Setup~語られる人外の一幕~



不幸を嘆くな。――人生の刺激と思え。

苦痛を受け入れろ。――それは糧となる。



一週間後――

「ミハイル、壁面の構築はどの程度だ?」

「80%ぐらいでしょうか。あと少し、というところですかね」

「了解だ。無理しない程度にな。エイノは出来た壁面から、屋根の構築に入れ」

「やってる最中ですよ」

等間隔で地面に打ち込まれた鉄骨に別の鉄骨を継ぎ足しながら、仲間の進行状況を確認。

真面目にやっているのはミハイル、エイノ、タボール、フィア、ノルシェ、ノエルぐらいか。

ミハイルの発言通り、作業の進行は順調。今日中にできるか、という程度に。

ともかく、最後の一本を打ち込み、別の鉄骨を取りに戻る途中、グラナデの姿を見つける。

資材の上で寝ていた。邪魔でしかない。

どうするか……。

考えながも、鉄骨を引き抜く。

振動を加えれば起きるだろう。

が、起きやしない。

「どうしたんですか、セルゲイさん?」

と、そこで工具類を取りに来たフィアが不思議そうな顔で尋ねてくる。

「見ての通りだ」

「あはは……。そうですね……」

寝ているグラナデを見て、苦笑された。

「……グラナデさんって、結構寝てますよね」

「…………これは弊害だ」

「弊害?」

小首を傾げられ、思い出す。

まだ説明してなかった。

「……知らなくて当然か。色々とあって説明が遅れているからな。……だが、今は作業が先だ。詳しくは昼休憩の時間にでも話そう」

「分かりました」

俺は鉄骨を担ぎ、作業に戻る。

担いだ鉄骨で先日打ち立てた鉄骨間を繋ぎ、ボルトで締結。

出来た骨組みに更なる部品と鋼板等が付加。壁面を造っていく。

そして、完成した箇所から、防蝕剤の塗布されるが、こちらは女性陣が買ってでている。

男がやっても良いのだが……何分、ムラができやすかったりするのだ。脳の構造的理由で。

「エイノ、屋根の方はどこまで進んだ?」

「もうすぐ完成…………出来ました!」

「了解。降りてこい」

屋根に指示を投げ掛け、俺は外に出る。

(…………悪くない出来か?)

