誓いと再編(Side:Fear/Sergio)



悪意からは逃げられない。

逃げられないのならば、立ち向かえ。立ち向かえる強さを手に入れろ。

そうする事が……生きるという事の一面だ――



数時間後――

私は市街中心部に向かって、瓦礫の山を走っていた。

目的はざっくり言ってしまえば、お墓参り。因みに、セルゲイさん達から許可を取っているので、集団行動のルール的なものは守っているはずだ。

もっとも、墓参りとは言うものの、お墓は無い。あったとしてもかつての抗争、先程の戦闘で破壊し尽くされた、この惨状で残っているとは思ってはいない。

でも、来てしまった以上、贖罪しょくざいと追憶に浸る義務はあるはずだ。

昔の記憶を頼りに中心部へ入り、朽ち果てたアスファルトを蹴り進む。

あの時のまま止まって、壊れた町並み。

止まった時間の末路がこれなら、私はとっく壊れた事になる。

しかし、壊れてしまったとは思いたくない。

思ってしまえば、そこで全てが無為になるような気がするから。

だから、歩みは止めない。止めたくない。

市街に入って歩く事数分。

目的地に着く。

かつてホームセンターだった、建物。

私のお母さんの死んだ場所。

抉れた大地に残るのは鉄筋コンクリートの柱と、コンクリート片だけ。

墓場ではなく廃墟だが、構わない。

「……ただいま、お母さん」

廃墟とすら呼べない、墓地に向かって、言葉を紡ぐ。

「遅くなってごめんなさい。……お墓、用意できなくて……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。謝ることしかできなくて。許されない事をしたのに……」

この手でお母さんを殺したのに、私はのうのうと生きている。

「だから、お母さんは……私に一つの罰を残してくれたよね?」

心的外傷後ストレス障害PTSDを。

「その罰のお陰で、私は人間を殺せなくなった。……いわば、殺人に対する予防接種をありがとう。……だけど、もう私は罰を守れないかも知れないんだ。……許されざる罪が増えちゃう事を先に謝っておくね。……ごめんなさい」

重ねられた謝罪は効力を失う。

分かってはいるが、言うしかなかった。

「でも、分かって欲しいんだ。善良な人の命は奪わない。私が罰を無視するのは、人間から化け物へと変わってしまう人への介錯だけだから。……だから…………ごめんなさい」

私は墓地に向かって跪き、祈りを捧げる。

――理不尽な世界に謀殺された人々に、来世での幸あれ。

届きもしないであろう、願い。

願いは届かない。届かないからこそ、願いは願いなのだ。

欲求を、願いを叶えたいなら……力を持て、と誰かは言ったらしい。

まさしく、その通りだ。

だからこそ、私は祈りもそこそこ、立ち上がる。

「……さよなら、お母さん。…………またいつか、来るね」

最後に一言、墓地に向かって呟いて。



――同時刻 輸送ヘリ着陸地点。

俺は輸送ヘリにほど近い瓦礫に腰を下ろし、朽ちた市街地を眺めて、思案にふける。

(……生存者の抹殺、か)

考えていたのは〈憤怒の血〉作戦における、軍の対応。

人命救助など、クソ食らえだった軍の対応。

増え過ぎた人口故に兵士一人、市民一人の命など大した価値が無いのか。

(……ふざけてやがる)

そう、思った時だった。

「……少尉、嬢ちゃんが見当たらねぇ。何処に行ったか知ってるか?」

少々慌てた様子の中佐がやって来たので、

「……墓参りだ」

フィアのいない理由を告げる。

「墓参り?……おいおい、冗談も大概にしてくれ少尉」

「事実だ。……まぁ、中佐の言わんとする事は理解しているが」

砲兵のは徹底されていたのか、残党の殲滅は僅か一時間と数十分で終わりを告げた。

しかし、第13戦車大隊は戦力の六割を失うという大損害を被っており、後方に展開していた第4重野砲大隊にも損害はあったらしいが、全体の1割にも満たない程度。戦車大隊に比べれば軽微であったと言える。

そして、増援たる俺達はフィアの負傷こそあったものの、それ以外は損害が無い。

中佐は、墓参りに行ったフィアが帰投中の第13戦車大隊と鉢合わせしたら危ない、と言いたいのだろう。

確かに、あの部隊は設立されて数年しか経っていない上に、若年兵が信じられないくらい多かった筈だ。八つ当たり上等の餓鬼が多いのも頷ける。

「……それでくたばるようなら、その程度の“個体”だったに過ぎないさ」

「辛辣な物言いだな、少尉。……それとも、信頼しているからこそ、か?」

「さぁな……。俺達は待つだけだ」

下手に勘ぐられるのは嫌だが、あえてとぼけておく。

「ま、それしかねぇだろうな。……さて、セルゲイ。先程、正規軍上層部から通達があった」

唐突に、話と俺の呼び方が変わる。

通達だと……?今度は何だ?

