3話 ちょっとここらで、一休憩。
嫁さんと暮らすようになってから、元々は一人で住んでいた家の改築を行った。その一つが、キャットウォークだ。日曜日の嫁さんにとって、階段を上り下りする段数が抑えられ、たいへんバリアフリーな構造になったと自負していた。
ただ、嫁さんが猫又であるのは、俺の家族には内緒だった。幸いこっちの実家は、個人商店での洋菓子店(ケーキ屋)を営んでいて、日曜日は基本的に店を開けているので、今のところバレてない。
その代わり、日曜以外の日に両親が遊びに来ると、不思議そうな顔をされた。
「おい、なんで家の中に〝さるすべり〟が生えてんだ?」
昔から父親には、ケーキを作る以外のセンスが存在しない。さすがに自前のキャットウォークを〝さるすべり〟扱いされて文句のひとつでも言いたくなったが、そこは笑顔でごまかした。
* * *
「……ん、もう昼か」
俺はフリーのイラストレーターをやっている。普段は打ち合わせや営業だけで、その日が終わるのも珍しくないが、日曜だけは、必ず自宅で絵を描いている。
休憩は、昼にきっちり一時間。紙の新聞紙に目を通しながら、パンを二枚と、コーヒーを一杯平らげる。嫁さんは隣で猫缶ひとつと、ミネラルウォーターを一杯飲むのがいつもの流れだった。
ともあれ日曜は、基本的に不干渉であることが多い。平日は夫婦をやっているが、日曜日だけは、絵描きと猫という方がしっくりくるのだった。
* * *
「……あれ、いないな?」
仕事場から居間の方に移ったが、嫁さんの姿が見当たらない。大抵、机の上に置いた座布団の上でまったりしているか、お気に入りのタオルを敷いたバスケットの中で、すうすう寝息をたてているのだけど。
「嫁さん? おーい、ごはんにするよー」
いつもなら「にゃあ」と鳴いてやってくるのだが。返事がない。
「……?」
トイレかな。日曜専用のそこは、風呂場の隅に置いてある。猫又であらせられる嫁さんは、そこいらの野良と違い、礼儀作法と嗜みを身につけている(本人談)。
うっかり現場に遭遇してしまったら、ノックぐらいしてくださいと怒られる。
「嫁さん、いる? 入ってる?」
そんなわけで、俺は脱衣所から風呂の戸をノックした。昼間からそんなことをしている奴は、俺以外にいないんじゃないだろうか。
「おーい、開けるよー?」
少しだけ風呂の戸を押して中を覗いたが、朝に設置した猫用トイレあるだけで、本人の姿はどこにもない。
「べつに今、ケンカとかしてないよな……」
少し前、久しぶりに嫁さんとケンカした。自前の財布と時間を浪費することによって、無事に元の円満な関係に戻ったはずなのだけど。
(俺が仕事してる間に、なにかあったとか……?)
気持ち駆け足になる。まずは二階へ上がってみよう。そう思いながら一歩、廊下を進んだところで、
「にゃふ~……なふ~……」
さるすべり。ではなくて、キャットウォークの一つから、黒い尻尾が二本、垂れ下がっていた。
「そこは寝るところじゃないんですがね」
「……にゃふふ……」
ちょうど階段の踊り場にあたる位置だ。窓際から差し込む、春の日差しがちょうど気持ち良かったのか。うつ伏せになって〝だらーん〟と安眠していた。
「……にゃっふふふ……」
良い夢でも見てるのか、黒い三角の耳と尻尾が、ふりふり揺れていた。本当に、これはこれで可愛いのだから腹が立つ。見てるこっちが癒される。
「多少、適当やっても許されると思ってるんだろう?」
「……うにゃうにゃ……」
一緒に暮らし始めた当初は、女性的な魅力をアピールすることをそれなりに欠かさなかったと思うが、最近は完全に無防備だ。
「わがままやっても、猫になれば許されると思ってるんだろう?」
「……にゃにゃ~ん……」
ゆったり、ぐったり、まったり。
うちの嫁さんは、日曜日は実に適当に生きている。
「いいよ。それで」
なにかに追われるように生きるのは嫌いじゃない。毎日休まず、仕事を精一杯こなすのはむしろ好きだ。けど、ふとした拍子に息が抜ける。ほんの少し、誰かと同じ時間を共有してもいいかなと考える。
「適当に、俺の側にいてください」
うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。そんな彼女と暮らすようになってから、俺もまた、人生割と楽しく生きている。
これからも、よろしく。
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