炸薬少女(Side:Sergio/Fear)



炸薬は爆ぜるべき物である。

しかし、それは戦場においてであり、市街地で爆ぜる物は欠陥品か、使用者が歪んでいるかのどちらか。

では、炸薬たる少女は不発に終わるべきか?



心地良い陽気が俺に訴えかける。

目覚めの時だ、早く起きろと。

夏が近いのか、とは思いつつも、普通に覚醒すると――

無機質な天井。

上体を起こせば、大量の銃火器が並ぶシンプルな内装が出迎える。

そして――

「…………すぅ」

部屋の隅でノルシェが眠っていた。……壁に背中を預けて。

(……また、か)

小さくため息を吐く。

いつもの事だ。前は、ベッドに背中を預けていた事もあったな……。

……ともかく、俺の自室で寝る事が多いのだ。……理由はなんとなく分かるが。

だが、一つだけ問題点がある。

(何故、俺のシャツをパジャマに使う……)

いつもの事ではあるが、勝手に使われるのは多少なりとも、気分が悪くなる。

……まぁ、いい。既成事実があるわけではないから。

ベットから出て、Tシャツを着る。続け様に、カーゴパンツも穿いて、ハンガーに掛けた防刃繊維製ジャケットに袖を通す。

男の着替えなんてものは、大して時間はかからない。

(さて……行くか)

いつもの日課に。

今日も……突撃銃バトルライフルか……。いや、偶には擲弾射出筒ランチャーもいいか。

そう思いながら、7.62㎜バトルライフル〈AA KrG35〉と115㎜対装甲擲弾筒〈JA TRG-4〉を背負い、部屋を出る。

まだ5時。フィアは寝てる時間。というより、大体の奴は寝ている。起きているのは農家や牧場の方々か、スポーツマン。

どちらも、スラム近郊の此処にはいない。

派手な銃声を響かせれば迷惑となる――筈だが、スラムの住人にとっては生活音だ。

黄昏時の表通りを歩き、射撃場に向かう。

(そろそろ来る頃か……)

グラナデから電話が来て、今日で二週間目。 そろそろ来てもおかしくはない。

(まぁ、来るとしても昼頃だろうな……)

しかし、この考えはすぐに訂正する事になった。

極僅かに重々しい轟音と、低く唸るエンジン音が聴こえる。

まさか――

俺は耳を澄ませ、音を聴く。

――――徐々に大きくなる。……まっすぐ此方に向かっている。

間違いない。このエンジン音はアイツのバイクだ。

「…………やはりな」

予想通り、約3㎞先にバイクに乗った白いワンピース姿の少女を確認。

が、あの角度、速度は……俺を轢く気だな?

ならば、こちらも相応の抵抗はしよう。

背負っていた対装甲擲弾射出筒を抜き、構える。

すると、バイクの速度が落ちる。脅しが効いたか。

同時に鳴る携帯端末のアラーム。運転中に通話……止めろよ。事故るぞ?

俺はアラームの鳴り止まない端末を取り出し、仕方無く通話に応じる。

『酷いよ、セルゲイ!轢くつもりなんか無いのにぃ~』

「冗談を言うな。……完全に轢くコースだったが?」

冷静に言葉を返す。

『それはアレだよっ!待ちきれずに……ってねっ♪』

この台詞だけ聴けば、付き合いたての恋人だと思える。……が、生憎とアイツは違う。

「……いいから普通に来い。人を轢くなよ?」

『電話ボックスとかはねていいの?』

「…………俺の言い方が悪かった。人も、物も撥ねるな」

『りょーかいっ♪あと少しで着くよ~』

呑気な返答と共に、通話を切られた。

(大丈夫かよ……)

不安だな。一応、店に戻――――ろうとした直後、

店の前で瓦礫が舞った。

(…………アイツめ)

店の前で豪快にドリフトしやがって……。玄関に大穴空いたじゃねぇか。

「アハハッ♪ゴメンねぇ☆」

しかも、全然悪びれる気の無い声が聴こえる。

――――ひとつ、灸を据える必要がありそうだ。

バイクから降りる少女目掛けて走りだし、

「や、セル――危なっ!?」

間髪入れずにハイキック。

しかし、少女の首を刈る事無く、虚空を薙いだだけ。

「待ってよセルゲイっ!不幸な事故だよっ!?」

バックステップしながら弁明する少女を無視し、追撃の逆回し蹴り。

追撃も避けられる。クソッ、使

格闘だけでは埒が明かない。……仕方無いな。

肩にかけたライフルを構え、マガジンを交換。

装弾は模擬戦用のゴム弾。

「わざとだろ?」

射撃開始。

「わ、わっ!って、当たんないよ?」

わざと外してるさ。

時間稼ぎをすればいいのだから。

なにせ、先程の衝撃で流石に起きているだろうからな。……

そして、マガジン内残弾が尽きると同時に、

「きゃうっ!?」

少女は空中で頭を軸に一回転し、倒れる。

(……流石だな)