「……また、下らない上に酷い指令か?」

「…………あぁ。下らない上に酷い指令だ。他の奴らも集まれ」

中佐の指示に従い、ノルシェとグラナデが寄ってくる。

「よし、集まったな。……先程、軍上層部からお前らに辞令が下った。実にクソッタレなものだ。お前ら全員と嬢ちゃん、後は例のウェイトレスは〈エリアRos正規軍 第3独立遊撃隊〉として軍に復帰及び、徴兵する。……それに伴い、セルゲイ・モヴィーク元少尉を部隊長、ノルシェ・リオート元曹長を彼の副官とし、近日中に追加人員を送る、とのことだ」

本当に酷い指令だな。俺達は復帰なんて望んでいないのに。

「〈第3独立遊撃隊〉?……新設するんだ~」

俺の思案などいざ知らず、グラナデはいつもの調子。

「……新設っちゃあ新設らしいが、部隊の通称は過去の部隊からパクられたみてぇだ」

何故か、中佐が俺の方を見る。

冗談だろ……。

ある可能性に至り、横目でノルシェを見ると――どうやらノルシェも同じらしい。

俺は察した。〈第3独立遊撃隊〉の通称を。

「セルゲイとノルシェちゃんは気付いたみてぇだな。……そう、この部隊の愛称は〈Ъ едый・Медвдъ〉、だとさ」

「…………Худшее(最悪)」

珍しく、ノルシェが怒りを露にする。

まぁ、怒るわけだ。俺も、ノルシェも…………あの部隊は嫌いだ。……いや、嫌いになってしまった、だろうか。

その名を冠する部隊に再び入隊するなど、本当ならば嫌なもの。

(……だが、それは私情だ)

軍は憎い。

だが、それがどうした?それもこれも、何もかも私情だ。

公私混同は避けるべき。便利屋をやっている以上、こういうこともある。

とっくの昔に解っていた事だろう?

「現状の通達はそれだけか?」

「……いや、あと一つだな。…………基本的には、今まで通りとの事。軍関係の作戦は依頼って形らしいな。……要するに、軍関係の依頼が増えるだろうよ、と思えば良いんじゃねぇか?」

……飽くまで、体裁だけか。上の一部がやりそうな手法だ。

「…………了解した。近い内に、正式な命令書でも来るだろうな」

「あぁ。……分かってるとは思うが、言っとくぜ。……上は腐ってるだ。この指令も、裏があるだろう」

そう、上は腐る。これが常識。腐らない上層部などほんの一握り。

「忠告感謝する。……エンジンを暖めておいた方がいいと思うが?」

感謝の意を示しつつ、フィアの姿が見えたので、遠回しに伝える。

「……あぁ。そうだな」

中佐も、戻ってくるフィアに気付いたようだ。輸送ヘリへと戻っていく。

離れていく背中を一瞥。

(……さて、俺も戻ろう)

戻ろうとした時――

「……説明、頑張って」

ノルシェがそう呟き、輸送ヘリに戻る。

――説明。

この言葉指す内容は、俺達のような“人外”について。

どこまで話して良いのやら…………と、考えるまでもない。

言えるのは――

「…………上部だけしか言えないな」

虚空に向かって呟き、俺もヘリに乗る。

(アイツも、についてはあまり知らない方が幸せだろうな……)

