※19話 得て、不得手。


 『えっ? イラストレーターのヒトって、みんな文系じゃないんです?』


 こう言われる毎に、実はちょっと傷つく。

 とりあえず俺は、昔から理数系の方が得意な人間だったからだ。


 最初はイラストレーターを目指していたわけではなかったから、高校を卒業してすぐ、デザイン事務所の会計に携わった。イラストは趣味の範囲だった。


 細かく統計を取ったわけではなかったが、実際プロとして仕事を受けているのは、俺と同じで数字には強い人間が多いように思える。

 ようするに、何が言いたいかというと、

「……最近、また英語のメールが増えてきたな」

 仕事の依頼で、難儀しているというわけだ。

「こっちは韓国語か? さっぱり読めねぇ」

 海外の企業から発信されたらしいメールが数通来ていた。イラストサイトを見たり、ブログの絵日記を見て送ったくれたらしい。普通の感想ではなく、どうも金銭が発生する、正式な商業関連の案件らしいことは分かったが、

「……もっと真面目に、せめて英語を学ぶべきだったよなー」


 俺は、英語ができない。

 高校はそこそこの進学校だったが、英語や現代文は結構、目を覆いたくなるような成績だった。本当に恥ずかしい話だが、学生当時にイラストレーター、あるいは絵描きを断念しかけた理由のひとつに「俺は英語が苦手だから、芸術とはこの先も縁がないだろうな」と、自分でもよく分からない理由を挙げていた。


 まぁ、要するに『自分の夢』に、自信が持てなかったのだ。


 結果として、いろいろあって、今は会社を退社して、イラレとして筆を握れる状況が続いているわけだけど、後悔先に立たずというのは実にその通りで、

「あー、メールが読めんっ! 翻訳してもよく分からんっ!」

 人生やりなおしたい。と頭を抱えることは多かった。


 インターネットが広まって以来、日本のエンタメ、特に『オタクメディア』というのは海外でも受け入れられる範囲が増えてきた。そして同時に、製作者としての競争も激化した。

 今では、日本人かと思っていたイラレが、外国人であったりする場合も多い。

 その他にも個人制作による、日本のゲーム等をリスペクトとした分野も進んでいて、一見しただけでは、企業が作る商業作品と大差ない場合もある。


 なら、そういった同業者との競争率を乗り越えるにはどうするか。


 そこでもっとも単純かつ、有効的な方法のひとつに

 『外国語が話せる、読める、書ける』というのが浮上するわけだ。自分にそのスキルがあればいいのだが、残念ながら、俺は見て見ぬ振りをしてきたわけで。


「嫁さん、今いいかな?」

「にゃー?」

 日曜日。隣の部屋にあるこたつで、のんびりしていた嫁さんに声をかけた。


「仕事の依頼でさ。たぶん、外国の企業からだと思うメールが、個人宛てで何件か来たんだけど、ある程度に信頼できそうな奴を、ピックしてもらえないかな」

「にゃ~……」

 えー、やだー、めんどくさーい。

「にゃ~、にゃ~」

 今、双剣乱舞のレベル上げで忙しいから~。

「にゃにゃ~、にゃ~♪」

 何かご褒美くれるなら、いいですよ♪

 

 嫁さんに足下を見られる俺。

 言い忘れていたが、うちの嫁さんは妖怪で、日曜日は猫になる。


 それから、英語と中国語と韓国語とドイツ語とフランス語――

 人間語と猫語、両方に長けている。

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