適性と覚悟(Side:Fear)



――誰にでも、役目はある。

それがどの程度あるかは人それぞれだが。

だからこそ、恐れるな。恐れた者には無意味な衰退が待っている――



二時間後――

「――と――は思う――――セ――――思う?」

グラナデさんらしき声が聴こえる。

「ど――こう――あるか――――は――だ」

これはセルゲイさんの声。

「――――理ある」

ノルシェさんの声。

耳の異常は無い。身体の節々が少し痛い程度で被害は無いか。

あるとすれば――若干、意識がはっきりしない事ぐらい。――でも、それも治ってきてる。

起きよう。何時までも気絶してはいられない。

そう思い、重いまぶたを開く。

「……起きたか」

「おはよー♪」

「……」

出迎えは三者三様。

特に気にする事ではないかな。

「えっと……どのくらい気絶してました?」

「二時間と十五分だな」

そんなに気絶してましたか……。

「そんな話は後々。本題の移るよー」

無駄話はいらないと言わんばかりに、グラナデさんが割り込んできて、こちらの返答を聞かずに話を続ける。

「取り敢えず、フィアちゃんの実力と得意スタイルが分かったよ。…………まぁ、ノルシェの言う通りだったけど、フィアちゃんは私と似てるみたい♪」

「…………はい?」

私は間の抜けた声をあげた。

背格好は似てませんよ?

「フィアちゃん?……私以外の子には言ったら死んじゃうよ?」

「な、何の事ですかっ!?」

うわ、心読まれてるっ!?そして目が笑ってないっ!

「…………グラナデ。からかうのはその辺にしておけ」

下手に言葉を発すれば死ぬ――と、思ったところで、セルゲイがグラナデさんをたしなめる。

「本気にしないでよ、セルゲイ。冗談なんだからさ♪」

「半分は本気だろうに……」

本気だったんですか。

以後、気を付けよう…………。

同性が言おうと禁句になる言葉がある、と心に刻み、話を戻す事にする。

「それで、グラナデさん。似ている、と言いましたけど……」

「うん。戦闘スタイルが。……といっても、若干違いはあるんだけどね」

若干の違い?

「個人の主観だけどさ、フィアちゃんは近距離乱戦型なんだと思うんだ。私は中距離以近の乱戦が得意だから、さ。対応距離と適正武器の違いだけ☆」

グラナデさんは一度言葉を句切り、自分の脚に着けたホルスターを指さす。

「私はさ、短機関銃これとか拳銃が苦手なんだ。フィアちゃんは得意でしょ?」

「まぁ、はい……。……じゃあ、グラナデさんは何が得意なんですか?」

「爆発物☆」

「…………なるほど」

拳銃はさておき、短機関銃と爆発物はどちらも面制圧用の火器だ。

けれども、弾幕を張る――短時間に多数の銃弾を叩き込む事で面制圧を行う短機関銃等の自動式火器とは違い、爆発物は爆発と飛び散る鋭利な弾殼によって、面制圧を行う……というように、全く性質が異なる。

だから、二割の実力しか出せない、ということだったんですね。

「納得した?してなくても話を続けるよ。……短機関銃や拳銃ってのは大体火力不足。でも、さっきの模擬戦をした感じだとフィアちゃんは突撃銃や狙撃銃、軽機関銃なんかはマトモに当たらないんじゃないかな?」

グラナデさんの言う通りだ。5.56㎜の小口径突撃銃ですら、人間大の的相手に半分近く外すほど酷い。幾らか訓練してもなお。

狙撃銃や軽機関銃ならば、尚更酷くなるのは火を見るよりも明らか。

「だから、多少外れても大丈夫。至近で撃ち込めば火力も高い散弾銃ショットガンの扱いを習熟しよう!」

「散弾銃、ですか…………」

確かに使った事がない。反動が大きく、再装填に時間がかかるという理由で除外していた。

(……でも、元々、命中精度はあまり重要視していない武器…………ある意味、好都合?)

