「人と猫とお嫁さん ④」
「――先祖返り、というやつだよ。妖怪の血を継いできたモノ達はね、その血がひどく薄まってくると、本人の意志とは無関係に、その力が発現されるのさ」
「――この旅館にも飾ってあるけれど。まねき猫って呼ばれるモノがいるんだよ。妖怪に変化した猫たちはね、ニンゲンに〝福〟をもたらすのさ。それは、ささやかな違いではあるけれど、おまえの家は代々、周囲よりも栄えることができていた」
「――けれど、今のおまえには、そういった力はない」
「――おまえが、仮にこのまま大人になって、どこかの男と連れ添う日がやってきても。その男は自らの力で幸福をつかみ取らねばならないし、おまえもまた、同じなんだよ」
「――日曜日は、猫になる。それはもう仕方のないことだ。流れる血が起こす現象は、私たちにもどうこうできるものじゃない」
「――私もね、申しわけなく思っているよ。その運命を受け入れて生きてゆけなどとは言えない。だから、それも踏まえてこう言うんだ」
猫として、生きなさい。
ヒトの世界は、おまえには向いてない。
生きてるのがつらい。苦しいと嘆くなら。
そこから逃げても、誰も責めはしないのだから。
* * *
私は、日曜日、猫になる。
「――さん、嫁さん」
「……にゃ?」
「おはよう」
目を覚ました時の世界。その映り方で、自分がいま、どちらの生き物として生きているかを自覚する。
「にゃあ」
身体を起こす。ゆっくりと頭を持ち上げていくと、耳の先っぽに、こつんと透明な壁がぶつかった。
「……にゃ、にゃにゃ?」
「あぁ、ごめん。ケースのふた、開いてなかったなぁ」
旦那さんがくつくつと笑って、スマホの撮影カメラを向けてきた。パシャリと小さな音が届く。私を閉じ込めたキャリングケースの中で、寝ぼけていたところを撮られてしまう。ちょっと睨む。
「……にゃぁぁ」
「わざとじゃないよ」
絶対にわざとだ。普段なら怒って猫パンを繰りだすところだけど、今の状況を思いだして、がまんする。
今日は月曜日。本当なら私たちは、それぞれの世界で働いているはずだったけど、私の身体がこんなことになってしまったので、こっちの実家に帰省する最中だった。ケースのふたが開いて、私は一度、おもいきり〝伸び〟をした。
「にゃあ、にゃ?」
「うん。今は昼過ぎ。高速のパーキングエリアで止まってるけど、なにか食べる?」
「にゃあ」
自動車の後ろの座席から、助手席に飛び移る。置いてあるトートバッグに、ぎゅっと抱き付いた。
「猫缶でいい?」
「にゃあ」
「トイレは?」
「……にゃ」
それも。車の足置き場に置かれた、簡易用の猫トイレ。そこにさらさらと消臭用の砂を敷いてもらった。
「外には出る?」
「にゃーあ」
首を振る。猫の姿で外には出たくない。
「わかった。じゃあこっちも、ちょっとだけ外で休憩してくるけど構わないよな。窓は上の方だけ開けとこうか」
「にゃあ」
首を縦にふる。
「なにかあったら、スマホの短縮で呼んで」
「にゃあ」
緊急時のため、携帯には短縮で旦那さんのスマホに繋がるようになっている。文明の利器を把握している、猫又にしかできない特権だ。……今はただの猫だけど。
「じゃ、出てくるよ」
「にゃあ」
旦那さんは、スマホを持ってるのを確かめて、私にごはんと水、それからトイレを用意して出かけていった。窓にちょっとだけ張り付いて、彼の背中を見送ると、私のスマホが小さく震えた。ペチペチ、肉球でタップして操作。気を遣う。
おばあちゃんから、メールが来ていた。
「いま、おひるごはんなう。そちらは?」
おばあちゃんへ、至極どうでもいいことを、私の携帯に電子メールで送らないでいただきたい。それから、猫には電子メールなんてできないんですのよ。という意味合いを込めて、空メールを送ったら、
「?? 送信ミスかえ?」
と返ってきた。無視して猫缶を食べることにした。
(はぁ……実家に顔出したくないよぅ)
私のおばあちゃんは、とかく小言が多くてやかましい人なのだ。普段は田舎にある屋敷の内で、小さな畑を耕して暮らしている。他にも編み物をしたり、お茶を飲んだり、昭和時代のドラマや映画のリマスタリー版DVDを見たり、一人ぼっちで慎ましく、悠々自適に暮らしてる。
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