Geist Panzer(Side:Noel)



さぁ、撃て。生きたければ汝、銃爪を引け。

されば汝、生きられん。

撃てぬ者、生きるに値せぬ者。ただ粛々と、死を受け入れるべし――



約一時間後、戦闘は終了した。

被害は無し……と、言いたいところだが、戦闘終了後にグラナデが小石につまづいて転んだ。……これは被害とみていいのか疑問だが。

まぁ、彼女らしいのは確かだ。外見自体は小さな女の子なのだから。

で、今は帰投中。

荒野を疾走しているわけだから、凄く揺れる。

サスペンションの改良とかしないとなぁ……。

「…………すぅ」

気の緩んだフィアちゃんは助手席で熟睡中。……案外、図太い神経しているね。羨ましい。

各々が小休止している中、

「なぁ、お前ら。……今回の魔物に違和感を覚えなかったか?」

唐突に、後部座席のタボールさんが口を開く。

「違和感……ですか……」

直接的な戦闘行動はとっていない私には分からない。

「感じなかったよー」

「……どういう神経してるんだ、グラナデ嬢は……。あぁ、別に天樹嬢は責めてねぇぞ。実戦に出てねぇんじゃ、分かりっこないからな」

言われて、今回の魔物を思い出す。

体毛と苔に覆われた体躯に…………確かに、機敏だった気がする。

「……俺が思うに、あいつらは変種じゃねぇかな?……苔と体毛の生える〈F〉なんざ、聞いた事がねぇ」

「変種ねぇ……。私はどうでもいいけどね♪」

ミラーを一瞥すると、〈AA MW-00〉の機関部を撫でるグラナデちゃんが見えた。

「楽観的だな、グラナデ嬢は……。何処の所属だったんだか……」

「第100歩兵大隊……だったかな?」

「…………冗談はよしてくれ」

グラナデちゃんの発言に、タボールさんは吐き捨てるように呟く。

当然の反応だろう。……100番台の歩兵部隊は懲罰部隊であり、そこで生き残れるという事は、一般歩兵最高クラスの実力者である事を示す。

何故なら、兵力差1:100ぐらいの過酷な任務が普通という事実からだ。もはや死地どころか、地獄。

「……そんな化物ばっかの部隊に配属とか……よく無事でいられたな、嬢ちゃん。見た感じ、衛生兵とかだったんかい?」

「いや、私は前線で弾幕支援を行うポジだったかな。というか、私なんてフツーだよ?セルゲイやノルシェの方が化物だと思うし。……あの二人、〈第17特殊強襲中隊〉の生き残りだから」

何気無く吐き出された言葉。

「それこそ冗談だろっ!?」

しかし、一般歩兵から見れば衝撃的な事実だ。

「あの……〈第17特殊強襲中隊〉って、そんなに凄いんですか?」

……軍属じゃなかったか天樹ちゃんには分からないよね。

「あぁ、天樹嬢は軍属じゃなかったから知らねぇか。説明しねぇとな……。正式名称〈エリアRos正規軍 第17特殊強襲中隊〉。政府直轄の精鋭部隊であり、あらゆる対象を確実に殺す為の部隊。……早い話、正規軍最高戦力群の一つだ」

