※28話 黒い、あのアレ。

 月曜日の朝。床を走る、黒いアレが出た。


「旦那さんっ、旦那さんんっ!!」

「はいはい」


 新聞紙を丸めて連打。動かなくなったら、そのまま包んで、くず籠へ。


「ふえぇ……久々に見ると、背中、ぞわ~ってします」


 うちの嫁さんは、黒いアレと、ムカデが、なにより苦手らしかった。



 日曜日の朝。床を走る、黒いアレが出た。


「にゃあ~! ふにゃあにゃあぁっ!!」

「はいはい」


 新聞紙を丸めて連打。動かなくなったら、そのまま包んで、くず籠へ。振り返ると、ほっとした表情の嫁さんがいた。


「にゃあ~♪」


 脅威が消えたことに安堵したのか、いつもの様に、敷いたマットの上で、だら~んと力を抜いた感じに寝転がる。その姿を見て、実は前から言っておきたかった小言を伝えてやった。


「おまえは、それでも猫かっ!」

「!?」


 日曜日の嫁さんが、びくっと毛を逆立たせる。


「害虫を捕まえるのが、家猫の仕事じゃないのかっ!」

「にゃ、にゃにゃあ、にゃん!」

「ほう……なにか反論があるのか?」

「にゃ!」


 上から見下すと、嫁さんはタブレットPCを鼻で押し、俺の前に運んできた。無線USBで繋がったキーボードをタッチする。チャット欄が起動。


 嫁「あの、黒い悪魔を退治するは、ニッポンの古来より、夫の役目と決まっておるのです。かの松尾芭蕉が記した、古事記にもそう書いておりまする……」


 嫁「かの大宰府も言っておりまする。真の夫とは、愛する奥方の為ならば、無報酬で火の中、水の中に身を投げる者。古今和歌集にもそう書いておりまする」


「……どこまで冗談かな?」


 うちの嫁さんは、歴史が苦手である。なのに見栄をはって「ぷち歴女」を自認し、知識をひけらかしたがるので、だいたい全部まちがっている。


「……まぁいいよ。これからも嫁さんの平和のために戦うよ」

「にゃあ~♪」


 しかしその得意げな顔と、嬉しそうな顔が、とても可愛いので。「ここで引き下がっちゃダメだろう」と思うも、許してしまう。


 俺もひとつ、適当な名言を残せるなら、こう締めくくろう。


「男が、女(と猫)に勝てる、道理なし」

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