 よっこいせと、畳の上に座る。


「一緒に飯食べない?」


 日本の神話に出てくる天岩戸に話しかける気分だ。


「この度は全面的に俺が悪かったです。重なってた仕事も一区切りついたから、来週はどこかに出かけようか。行きたいところ、ある?」

「…………」


 闇の中から黄金の瞳が、キラリと輝いた気がした。続けて天岩戸、もとい押入れの中から、彼女のPCタブレットが差し出された。


「…………にゃあ」

 

『主が嫁と仲直りする手段は、これしかないぞえ……』と言わんばかりの宣託。予言を記したそれを丁重に受け取り画面を見る。


 『東京ディ○ニーリ○ート。セレブレーション・ホテルご予約』


 そんなに行きたいか。夢の国。


「………………」


 嫁さんは、ようすを見ている。試されていた。


「あー……じゃあ……うん……考えとく……来週は無理だけど考えとく。ほんとちゃんと考えとくから」


 俺も先延ばし戦法を取る、きたない大人になってしまった。


「にゃ~」


 それでも天岩戸、もとい押入れの中から、嫁さんが姿を見せる。てとてと歩き、甘えた声を出しながらすり寄ってくる。普段はそういった仕草を嫌うから、彼女なりにも「そろそろ謝るタイミングかな」と思っているに違いなかった。


「じゃ、降りるぞ。っと、その前に布団も取り込んでおかないと」

「にゃあ~」


 嫁さんのスマホを拾い上げる。部屋の電気を消してベランダに向かった。


「よいしょと」

「にゃ~」


 一日、たっぷり陽の光を吸い込んだ布団を取り込むと、嫁さんが嬉しそうに転がった。今日は久しぶりに、同じ場所で眠れるかな。




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