事の原因がいるだろうと思い、背後を見れば、

「…………煩い」

大口径対物ライフル〈AA PB3〉を抱いた黒のTシャツにODカラーのカーゴを身に纏ったノルシェが立っていた。

ノルシェは地面で痙攣している少女を一瞥し、俺の方に向き直ると、

「……先に起きるなんて酷い」

何処か寂しそうに言うのだった。


三時間後――

「ハハハッ!!さっきの轟音は嬢ちゃんのせいか」

玄関の修繕を終え、便利屋メンバーはカフェに集う。

「ブレーキが効かなくてさ☆」

そして、件の少女は屈託無く笑う。

(冗談抜かすな)

俺はコーヒーを啜りながら、少女を一瞥。

線の細い、端正な顔。長い茶い金髪に癖毛が目立つのは、それだけ無茶をしたからだろう。前髪の間から覗く鳶色の瞳の下に僅かに隈が見える辺り、確実だ。

全く……そこまでして戻りたかったのか。

「あの……セルゲイさん、この子は?」

少女の隣に座るフィアが唐突に話を振ってきた。

説明してもいいが――

「直接聞け」

隣にいるのだから、直接聴く方が早いだろう。

「そーだよ。自己紹介しない私も悪いけどさ♪」

少女が笑い、間を置いてから、自己紹介を始める。

「私はグラナデ・ヴェルファー。一応、二十歳だよ?」

「え?」

少女――グラナデの発言にフィアはあんぐり口を開けた。

(……当然の反応だな)

外見は其処らの女子中学生に見える程幼い為、誤解されやすい。

けれども本人の宣言通りなのは確か。――世の中は不思議なものだ。

「……セルゲイさん……本当ですか?」

「事実だ」

少なくとも、書類上は。……それ以上は俺の知りうる領域外だ。確認のしようが無い。

なにより、慣れてしまえば気にならなくなる。……能力と外見は正比例しないしな。

「ま、俺は未だに信じられねぇけどな。……嬢ちゃん、カフェモカだ」

「ありがと~マスター」

当人は苦笑するマスターからコーヒーを貰い、

「――で、貴女は~?」

「フィア・リベリです。以後、よろしくお願いします、グラナデさん」

「フィアちゃんだね。よろしくっ♪」

フィアとの会話に移っていた。会話が弾んでいる。すぐに打ち解けられそうだな。

……まぁ、不安要素はそこでは無いのだが。

差し当たっての問題はフィアの技量の方。

どうやって鍛えるべきか、と思ったところで

「セルゲイ」

隣に座るノルシェに声を掛けられる。

「何だ?」

「グラナデに、任せてみて」

「…………いや、それはマズイだろ」

グラナデの戦闘スタイルは中距離以近の乱戦。死にやすいこのスタイルは出来る事なら身に付けるべきではない。

「大丈夫」

返ってきたのは否定。

「彼女は……近接戦に秀でていると思うから。私達よりグラナデの方が適任」

「……なるほど」

理由を聞き、俺はノルシェの言わんとする事を理解する。

確かに、どの距離レンジにも対応できるとは言え、俺は中距離ミドルレンジ、ノルシェは遠距離ロングレンジを最も得意とする。お互いに社交性は低く、講師なんて柄じゃない事も理解している。

故に、性格云々等、人間的要素を抜きにすれば、グラナデが適任なのは頷ける。訓練内容には異議申し立てる必要性が有るかもしれないが。

……何にしても、実行は早めがいいか。

「グラナデ、話がある」

グラナデを呼び、

「フィアのを見てくれないか?」

用件を告げると――

「分かったよ♪」

即承諾。やはり不安になってきた。条件反射的返答じゃないよな?

「――と言うわけで、フィアちゃん。昼食が終わったら訓練だよっ♪」

「……はい?…………訓、練?……あぁ、訓練ですね。分かりました」

「じゃ、早速昼食頼もっか。マスター、アクアパッツアとボロネーゼ」

おい待て。アクアパッツアは微妙にマニアックだぞ。あるのか?

「了解だ。セルゲイとノルシェちゃんは?」

あるのかよ。マスター、除隊の理由は本当に料理にかまけていたせいじゃないよな?もしそうなら、とんだ笑い草だ。

『麦のカーシャ』

まぁ、そんな事を口にする気は無いので、伝統料理を頼む事にする。

十数分が経過したのち、

「完成だ」

注文した料理が運ばれてくる。

(本当に作りやがった…………)

大抵のカフェなら、ボロネーゼ(所謂ミートスパゲッティ)はあるだろうが、アクアパッツアは無いだろう。故に、マスターは異常なのかもしれない。……客としては選択肢が多いので嬉しいことだが。

「んで、こっちはカーシャだったな」

こっちは伝統料理だ。あって当然か。

食べ始める。

やっぱりこのボソボソ感が堪らない。

横目に見れば、グラナデとノルシェも同じようだ。

そのため、全員が完食まで無言だった……。


「内容は模擬訓練だよ」

食事を終えて数分。

てっきり射撃場での訓練かと思いきや、連れてこられたのはスラムの広場。

幸運とでも言うべきか、この間ように柄の悪いお兄さん達はいなかった。

でも、

(なんで!?)

