毒された少女(Side:???/Fear)


――女性にとって大切なものは何か?

純潔?見た目?気品?――笑わせる。そんなものは大した価値は無い――と、思う奴は腐るほどいるものだ。

ならば、どうするかは……自分達次第。




同時刻――

彼女は目が覚めると、廃墟内にいた。

周りには体格の良い男性ばかり。

(何でこんなところにいるんだろう……)

両手も殆ど自由が効かない。拘束されているらしい。

「コイツらが新しいヤツか」

「あぁ、そうだ」

男達の中心では、ボス格と思われる更に体格の良い5人の男と、痩身の男が談合をしている。

誰が見ても商談。

男の視線から考えて、品物は人間。それも自 分と然程歳の変わらない少女。

様々な毛色、小から大まで様々な25人の少女達が後ろ手に親指同士を結束バンドで括られ、床に転がされており……全員、目が虚ろだった。

「全員から暴れる心配は無い。後は好きに使って――ぐあっ!?」

銃声。

商人の右膝が鮮血のシャワーを伴って砕け、主をひざまずかせる。

「暴れねぇだと?ふざけんなよ」

苛立ちを隠そうともせず、憎々しげに言うのは体格の良いの男性。

彼の手には自動拳銃が握られており、銃口から僅かに硝煙が尾を引いていた。

そのまま銃口は移動し――

メスって生き物はなぁ!」

商人の左膝が砕け、両手が地に着くも、

「泣き叫ばせて!」

右肘を砕かれ、

「懇願させて!」

左肘も砕かれて、コンクールの上に這い蹲る。

「地べたに這い蹲らせてよぉ!」

右肩と左肩までもが砕かれると同時に、二挺 目の自動拳銃が抜かれた。

「弄ぶが良いんだろうがっ!!」

双銃に込められた計9発の銃弾が乱雑に肉を引き裂き、商人の命を血溜まりの中に沈める。

「けっ、来世で後悔しなっ!」

物言わぬ骸の顔に唾と空弾倉が吐き落とされ、彼は仲間達に向き直る。

「やりすぎだぞ」

「別に良いだろ、無償タダで良いメスが手に入ったんだからなぁ?」

「さぁ、野郎共!従順なメスじゃ、物足りねぇかもしれねぇが、パーティと行こうか!」

ボス格の掛け声を口火に、下っ端達が欲望を露にし、少女達に襲い掛かる。

その後は地獄絵図だ。

人間の欲望は数え切れないが、男性――雄――としての慾望に限れば強さの追求、子孫繁栄、快楽だろう。

故に、どうなっているかは容易に想像が着く。……というよりは、彼女の眼前では現在進行形で行われているのだ。……一方的な酒池肉林が。

「さてと……俺達も混ざるか」

先程の男が近付いてくる。

(私もっ!?)

言いようもない、嫌悪感を感じ、彼女は後退る。

この男も、結局は欲望優先であり、彼女は男の欲望を満たす為の餌と見なされた。

無論、彼女からすれば、そんなのは嫌な事だ。というか、見ず知らずの男に襲われるのが好きな女性などいないだろう。……いたとして、どんな被虐主義者マゾヒストだろうか。

しかし、後退る背に当たる、硬く冷たい感触。

廃墟の壁。

前方は地獄絵図。

この状況において、彼女に与えられた選択肢はただ一つのように思えた。

即ち、自らの純潔を散らされる、という未来を受け入れることだけ。

「コイツはさっきから意識があったみてぇだし、良い身体してんだ……楽しませてくれよ?」

近付きながらも、全身を舐めるように見る男の伸ばされた腕が彼女の服を掴み、力任せに引き裂こうとするが、

直後に響いた轟音と、壁の崩落が男達の気を引き、彼女から手を放した――



「Let's Huntingtime♪」

壁を突き破って廃墟内に侵入した私とグラナデさんは即座に得物を構え、バイクから降りる。

酷い状況。

少女達が身体をゴム質の表皮に変質させた魔物共に襲われていた。

中には、まだ襲われていないであろう少女も見受けられるが。

……急いで“魔物”を始末しなければならない。

「っ!?」

少女から手を放した男性だったものの頭部に12ゲージの散弾を叩き込み、次の対象へと再照準。

「まだまだ来るよ、フィアちゃん♪」

片手で10ゲージ半自動散弾銃JA Dr30-Lを振るうグラナデさんが言う。

「雌ジャネェカ!」

「シカモ上玉ダッ」

「楽……メソウダ」

次々と、まだ辛うじて言葉を話せる魔物達が向かってくる。

既に人間としての知性が欠如し、本能に支配され始めたのか、ホルスターにしまわれた銃を抜かない。

道具を使わないのならば、身体能力に秀でるだけの、動く的。

(直線的……殺れるっ)

