この物語には、ドラマティックな男女の相違は、一切含まれておりません。

1話 ケンカするほど、仲良しだった頃。

 うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。一緒に暮らしはじめた最初の一年間は、とにかく小競り合いが絶えなかった。


「にゃあにゃあにゃあっ!!」

「だから……悪かったってば……」


 あの日もまた、しっぽが二股に分かれた黒猫は怒っていた。原因は、押入れの中に閉じ込められ、放置されたことだった。


「にゃんっ!」

「わかりました。以後気をつけます」


 日曜日に干した布団を、夕方に取り込んで、寝室の押入れに閉まった。その際に、押入れの中にいた彼女に気づかずに、布団を被せて戸を閉めて、そのまま一階に降りてしまったのだ。


 嫁さんの姿が見えないなー。と思いながら、夕飯の支度をして、風呂掃除をこなし、家計簿をつけていると、ぷるぷると毛並を逆立たせた嫁さんがやってきて、ひっかかれた次第だ。


「にゃあにゃにゃああんっ!!」

「はいはい。俺が悪かった悪かった」


 うちの押入れの襖は、当時すべりが悪くなっていた。猫の肉球パンチではスライドできず、布団にもサンドイッチされた状況では、内側から開くのは至難の業であったろう。後日改めて確認すると、大量のひっかき傷が目立つこともあって、新調した。


「ところでさ。そもそも、なんで押入れに入ってたの」

「にっ、にゃにゃにゃ……」


 そっ、それは……。


 妖怪猫又は、ぷいとそっぽを向いた。都合が悪くなった時に瞳をそらすという、実に人間らしい仕草をみせてくれる。


「に、にゃあ~お」

「ベタに誤魔化すなよ。ほれ」


 猫語のすべては、俺には一生わからない。だから文明の利器を差し出した。PCやタブレットに認識させると使用できる、外部接続用の無線キーボードだ。


「それ、子供の手に合わせてデザインされたやつだから、キー幅が広くて、今の嫁さんにもタッチできるだろ」


 人間の時は、パソコンが使える。一通りの知識も持っている。だから、猫になってもそのスキルは生きているわけで。


「ほら、なんで押入れに入ってたのか、チャットで説明して」


 PCタブレットのチャットを起動する。俺は画面を直接見ながら、肉声で返事をする。


 日曜嫁:「そ、それはぁ、だからー!」


「それはだから、なに」


 日曜嫁:「……押入れの中で、小一時間お昼寝していようかと……」


「やっぱりかよ。猫だなぁ」


 日曜嫁:「いいでしょ! 押入れの中でお昼寝してたって! 悪いのは旦那さんですっ! 中確かめないで布団放り込んで、閉めちゃって!」


「中で嫁さんが寝てるとか、知らないし。実家にいる時はどうしてたの」


 日曜嫁:「襖が少し開いてるかどうかで、確かめてたのかな……と」


「あぁ。なるほどね」


 所変われば常識もまた変わる。俺は嫁さんと結婚するまで、(彼女に言ったら怒るだろうが)そもそも動物を飼った経験すら無かった。意識のズレ、〝あたりまえ〟な感覚の差は広かった。


「じゃあ俺も、襖なんかの戸は、少しだけ開けておくのがいいのかな」


 日曜嫁:「そうですね。確認もしていただけると嬉しいです」


「わかった。その代わり、そっちも押入れで寝るのは自重してくれよ。日曜はできるだけ、俺の目のつく場所にいてくれ」


 日曜嫁:「わたし、子供じゃないですけどっ」


「慣れるまででいいから」


 日曜嫁:「……わかりましたー」


 それで一応、あの日の小競り合いは終結した。おたがいの〝あたりまえ〟の溝を埋めていく作業は、9割の面倒臭さと、1割の興味深さで出来ている。

 

 一緒に暮らしはじめた当初は、とにかくそういった『妥協点』を見定める為のケンカが突発的に起きていた。


 例えるならば衝突を繰り返し、坂を転げ落ちる雪玉の如しだ。やがて丸くなり、少々のことは『適当に見過ごしてやる』というスルースキルにポイントを振り、たまに甘い雰囲気になったところで、こんな事を言える様になるわけだ。


「ケンカするほど、仲が良い。って言いますよね」


 結婚して、実感した。


 ――雪玉が丸くなり、小競り合いが減った分。たまに衝突すると、そも妥協点が見いだせず、今度は長引くのだということを……。


 まったく。結婚なんてするんじゃなかったぜ。やれやれ。


 そう思ってしまう男性心理の10割は、たぶんこの辺りにあるのではないか。と現在の俺は思っているわけですよ。つづく。(早く終われ)  


 



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