「まぁ、2年前に壊滅してるんだけどね~」

その通りだ。

今から2年前に起きたと言われる、ある事故によって、部隊長及び、数人の隊員以外が殉職したらしい。

しかし、公式には事故が起こっておらず、原因は不明とされる。

つまりは、エリアRosにとって都合の悪いものだった事は想像に難くない。

が、事の詳細――何があったのかを知るのは、先輩とノルシェさんぐらいか。……まぁ、聞いても答えてくれないだろうけど。

「だとすりゃ、隊長さんは、あの魔物共と殺りあっていたかもしれねぇな。……聞いてみる価値はありそうだ」

「答えてくれるかは、分からないけどねー」

暢気なグラナデちゃんの言葉を聞きながら、私はハンドルを切る。


「――苔と体毛に覆われた魔物?」

「あぁ。普通の魔物より、動きが良かった気がする」

有言実行。

帰投早々、タボールさんが先輩に問う。

その様子を私は部屋の隅で傍観する。

先輩は軽く頭を抱えた後、

「…………見ちまったか。ソイツらはおそらく、“魔獣”だ」

と、答えた。

「魔獣?」

「あぁ。一部の奴は“原初の魔物”とも言うな。発生源はエリアChiやエリアInd等の旧アジア諸国」

「エリアChi?あそこはだだっ広い樹海だろ?」

「……落ち着け。まだ続きがある。……同国家群で作られていた薬――用途は精神安定剤だったと言われているが――が、何らかの原因で変異し、お前らが遭遇したような“魔獣”を生み出した。……後は想像が出来るだろう?」

「……“魔獣”共が増え続け、国家は食い荒らされて自然に飲まれたってとこか」

「……あぁ。今から100年ぐらい前の話だが」

そこで一息。

「もう想像が付くだろうが、魔獣が手強いのは、効能が強いのは当然として、基本的に素体が野性動物である為だ。……当然、モヤシも同然の不良かぶれが素体の魔物より身のこなしも耐久力も上。……今の正規軍は人間と魔物しか相手にしないから分からないだろうが、グリズリーや北極熊、象といった動物が素体の魔獣は、対装甲兵装でも殺りづらい」

「元々、原種すらも狩猟用ライフル――大口径ライフル――で狩りづらい獣……」

ノルシェさんが先輩の言葉を補足するが、

「……さっき、正規軍は人間と魔物しか殺らねぇとかほざいたな、隊長さんよぉ?」

いきなり割り込むアラン。侮辱されたと思ったのだろう。

「アンタら二人も元、正規軍だろうが。……文献の記録でも穿ほじくり返してるだけじゃねぇのか?」

敵意剥き出しの言葉。

先輩は溜息を吐く。

「……これだから、餓鬼は嫌いだ。……確かに、俺とノルシェも元正規軍だが、魔獣との交戦経験は嫌という程ある」

帰投途中、グラナデちゃんが言った言葉が真実なら、そうなのだろう。

……いや、アレは真実。

私は思い出す。

前回の作戦行動――〈憤怒の再燃〉作戦時の無線を。


――喜べ、お前ら。旧〈Ъедый・Медвдъ〉が増援だぞ。


正確には違う気がするが、そんな感じの言葉だったはずだ。

……と、問題はそこじゃない。発言中にあった、〈Ъедый・Медвдъ〉という言葉。

この別名を持つ部隊は当事一つ――旧エリアRos正規軍 第17特殊強襲中隊だけ。

あらゆる敵対勢力を殲滅する為に存在したという同部隊なら、その魔獣とも殺り合ったはず。

「ハッ、それが真実だと言い切れるのか――」

「――信じたくないなら、信じなくてもいい。……ただし、それで後悔しても責任は取らない」

「あぁ?」

あとはお前次第だ、とでも言うように先輩は談話室から出ていく。

「……何なんだよ、アイツ」

先輩が出ていったドアを一瞥し、吐き捨てるアラン。

「……予想通りか。隊長と副隊長は“元”第17特殊強襲中隊だったって事だ」

それに答えるタボールさん。

「第17特殊強襲中隊?んだよ、その部隊」

「不勉強だな、アラン。正規軍の間ではかなり有名な部隊だぞ」

嘆息し、答えるロート。

良くも悪くも、第17特殊強襲中隊――〈Ъедый・Медвдъ〉は有名。

良く言えば、エリアRos正規軍 最高峰の特殊部隊。

悪く言えば、不吉の数字を背負う非情な殺し屋の集まり。

……とはいえ、アランはこの事を知らないらしい。

「自分に関係のある部隊以外はどうでもいいだろ。……特殊部隊なんざ、前線で命張ってる機甲部隊俺達より、遥かに楽な仕事だ――ごふっ!?」

故に、馬鹿丸出しの発言をし、無様な声と共に宙を舞う。

これは予想できたのだが、

「戯言をほざくな、アラン。……俺達機甲部隊は血税と人員を浪費するだけの無意味な肉と鉄の壁に過ぎない。……それに比べて、特殊部隊彼らは本質的には歩兵でありながら、多数の魔物や機甲戦力と渡り合える能力を持っている。……どちらが軍にとって価値ある戦力かなど、自明の理だ」