その腹部に照準を合わせ――少女達を巻き込まぬよう、引き付けてから――発射。

数体の物言わぬ骸を量産した所で弾切れ。マガジン交換。

射撃再開しようとし――横に跳ぶ。

「チッ、外……タカ……」

直後、元いた場所に上半身がゴム菅と化した魔物が落下。空中で身体を捻りながら散弾銃を構え直し、発射。

反動で体勢が崩れ、受け身を取り、転がりながら着地の衝撃を逃がす。

敵の方を確認すると――胸部が抉れている。殺ったか。

「ボサッとしない♪背後から増援だよっ!」

一方、声のした方向では、

散弾銃をホルスターに戻したグラナデは振り向きながら右肩に吊ったコンテナを構え、解放。

内部から5本の太い砲身が伸び、

「Fire!!」

45㎜擲弾の一斉射。

「これもオマケだよっと!」

更に腰に下げていた〈AA GHG45-G 柄付き手榴弾〉も投擲。

爆発。

突入時の破口から湧いた増援は血の霧と肉片のシャワーに変わる。

「っと、ボサッとしちゃダメだ」

前を向き直し――眼前に迫る敵の面に散弾銃の銃口を突き立てて射撃。

「アハハハハッ!!脆い、鈍いっ!」

グラナデさんのトリガーハッピー気味な声。断続的な軽い銃声からして、拳銃弾である為、おそらくは短機関銃の掃射。本人曰く苦手な武器のはずだから明らかな手抜きだ。遊んでいるのかな?

仕事は遊びじゃないはずだ。現に私は集中力を切らせば、たちまち組伏せられて捕食されるだろう。

勿論、死にたくない。まだ、やり残しているであろう事は沢山ある……はず。

スライドストップ。マガジンエジェクト。

リロード。

スライド解除リリース。

辺りを見回して雑魚を探すが……死体のみ。

ならば、後は幹部格のみっ!

多分、雑魚よりは魔物化が進んでいるかも……。

大丈夫、なはず。

しかし、わたしの考えは甘かった。

(嘘……)

