再編


問題があってこそ、生きるというモノである。

無問題な生活というのは退屈なだけであり、意味が無い。

…………とはいえ、退屈を望む人間もいるのだが。



――あれから一週間が経った。

正式に俺達は第3独立遊撃隊〈Ъедый・Медвдъ〉になり、第13機甲大隊も解体。

今日付で補充人員が来る事になっている。

で、俺達自体はというと――


早朝の射撃場に轟音が響く。

視界中に写る人型標的マン・ターゲットの頭部に大穴が開く。

「……左眼窩ひだりがんか右下、0.21㎜」

素早く、着弾点の確認。結果を隣に伏せる、白髪の狙撃手ノルシェに告げる。

ノルシェは無言のまま、手にした14.5㎜対物ライフル〈AA PB3〉のボルトハンドルを引き、空薬莢の排出。

照準の修正に移る。

数瞬後――再び轟音。

「左眼窩、破壊」

即座に結果を伝えるが――すぐに轟音。

「右眼窩、破壊」

轟音。

「前頭葉中央、破壊」

立て続けに、弾倉内の残弾を撃ったらしい。ボルトハンドルを引いて、空薬莢の排出。そのまま、弾倉も外す。

「…………少し、悪い」

「…………そうか」

悪い、とは集弾結果の事。

確かにいつもより少しだけ、悪い気がする。

「でも、誤差修正は容易。向こうはどう?」

そう言って、ノルシェが見るのは二人の少女。フィアと――意外な事に――天樹だ。

「……悪くは無いな」

大分、射撃に慣れてきたフィアは良いとして、素人である天樹が悪くない結果グルーピングを出している。

まぁ、あくまでも……人間標的相手に対して、であり実戦における射撃精度は分からないが。

――という、俺の考えに呼応するかの如く、

「いや~大分、軌道に乗ったよね~フィアちゃん」

練習風景を眺めるグラナデが言う。

「……短機関銃SMGのトレーニングをしておけ。ただでさえ、榴弾と対戦車兵装の弾薬費は高い」

故に、無駄弾は出ない方がいい。いかな安い拳銃弾でも。

「50m以内で7割当たるから、大丈夫♪」

そういう問題ではない…………のだが、

(JA社製の〈BP-25〉では、そのぐらいが限度か……)

JA社製の全自動銃火器は然程精度が高くないからな……。7割当たるだけでも驚異的。

「その目、信じてないねー」

「……黙っていろ」

人は自分に対する悪意に対しては、誰しも敏感らしい。……所謂、第六感か。

「セルゲイ……さん……」

思案半ばに、天樹が突撃銃を抱えて走ってくる。

アドバイスでも受けたいのだろう。

……しかし、比較的コンパクトなタイプとはいえ、かなり小柄な天樹が持っているのだから、大きく見える。グラナデにも同じ事が言えるが。

「小銃のコツ、教えてください……」

「……フィアが当てにならなかったのか?」

「…………はい」

アイツ……。散弾銃の扱いには慣れたくせに……。どこまで反動制御が苦手なんだ。

「全ての銃火器に言えるが、無理をしない事だ。頭蓋を狙って外されるよりは、心臓や肺に孔を穿つ方がマシだからな。……後は、身体で覚え込むに限る」

言っておいて難だが、明らかに基礎要素でしかない。

「そうですか……ありがとうございます」

が、天樹はお辞儀をして元のレーンに戻っていく。

「……天樹のライフル……〈AA SG36〉?」

「あぁ。……多少重いが、性能は良いからな」

〈AA SG36〉は俺の扱う〈AA KrG35〉の後継モデル。

信頼性を増す為、ガスピストン式なったが、精度は良い。……よく当たり、重めの重量から反動と銃口の跳ね上がりも比較的小さい。

「〈CA CW33A1〉でも良かったと思う」

「アレはガス直接噴射式だから、汚れがな……」

「……なるほど」

あの機構は汚れに対する脆弱さと掃除の困難な構造が問題だというのに、CA社の突撃銃全般は同機構を用いている。兵士の視点で見れば馬鹿としか言いようがない。

(……エリアEngよりはマシか)

王立武器工廠が欠陥品を造り、それをプライドだけで使い続ける、あの国よりは。

「………で、実践し始めたか」

正中線を狙って射撃。確かに、人体構造的に正中線は急所の集まりだ。

飲み込みが早くて結構。後は経験を積めば、自ずとコツが分かるだろう。

対応距離から考えるに、フィアよりバランスが良さそうだからな。使ようになればいいが。

そう思いながら、腕に巻いた時計を確認。11:45を指している。

(……正午ちょうどに着任予定だったか)

ならば、あと15分で到着予定か。そろそろ引き上げだな。

「……」

俺の言わんとする事を理解したらしいノルシェは既に後片付けを終えている。……相変わらず、早いものだ。

ともかく、残りのメンバーはすぐには気付けない。

「訓練終了。新兵の出迎えだ」

指示を出す。

「分かりました」

「了解……」

「ん、帰る時間?」

各自返答。撤収作業を始める。

空薬莢を屑篭に捨て、使用銃器の清掃。

さして経験の無い天樹がいたにも関わらず、大して時間をとられずに射撃場を後にする。


(……さて、新入りは確か…………5名だったか?)