誕生理由自体が鳥を楽に撃ち落とす事だった為、芯を捉えていれば、紛れ当たりがある。 つまり、致命部位ファイタルゾーンを狙う必要もさほどない。

加えて、今の私には、移動と高精度射撃を両立できない。そして、〈F〉との近接戦闘で回避力の方を選ぶなら…………良いかもしれない。

「……良いかも、って思ったね♪」

「はい」

肯定するとグラナデさんは――

「じゃ、善は急げってね。物色に行くよっ!」

「えっ!?」

私の腕を掴み、走り出そうとするが――

「待て」

「おぅっ!?」

ノルシェさんに止められ、つんのめった。

「焦り過ぎ。……銃火器のストックに散弾銃もある」

「……そういうことだ。ついてこい、フィア」

二人はそう言って歩き出す。


数分後――

この便利屋において、武装は自主管理だ。

故に調達、整備、改良、も自分でやれって事になる。私の場合、弾薬調達だけは今のところしていない。給与から弾薬費が引かれた上で提供されてるけど。

ともかく、私は便利屋内の応接スペースで、

「……まず、何を重視する?」

セルゲイさんに質問を受けていた。

「何を……とは?」

「装填弾数、強装弾マグナムへの適応、重量を含む取り回し……etc.」

つらつらと並べられる、条件。

その中で私が選ぶもの……。

継続火力装填弾数はある方が良いが、最悪弾倉マガジンの改良でどうにでもなる。保留。

強装弾――反動面の問題で除外。

取り回し――――推奨された戦闘スタイルから考えて最重要。

つまりは取り回しと(出来れば)それなりの装填弾数。

「取り回しを優先、出来れば継続火力の高い物、ですね」

「…………アレだな」

答えを聞いたセルゲイさんは席を立つ。ストックした散弾銃中に目的の物があるのだろう。

元よりノルシェさんは自室に籠った為、応接スペースにいない。何がしたいのだろう?

とにもかくにも、応接スペースにはグラナデさんと私の二人が取り残されている。

「…………」

で、グラナデさんはソファで丸くなって眠っている。……猫か何かですか。

(……疲れているのかな)

セルゲイさん曰く、かなり“飛ばした”みたいだし。どのくらいかは分からないけど。

疲れているなら、休ませよう。最近分かってきたことだけど、この仕事に休みは希少なのだから。

「…………やはり無茶したようだな」

気がつけば、バレットさんが戻っている。

「フィア。コイツ辺りが妥当な線だ」

そう言われ、一挺の散弾銃を渡された。

……軽い。見た感じ、箱型弾倉採用の半自動セミオートかな。

「型番は〈CA CSG15-C〉。見ての通り、箱型弾倉採用の半自動散弾銃セミオートショットガンだ。ガス圧利用だから装弾、排莢不良ジャムが起こりにくい。……扱い方は分かるか?」

「……マガジンを填めて、ボルトレバーを引く……ですか?」

手に取り、見た限りで考えた事を述べる。

「正解だ。……因みに、セミオート式は採用機構にもよるが、強装弾が使えない。……以外と繊細な機構が壊れるからな。故に、一応コイツも渡しておく」

更に、もう一挺の散弾銃が渡される。

(重っ!?……いや、CSG15-Cが軽かっただけ……)

こっちはポンプアクション……。確かに、威力のある弾には、頑丈さと信頼性が必要ですからね……。

それにしても、銃身と比べて筒型弾倉チューブマガジンが短い。剛性を高めた代 わりに、装填弾数を犠牲にしたモデルですか。

「……〈CA CSG12-L〉。操作方法は説明不要だな」

「はい」

いつの間にかテーブルに用意されていたホルスター、12ゲージショットシェルの箱(40発入り)と10ゲージショットシェルの箱(20発入り)、マグパウチ、ショットシェル用の弾帯。