拳を出したのがロートであったのは意外。……感情に左右されない合理的な人間だと思っていたのに。

……いや、堪忍袋の尾が切れただけか。アランが余りにも馬鹿な発言をした為に。

「……殴ることねぇだろ」

「いや、お前は殴られるに値する事をほざいたんだよ。……第13機甲大隊は100番台の歩兵大隊に並ぶ、ゴミ溜めだったからな」

……え?

第13機甲大隊がゴミ溜め?

初めて知ったよ……。

「……それは本当なのか、タボール曹長?」

流石にロートも衝撃を受けたらしく、詳しく聞こうとする。

「あぁ。……悲しい事に真実だ。新型主力戦車の初期不良品と、素行の悪い兵士の処分を目的に設立されたらしい。……まぁ設立当事は、だが」

設立当事でも一緒だ。

私が覚えている限りでも、若年兵が信じられないぐらい多かったし、その何れもが口も態度も悪い駄目なばかりだった。

今にしてみれば、確かにゴミ溜めと言われても、違和感が無い。

「……そうか」

話を聞き終えたロートは、重々しく言う。

よほど、堪えたのだろうか。

答えは、ロートにしか分からないだろうけど。

と、結論付けた直後、

「依頼だ」

見計らったように、先輩が戻ってくる。

「依頼内容は、変異種の討伐。戦闘区域はエリアRos Lim-E近郊。……現地部隊が壊滅したらしく、早急に手を打たなければ、市民が犠牲になる状況だ。出る奴は挙手」

前回と同じ場所かな……。

なら、

「出ます」

私は手を上げる。

「俺も行こう」

次いで、ロート。

「……今回は出るぜ」

アラン。

「……バランス調整が必要ですよね」

エイノ。

この時点で強襲兵2名、重火器射手1名、ドライバー1名。

「……他にはいないか?」

先輩はバランスが悪いと判断したのか、他メンバーにも参加を促すが、誰も挙手しない。

「…………いないか。なら、俺とノルシェも出よう。……各自、対装甲兵装を必ず装備しろ。後――」

先輩が私を見る。

「――ノエルは主力戦車MBTの準備を行え」

つまりは全力で殺れ、という事。

(気合いが入る……)

まだ数日しか経っていないが、久し振りに乗れる、と感じている。

我ながら忍耐力が足りない、と思いながらも準備を始めた。



――数十分後。

『――いやがった』

作戦区域に着くなり、ヘッドセットから聴こえるアランの声は戦意剥き出し。

『〈F-M〉型が300、〈F-BC〉型は20。……新種ではないな』

一方で、ロートは勢力の分析。

『大体、そういう奴らは最後に来るものでしょう』

それに同調するような発言はエイノ。……随分と呑気なもの。

『どちらにしても、殲滅する事に変わりは無い。俺とノルシェは側面から仕掛けるが――ノエル』

「分かってます」

右手に握る操縦棍を倒す。

自身の搭乗する試作戦車〈AD BT28-OFO〉の砲塔が旋回。

同時に砲身の仰角も修正。

歪に歪み、変質した魔物達をスコープに収め、

トリガーを引く。

轟音と砂塵。

弾き出された榴弾HEが数秒後に着弾。

爆圧と砲弾片。

遠目からでも分かる程、激しく飛散した血肉。

ざっと50は屠ったかな?