建築家、大工ではないから、詳しくは分からないが。

ともかく、耐久性に問題は無いだろう。

「ふぃー……防蝕剤の塗装も終わりましたよ、セルゲイさん」

ハケとバケツをぶら下げたフィアが戻ってきて、

「……」

続けて、ノルシェ。

「疲れた……」

ノエルの順で、塗装組が集まってくる。

「後は天日干し……。雨、降らないといいなぁ……」

額に吹き出た汗を拭ったノエルは言う。

確かに乾燥させる以上、日が出ているに越したことはない。

が、今は6月半ば。エリアJapでは梅雨と呼ばれる雨季に近い時期。

エリアJap程ではないにしろ、季節風や偏西風の影響を受けかねないこの地では心配だが――

「心配は無用だ、シャール。今日は快晴らしい。後、その防蝕材は完全乾燥まで三時間の超速乾性だ」

完成したガレージから出てきたミハイルの言葉で心配事は消えた。

「そのぐらいは想定してる」

そういうのは、ノルシェ。いつも通りか。

「さて、昼時か。飯はどうするか……」

という、エイノの呟きを聞き、携帯端末を確認。A.M.11:35。

確かに昼時。中心街の飲食店にとっては稼ぎ時。

まぁ、スラム街近郊この辺りには関係無いが。

「例のカフェで良いだろう」

「……毎日彼処じゃないですか?」

タボールの発言に、エイノが僅かながら難色を示す。

例のカフェとは、もしかしなくてもマスターの所だろう。

別に、マスターは毎日来ても怒らないのだが。

「別にいいのでは?売上に貢献しているのですから」

タボールが仲裁に入る。

「…………流石に、1週間以上連続で入店するのも悪いと思いますが……」

難色を示すエイノは俺を見る。

「それは問題無い」

寧ろ、来ない方が不安だと言われたこともある。半分は金蔓がいなくなる事への危惧か。

「あ、もう出来てんだ。早ぇな」

と、そこで〈JA BA40〉を肩懸けしたアランがやって来る。

空気を読まない奴だ。

「その様子……射撃場に行っていたのか、アラン」

「その通りだ、部隊長さんよ――ごぶっ!?」

答えかけたアランは宙に舞う。

「新入りが職務放棄はいかんだろう?」

タボールがアッパーカットを決めたようだ。あの腕から逆算した筋肉量から考えて、痛烈な一撃。

「取り敢えず、飯だ。全員、カフェに行こうか」

地面で伸びているアランを引き摺り、カフェに向かう。


数分後、メンバー全員で入店。

「よぉ、セルゲイ。今日も大所帯だな」

「いきなり増えたのは確かだ。……悪いが、今日は貸し切りで頼む」

各々が勝手な席に着き、注文オーダー。俺、ノルシェ、フィア、ノエルはカウンター席だ。

「で、なんで貸し切りに?」

オーダーを纏めながら、理由を聞かれる。

「例の強化兵についての説明をフィアにするからだ。……一般人やゴロツキ共に聴かれるのは、不味いだろう?」

「なるほどな。……了解だ、少し待ってろ」

マスターはそう言って、窓のブラインドを降ろし、入口の扉も閉めた。

「よし、大丈夫だ。……それとアイスコーヒー二つ、オレンジジュースにヌワラエリア」

即座に提供されるドリンク。気が利くよ。

「飯の方は少々時間がかかる。……先に話していろよ」

「……そうさせてもらう」

俺はフィアに向き直る。

「フィアは〈Медвдъ〉という言葉を聴いたことがあるか?」

「一応はありますけど……。それって、私達の部隊名ですよね?」

「……それは〈Ъедый・Медвдъ〉だ。……やはり、最初から説明が必要か」

覚悟はしていたが、面倒だな。

「太古の昔から、軍隊は様々な手段で兵士の強化を行ってきたが、その中には突飛なモノもあった。例を挙げれば、20世紀半ば頃に現在のエリアU.S.やエリアRosでは超能力と呼ばれる非科学的な力について研究していた。……これについては俺も詳しくは知らないが、視線だけで相手を殺害するとか、そういった類のものだったらしい。……と、話が逸れたな。ともかく、兵士を強化する方法の一つに様々な施術がある。ある特定の施術を受けて、常人以上の身体能力を得た者をエリアRosでは〈Медвдъ〉と呼ぶ」

「それが……私やセルゲイさん達なんですか」

「……概ね、それで合っている。だが、これは身体への負荷やエネルギー消費に対する負荷が大きく、結果として〈Медвдъ〉は大食らいになったり、多量の睡眠を必要とする。……分かりやすく言えば、よく身体を動かす為、普通の人間以上に腹が減りやすく、よく寝る人だな」

「随分、ざっくりとしていますね……」

「……不満か?」

説明に不安も何も無いと思いたいが。

「いえ、不満はありませんが……。私、そんなにお腹は大きくありませんし、睡眠時間も普通ですよ?」

確かにな。フィアは多少大食らいではあるが、常人の範疇。睡眠時間も長くて8時間程度だったか。

「それについては、親が〈Медвдъ〉だった為だろう。軍の研究結果曰く、遺伝するらしいから、初めから〈Медвдъ〉として最適化された身体を持って産まれたのさ」

フィアが〈Медвдъ〉だった事、エリアRos Lim-SEに移住した退役軍人がいた事から割り出したに過ぎないが。

「――エリー・アーバン。元エリアRos正規軍第117歩兵大隊所属、最終階級は少尉。……昔、同じ班の仲間だった女だ」

と、そこでマスターが俺達が頼んだカーシャとピーラッカを出しながら言う。

「お母さんを……知っているんですね、マスター」

「あぁ。良い奴だったよ。酒好きで、よく自棄酒に付き合わされたがな」

悲しそうに言う。遺憾なんだろうな。

「セルゲイの言う通り、エリーも〈Медвдъ〉だった――いや、元々、100番以降の歩兵大隊は懲罰部隊……失敗確率の高い〈Медвдъ〉施術の為に設立されたに等しいが」

「それって…………」

マスターの発言で、フィアは何か思い至ったようだ。

それはおそらく、俺の考えと同じだろう。

「作戦で死んだモノ、と偽造するのも簡単という事だ。何分、100番台の歩兵大隊は送られる作戦は悲惨なものばかりで、結果として並みの正規軍兵士以上の猛者が“量産”できるからな」

社会不適合者の掃除と、戦力の増強を同時に行える、一石二鳥の部隊群。

……反吐が出る。

「……そのくらいにしておけ、セルゲイ。飯が冷める」

流石に言い過ぎたのだろうか、食事を促された。

確かに、飯が冷めるのは勿体無いな。

俺は提供されたカーシャに手を付け、

「……」

隣のノルシェは無言でスプーンを置いた。

話の間に完食したらしい。

「……今は、それぐらい?」

「…………あぁ。真実は知らなくてもいいはずだ」

「そう……」

小さな肯定を返すが、視線はこちらに向いたまま。

何のつもりだ。

「……寝癖でも見つかったか?」

「右襟足付近、跳ねてる」

…………本当だ。

一応、直しておく。

(しかし、最近はよく絡むな……)

約一週間前からか。

ノエルに対する牽制だろう。……露骨な気がするけれど。

一応同期で、当時からのパートナーではあったが……。

(……何時からだったか)

ノルシェに懐かれたのは。

などと考えながらも、食事。

いつも通り美味しいのだが、味覚がもたらす幸福感はさほど感じていない。……思案に耽るせいだが。

(……流石にアホらしい。大して害があるわけではない)