ホルスターとマグパウチを腰に巻き、二挺の散弾銃を納銃。

予備弾倉に8発の12ゲージショットシェルを装填。

10ゲージショットシェルは弾帯に収め、肩から胴に懸ける。

軽く動いてみるが、フットワークの低下は然程無い。これに突撃銃アサルトライフルを持てば、キツいだろうけど。

「……必ずしも、完全武装にする必要は無――」

私を一瞥したセルゲイさんに助言されるが、

「セルゲイ」

ノルシェさんに中断させられた。

「依頼だな。種別は?」

「殲滅。の」

流石は便利屋。切り替えが早い。

「……また、馬鹿共が暴れやがったか。グラナデ、起きろ」

僅かにだが、嫌そうに言ったバレットさんはグラナデさんを起こす。

「ふぁ?なぁに~セルゲイぃー」

物凄く間延びした寝起き。

「依頼だ。お前向けの“お掃除”だ」

「……い……らい……?…………ほんとっ!?やったぁっ!!ノルシェ、依頼内容のデータ寄越して!」

だが、それも依頼という単語で吹き飛ぶようだ。……戦闘狂ウォーモンガーですか?

「もう送ってる」

「相変わらず早いよね~……っと。…………うわ、アイツらまだ残ってたんだ」

「残党狩りか?」

「うん。そんなとこみたい。……奴らも馬鹿だね~」

依頼内容を携帯端末で確認したグラナデさんはわらう。

「私一人でもじゅーぶんだけどさ、訓練がてらフィアちゃんも連れていこうと思うよ。……駄目かな、セルゲイ?」

「……ウチのルールを忘れたか?『自己責任で行動せよ』」

「そーだったね。じゃ、フィアちゃん借りてくよ」

「はいっ!?」

何でそうなるんですかっ!私には発言権がないのっ!?

「場数は踏んどく方がいいんだよ☆」

「選択権ぐらいくださいよっ!?」

新入りにそんな権利などないかもしれないけど。

「フィアちゃん。楽な仕事なんて、ロクでも無いか、小間使い同然かのどちらかなんだよ。……それを好む奴は俗物――人によっては蛆虫以下かな――に過ぎないの」

急に真面目になったグラナデさんの口調。

「フィアちゃんは俗物でいいの?」

外見からは想像もつかない、辛辣な言葉。

(俗物なんて……ましてや蛆虫以下なんて嫌だ)

自然と怒りが湧く。

何処ぞの軍隊で言われそうなフレーズだが、人を蛆虫扱いしていい権利など無い。

「良いわけないです!」

私の口調に怒りが滲み出す。

出来る事なら、グラナデさんの顔を一発殴りたいが、そんなことすればクビは確実だろうから、心の内に留める。

中卒の子供にはなりたくないから。

「なら、参加だね。……5分で武装の準備を済まして、その後外っ!」

「はいっ!」

元気良く答え、自室に戻る。

……相手は〈魔物〉、だよね?

なんて思いながら――



5分後、準備を終えた私は便利屋の外に向かう。

閑散なストリート沿いに一台のサイドカー付き大型バイクが止まっており、

「遅いよぉ、フィアちゃん」

そのバイクに乗っていたグラナデに手招きされて、

「乗って」

サイドカーに乗るよう、指示される。

「分かりました」

素直に従ってサイドカーに乗り、シートベルトを締めた。

「じゃ、目的地へGo!!」

直後、急発進。シートに背中を叩き付ける事になった。

(止めてくださいよ……)

この程度で背骨が折れるほどヤワでは無いけれど、痛い事に変わりはないんですから。

まぁ、言っても無駄だろうから言いませんが。

一応、法定速度を守りながらバイクは進み、高速道路の料金所に向かう。

「よぉ、グラナデちゃん。また、“風”になるのかい?」

そして料金所に着くなり、係員がグラナデさんに言う。

……スピード狂なんですか、グラナデさん。

「う~ん……“神風”に、かなっ♪」

特攻隊ですか……自殺願望でもあるんですか?