『攻撃開始。継続戦力は不明だ、弾薬は節約しろ』

それを口火に、残る友軍が攻勢に出る。

気休めとはいえ、メインモニター右隅にレーダーを表示。

更に、主砲弾薬変更。

榴弾HEから装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSへ。

照準修正。狙いをデカブツヘ。

砲撃。

血飛沫。

偶然にも直線上にいたデカブツを含め、3体が頭部に大穴を穿たれ、絶命。

再装填リロード開始。

リロードが完了するまでの間に、残りのデカブツを把握。

……8体か。

先輩方は相変わらず、尋常じゃない戦闘力だ。

(……私も頑張らないと)

リロードを終えた砲身。照準修正も終わっている。

後はトリガーを引くだけ、という所で――

『ノエル。弾種を榴弾に変えろ。デカブツの相手は俺とノルシェで事足りる』

先輩から止められる。

何故?

「アウトレンジから攻める方がいいと思いますよ」

疑問を感じた私は、何故か反対していた。

……おそらく、自分の実力を過小評価されたと感じたのか。

『却下だ。雑魚を早急に始末しろ。……面倒な事になりそうだ』

面倒な事とはなんだろう、なんて考えるまでも無い。

新手だろう。……発見者はノルシェ先輩か。

「了解しました」

仮定通りになら、素直に従うべきで、私は仮定を信じる事にする。

レーダーを一瞥。

味方の位置を確認し、照準修正。

砲撃。

リロード。

数十単位で雑魚が赤黒く、汚い蛋白たんぱく質の塊へと姿を変える。

後数発で、殲滅し終えるだろう。

そう、確信した時だった。

衝撃が私を襲う。

何処からっ!?

レーダーを見るが、敵を示す赤いマーカー前方にしか無い。

が、デカブツの投擲物は此処には無いは――いや、あった。

試作戦車の実地試験が行われたのは、ほんの数時間前。

アレの残骸が散乱しているはずだから。

(……でも、それなら私は生きていない)

1200m/s以上で数tの高密度金属体がぶつけられたのならば、私は圧死しているはず。

なら、本当に何処からか。

という疑問に、人工音声がヒントをくれた。


――後部装甲被弾、損害軽微。


背後から?

再びレーダーを確認。

本車両の後方にあるのは――

「……え?」

友軍を示す、青いマーカーだった。

味方から?

なんで?

――私、上から疎まれるような事をしたの?

疑問が頭を過っては消えていく。

その内で、ある一つの事実と仮定が浮かび上がる。

事実の方は、攻撃を仕掛けてきた者が馬鹿だという事。

後部装甲被弾かつ、損害軽微である事から、食らった物は歩兵火器の銃弾か、滑腔砲なら榴弾か訓練弾。

本気で主力戦車を破壊するつもりなら、用いるべき弾薬は装弾筒付翼安定徹甲弾か、成形炸薬弾HEATのはず。

これから分かる仮定はおそらく、攻撃者が軍ではない――仮に軍だとしても、装甲車両の破壊方法を知らない者だという事。

(まぁ、マーカーが味方である時点で、目視で確認するしかないか……)

操縦棍を倒して、ペダルも踏む。

履帯に優しくない、超信地旋回。

「後方より長距離砲撃を確認。これより迎撃に入ります」

方向転換を終え、先輩達に言い――

モニターに移る外界を確認する。

先程、後部に見えた友軍はこっちのはず。

はたして、何があるのやら――――え?

ここから7㎞程先。

そこに存在したのは、無骨な鉄塊。

先の依頼で全滅を確認した〈HW ADMT-001〉。

人工知能AIが狂った?)

これだから信用できない。戦車に積むべき物じゃなかった。

と、内心で思いつつ、スコープの倍率を上げて、私は三度目の驚愕。

破壊された装甲の孔から、黄緑色の触手のような物が生えていたのだ。

(アレは……〈F-P〉型魔物の特徴)

栄養剤系〈F〉から生まれる魔物。植物的な外見を持ち、身体組織もそれに近くなる種別――

もしかして――

(人工知能は搭載されていない?)

