傀儡と道化(Side:Noel/???)
“機械”は何が為に生み出されたか?
と、問われれば大抵の奴は、
『人間達が危険な仕事をしない為』
か、
『楽をする為』
と答えるだろう。
が、それとて間違いかも知れないのだ。
数十分後、私達は指定されたポイントに着く。
開けた大地。
歩兵用の遮蔽物となりそうな岩は散乱しているものの、車両の遮蔽物となる物は前方20㎞圏内には何一つない。……今回扱うのは高機動装輪輸送車だが。
(砲撃には……有利だね……)
が、射角がとれるという事は、反撃も受ける可能性がある。
『来たか。……これより〈ADMT-001〉の運用を開始する。貴官らは撃ち漏らしに備えよ』
「了解」
生真面目な上官の無線に応答し、準備を開始する。
傍らに置いた5.56㎜個人携行火器〈AA MP03K〉の動作確認。……問題無し。
続けて、115㎜対装甲擲弾筒〈JA TRG-4〉と予備弾薬の確認。……問題無し。
「後は〈CSG12〉……よしっ!」
横を見れば、フィアちゃんの姿。武装は12ゲージ半自動式散弾銃〈CA CSG15-C〉と10ゲージ散弾銃〈CA CSG12-L〉。加えて、.45口径自動拳銃〈CA HCB02〉が二挺。
見たところ、対装甲火器が見えないが、おそらくフラッグ弾とフレシェット弾で代用するのだろう。
「……敵影…………見え……ません……」
震えの混じる声はガンポートに座る天樹ちゃん。武装は……8.6㎜ボルトアクション式狙撃銃〈AA SS91〉。後方支援専門か。
「おいおい、嬢ちゃん。そいつぁ無理があるだろ?」
この声は後部座席のタボールさん。7.62㎜機関銃〈JA Pu-02〉と〈JA TRG-4〉のガンナーだったか。
で、タボールさんの不安の原因はグラナデさんで……うわぁ……。
現在、後部ペイロードスペースに座る彼女は大型のコンテナを担ぎ、空いた手で40㎜擲弾機関砲〈AA MW-00〉を保持している。
なまじ華奢な女の子にしか見えないグラナデ故に、この不安は当然。……まぁ、実際平気らしいのだが。
「平気だよ。この程度は♪」
ほら、この余裕の声。
……皆、準備できてる。
後は……敵が来なければ、丸儲けだろうか。
(……いや、それはない……はず)
燃料費はかかる――って、そうじゃない。
現行の技術でも、熟練戦車兵の動作を人工知能に行わせる事はできないはずだ。
データはあっても――記述されたデータに当て嵌め、用意されたルーチンを実行するだけに過ぎないのだから。
そんな単純な仕組みでは、人間の代替品にはなり得ない。軍事費の使い方がおかしい。
などと考えるうちに過ぎる時間。
しかし、緩める事を許されないのは集中力。
皆が周囲を、装着したヘッドセットからの音を警戒。
すると、重々しい音。
方向は…………17時方向。
「セフティを外しておけ」
タボールさんが静かに告げる。いつもの陽気な雰囲気は微塵も無い。軍人としての顔だ。
全員が安全装置を解除、或いはボルトハンドルを引く。
直後、17時方向、約5000m先に現れる大型の魔物。……ドーピング剤系種か。
手持ちの火器では射程不足。他の皆も同じはず――
と、思っていたのだが、やれる人が一人いたみたいだ。
「多分、4700mぐらいかぁ…………何とか、殺れるかな?」
輸送車から飛び出すグラナデさん。
担いでいたコンテナから60㎜迫撃砲〈AA ML20〉を取り出し、榴弾装填。
抱えた状態で仰角調整。
「Fire♪」
トリガーを引く。
放物線を描いて飛翔する榴弾は数秒後に着弾。
目測だが、デカブツ右肩部。何にしても、榴弾では分厚い筋繊維を浅く抉るのが関の山だ。
「掠り傷ってところかなぁ……じゃ、もう一発♪」
すかさず、第二射。
比嘉の距離は3000m程度。
(この距離なら……)
彼女にはやれる手段がある。
「天樹ちゃん……固定火器……」
「了解」
どうやら通じたらしい。ガンポート固定の12.7㎜重機関銃〈AA PMG100〉のグリップが握られる。
直ぐ様、腹の底に響く重低音。頼もしい対物用ライフル弾の射撃音。
「ノエル、操縦は頼む。後部警戒は俺、グラナデとフィアはガンポート脇か車窓から側面警戒」
「「了解しました」」
「りょーかい、吹き飛ばすよ~♪」
タボールさんの指示に従い、二人が位置変更。
それを確認した後、アクセルを踏み込み、ハンドルも切る。
ギアシフト。ローからセカンドへ。
目の前に写る、デカブツと雑魚の群れ。
シフト。セカンドからサードへ。
だが、その魔物達は身体中が苔と毛に覆われており、何処か獣のように見えた。
(新種、なのかな……)
頭上で鳴り響く重機関銃が吐き出す12.7㎜弾が死体を量産し、デカブツには立て続けに火柱が立つ。
撃てば死ぬ事に変わりはないらしい。
なら、充分かな?
