Down The Hawk(Side:???/Sergio)
一度穿たれた銃創は、絶対に消えない。
外見的には消えるだろう。身体の治癒能力によって。
しかし、銃創を穿たれたという事実は消えない。
本人が忘却しようとしても――
数時間後――エリアRos内某所
“彼”は緊急で開かれた軍上層部の会議に出席していた。
内容は、というと――
「――というわけで、第3独立遊撃隊の尽力により、奇跡的にも人的被害はゼロだったが、暫定採用中であった〈HW ADMT-001〉が暴走し、現地に駐留していた第78歩兵大隊、ならびに派遣された第3独立遊撃隊に襲い掛かったそうだ。……皆の衆、この事についてどう思う?」
数時間前に収束した、エリアRos Lim-E近郊での戦闘についてだ。
「報告書によれば〈ADMT-001〉には、魔物の脳髄を利用した人工知能が搭載されていたようだな。……暴走は部品の技術的欠陥があった為だろう」
「メーカー側の悪意が垣間見えましたからね。……魔物を部品にするなど、持っての他だ」
二人の高級将校は、つらつらと予め考えていたような言葉を吐く。
下衆共が。
それ以外には、
「……それについてだが、Heavens・Wall社が公式に否定している。『〈ADMT-001〉には機械系の人工知能を搭載しているが、魔物の脳髄は用いていない。おそらくだが、軍に引き渡した後に移植されたのだろう』、とな」
正論を述べる将校。
「もし、貴官の言い分が本当ならば、誰がやったと言うのだ?今は整備兵にそんな芸当ができる奴はいないぞ」
正論に対して異を唱えた、整備部門を仕切る技術将校。
「“今は”と言ったな。かつてはいたのか?」
「あぁ。貴官らが僅か一週間と少し前に左遷した一人の戦車兵。……ノエル・シャール軍曹だよ。尤も、『戦車は有人型でなければならない』というのが彼女の信念であり、今回の事件とは関係無いと思うがね」
技術将校の発言については納得できる。
“彼”はノエル・シャールをよく知っていた。
彼女は戦車を、車輌を、乗り物を愛している。……ある意味で、狂人と言えるほどに。
だが……二人だけ、好いている人物がいたはずだが、それは関係無い。
重要なのは、彼女が関与していないことだ。
「そこの野蛮人。貴様は何か無いのかね?」
「聞くだけ無駄だ、ソイツは黙らせておけばいい」
……お前達が黙れよ、責任転換に無駄な時間を費やすな。
「随分な物言いだな。……そういう貴様らは何故、無人戦車が造られたか……造らされたかを知っているのか?」
「知らんな」
「同じく。我々には関係無い」
……チッ。だから好き放題、戯れ言をほざけるんだな。
仕方無しに、ある青年に言う。
「説明してくれるか、ガリアン・レーヴァ准佐」
「……断る。貴様が説明できるだろう、ジャール」
が、青年――ガリアンは説明拒否。
……シラを切るつもりか。いいだろう。
溜息一つ。“彼”は口を開く。
「簡単な話だ。貴様らも〈Медвдъ〉は知っているな?」
「「「「当然だ」」」」
「貴様もその一つだろうに」
「俺達〈Медвдъ〉をお払い箱にする為に、導入されたのが無人戦車だ。修復、生産が容易な兵器で代用できるなら、これほど良い話はないだろうな」
「「「全くだ」」」
「運が要求される兵器など、誰も造りたくはないだろう」
この切り返しの早さ。本音か。
「……そういう事だ。しかし、AIでは予め決められた記述式に当て嵌める行動しかできんはずだ。……現行の人工知能というものはそういうものだからな」
「…………何が言いたい?」
解らないのか、策を労する頭脳労働者共が。
「頭が固い奴らだな。……結局の所、記述式に当て嵌める行動しかできんAIよりも、多様性、即応性に富んだAIが必要であり、そんなAIの製造には生体部品が必要だった、ということだ。……生体部品とはいえ、誰も人間の脳は使いたくないだろうから、魔物の脳、神経を使用した……。故に起きた最悪の結末が今回の事件だろう」