魔物化した生物の体内器官は強弱の差はあれど強化、ないし弱体化される。

一般に弱体化されるのは脳髄だが、種類によっては強化されるらしい。

ならば、特定種の魔物から脳を摘出し、それを調整することで人工の生体集積回路CPUが作れるのではないか?

(……ふざけてる)

仮に、その生体CPUが〈ADMT-001〉を制御しているとすれば、別種の〈F〉が偶発的に合わさり……暴走している可能性が出てくる。

(……いや、仮定じゃない)

事実だ。

目の前に証拠があるのだから。

あの子達はだ。

そう、認識した瞬間――

(許せない……)

激しい怒りが沸き起こる。

何の罪も無い戦車子達に〈魔物〉を植え付けたのは誰だ?

軍上層部老害共か?

メーカーか?

それとも、整備士か?

目の前にいたのなら、躊躇無く轢殺してやったのに。

(……って、今は関係無い)

あの子達自体に恨み辛みは無いけれど……魔物である以上、害をなす可能性はある。

害悪なら、除去するしかない。

どうせ除去するのならば、せめて人の手で――戦車乗りドライバーの手で、弔ってあげたい。

(だから…………)

操縦棍を握り直す。

ペダル、ニュートラル。

ギアはサードに。

「本気で行くよっ!!」

咆哮。

ペダルを踏みしめ、一気に前進。

弾種変更。榴弾から装弾筒付翼安定徹甲弾へ。

遠方で発砲炎マズル・フラッシュ


――前部装甲、被弾。弾体破砕。


やはり徹甲弾ではない。

おそらく、種子でも飛ばしているのか。

主力戦車の装甲には豆鉄砲に等しい。

(悪足掻きしないでっ!)

トップスピードのまま、砲塔旋回。

ある程度の狙いを定めた後、速度を落とす。

砲撃。

撃ち出されたAPFSDSが一両の装甲を貫き、抉られる魔物。

絶命。

次!

リロードを待つ間に移動。

飛来する種子をモニター越しに補足。

武装変更。

車体上部、対空/対人25㎜機関砲へ。

迎撃。

破壊。


――155㎜APFSDS、リロード完了。


照準修正。

砲撃。

飛沫。

破壊。

(残る装甲持ちは――5体っ!)