思案を止める。

鮮明になる味覚。……放棄していたのが勿体無い幸福感。

すぐに平らげ、

「……そう言えば、セルゲイ。こんな話を知っているか?」

「なんだ?」

マスターの話に耳を傾ける。

「今、正規軍で行われている〈次期主力戦車トライアル〉、採用車両が決まったらしい」

「……何処の戦車ヤツだ?」

「Heavens・Wall社の〈ADMT-001〉。……俺は好かんメーカーだな」

Heavens・Wall……あの新興兵器メーカーか。確かに、彼処の製品は余りにも安定性が悪い上に、高価だから俺も嫌いだ。

上の連中、信頼性とコストを重視するとばかり思っていたが……。

俺が呆れる一方で、

「……その話、本当っ!?」

ノエルが食い付いてきた。

コイツ、車両全般が関わると人が変わるからな……。

「そう熱くなるな。本当だ。……上の知り合いが愚痴染みたメッセージを送りつけてきてな」

「……上の知り合い?」

「あぁ。心配は無用だ。信用できる奴だから」

「……そうですか。…………なんであんな車両を……」

憎々しげに呟くノエル。

「……どうやら〈HW ADMT-001〉について、なんか知ってるようだな」

「はい。……あの車両……人工知能を搭載した無人型なんです。……性能も良いのですが、何分あのメーカーは……」

ノエルも、HW社を知っているらしい。

「…………確かに、そうだな。……だが、上がソイツを選んだのは合理的な判断だろう」

発言を引き継ぐように、俺は口を開く。

「魔物との戦闘において、最も殉職率が高いのは戦車乗りだ。理由は分かるな?……それに、戦車乗りは意外と育成コストが高い。それらから踏まえ、性能、練度共にほぼ均一化できる人工知能搭載型戦車を選んだと思われる」

現代の対魔物戦において、戦車は小回りが効かず、移動速度も遅い為、砲兵部隊の代用が便利屋側から見た運用方法である。

しかし、軍の機甲部隊は『数を揃えて掃射しながら押し出せば良い』という思想を持っており、実際にそういう運用方法だ。

だから、対人/対装甲戦はともかく、対魔物戦では甚大な被害を被りやすい。

今更ながら気付いたのであれば、

「……人命尊重、ということですか?」

という思想を復活させた事になる。

「あぁ。……正直に言えば、意外だ。エリアRosはエリアAmr――まぁ、エリアU.S.という名の方がよく使われるが――と同じく、兵士の保有数が非常に大きいからな。上は俺達の事を消耗品程度にしか思っていないはずなんだ」

が、俺としては違うのでは、と思う。

頭の凝り固まった上層部がそう簡単に心変わりなどするものか。

絶対に、何か裏がある。

そう思った直後、

「……セルゲイ、依頼。送信した」

「……了解」

端末を起動。

送られてきたメールを確認。

軍からの依頼だ。


――本作戦は暫定採用となっている新型主力戦車のテストである。

第3独立遊撃部隊は後方に待機。万が一の討ち洩らしや、伏兵の排除に当たれ。

尚、貴官らに拒否権は無い。

報酬は約束しよう。

14:00までにエリアRos Lim-E近郊の指定ポイントへ移動しろ――


(……酷い内容だな)

新兵器のお守りか。ふざけてるな。

(だが、新兵器の性能を見るには良い機会だ。……どのみち、断る気は無かったが)

背後で談笑に興じる仲間達に向き直る。

「たった今、軍から指令が下った。新兵器の露払いらしい。……参加したい奴は挙手」

出なければ、俺とノルシェで行くか……と、考えながら言うと、

「出ます…………」

意地なのか、ノエルが挙手。

「……私は……大丈夫、ですか?」

次いで天樹、

「私も出ますっ!」

フィア。

「……ガキ二人が出ていて、年長者が出ねぇのは……なぁ?」

そして、タボールの4名が名乗り出た。

(……戦車乗り、新兵、強襲兵、ガンナー……駄目だ。大、型、向けの面子が足りない)

嫌な予感もする。……保険がいるな。……こういう場合は――

「……グラナデ。お前も出ろ」

俺と同じく、カウンターの端で、パフェを食らう擲弾兵にそう告げる。

「え?なんでー」

案の定、疑問の声。

「保険だ。ノエルとタボールは問題無いだろうが、フィアと天樹は正規の軍人ではない。……それに……嫌な予感がする」

敢えて、ぼかして言う。確証は無いことだから。

「……なるほどね~。分かった。そん時は……壊して、良いよね?」

だが、グラナデには俺の懸念が伝わったらしい。納得し、物騒な発言が返ってくる。

「……せめて、原形は残してやれ。……出撃メンバーの端末にも依頼のコピーを送信しておく。グラナデ以外のメンバーも、対装甲兵装を装備していけ」

保険は重ねておこう。

「「「「了解」」」」

出撃メンバーは即座に兵士の顔に切り換え、準備の為、カフェを出ていく。

俺はその背中を眺めず、メールを送信した――


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