Ⅱ章~Geist Panzer~

プロローグ(Side:???)




砲火を交えるだけならば簡単だ。

しかし、勝敗は運と実力に委ねられる。

それは兵士一個人の能力であり、兵器の性能であり、指揮官の作戦立案、執行能力。

だが、そんな事すらマトモにできない者は幾らでもいるのだ――



――エリアRos E-Cen郊外 シベリア陸軍基地


「シャール軍曹、ロート軍曹、ドミトーリ二等兵はいるか?」

エリアRos Lim-SEでの戦闘から数日後の昼過ぎ。格納庫に、聞きたくもない上官の声が木霊こだまする。

(早く帰ってくれないかな……)

私は戦車内で各種動作チェックを行っていた為、それを口実に無視を貫く。

『……何ですか、大佐?』

レンズ越しに外を見ると、代わりに、茶色に近い金髪の青年が答えていた。

『ロート軍曹か。……他の二人はどうした?』

『アランは射撃場にいると思います。シャール軍曹は……戦車の中ですね』

レンズ越しに、ロートと呼ばれた青年と視線が交錯。

『……そうか。ならば二人に伝えておけ。15:00に基地司令室に来い、とな。以上だ』

『了解しました』

返答に耳を傾けずに、大佐は格納庫から出ていく。

デスクワークでも貯まっているのかな。……もしくは、こういう場所が嫌いか。

一般的に階級が上がるほど、前線から遠退くものであり、自然とデスクワークに就きやすくなる。……戦わず、命令を出す役割に。

それで高月給なのだから、一般兵士から見れば、高官という者は税金泥棒みたいなものである。無能であれば尚更。

なんて、思いながら整備項目を処理していると、

「聴いてたな、シャール。スピーカーのテストには丁度良かったんじゃないか?」

開けっ放しだった搭乗口から、ロートが声を掛けてきた。

「……」

私は首肯だけを返す。

「それは良かった。命令を忘れるなよ」

「分かってる……。その……場所……邪魔になるから……離れて」

「ん?あぁ、悪い」

注意されて、ロートが搭乗口から離れる。

続けて私は車内から出て――

ウエスやタオル、洗浄剤を持って、車体下に潜り込む。

(うわぁ……想像以上に汚れてる……)

アイツら、運転荒過ぎだよ……。訓練内容もロクに出来ない口先だけのくせに。

口に出さず、丁寧に磨く。

練度不足故に仕方無い。

私が出来る事は戦車この子達を綺麗に――――にする事だけ。乗員へのアドバイスは、怒らせるだけだろうから。

(そういう意味では、若年兵って嫌だな……)

私も若年兵だけど。従軍期間で言えば古参になるのかな……。

「どのくらいで終わる?」

「……もう……すぐ……」

返答。しつこい汚れを落とし終えて、這い出る。

「もういいのか?」

「……」

道具を所定の位置へ戻し、手近の木箱に腰を下ろす。話に付き合うつもりは元々無かった。

「はぁ……演習弾薬費削減とかふざけんなよ……」

同時に、格納庫へ入ってくる金髪の青年。

――アラン・ドミトーリ二等兵。19歳。

数日前の損害から、再編された小隊のメンバー。

正直、私は苦手な人。

「アラン。15:00に基地司令室に来い、との通達だ」

「……なんで呼ばれんだよ?」

「俺が聞きたいところだな。……さて、現在時刻は14:42か。そろそろ行った方がいいな」

言葉に従い、木箱から腰を上げる。

「帰ってきて早々、かよ……。どんな命令がくるんだか……」

「行けば分かるさ」

投げやりな発言だ。纏め役が職務放棄とは如何なものか。


数分後、私達は司令室に着く。

ロートが扉の守衛に対して、用件を伝える。

「ミハイル・ロート軍曹以下2名、召集に応じて参りました」

「話は聞いている。入室したまえ」

「「「失礼します」」」

入室。

執務机の前に並び、敬礼。

「よく来てくれた。君達は何故、呼ばれたか理解しているか?」

「いえ、存じていません」

ロートが即答すると、司令は苦笑。

「まぁ、そうだろうね。今から説明するからよく聞いてくれ。――一週間前、Lim-SEで中規模の戦闘があった。君達の所属する第13戦車大隊も参加していた筈だね。……主原因は、同地区を根城とするならず者集団の暴走。……だが、そんな事はどうでもいい。重要なのは、同戦闘において第13機甲大隊が甚大な被害を受けたという事だ」