操作兵装を装填中の155㎜砲から、25㎜機関砲へ。

モニターに表示された2つの照準レティクル。

装甲に穿たれた破孔に合わせ、

ロック。

トリガー。

吐き出された25㎜焼夷榴弾は破孔から侵入。

着弾。

発火。

激しく燃えた件の個体は黒煙を上げるだけの鉄塊と消し炭と化し、

主砲リロード完了。

照準修正。

砲撃。

破壊。

機関砲に切り換え、残り3体に焼夷榴弾の雨。

破孔に侵入した3体が発火。

絶命。


――対空/対人機関砲、残弾200。


撃ち過ぎた。

残りは砲塔が損壊した、中身剥き出しの個体。

機関砲でも殺れなくは無いが、弾の浪費に繋がりかねない。

武装、弾種変更。

155㎜APFSDSから155㎜エアバースト式多目的榴弾HEAT-MPへ。

照準修正。

その間に、主砲同軸25㎜機関砲で数体を屠る。

起爆時間調整。

砲撃。

数秒後、敵群やや上空で弾頭が起爆。

弾殻と爆圧で肉体を抉られた数体が絶命。

次弾装填開始。

リロードカバーで同軸機関砲の操作も開始。

対空/対人機関砲よりは稼働域が狭い同装備では、牽制が関の山。

とはいえ、一体は屠る事に成功。

残りは10体程度か。

『雑魚の排除が完了した。こちらも加勢する』

『俺の分も残してくれよっ!』

味方からの無線。声からして、ロートとアランか。

本来は頼もしい筈だが、今は何故か鬱陶しい。

そんな私の思いは、なぜか実り――

『クソッ!増援だ、ミハイルッ!』

『そのようだな。すまないシャール。合流には時間がかかりそうだ』

ロートとアランは増援と鉢合わせしたようだ。

同時に、モニター中で一体の魔物が爆ぜる。

『1体破壊』

ノルシェ先輩の狙撃。相変わらず、何処にいるのだか。

『2体』

更にもう一体、爆ぜる。

残りは――9体か。

再装填を終えた155㎜砲に切り換え、砲撃。

飛び散る肉と呼べぬ、黄緑色の繊維質物体。

血とは異なる、透明な飛沫も舞う。

残り8体。

『3体』

3度目の狙撃。残り7体。

再装填の隙を埋めるべく、武装変更。

ただし、残弾僅かな対空/対人機関砲は使えない。同軸機関砲では牽制にしかならない。

(他に武装は……あった)

故に、車体側面に取り付けられた150㎜5連装ロケットランチャーに変更する。

モニターに表示されたのは、弾道予測を視覚的に表す、ガイドライン。

おおよその狙いを合わせ――掃射。

後方奔流を撒き散らし、10発のロケットが飛んでいく。

直撃するとは思っていない。

数百年前の実用当初から、ロケット弾というものは弾道安定性が低かった。安定翼を付けても、それはさして変わらない。

だから、昨今のロケット兵装は歩兵用を除き、着発信管と時限信管の併用式になっている。

放たれたロケットは全弾、敵の上空で時限信管により炸裂。

爆圧と弾殻に本体を焼かれ、抉り取られた2体が絶命。残り5体。

『5体』

いや、3体だ。

このままだと、ロートやアランの取り分は無くなる。無くなったところで、どうでもいい事だが。

155㎜多目的榴弾の装填はまだ終わっていない。

仕方無く、撃ち切ったランチャーから、対空/対人機関砲に武装変更。

手近な1体に掃射。

身体組織が抉り取られて発火。ウォルダンの出来上がり。

残り2体。

再装填完了。

事前に照準修正は終わっているので、すぐさま砲撃。

残り1体。

と、思ったが、魔物の姿が見えない。

『……目標、排除』

ノルシェ先輩に狩られたようだ。

これで全部のはず。

(……ふぅ)

内心、一息吐く。

だが、両手足はグリップないし、ペダルから離れていない。

嫌な予感がするからだ。

『――報告訂正。15時方向、距離6000に1体』

ほら、ね。残っていたよ。

ペダルを踏み込み、グリップ操作。

信地旋回。

砲塔、ニュートラル。

(……いた)

ノルシェ先輩の情報通り、魔物がいた。

全て弔ったかと思っていた、〈ADMT-001〉の残骸由来の魔物。

だが、今までの個体と大きく違う点があった。

履帯と組合わさった屈強な二脚、車体の破孔から突き出す砲に似た左腕と、杭撃ち機の如き右腕。赤く濁った複眼。

空想の世界に存在する歩行戦車に、こんな感じの物があった気がする。

(……穢いモノを生やしてっ!)

戦車に手足など邪道も良い所。

これ以上、戦車を穢さないでほしい。

自然と指に力が入る。

大抵の人間は、好きな物を侮辱されれば怒るもの。私も一人の人、に過ぎない。

弾種変更。多目的榴弾からAPFSDS。

一撃で楽にしてあげる。

装填作業の開始と同時に、機関砲に操作系を変更。

移動開始。

その間に、ノルシェ先輩は狙撃を続ける。

何れもが、的確に価値ある箇所を撃ち抜いているが、目立ったダメージは見受けられない。

仕方無いことか。対物ライフルでは、主力戦車の装甲を抜けないのだが、大概の魔物からは、そんな常識すらも欠如している。

故に、狙撃された方向に左腕砲状部位を向け、何かを撃ち出す。

ソフトボール大の肉腫だ。

見た感じ、生物を貫徹するような硬度は持ち合わせていないだろう。

と、すれば〈F〉を撒き散らす事を主目的とした生体榴弾か、強酸や可燃性物質を内包した物か。

絨毯砲撃であったなら厄介である。

が、先程の砲撃は単発。

先輩方やティグが被弾する事は無いだろう。

(さて――)