店に戻りながら思い返す。

全くの新兵が送られてこなければいいのだが……。上は机上でしか戦いを知らない奴が多いからな……。

……期待しないでおこう。

店のある通りに出ると――便利屋前に一台の大型トレーラーが停車していた。

おそらく、補充人員のヤツだろう。……トレーラーという事は、機甲戦力か。

(……時間前に到着。良い心がけだな)

あとは――

「人員の能力?」

「…………そうだな」

心の内を読まれた気がするが、いつもの事か、と受け流して他のメンバーの様子を見る。

「トレーラーかぁ……補充物資は何だろ?」

「グラナデさん……」

グラナデ、フィアは相変わらずだな。特にグラナデ。

「何か……あったんですか?」

ほぼ新兵に等しい天樹の反応も想定内。

ならば後は――――新入りの確認だけだ。

便利屋前に移動。

トレーラーの積み荷は予想通り、主力戦車MBT

(……新型か)

その戦車は見覚えが無かったが、現在、正規軍は〈次期主力戦車選定トライアル〉の最中だから、おそらく試作車両だろう。

見る限りは重武装、重装甲の鈍亀という印象。……運用は自走砲に近いか――

と、思った所で視界端に見えていたマスターの店の扉が開き、

「あ~……食った食った。ここの飯は美味ぇ!」

「確かにそうだな。持ち帰りが出来るのも嬉しい限りだ」

二人の男性が出てくる。因みに、どちらも――着こなしの差違こそあれど――同じODカラーの野戦服を着込んでいる。

アイツらが補充人員の一部か?

視線を戦車から外し、件の補充人員に向ける。

一人は短い金髪の少年。背丈は標準。見た感じの年齢は19ぐらいか。野戦服の上着を腰に巻き、健康的な肉付きの両腕を剥き出しにしている。

もう一人は短く刈り込んだ茶に近い金髪。背丈がそこそこ高い。顔付きが引き締まっており、キッチリ着込んだ野戦服の上からでも分かる無駄の無い体躯。……ある程度のはしていそうだな。

「……ん?」

相手側が俺に気付き、近くまで来ると、

「……貴方はこの便利屋此所の従業員ですか?」

質問を受ける。

「あぁ。……お前らが上から差し向けられた補充人員か」

「酷い言い方をしますね。…………本日付で第3独立遊撃隊に配属になりました、ミハイル・ロート軍曹です」

苦笑しながら、茶に近い金髪の男性が自己紹介。

「俺はアラン・ドミトーリ。まぁ、よろしく」

遅れて、金髪の青年も続く。

「…………残り3人はどうした?」

「いえ、俺達の部隊からは後一人だけですが?」

……二部隊から引っこ抜いたのか。

「一人か……。原隊は何処だ?」

「第13機甲大隊だ」

質問に答えたのは、アラン。

第13機甲大隊か……。で、あと一人…………アイツだな。

予想がついた。

「残り一人の紹介は良い。中に入ってくれ」

「了解しました」

「りょーかい」

指示を受け、二人は店の中に入っていく。

(……さて、引き摺り出すか)

俺はトレーラーの荷台に登り、戦車の搭乗口を開く。

「出て来い、ノエル」

車内に向かって声をかけるが、反応無し。

仕方無しに車内を覗き込むと、

長い金髪の女性がシートに着いたまま寝ている。

疲れているのだろうか?…………いや、違うな。

コイツの性質みたいなものだ。

(起こすのは後回しだな)