自ら不幸に飛び込むような奴ではないだろう、フィアは。

右側面の銃座に着き、フィアを待つ。左側面にはノルシェが着いている。

因みに、グラナデは簡易椅子の上で寝ている。任務以外はフリーダムだからな。

「すみません、お手数かけました」

十数分後、フィアがヘリに搭乗。

「よし、全員乗ったな?出すぞ」

直後、確認もそこそこに輸送ヘリは上昇。

作戦区域からの離脱を開始する。

ここからは側面機銃手ドアガンナーたる、俺とノルシェ、操縦手の中佐は気が抜けない。

魔物が絡んでこなくとも、一部のならず者が対装甲兵装や対空ミサイルを撃ち込んでくる可能性は高い。

奴等の扱う武装は、型落ちした旧式も良い所の粗悪品だが、その威力を侮ってはいけない。ヘリ程度なら、余裕で落とせる威力がある。

何より、費用対効果で考えれば、ヘリは美味い餌。

「……北700m。敵影確認」

「同じく南西400m、敵影確認」

考えた側から、湧いてきた。分かりやすいな。

「了解した。……丁度そこは戦車大隊の帰り道付近だ。無力化すんのは対装甲/対空兵装ランチャー持ちだけでいい」

『了解』

地上で片膝立ち《ニーリング》を取るランチャー持ちは良い的。

7.62㎜多銃身機銃付属の簡易サイトに対象を捉え、トリガーを引き絞る。

モーターが駆動。零コンマ5秒で銃身がスピンアップ。2秒間トリガーを絞り、離す。

鉄の暴風を撒き散らし、対象を吹き飛ばして、空転が止まらない内に次の対象を捕捉。

数回繰り返し、ランチャー持ちは一掃。

『クリア』

タイミングは被る。流石だ、ノルシェ。

「了解。……一気に抜けるぜ。吐くなよ、嬢ちゃん?」

「吐きませんよっ!?」

「なら、吐く方に200ルーブル♪」

「何を言ってるんですか、グラナデさ―――きゃあぁあぁぁぁっ!?」

言葉の途中でブースター点火。フィアの抗議は悲鳴の変わる。

懐かしい光景だな。

(……あぁ、懐かしい)

必死に手摺に掴まるフィアを眺め、俺は追憶。

過去、輸送ヘリでの帰投中に体験した一コマ。

よく、二人の若い兵士が口論をしていたな……。兵糧のミートパテを取り合って。

彼らを、隊長がウォッカを飲みながら楽しげに眺め、副隊長は見て見ぬ振り。俺とノルシェは側面警戒に徹していたな。

……懐かしい。

だが、その日常は二度と見れない。

あの部隊は――――本当の〈Ъедый・Медвдъ〉は、もう存在しないのだから。

そうだ。もう…………無い。無いんだ――

「……思い出した?」

思考の深みに嵌まりかけたところで、ノルシェに声をかけられ、現実に戻される。

グリップを握る手が力を込めすぎて白い。

「…………あぁ。依然の頃を、な」

「…………そう」

納得した様子で、ノルシェは俺の隣に座り、

「……あの頃」

呟き、再び俺の方を向いて、言葉を続ける。

「話すの?……前身の事」

前身とは、旧〈Ъедый・Медвдъ〉の事。

今回発覚したフィアがだという事、上層部の通達を説明する以上、避けて話せば不自然になる可能性があるのだろうか。

……いや、大丈夫だな。

「……あの部隊の事は話さない。……話すのは、〈個体〉について、上部だけだ」

だから、ほんの上部だけでいいだろう。

フィアは、本当の事を知る必要が無い。

知らなくていい事の1つだ。

「…………それがいい」

ノルシェも同意を示し、左側面の機銃に戻っていく。

(……気を抜き過ぎたな)

改めて、精神を戦闘時の状態に。

危険地帯はまだまだ続く。

移動している限り、飛行している限り、側面機銃手と操縦手が気を抜ける時は無い。

「チッ……。前方200mに敵影。もう一回飛ばすぞっ!」

「7時方向100m」

「14時方向400m」

ほら、な。休まらない。

心の中で嘆息。

――掃射。

死体を一瞥。

(……出てこなければ、死なずに済んだかもな)

25㎜機関砲弾か、7.62㎜小銃弾か。

どちらで死ぬのが幸せか。

圧倒的に後者の方が幸せだろう。……投射器の速射速度関係、口径の違いから、痛みを感じる前に死ぬだろうから。

(……何だっていい事か。出てくる方が悪い)

邪魔するなら、相対する。

依頼だから、相対する。

ただ、それだけ。

ならず者は善良な市民のように、護るべき対象ではなく、社会のゴミとして扱われる。

ゴミ掃除も、一部の軍人にとっては仕事だ。

捕捉できる敵を全て始末した俺は、内心で吐き捨てる。

(塀の向こう側へのチケットはねぇんだ……)

当然の如く、この思考に答える対象は誰一人いない。

返答を求めているわけでもないがな……。



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