銃口を向けた先――照準した対象は――

「止まれっ!」

薄汚れたワンピースを着た黒髪の少女と、少女の首に手を回し、その頭蓋に大型拳銃を突き付ける男。

見た感じ、どちらもれっきとした人間。

人間だと認識した直後、

「……っあ!?」

脳髄を握り潰されるような痛みが走る。

脳裏に、視界に浮かび上がる風景。

――瓦礫の山。

――母親の死体。

――額に風穴の空いた男。

――血に濡れた手。

――握られた拳銃鉄の塊……。

「ぁ……あぁぁぁ……ぁあぁぁぁっ!!」

フラッシュバック。

浅くなる呼吸、高まる心拍数。

手から零れ落ちる散弾銃。

込み上げる吐き気に抗うと、膝に力が入らなくなり、地面に崩れ落ちる。

「よぉし……そっちのチビもだっ!チャカを捨てろ!」

吐き気と動悸にうずくまる私を無害と判断した男はグラナデさんに言う。

「嫌だよっ♪」

が、拒否される。ある意味当然だろう。私と違って、色々割り切ってそうだから。

「コイツが死んでもいいのかっ!?」

その態度に激情した男がトリガーにかけた指に力を込める。

撃つ気だ。でも、今の私には止められない。……いや、人間を撃てない自分には止められない。

「別に構わないよ。……無理だから」

対するグラナデさんは余裕の表情をしている……と思う。確認できる状況じゃない。

「他人はどうでもいいのかよ。ひでぇな」

「随分余裕だね。自分の腕を見てみなよ♪」

「……腕だと?」

男が自分の腕を見ると同時に、

「アァァァァッ!!」

少女が男の腕に犬歯を含む前歯全てを突き立て――

肘から下を失い、湯水の如く鮮血を吹き出す右腕を振り上げ、絶叫する男。

「このクソガキがぁっ!!」

残る左手で落とした自動拳銃を拾い、少女に向けられるも、

銃声。

瞬間、男の身体はくの字に折れ、膝を着く。

「注意散漫ってね♪……大丈夫、フィアちゃん?」

グラナデが心配そうに声をかけてきて、私は背中を擦られる。

徐々に落ち着く動悸と吐き気を抑えるのに、数分の時間を有した。

「ハァ……ハァ……ハァ…………ありがとうございます」

「大丈夫?心的外傷後ストレス障害PTSDっぽかったけど?」

鋭いですね……グラナデさん、と口にしそうになる心を抑え、

「今は……何とか。……で、さっきの女の子は?」

状況確認を促す事で話を逸らす。

「無事だよ」

「そうですか……。良かった……」

大きく息を吐き、立ち上がる。

確かに、先程の少女は無事。男の身体は地に着き、盛大に血を撒き散らしている。

「……グラナデさんが…………殺ったんですね」

「うん。アイツ、〈魔物〉だったから」

手にした〈JA Dr30-L〉をホルスターに戻しながら、グラナデさんは答えた。

「フィアちゃん、覚えておいて。〈F〉の中には、体内構造だけを変質させる種類もあるって事を……」

それだけ言って、グラナデさんが少女に近付き――

「……少し痛いけど、我慢してね」

少女の腕に注射器らしき物を刺す。

ワクチンか何か?……いや、採血みたいだ。

暫くして――

「…………やっぱり」

何かを確信したようにグラナデさんが呟き、携帯端末を取り出す。

「セルゲイ……〈同類〉がいたよ……」

と、だけ告げて端末をしまい、少女に向き直る。

「貴女、名前は?」

「天樹……遥……」

「天樹ちゃんね。……家族は?」

「…………いない」

「いない?」

僅かに首を傾げ、更に質問する。

「怖い男の人に……ぐす……」

何かを言いかけ、泣き出す。

(もしかして……)

私は天樹と名乗った少女の両親の末路が想像できた。

グラナデさんも同じらしく、僅かに苦々しい表情をしている。

「…………ありがとう、天樹ちゃん。……私達と一緒に来てくれないかな?」

「貴女達と……?」

不思議そうな顔をされた。

「うん。……住む所とか、そういうのを天樹ちゃんにあげられるの。……どうする?」

「知らない人の話は……信じられない」

ごもっともだ。よく子供に教えられる事の一つにある。『知らない人についていっちゃいけません』ってことだろう。

「……まぁ、そうだよね。信じないと思うけどさ、私達は天樹ちゃんに危害を加える気は無いよ。ね、フィアちゃん?」

「え?えぇ……まぁ」

突然話を振られ、戸惑いながらも答える。

私に人間は殺せないし、天樹ちゃんに恨み辛みは無い。要するにどうこうするつもりもない。

……むしろ同情しそうだが、それは努めて考えないようにする。

予想が正しいなら、天樹ちゃんは〈孤児〉で、孤児は同情される事を嫌う傾向がある……と、考えられるから。

「……言われるのは辛いだろうけどさ、両親の死んじゃった天樹ちゃんは、生きる上での選択権が自分にあるんだよ。……だから、選んで。私達と一緒に来るか、一人で生きるか」

優しく問うグラナデさんだが、私には明らかな強制に聞こえた。

このまま一人で生きるならば、遠からず天樹ちゃんはならず者達に弄ばれてしまうだろう。

薄々、言われた言葉の真意を悟ったであろう天樹ちゃんは暫し悩み、

「…………分かり……ました。……一応、信じます」

おずおずと答える。

「賢明な判断だよ。……じゃ、自己紹介。私はグラナデ・ヴェルファー。こんな形でも20歳だよ♪……で、そっちの子がフィア・リベリちゃんね」

「よろしくね、天樹ちゃん」

「はい……。よろしく……お願いします」

声音はまだ強ばっている。……仕方無いか。

「さ、自己紹介も済んだし……我が家に帰りますか♪」

先に動いたグラナデさんを追って、私と天樹ちゃんもバイクに向かって歩き出す。


2時間後――

便利屋の応接スペース。

テーブルの上には、仄かに湯気の立つホットミルクのマグカップが置かれている。

「――天樹 遥。年齢は14、か……。まだ運が良い方だな、普通ならもうゲス野郎共の玩具になっていただろう」

天樹ちゃんへの質問を一通り終えたセルゲイさんはそう言った。

因みに、当人天樹ちゃんはソファに座っており、向かい合わせのソファではグラナデさんが盛大に寝ている。……本当に威厳もへったくれも無い。

「辛辣ですよ……セルゲイさん」

「事実を述べたまでだ。……ともかく、そこで寝てる幼女の言った事かもしれんが、居住場所は便利屋ウチの空き部屋を提供しよう」

「ありがとう……ございます」

「……礼はいらない。お前は俺達が保護すべき対象だっただけだ……」

何処か遠い目をして、セルゲイさんは時計を見、

「……もうすぐ夕飯時か。挨拶ついでにマスターの所に行くぞ」

「ほぶっ!?」

グラナデさんを叩き起こし、

「……」

いつの間にか現れたノルシェさんが追撃を加えていた。

(……なんか、見慣れてきたなぁ…………)

これって、職業病なのかな……。

なんて思いながら、今日も今日とて私達、便利屋のメンバーはマスターの店に向かう――


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