“彼”は一度区切り、一拍おいてから言う。
「先程、阿呆な将校が口走った、そんな戦車 の改造を行える人物はいない、という発言は間違いだ」
「……何だと?」
技術将校は片眉を上げる。
「まだ残っている。……エリアRos正規軍 第1技術試験中隊……第3小隊には、な」
「……俺を疑っているのか?」
そこで口を挟んできたのはガリアン准佐。
同小隊の小隊長が彼だからか。
「飽くまで、可能性の一つさ。……お前がどうなろうが、俺の知った事ではないがな」
だから怒るなよ、と心の内で告げる。
「ジャールッ……」
「……落ち着け、ガリアン准佐」
怒りを滲ませるガリアン准佐は、議長代わりと化している将校に制され、席に着き――議題は進む。
「ふむ……。第1技術試験中隊か。……確かに、盲点だったな。たまには良い事を言うではないか、野蛮人」
最後の一言が余計だがな。
「あの部隊も技術屋集団である事に変わりはないな」
「…………各自、意見は纏まったようだな?」
全員を見渡し、議長役が言う。
「「「勿論だ」」」
3名の将校が肯定。
ガリアン准佐と“彼”は無言を貫く。
無言は肯定を意味する。
各将校付の副官から、議長役へと、各自の意見が伝えられる。……が、“彼”の意見は通らない。上の悪意故だが。
(まぁ、結論は変わらないだろうが)
上の性格上、アイツは目障りだから。
「……ガリアン・レーヴァ准佐。貴官は国家の財産に対して私的な改造を施し、軍に多大な被害をもたらした罪により、除隊。……しかるべき場にて処罰を与える。……以上だ、連行しろ」
結論は予想通り。
部屋に二人の屈強な憲兵が入室。
ガリアン准佐の元に向かう。
「ジャール……謀ったな?」
「謀ってなどいないさ。……恨むなら、世界を恨め。……俺達と同じように」
「化物風情が……俺に説教するなっ!」
ガリアン准佐は激昂した直後に取り押さえられ、
「やれやれ……化物嫌いが化物に頼ってどうする?」
「…………殺す……お前は……殺してやるっ……」
呪詛のような呟きと共に、連行された――
数時間後 エリアRos Lim-Eスラム近郊
日付が変わるか否かの深夜、俺は宿舎の屋上にいた。
手元には、ボトルと小さなグラス。
ボトルの中身は〈モスコミュール〉という、
グラスに注いで、一気に飲み干し、
「……制式採用、か」
呟く。
つい先程、今回の〈HW ADMT-001〉が魔物化した事件の全容と、それに伴うエリアRos正規軍 次期制式採用主力戦車の変更がある人物から伝えられたのだ。
新たな制式採用車両は、〈AD BT28-OFO〉。……俺達に押し付けられた試作車両が制式採用へと返り咲いたということか。
ノエルにとっては、嬉しい事だろう。
……が、俺にはどうでもいい事。重要なのは、今回の事件の顛末。
伝えられた話では、意図的に〈HW ADMT-001〉は改造され、魔物の脳髄と神経を使用した生体CPUが搭載されていたとの事。
首謀者はガリアン・レーヴァ准佐。エリアRos正規軍 第1技術試験中隊 第3小隊の隊長を務める、名門生まれ、士官学校出のエリート。
……傲慢かつ自信家で、俺達のような〈Медвдъ〉を毛嫌いしているらしい。
俺達が毛嫌いされるのは何処も同じだが、彼は異常なまでに毛嫌いしていた、との事。
〈Медвдъ〉をお払い箱にする為に仕組んだ事件と見てとれる。
(……まぁ、結果は散々だったがな)
デモンストレーションでは、好成績を納めたようだが、おそらく准佐の偽造だろう。
でなければ、試験運用時に20両全てが大破しないはず。
挙げ句、味方を襲うなど、軍への造反行為と言わずして何と言うのか?
