※31話 流行の価値観の変動。あるいは、メガネの似合う知的なお姉さんの話。
「この世界に、オリジナリティとかないからね。センスっていうのはつまり、時代に適した普遍性が、一山いくらになるかって話だよ」
俺は、フリーのイラストレーターをやっている。学校を卒業後、すぐにイラレになったのではなく、しばらくは都内のデザイン事務所で働いていた。
そこでは、特定の『キャラクター』といった区切りではなく、とにかく依頼が来ればなんでも『設計』する、会社組織だった。
「結局ね。みんな〝ヒント〟が欲しいわけ。奇抜な、新しい物を望んでいるわけじゃないんだよ。ただし、現状を打破できる可能性はいつでも探してる。だから、僕らの仕事は基本的に受身と考えるべきなんだ。相手が欲しがっているものを、こっちから引き出す。そうすれば、いつか上手くいくんだよ」
社長は、デザイナーとして名の知れた人で確かな実力を持っていた。しかし時には有名なその名前だけを頼りに、意味不明な依頼も大勢きた、けれど、その度に社長は相手が求めるものを『デザイン』し、提供した。
仕事が100%上手くいった事はない。失敗もあったが、それ以上の成功が、あの人の道にはついて回った。むしろ上手くいかなかったのは、最初から失敗が想定されている案件だったとも言える。
運に左右されない、完全なロジック・センス。
中には『社長にはマジモンの千里眼がある』なんて口にする人間もいた。そんな人の下で働けたのは、きっと幸運だった。俺はそこで、たくさんの事を教わった。
「――ま、君なら大丈夫だろ。フリーになっても頑張っちくり」
でも、なんの惜しげもなく手放されたのは、実は結構ショックだった……ような、そうでもないような。……忙しかったからなぁ。あそこ……
* * *
メールで仕事の依頼をもらった時、俺は相手に必ず聞き返すことがある。
「――どのイラストを見て、ご依頼されましたか?」
絵の流行というのは日々変わる。特にアニメやマンガのオタク系列なんてのは、市場が供給過剰になっているし、投稿サイト等のアマチュアに声をかければ、無料で快く引き受けてくれる人間も少なくない。
そんな環境の中で、五年も間隔が広がれば、それまで「悪し」とされていたものが、掌を返したように「良し」に変わるなんてのは、しょっちゅうある。
そこで俺は、ブログ等に公開中のポートレート用ファイルは、基本的に『ランダムで表示される』様に設定している。
他にも、イラストの公開順を『制作日付』などで設定しない。むしろ、時系列がバラバラになる様に分けていたりする。
それは、たとえばこういう依頼が来た時に機能するからだ。
『 とりま今風の新しいナウなティーンズにFITする
最先端の流行を行く萌えイラストをお願いしまする~(^-^)b 』
俗に言う『ふわっとした条件』だ。
要するに今の世代にニーズがあるもの。と言いたいのは分かる。
だから、こちらからも、それとなく提示するのだ。
『 どのイラストを見て、ご依頼されましたか? 』と。
仮に、相手が最新の自分の絵を選んでいたならば、そんなに難しいことを考えず、素直に納期に間に合うように仕上げたら良かったりする。
問題は『今の世代に合う絵が欲しい』と言っておきながら、俺のポートレートの一番上においた、5年前の絵を選んだりしているパターンだ。こういった場合は、最初から危険フラグが経っているので、場合によっては返答を待ってもらう。
ただ、流行やセンスというのは厄介だ。依頼者と提供者の求めている時代や認識に、差がありすぎると「どうしてそうなったの?」「カッコイイでしょ?」「どこがだよ、ダッセェ」という事が、まず間違いなく発生する。
実際のファッションでの例をあげると『メガネ』だ。
これは、本当に最たる物の一つだと思う。
メガネは可愛くない。オタッぽい。おしゃれに気を使うなら、コンタクトレンズだろ常識的に考えて。
今でもそういった事は言われるが、当時と比べ『安い、使い捨てのコンタクトレンズが普及しすぎたこと』により、相対的に『メガネのブランド力』が上がった。
コンタクトはどれだけ質の良い物でも『見た目が変わらない』という点もある。
言ってしまえば、ブームは循環する。特別に新しい物は誕生しない。茶髪や金髪が流行りすぎて、むしろ黒髪ロングヘアーにその希少性が再認識され、また明るい染色類が話題になる。巡り回る。
「――そこだよね。俺の絵が下手糞でも、デザイナー続けられてんのはさ。正直言うと羨ましいんだよ、君みたいに、絵が描ける奴が。っつーか、この会社の社員全員、俺よりイラストが上手いんだもの」
隣の芝生が青いのは、きっと、誰にでもあるのだろう。人生、頑張って生きている限りそういう事は往々にしてあるのだ。
* * *
週末の休日、嫁さんと一緒に買い物に来ていた。比較的なんでも揃う、大型のショッピングモールの一角で、俺たちはメガネを物色していた。
「旦那さん、旦那さーん」
「うん? どした」
「こっちと、こっち。どっちのメガネが素敵です?」
「ん、じゃあ右で」
「えー、個人的には左が良いと思うんですけどー」
「じゃあ左で」
「選びなおしてきますっ!」
嫁さんがディスプレイを真剣な目でにらんでいた。最近、視力が少し落ちた気がしたので、衣替え用の服を買うついで、メガネ屋に寄ったのだが、
「むむむ。なかなか、良さげなのが見当たりませんねぇ……」
「俺はもうとっくに買ったんだけどな?」
「うーん、うーん」
何故か途中から、嫁さんの方が真剣に悩んでいた。ちなみに嫁さんは裸眼で2.0以上。探すならば伊達メガネということになるのだが、
「……えっとさ、嫁さんは、こういうのが欲しいとか、方針はあるわけ?」
それとなく、嫁さんの希望を探る。すでに小一時間以上、掛けたり外したりしているので、俺的にも限界が近かかった。
「ありますよー」
「ほうほう、どんなの?」
「えーとですね、まず知的に見えてー、頼りになりそうでー、虎子先輩の三白眼まなざしを精神的にガードできてー、それでいて有能なお姉さん感があふれでてる、なんかこう、格好良いの! クールビューティ無敵!! パないのを! あと安い方が良いですっ!」
――あぁ。ふわっ、ふわっ、してやがる……。難易度たけぇ。
言いたい。言ってやりたい。嫁さん、まずはその内面を、理想に追いつかせる方向で努力した方がいいと思うよ。ってさ……。
「あっ、これなんて良いかもっ」
「うんうん、賢く見えるよ」
「ほんと?」
「マジー」
嫁さんが、メガネのフレームに指をそえる。得意げに鏡をみながら、ちょっと首を傾いでいた。
「どうです、旦那さん、デキる感、出てるでしょ?」
「良いんじゃないかな」
「知的でしょ?」
「ハーバード大学でてるように見えるよ」
「決めたっ、ちょっと高いけど、これ買いますっ!」
「似合ってるって、ほんと」
「すいませーん、これくださいっ」
「雰囲気でてるからさぁ、もうそれにしなよ。君は悪くない。君に合うメガネが置いてないのが悪いんだよ」
――このように、流行とは厄介なものだ。
うん、なんの話をしたかったのか。それはだな。嫁さんが買い物に時間をかけすぎていると感じた時は、現実から逃避すべきだって、そういう話だったんだよ。
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