「……あぁ、酷かったよ」

今度はアランが憎々しげに言う。

実際、地獄絵図だった。

面となって襲い来る魔物の大群相手に、小回りの効かない主力戦車は次々と行動不能に追いやられた結果、全戦力の6割を失ったのだから。

「それに伴い、第13機甲大隊は解体される」

……やはり、そうなるか。

半分以上の戦死者が出てしまった以上、当然の結末。

「君達三名の配属先は〈正規軍 第3独立遊撃隊〉になる」

「第3独立遊撃隊?聞いたことがないですね。新設された部隊ですか?」

「そうだ。ほんの数日前に発足したばかりだ。人員も足りていない。故に、君達を主力戦車一両と共に転属させる」

……また、再編か。

ここ数ヶ月の間に3回も再編成とは……多過ぎる。

「明日、06:00までにこの基地を発て。必要物資を搭載したトレーラーを第21格納庫に用意されている。詳しい情報は各自の端末を確認してくれ。以上。退出したまえ」

「「「了解」」」

司令に敬礼し、司令室を出る。

「……災難だな」

扉が完全に閉まると、守衛の一人が同情するように言ったが、

(……嘘だ)

と、私は思う。

頭の中が金と保身とプライドだけでできているような後方勤務ホワイトカラーの側近なのだから、正義感を持つ者などいない。いたとしても、確率的に億万分の1程度だろう。

などと、思っているのは、私だけらしく、

「そう思うなら、少しは便宜を計ってください」

ロートが溜息交じりに、言う。無論、返ってきたのは、

「無理だな」

否定。

(……予想通り)

無駄な事をする必要なんかないのに。律儀だね、リリース。

(……さて、格納庫に戻ろ)

整備は完全に終わっていない。

会話中のロートを無視して、司令部を出る。

「スラムのガキ共吹っ飛ばせ~♪」

「「「「スラムのガキ共吹っ飛ばせー!!」」」」

「上司は書類に苦戦中ー」

「「「「上司は書類に苦戦中ー」」」」

何処かで聴いたような行進曲と共に、ランニングをする新兵達を眺め、

「「「215!216!217!218!」」」

「何をへばっている、蛆虫以下の塵がっ!!」

腕立て伏せに興じる新兵達の脇を通り過ぎ、

「あの野郎共……次会ったら、ただじゃおかねぇ……」

「なにする気だよ」

「フラッキング」

「おいおい……。せめてストリートファイトにしろよ。もしくはレスリング」

「「…………ハンツァ中佐の所に行こうか?」」

「望むところだ。あんな老いぼれなんざ怖くねぇぜ!」

明らかに危ない会話も聞き流して、目的の格納庫に向かおうとして――

「ほぉ?だらしない餓鬼はテメェか。お望み通り、レスリングに行こうか」

「え?中佐?ちょ、ま――――アーッ!?」

背後からアレな声が響いた。

……ロクな奴がいないね、この基地。

かつて宗教と呼ばれた娯楽に、こんなのがあった気がする。どうでもいいけど。

ともあれ、格納庫に到着。

が、

「……無い」

格納庫は空っぽだった。

先程まで整備していた主力戦車モノが無い。

(どうして……)

此処は私の部隊の格納庫なのに。午後の訓練も無いのに。

――戦車あの子達はお休みの筈なのに……。

と、思案に没入しそうになるが、中断。

「――ん?シャールか。危ないぞ」

背後から声を掛けられたから。

男の声。低く唸るエンジン音。

振り向く。

一台の大型トレーラーが停まっている。

その運転席には、一人の男。彼が先程の声の主だろう。

トレーラーの進行ルート上に、私は立っていたらしい。

小回りの効かないトレーラー故に、避けて通るのは面倒。

素直に脇に避ける。

すると、トレーラーが頭から格納庫に入り、運転手がボヤきながら出てくる。

「すまねぇな。……司令上がコイツをブチ込んでおけって五月蝿くてよ……」

「中にあった主力戦車は?」

「第11機甲大隊行きだとよ。……お前ら、僻地に飛ばされんだろ?そのせいだろうよ」

舌打ち。

出て行く奴に慈悲は無しか。糞野郎共。

「そう落ち込むなよ、戦車狂タンク・ジャンキー。代わりに1両とはいえ、最新鋭の車両が渡されんだからよ」

「…………最新鋭?」

魅力的な言葉だ。何が支給されたのだろう?