ハッチを締め、トレーラーの運転席へ。

そのままガレージに駐車。エンジンを切って降りると、戦車内から女性――もとい、ノエルが降りてきて、

「…………先輩?」

彼女は俺に気付き、目を見開く。

「……久し振りだな」

実際には、装甲やスコープ越しには会っていただろうけど。

「はい……。配属先…………先輩の所だったんだ……」

「感慨に耽るのは後だ。……中に入ってくれ」

「……先輩は?」

「残りを待つ――――まぁ、すぐに行くが」

ノエルから視線を外し、こちらに向かって来る二人の男性を捉える。

「大丈夫です……。あの人達への挨拶の方が……多分、重要だから」

……気付いていたか。

「…………好きにしろ。早いか遅いかの違いだけだ」

半ば諦めた気持ちで言い、便利屋入口に向かった――


数分後。合流した二人の男性、ノエルと共に便利屋談話室に入ると――

「ごふっ!?」

何故か、ノルシェからボディブローを食らう。……鳩尾にクリーンヒットだ。

「何の……つもりだ……?」

痛む鳩尾を押さえながら問う。

「少し…………頭にきたから」

「…………ヤキモチか?」

珍しい。滅多に感情を出さないのに。

「余計な詮索。……それで、そっちの二人は?」

僅かに眉を潜めた後、ノルシェの視線は残りの男性二人に向けられる。

「補充人員らしい。自己紹介を頼めるか?」

自己紹介を促すと筋骨隆々、クルーカットの銀髪の巨漢が名乗り始めた。

「勿論。……俺は第65歩兵大隊から異動になったタボール・シトゥイークだ。今後共よろしくな」

続けて中肉中背、短めの茶髪の青年も名乗る。

「同じく、第65歩兵大隊から異動になった、エイノ・ゲオルグ。階級は一等兵。よろしく」

「タボールにエイノだな。適当な場所に腰掛けてくれ」

「「了解」」

二人が席に着くのを待ち、自分達の自己紹介に移る。

「……俺がセルゲイ・モヴィーク。一応、第3独立遊撃隊の隊長になっている。階級は少尉だ」

俺が口を閉じると同時に、ノルシェが腰を上げ、

「ノルシェ・リオート。第3独立遊撃隊副隊長を務める」

と、だけ言って着席。

「で、次に紹介すべき奴だが――」

一人でソファ一つを占領、猫のように丸くなってるグラナデを一瞥。

「そこで寝ている奴が、グラナデ・ヴェルファー。ナリは見ての通りだが、二十歳は過ぎている。それに、別の意味で有名だから、コイツの事は皆知っているだろう?」

「まさか、〈歩く火薬庫〉ってコイツ?」

驚愕の表情を浮かべながら、アランは言う。

「その通りだ」

「マジかよ……。てっきりガチムチのオッサンだとばかり思ってたのに、合法ロリだったとは……」

彼の呟きは無視して、フィアと天樹に自己紹介を促す。

「フィア・リベリです。一応、一等兵らしいです。よろしくお願いしますね」

「……天樹…………遥……です…………」

続けて、旧第13機甲大隊の3人の紹介も滞りなく終わり――

「さて、聞いているかどうかは知らないが、説明しておく。第3独立遊撃隊は軍属だが、本質的には便利屋だ。当然、一般人からの依頼も来る。それも処理しつつ、軍上層部上の指令を遂行するが、指令に関しては依頼、という形になる。よって、報酬……いや、俺達の給料か……は、出来高制になるから、“依頼”には本気で取り組め。それ以外の時間は基本的に自由。階級云々等の堅苦しい規律も無しだ。以上。自室は空いてる部屋を適当に使ってくれ」

ある程度の説明を終わらせて、解散させる。

補充人員達が荷物を持って、談話室から出ていく様子を眺めていると、

「セルゲイ」

ノルシェに袖を引かれた。

「なんだ?」

「ガレージ……拡張の余地があると思う」

「…………確かに」

トレーラーを入れた時に、俺も感じたな。

スペースに余裕が無い。

「すぐに改築できるように設計、準備はしてある」

準備が良いな。

……とはいえ、流石にガレージの改修だ。重労働になるだろう。

「……所用時間はどれくらいのなりそうだ?」

「推定、4日程度」

「……なるほど」

おそらく、全員が死ぬ気でやれば、の推定だな。一、二週間位と考えた方が良さそうだ。

で、今日は諸々の準備があるだろうから、実質的には無理。

明日以降…………いや、時間が惜しい。明日からにしよう。

「……明日から作業開始?」

だから、心の内を読むな。……理解が早くて、助かりはするが。

「明日からDIYするの~?」

いつの間のか、起きていたグラナデが会話に混じってきた。

「そんな軽い事では無いがな。……フィア、天樹に伝えておいてくれ。明日からガレージの改修だ、と」

「りょーかい。……んじゃ、行ってくる~」

了承し、グラナデが談話室から出ていく。

(……明日から忙しくなるな……)

グラナデの出ていったドアを一瞥し、俺はそう思うのだった――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る