155㎜APFSDS、装填完了。

スコープを覗く。

FCSから送られるデータを参照し、照準修正。

トリガーを引く。

砲撃。

側面装甲を狙って放たれた砲弾は鈍重な戦車では避けられるものではなく、ましてや対象は複雑な二脚である。

私の脳裏に装甲を抜かれ、崩れ落ちる魔物の姿が投影される。

だが、それは現実にはならなかった。

砲弾は着弾したものの、末端部であり、与えた損害は微々たるものだ。

(……次は、仕留める)

と、思い、次々と155㎜APFSDSを放ち続けるが、いずれも末端部へ着弾するのみ。

(なんでっ!?)

あの車両の自重は80t以上。それに魔物を寄生させたアレは100t近くの筈で、機敏には動けないはずだ。

こちらが使用しているAPFSDSの弾速は1700m/s。別の言い方をすれば、マッハ5――音速の5倍。

何故、外れる。

魔物の身体能力を見誤ったか?

(……何にしても)

私はモニターの隅に表示されたデータを一瞥。苦い顔を浮かべる。


・155㎜APFSDS――AMMO―0/20

・155㎜HEAT-MP(AB)――AMMO―8/15

・155㎜HEAT-MP――AMMO―15/20

・EMPTY


155㎜砲の残弾に、主力戦車に対して有効な弾薬が残されていない。

(……いや、まだ……ある)

切れたのは、155㎜として見た場合の有効弾薬。

〈AD BT28-OFO〉の主砲は155㎜

ガンランチャーとは、砲弾とミサイルの双方を発射可能な大口径砲の事だ。

弾種変更。

155㎜HEAT-MPから155㎜HEAT MISSILEへ。

スコープを覗く。

簡易化されたレティクルを対象上部に移し、FCSが攻撃部位を捕捉。

モードはバンカーバスターから、トップアタックに。

薬室に納められた155㎜HEAT MISSILEのシーカーに情報伝達。

数秒後、レティクルがロック完了を示す赤から、発射可能を示す青に変化。

発射。

通常の砲弾同様、発射薬の圧力でミサイルが押し出され、

暫く飛翔した所でロケットが点火。

角度を変えて、敵対象へと飛ぶ。

数秒後に、ミサイルは真上から着弾。

いかな、現行の車載型対主力戦車用弾薬としては陳腐化してきた成形炸薬弾でも、薄い上部装甲ぐらいは貫徹できるはず。

予想通り、メタルジェットは上部装甲を貫徹。しかし、内部の魔物を殺傷するには至らない。

(やはり、一発では殺れないか……)

再度、対象上部をロックオン。

発射。

着弾。

上部装甲が完全に抉れる。

よし、これなら――

弾種変更。

155㎜HEAT MISSILEから155㎜HEAT-MPへ。

装填作業の合間に照準修正。

同時に、飛来した肉腫が前部装甲に着弾。潰れ、破裂し、耳障りな水音を撒き散らす。

飛散した液体は瞬く間に燃え上がり、装甲温度は1200℃に達する。

(あっつぅ……)

当然、内部はサウナもかくやという高温。

滝のように汗が流れ、張り付いた野戦服が不快だが、耐えられないほどではない。

むしろ、弾薬の誘爆が心配。

が、高温になっているのは前部装甲と、コクピットだけで、それ以外は問題無いようだ。

ダメコンがパイロットよりも、砲弾薬の保護を優先したか。

(まぁ、良いけどね……)


――155㎜HEAT-MP 装填完了。


人工音声が告げる、射撃可能のサイン。

既に照準修正は終わっている。

(今、楽にしてあげるから――ゴメンね、介錯しかできなくて)

私はボロボロの〈ADMT-001〉に謝り、トリガーを引き絞った――



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