「あぁ、最新鋭。さっきのトレーラーに積んでっから。……好きなだけ弄り回してやれよー」

無責任かつ適当な言葉を残し、運転手は去っていく。

その背中が見えなくなった所で、トレーラーの荷台を確認――

灰緑色のデジタル迷彩に塗装された車体。

角張った砲塔から突き出す長い滑腔砲と、同軸対人機関砲。2門の対空/対人機関砲も見え、両サイドに5連装の発煙筒射出装置付きロケットランチャーと、重武装。

(これって……〈AD BT28-OFO〉っ!?)

現在、行われている〈エリアRos正規軍 次期主力戦車選考トライアル〉に、AD社が出した最新鋭の試作機……。

なんで、こんな僻地に……。

とは思うが、理由は単純。

。……ただ、それだけだ。

(たしか……この子の特徴は……)

頭に叩き込んでいる主力戦車のデータを参照し……思い出す。

(搭乗人数の削減と……重武装、重装甲化)

どちらが駄目だったのだろう?

軍支給品の携帯端末を起動。

次期主力戦車選考トライアルのデータベースを開く。

〈AD BT28-OFO〉についての項を見ると――


車体性能は良好。しかし、乗員1名での操縦は困難を極める。


(一人っ!?)

流石に、冗談だと思いたい。

戦車を一人で操縦とは万人向けではない。分類上は“大型特殊車両”だが、一般車より遥かに複雑なのだから。

……この子はメーカーの狂気によって造られたのか。

(可哀想に……)

とは、思いつつも、私は〈AD BT28-OFO〉の中に入る。

目の前に大型のモニターと、照準用のスコープ。

手元には4本の操縦根。足元に一対と二つのフッドペダル。

(……かなり、簡略化されてると思うな……)

これの何処が困難なのだろうか。

そう思いながらも、端末に送られていたメールを確認する事にした――



「――さて、これで邪魔者は去る」

「貴官もえげつない事を考える」

エリアRos某所。数名の男達が円卓を囲っている。

“彼”も円卓の一席を占有。傍観に徹していた。

「しかし、惜しい人材だったな、“彼女”は」

「あぁ、確かに惜しい。……とはいえ、所詮“彼女”以外は3に過ぎん。替玉などすぐに造れる」

「なるほど、一理ある。アイツらは金と資材を用意してやれば嬉々として仕事をしてくれるからな」

……下らない。

何の為の会合だ。本題から離れて、無駄話ばかり……。ただのお茶会か?

……反吐が出る。

一向に進む気配の無い状態に嫌気が差し、“彼”は仕方無く、口を開く。

「“彼女”達の事はそれくらいで良い。……目下の課題は、次期主力戦車選考トライアルについてだろう?」

だが、

「そんな事は分かっているっ!私に指図するな、成り上がりの小僧がっ!!」

「貴様は黙って座っていればいい」

「全くだ。能無しの野蛮者が……」

大半の男が激昂。

「……チッ」

舌打ち一つ。再び傍観の姿勢に戻る。

学はあっても、戦を知らずに歳だけ重ねた老害に何が分かるのだろうか?

世の中、そう簡単にはいかない。基本、不自由に出来ているものだ。

そんな初歩的な事すら、分からないのか。

(……アイツらは、お前らの想定を越えているだろうさ)

ならば俺は、お前らが見せるであろう、辛酸を舐めた面を楽しみに待っているさ。

“彼”が内心で一通りの思案にケリを着けると同時に、会合は本題に戻る。

「では、本題に移ろう。今回で“次期主力戦車選考トライアル”にケリを着けようと思う。……諸君らはどの車両が相応しいと思う?」

「……〈HW ADMT-001〉だろう。火力、装甲、踏破力。全てにおいて高水準を叩き出している」

「私も同意見だ。アレはいい」

「右に同じだ。……一応、聞くが貴官はどうかな?」

各々が同じような意見を述べる中、“彼”に発言権が回ってきた。

「〈AD BT28-OFO〉」

「フッ、野蛮者らしい意見だな。あんな鉄屑を選ぶとは」

「中途半端な車両に意味など無い。有限たる予算を無駄に浪費するなど愚の骨頂!」

「全くだ。データを見る限り、低水準な性能。そのくせ、コストだけが高い。……使い物にならんな」

“彼”の意見は総出で叩かれる。

(石頭共が……)

何処までも無能だな、この老害達は。……まぁ、どうなるか静観するさ。

傍観の姿勢を崩さない“彼”を気にせずに、会合が進み、〈HW ADMT-001〉を暫定採用、先行量産するという方向へ向かう。


――――後に、それが間違いだと、“彼、”以外は気付かずに……。


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