「HAHAHA!!冗談キツいよ、グラナデちゃん。……ともかく、楽しんできな」

係員はそう言って、グラナデさんを送り出す。

「じゃ、行ってきまーす!」

「警備隊には気を付けろよ!」

「分かってるよ♪」

バイクが再び走り出し、インターチェンジを抜ける。

「じゃ、フィアちゃん。依頼の概要を説明するよ」

インターチェンジを抜けた先、速度制限など犬も食わないアウトバーンを疾走しながら、グラナデさんは言う。

「内容はギャングの鎮圧。ここら一帯では比較的大きいギャングのね。……まぁ、相手は下っ端と数人の幹部クラスらしいから、あんまり気張る必要は無いからね……っと♪」

言葉を区切り、車線変更。

「ヒャッハー!!」

直後、元いた車線をスキンヘッドの暴走族が走り去る。

「……話を戻すよ。鎮圧ってあるからには、実弾使用。つまり、殺戮って事」

「殺戮!?」

「そ、殺戮」

「…………やっぱり――」

嫌です、と言おうとした直後に、

「今更、リタイアなんて認めないよ♪」

突き付けられる短機関銃の銃口。

「リタイアするなら、この世界からリタイアさせてあげる」

「っ……!」

呼吸が浅くなる。

今、駄々を捏こねれば殺す、と言われたのだ。

特に訓練も何もしていない一般人が、唐突に死ぬと言われて、動揺なり何なりしないわけが無い。

「私達は“便利屋”なの。始末する対象は基本が“魔物”だとしても、依頼次第では“殺人”も有りうるのは当然。……そんな事すら理解せずに入社してないよね?」

銃口を突き付けながら、優しく問われた言葉。

少し考えれば分かることだった。便利屋という職種である以上、報酬次第で何でもするのは当然。

何故、自分はそんな事にすら気付けなかったんだ……。

「分かってましたよ……でも、人間を殺す事だけは…………嫌です」

絞り出すように言う。本当に、人間を“殺す”のは嫌だ。

が甦ってしまう。

「“人間”は殺したくない、か。……なら、今回の依頼はやれるはずだね」

「え?」

「そのギャングの奴ら、大半が〈F〉の常習犯なんだよね。……で、知っての通り〈F〉の対処法は殺処分のみ♪」

〈F〉の服用者は確実に〈魔物〉へと変質する。多量に摂取すれば変質は加速するが。

つまりは、一度でも〈F〉を取り込んだ者は等しく〈魔物〉である、と言いたいのだろうか?

……一理あるかもしれない。

(……なら、確かに殺す相手は“人間”じゃない。“病原菌の苗床”だ)

殺すしかない対象。しかも、自ら望んで〈F〉に手を出した奴等。自殺願望の持ち主とも言えないか?

…………それならば、確かに、やれるかもしれない。

(そうだ、これは……“治療”、になるかな)

もしくは処方箋。

…………大丈夫。やれるはず。

「……やれます。心配をおかけしました」

噛み締めるように言い、ホルスターから〈CSG15-C〉を抜き、抱え込む。

立ち向かうという意思表示。

「そう……良かった。もし拒否したら、脳天に一発撃つつもりだったから」

……本気だったんですね。

「あ、装弾は硬質ゴム弾だから、死にはしないよ。……眼球に当たれば失明ぐらいはするけど」

「ヒヤヒヤさせないでくださいよ……」

危うく、過呼吸になりそうだったんですから。

「ゴメンゴメン。後で埋め合わせはするから。……まぁ、ともかく。やる気が潰えないうちに始めよっか♪」

グラナデさんが笑い、バイクが脇道に逸れると、

「Let's Go!!」

アウトバーンから廃墟の山へと侵入した――


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