シフト。サードからトップへ。
輸送車を走らせ、群れから一定の距離を保ち続ける。
この輸送車には戦車ほどの装甲もなければ、榴弾砲のような圧倒的な火力も無い。
代わりにある、機動性と味方の火力を生かす為、運転に集中しなければならない。
同時刻 後方作戦司令部――
『〈AT05〉、損害甚大。作戦続行不可』
『〈AT07〉、120㎜滑腔砲損壊。右履帯大破。行動不能』
『〈AT10〉、砲塔損壊、駆動部大破。作戦続行不可』
「なんだとっ!?」
“彼”は壁に寄りかかり、青筋を浮かべる指揮官を眺めていた。
指揮官が青筋を浮かべる理由は至極単純。前線で行動する〈HW ADMT-001〉達から、続く“作戦続行不可能”のアラートだ。
既に全20両中12両が重度の損壊による大破、ないし中破している。
「クソッ!聞いていた性能以下じゃないか。無能な新参メーカーめ……。残りの全車両は隊列を維持。敵を殲滅せよ」
製造元への恨み節が混じった指示が出され、
『『『『『了解』』』』』
感情を持たぬ人工知能は肯定を返す。しかし、5両分。
更に3両が大破したらしい。
(……人命が失われないとはいえ、忠実な傀儡ってのは可哀想だな)
こんな無能で堅物な指揮官によって意味も無く大破するのだから。
よく軍にいると思うな、コイツは。…………どうせ、親のコネで士官学校に入り、ボードゲーム同然の作戦指揮を学んだに過ぎないのだろうが。
指揮官としては、前線を知っているべきだ。故に、叩き上げの方が好感が持てるな。
(さて……)
見物する価値すら失せる指揮を無視し、携帯端末から露払いに呼ばれた第3独立遊撃隊の状況を確認。
『よし、23頭目。残りはデカブツだっ!』
『うわ、コイツ硬いよぉ~』
『手を抜かないで下さい、グラナデさんっ!』
『喧嘩は……駄目……』
……不協和音な点は見らえるが、戦果は全然良い。
(装輪輸送車の機動性と各員の火力を利用か。……で、ドライバーはノエル・シャール。……なるほど)
ならば納得だ。
かつて軍用の大型バイクで魔物を轢き殺すという珍事を起こしたアイツなら。
(こっちはすぐに済むだろうな。……で、〈ADMT-001〉は……)
『〈AT01〉、駆動部大破。作戦続行不可』
「何故だっ!?腕一本でも道連れにしろよっ!鉄屑共がっ!!」
憤慨し、拳を机に叩き付ける指揮官。
全両大破らしい。……原因はお前の指揮だ。
いや、お前と軍の堅物共か。
半ば予想通りの結末だったな。
“彼”は溜息を吐き、無線機のレシーバーを手に取り、言う。
「……第3遊撃隊に新たな任務を通達する。機甲部隊が全滅した。……後始末を頼む」
簡潔に指示を告げ、レシーバーを置くと――
「貴様っ!何のつもりだ!?」
怒りを隠す気など見せぬ指揮官が叫ぶ。
「かつての“部下”に命令を下しただけだ。何か問題でも?」
「大有りだ。現場の指揮は私が全権を握っているんだぞ!?」
下らん戯れ言を。
「それがどうした。定石通り、杓子定規の指揮しか執れん堅物は家に帰って母親に甘えていればいい。乳飲み子みたいにな」
「貴様ぁ……野蛮人の分際でっ!」
“彼”の発言は火に油――いや、山火事にガソリンとニトログリセリンを投入するようなものだったらしい。
が、それがどうしたと言うのか。実力も無く、下らないプライドだけで生きる勝ち組もどきの虚心をヘシ折るには足りないだろう。
「その野蛮人に劣る、エリート気取りの“勝ち組”に価値なんぞ無い。それに、階級は俺の方が上だ。……屈辱を噛み締め、
「ガキ……だと?」
「そうだ。温室育ちのお前らは餓鬼で充分だな」
言い切り、“彼”が横に半歩移動。
数瞬前まで彼の心臓があった位置を抜き身の刀身が通過。
その通過した刀身――大振りのシースナイフを握る指揮官の手首を掴み、捻る。
痛みに絶叫を上げ、床に転がるナイフ。
刃毀れはおろか、光沢すらも失われていない。一度も使われていないのは明白だ。
「……今すぐに、この世と別れしたいか?」
静かに、だが、明確な殺意を込めて言う。
「……お前には餓鬼という言葉すらも勿体無い。……目障りだ。第100歩兵大隊にでも左遷してやりたいところだな」
“彼”の発言は指揮官に届いてはいなかった。
……手首を捻られた痛みで失神したらしい。
「……さて、作戦指揮は久し振りだな」
失神した指揮官を放置し、“彼”はモニターとヘッドセットを装着する――
数千m前方でデカブツの頭部から夥しい鮮血の噴水。
「よーし、頭ブチ抜いたよー♪」