夜空を眺めながら、耽りかけた思案は、
「……ここにいた」
背後から聞こえた少女の声に中断させられる。
「ノルシェか」
振り返らずとも、分かるほど聞き覚えのある、小さな声。
直後、隣に腰を降ろす白髪のビスクドール……もとい、ノルシェ。
「……モスコミュール?」
そして、ボトルを一瞥。
「あぁ。……生憎、グラスは一つだけだがな」
だから、飲みたいなら自分のマグカップなり、グラスなりを用意してくれ。
言葉には発していないが、ノルシェの事だ、察してくれるだろう。
と、思っていたが、現実は違った。
「構わない」
俺の手からグラスが奪われ、ボトルの中身が注がれる。
「……おい」
「間接キスは汚い?」
……違う。行動が予想の斜め下だっただけだ。
「……んく…………薄い」
ノルシェは注いだカクテルを一口含み、僅かに、眉を潜める。
「初夏……ではないが、夏だからな。寒さを誤魔化す為にウォッカの比率を上げる必要はない」
そうでなくても、エリアRosはアルコール中毒者に溢れている。……今も…………そして、昔も。
「……何の用だ?」
「別に。……ただ、セルゲイが見当たらなかったから、探しただけ」
……素直に、側にいたかった、とでも言えば良いのに。
(……ボカすのが乙女心ってか?……理解しかねるな)
誰かが言った気がする。……最大の謎は“異性”だと。
……どうでもいい謎だな。
ノルシェは飽くまで仕事上のパートナーであり、腐れ縁。
他の第3独立遊撃隊メンバーに関しても、概ね同じだ。飽くまで仕事の同僚、チームメイト。もしくは友人。
「……セルゲイ」
「何だ?」
横合いからかけられた声に返答すると、空になったグラスが向けられる。
「ごちそうさま」
「……そうかい」
グラスを受け取り、ボトルを一瞥。
空だ。 ……最後の一杯だったか。
「……で、本当の目的は何だ?」
「…………何のこと?」
小首を傾げるノルシェ。
「惚けるな。……理由の無い行動はしないだろ、ノルシェ」
戦場でも、日常生活でも……行動全てに意味があった。
今の行動にも、意味がある筈で、俺は予想とはいえ、答えに辿り着いている。
が、真偽の程は、本人の口から聞くまで分かることではない。……一部を除いて。
ノルシェは俺の問いに暫し黙り、言う。
「…………そう。確かに、用事はある」
そして彼女は俺に向き直る。
「ノエルが第3独立遊撃隊に送られてきて、私は危機感を抱いた……。バレットも、それは気付いたと思う。あの一撃は……危機感の裏返し」
……やはり、か。
「でも、中々言う気にはなれなかった。……きっと、心の奥底で気付いてくれると思っていたんだろう、と今は感じてる。……だけど、思っているだけじゃ、伝わらないとも思う。……だから…………聞いて、セルゲイ」
一拍置いてから、ノルシェは言う。
「私は、一人の異性としてセルゲイが好き。……だから、付き合ってほしい。昔みたいに私の観測手スポッターとしてではなく、私の彼氏――人生の伴侶として」
告白。もしくは、プロポーズ。
心無しか、ノルシェの頬が紅潮している。
(……やはり、異性として好かれていたか)
確証は無かったが、予想はあった。
予想の信憑性を上げたのは、一週間そこら前の、ノルシェからのボディブロー。
あれは、嫉妬の色が混じっていた。……いや、嫉妬そのものからの行為。
(……人間らしい所もあるんだな。……って、そうじゃない)
ノルシェがいつから好意を抱いていたかの考察は、後からだ。
今は、告白に対する答えを出さなければ駄目だろう。
で、肝心の答えは決まっている。
「……ノルシェ。悪いが……彼氏にも、ましてや人生の伴侶にはなれない」
俺は告白を断った。
僅かに目を見開き、
「……理由は?」
ノルシェは問う。
だから、答えよう。
「…………俺はノルシェに釣り合わない」
「そんな事、無い」
「……ノルシェから見れば、そうだろうな」
あの事を言っていないから。
好き好んで話す物でもないが、断られた理由を知らないのは、可哀想か。
「……教えて」
ノルシェは問う。
「私とセルゲイが釣り合わない理由を」
断られた理由を。
「……分かった。後悔はしないでくれ」
俺は告げる。
「俺が……〈親殺し〉の咎人だったからだ」
断った理由の一部を。
――そして、日付が……月が変わる。
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