※32話 本当は怖い、日本げんだい物語。
うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。
彼女は猫又と呼ばれる、誰もが知っている妖怪ではあるのだが、
「嫁さんって、魔法とか、呪術とか、そういうゲーム的な〝不思議パワー〟は使えないの?」
「……旦那さん、一体なにを言ってるんです?」
怪訝そうな顔をされてしまった。
「現実と、二次元の区別はつけましょうね」
諭されてしまった。
「妖怪だからって、ファイアーを飛ばしたり、サンダーストラックを発生させたり、ブリザドったり出来ると思っているんですか。迷信もいいところですよ。やれやれ」
「けどさ、日曜日は猫になるじゃないか」
「そりゃあ、猫又ですもの」
肯定されてしまった。俺の認識が間違っているのだろうか。
「そもそも私だって、意図せず猫になったり、人になったり、大変なんですよ。代々の血筋だとか、先祖返りだとか、私が望んでどうこうしたわけじゃないのに」
ぶーぶーと口をとがらせて、嫁さんがすねる。
「猫又って大変なんですよー。ほんと、体質のせいで苦労するんですー。日曜日は外におでかけ出来ないしー、家でスマホ弄るぐらいしかやることないしー。困るんですー、ほんと猫又なんかに産まれちゃって、人生苦労してますよー」
「……割と堪能してるように見えるのは、気のせいかなぁ」
「なにか言いました?」
「いえ、なにも」
目をそらす。今日は月曜日の朝だ。うちの嫁さんは、寝癖が残ったままの黒髪を揺らしつつ、まだ眠たそうな表情で、白飯と沢庵を食べながら、愚痴っぽく続けた。
「あ、でも、親戚の雪女さんは、ブリザラ使えますよ、ブリザラ」
「……え、雪女?」
「はい。私と一緒で既婚者ですけどね」
突然の新事実に、箸を持つ手が止まってしまう。
「旦那さんが浮気した日は、ベランダに立たせて、ズボンのすそ周りと床を凍らせて固定して、口の中にも酸欠にならない程度に溶けない氷をつっこんで、雨が降っても気にせずカカシみたいに放置して、本人はまったり、リビングでお茶漬けを食べて和んでいたみたいです」
雪女って、お茶漬け食うんだ……。
「それで、本人はスーパーのタイムセールに出かけて、きっちり三時間後に帰ってきた後で、ベランダでぐしゃぐしゃのボロ雑巾みたいになった旦那さんの顔を、やさしく抱きしめつつ、耳元で『二度目はないわよ』って囁きかけるのが、浮気を許すコツなんだそうです」
なんだか、背筋が寒くなってきた。
「まぁ、世に出回ってる妖怪のお話なんて、ほとんどが嘘っぱちですからねぇ。そうしなきゃ面白くないのは分かりますけど」
「……その雪女の話は、立派にホラーになるんじゃないかな」
「え、どうしてですか?」
不思議そうに小首を傾げられてしまった。
「旦那さんは、その後は真面目に働くようになって、親戚の雪女さんも子宝に恵まれて、お子さん達はすくすくと成長して家を出てからは、一人で優雅に昼ドラ見たり、ママ友とアイドルのおっかけ始めて、日本全国津々浦々のコンサート巡って、今すっごく人生が充実してる、生きてるって楽しい! って、蒼いサイリウム振りながら、ツイートしてましたけど」
「へー、そうなんだ……」
めでたし、めでたし。どっとはらい。
――妖怪って、こわい。
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