頭上からは嬉しそうなグラナデの声。まるで子供だ。
「よし、これから前線に移動だ。……傀儡共の尻拭いだ。準備は良いか、嬢ちゃん達?」
「はい」
「大……丈夫」
「問題……無いです」
「いーよー」
タボールさんの指示に各々、了解の意を示す。
『第3独立遊撃隊に通達する。残敵位置は現在地点から北西10㎞。〈F-BA〉型と思われるデカブツが1体、他に〈F-S〉型と思われる雑魚が百と少しだ。……早急に潰せ』
同時に聴こえる指揮官の指示。あれ、さっきまでの
「了解。……嬢ちゃんっ!」
「分かって……ます」
ハンドルを切る。
シフト。トップからオーバードライブへ。
「残弾が5割以下の奴はリロードしておけ」
「りょーかい」
「分かりました」
弾倉を付け替える音。
地面に落ちた弾倉の音からして、全て1割~3割程度の残弾だったらしい。
……どうでもいい事か。
「目視で奴らを確認。……今更おせぇが、ヘッドセットは着けとけよ!」
「「了解!」」
「分かり……ました」
「да」
全員一斉に、ヘッドセットを装着。
これで……媒体越しの会話が出来る……。
『よし。これで問題ねぇな、嬢ちゃん?』
タボールさんは知っていたみたいだ。私の上がり症を。
「はい」
応答し、前方に注意を戻す。
『奴等を確認。……さっき同様、苔と体毛付のタイプだ!』
タボールさんの発言通り、前方にはデカブツと苔色の波、が見える。
『……みたいだね。まぁ、フッ飛ばす事に変わりはないけどね♪』
『距離は……多分、7000m……くらい?』
『遠いですね……』
「警戒は緩めないで下さい。…………一気に距離を詰めますよ!」
言うや否や、私はアクセルを踏み込む足に力を込める。
最高速度に達した輸送車は不整地の凹凸によって激しく振動。
加えて、戦闘時に於ける自分の運転が荒いのも知っている。でなければ、魔物を轢殺なんて出来やしない。
(ひょっとしたら……今回も轢くかも)
どうせ轢くなら、履帯か舗装工場用ローラーで轢いてやりたいけどっ!その方が確実に殺れるから!
『距離……4000……』
『砲撃、始めるよー♪』
いつの間にか、距離は4000mを切る。
迫撃砲を扱うグラナデは射程内だ。
『Fire!Fire!Throw!……なんてね♪』
砲撃に
という、黒い感情は振り払い、運転に集中。
『3000……切った…………射撃、再開します……っ!』
今度は重機関銃の銃声。
断続的に紅い噴水が発生。
距離が距離だけに、雑魚相手が限度か。
『……距離……2000』
『よし、そろそろだね♪』
この声から察するに、擲弾機関砲に変更かな。
擲弾機関砲の射程は約1000mだが、それは飽くまで直射の場合だ。
弾薬の信管は着発対応なら、ある程度は仰角をとれるかも知れない。……確証は無いけど。
『フィアちゃん、迫撃砲使えるよね?』
『え?走行中の輸送車上からは無理ですっ!?』
どう考えても無茶だ。仰角調整が間に合わない。
『そっか。じゃ、いいや』
遅れて、やけに軽い連続音。
撃ち始めたか。
『距離、約800m。嬢ちゃん、悪いが400m程度までは近付けるか?』
「ゼロ距離でも問題無いです。……雑魚位なら、轢き殺しますから」
『上等だ。射程内の奴等は攻撃続行。散弾銃の嬢ちゃんは俺の指示と同時に輸送車から降りて強襲だ。いいな?』
『了解』
相手側も、流石にこっちに気付いている。
が、脅威となる間接攻撃は無い。
投げられる物が無いのか。
まぁ、好都合だけど。
『行くぞ、嬢ちゃん』
『了解!』
そうこう考える内に、指定された距離だったのだろう。タボールさんとフィアちゃんが飛び降りる。
普通、時速100㎞/hを軽く越えている輸送車から飛び降りるのは自殺行為だが、
『私も混ぜてよぉ!』
続けて降りるグラナデ。戦闘狂め。
残るはドライバーの私と天樹ちゃんか。
「……残弾はどの程度?」
『多分……50発程度……』
50発か……。
ブレーキを踏み、ギアシフト。オーバードライブからセカンドへ。
更にブレーキを踏み込む、停車。
「後は狙撃で前衛の援護」
『分かり……ました』
そうして、私達は擲弾筒の、或いは機銃の銃把を握り込む。
……結果として、私達の手柄はほぼ無くなっていたのだが。
既に人外たる私達だが、この部隊には規格外の人外ばかりが揃っていたのだから……。
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