※20話 はいてない、ぱんつ。

 イラストレーターの仕事をしていると、なにかと資料が入り用になる。特に「美少女」のキャラデザの仕事を引き受けるなら、ティーンズの間で流行している、ファッション雑誌などの情報はおさえておきたい。


 そして、服装や小物を描いていく上で、男性イラストレーターなら(たぶん)ぶち当たる壁がある。



「嫁さん、資料に使っていい、パンツないかな」

「……ありますけど……ブラは?」

「できれば、ブラも」


 ――『萌える美少女』を描くために。

 下着の資料もまた、集めねばならないのだ。変態ではない。


 ところで話は変わるが、我が家では、平日の家事は俺がこなしている。嫁さんは一般の営業職なので、家にいる事の多い俺が『主夫』の立場になっていた。

 当然、毎日の洗濯は俺の担当である。嫁さんの下着も含めて、毎日、二階のベランダに干している。

 そんなある日、知り合いの担当者から微エロ系の美少女イラストの依頼が来た。


「えー、今度新しい雑誌出すことになりまして。はい、二次元の萌え系ですね。それで中表紙のカラーをお願いしたいんですが。えぇ、アイドルの女の子がですねぇ。ちょっとしたハプニングで、自分の下着が取れちゃった。いわゆる〝ポロリもあるよ〟をテーマでお願いします。あっ、念のために繰り返しますが、水着じゃなくて下着でお願いします。僕、スク水とか興味ないんで(ほぼ原文ママ)」


 俺の頭に浮かんだ構図は、黒猫が下着をくわえて駆け出し、それをあわてて取り返そうとするアイドル。というベタなアレだった。

 ラフを描いて送ったらOKが出たので、そのまま描いた。下着の色や模様に関しては、嫁さんのものを資料として使ってしまった。


「……まぁいいだろ。毎日洗濯してるんだし」


 ちょうど仕事が重なっていた多忙な時期であり、細かい装飾などに手を回せる時間がなかったのだ。すると、忘れた頃になって、嫁さんが激怒した。


 「 なんで、あのパンツを資料に使ったんですかッ!? 」


 俺の描いた絵を、嫁さんは、逐一目を通したりしない。だがある日「たまには、旦那さんの仕事っぷりでも見てあげますかねぇ」と開いた雑誌の公式ホームページにて、俺の描いたサンプル微エロイラストを見てしまったのだ。


「アレ、普段履いてる、量産のパンツですよ! 旦那さんとえっちする日は、もっとアダルティーなやつ履いてるでしょ!?」


「いや、その、だから……最初のラフは、ガーターストッキングで出してたんだけどさ、もうちょっと清楚なのが良いですって、先方が……」


 嘘ではない。しかし嫁さんはキレた。


「ありますよ!! 普段は履いてない、お高いシルクのオーダーメイドのパンツがあるんであるんであるんです!!!」

「えっ! 俺の知らない、洗濯したことのないパンツがあるの?」


「ありますっ! タンスの奥に閉まってあるんですっ!!」

「……なんで履かないんだよ? 高いって言っても、所詮はパンツだろ? 普段から履いてないと勿体無いじゃないか」

「女にはいろいろあるんです!! 男の人とは違うんですよ!!」


 意味がわからない……。何故、高い金を出して買ったパンツを履かないのか。正直、カルチャーショックを受けた。まさかこの家に、俺の知らないミステリー空間が出来ていたとは……。


 まぁ、そういうわけで。


「旦那さんっ、これと、これと、これなら。資料に使っていいですよ」

「……ありがとーな、嫁さん」

「どういたしまして。がんばって、萌え萌えな美少女を描いてくださいね」


 机の上に並べられた、初めて目にするブラとパンツ。俺はそれを拾い上げて仕事部屋に戻った。旦那の仕事に理解のある嫁で良かったなぁと思う、今日この頃。


 ……うん。やっぱりその辺りの女性の機微が、結婚しても分からない。



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