※9話 日曜の朝は、ホットケーキを二枚焼く。

 初めて覚えた料理がホットケーキだった。一人暮らしを始めた時は、節約も兼ねて毎朝同じものが食卓にのった。今日もふっくらできたものを皿に乗せ、居間の方に運ぶ。

「嫁さん、できたよ」

「にゃあ」

 うちの嫁さんは、日曜になると猫になる。

 居間のちゃぶ台の上が定位置で、座布団をしいて、二股のしっぽを揺らしている。肉球を用いて、ぺちぺちと、タブレットの画面を操作した。

『いただきます』

 小皿に切り分けたホットケーキと、小器に入れた水を置く。

「いただきます」

 俺も両手を合わせる。おたがいに小さく会釈して、スズメの鳴き声が聞こえる静けさの中で食事をはじめた。

「にゃあにゃあ」

「ん」

 俺はそのまま平らげ、嫁さんはほんの少しはちみつを垂らす。今日のはいくらか甘さが足りなかった様だ。嫁さんのホットケーキの上に、ほんの少しだけ、ハチミツを垂らす。

「にゃあ♪」

「うん」

 おざなりに答えた。日曜の朝は、どうしても言葉が少なくなる。食事をしている間にも、頭の中は絵を描くことに切り替わっているのだ。

(締め切りは余裕あるから、普段の一割増しで書き込めるな……)

 描かれる線と構図、着色と修正の過程。完成に要する時間を逆算する。舌が焦げそうなブラックコーヒーを一口、じっと含んで構想をまとめあげていく。

「……よし」

 イメージが形になる。いくつかのピースがハマる感触だ。

「にゃあ」

 ごちそうさまでした。嫁さんが食べ終えたのを見て、食器を持って流しに運ぶ。それを片付けた後、居間の机の上で待っている嫁さんの顔をなでた。

「じゃあ、いってくるよ」


 俺はフリーのイラストレーターをやっている。

 絵を描く時は、いつもちょっとした旅人の気分になれた。

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