私は驚愕しながら、少し距離を取っているセルゲイさんを見る。

「実力を測るには丁度良い訓練だな」

腕を組み、淀みなく周囲を確認しながら、そう言ったのだ。

(……丁度良い?)

食後の運動にしてはハード過ぎますよ…………いや、元軍人のセルゲイさん達には普通なのかな?

だとしても、一般人たる私にはキツいです。

――なんて事を知るよしも無い、グラナデさんが言葉を紡ぎ、

「使用弾薬はゴム弾のみ。私は格闘とコレしか使わないからね♪」

両足のホルスターから抜き出された二挺の9㎜短機関銃〈JA BP25〉を見せつけられた。

全体的に無骨な、実用性重視の本体に、銃身下部まで届く、円筒弾倉スパイラルマグ。……多弾数による継続火力を重視したモデルか。

一方で私の武装は5.56㎜突撃銃〈CA CW22A3〉に11.4㎜自動拳銃〈CA HCB02〉が二挺。単純な秒間火力ならば、グラナデさんに劣る。

でも、短機関銃なら集弾性は悪いはず。……付け入る隙はリロード中。…………いや、周辺に遮蔽物が無い以上、避けきれるか、射線を捌けるかに懸かっているかな。

「あ、念の為に言っておくけど〈JA BP25〉《コレ》だけだと実力の2割も出ないんだ☆」

かなり舐められてるわけですね。……まぁ、練度の差は歴然だから当然でしょうけど。

それを理解し上での安い挑発かな。乗るつもりは一切無い。

「じゃぁ……始めよっか」

「はい。お願いします」

私達は50mの距離を開け、対峙する。

「少しは保ってよね……行くよっ!!」

高らかな宣言と共に、襲い来る9㎜拳銃弾の雨。

(速いっ!)

動作モーションが見えない程に。

なんとかサイドステップで避ける。

とはいえ、避け続けるのはキツいかもしれない。継続火力や瞬間火力が高いモデルの自動式火器は飽和射撃前提だったはずだから。

「さぁ、踊ろっ☆」

回避に専念する私と打って変わって、グラナデさんは笑いながら距離を詰めて来る。

格闘戦に持ち込む気らしい。

現代の戦闘において、素人が格闘戦に持ち込まれる事は死を意味するらしい。……無論、〈F〉の患者相手なら尚更。

「っ!……やらせませんっ」

思考に浸る暇は無い。今更ながら、ライフルを構え、射撃開始。

肩付けしての射撃だというのに、かなりブレる。ほんっとうに慣れないなぁっ!

その証拠に、

「アハハ☆」

ワンマグ分の5.56㎜ライフル弾をバラ撒いたというのに当たらず、

「お返しだよっ♪」

「ったぁっ!?」

反撃で、私は右手首に被弾。ゴム弾とはいえ、痛い。――いや、痛いだけで済んでいるのか。

痛みにライフルを取り落とし、二射目で遠くに弾き飛ばされる。

ミドルレンジが封じられた。……なら、ショートレンジしかないっ!

レッグホルスターに収めた自動拳銃を抜銃。 同時に二射。

「わ、わっ!?」

虚をつけたのか、グラナデさんが僅かに怯む。

当然、この隙を逃すわけにはいかない。

無意識に照準を頭部と心臓に合わせ、残弾全てを叩き込んで、バックステップ。

弾倉マガジン排出リリース

腰のパウチから引き抜いた予備弾倉を叩き込み、後退しきった遊底スライドを戻す。

「わぁ、動きが良くなったっ☆楽しいねぇっ!」

さっきの隙は演技ブラフだったらしく、あっさりと避けられた12発の11.4㎜ゴム弾はコンクリートに減り込むだけ。

「こっちは楽しくありませんよっ!」

再開された銃撃を避けながら、応射――当たらない。……牽制だから当然だけど。

「何処を見ているのかなぁっ!」

「くっ!……遊んでませんか、グラナデさん!」

拳銃弾をバラ撒き合い、回避しながら会話を続ける。

互いの得物が同時に弾切れ、再装填しつつ地を蹴る。

お互い考える事は一緒か。

――当たらないなら、近付いて撃てばいい。

(格闘射撃戦なんて嫌なんですけどねっ!)

魔物相手が主たるこのご時世、見世物の域たる格闘射撃等、単なる自殺行為なのに!

左右のスライドを引き、銃撃の準備は完了。相手も同じ。

でも、私達は銃爪トリガーに指をかけていない。

「そぉーれっとっ☆」

「せいっ!」

相手の首を狙ったハイキックを放ち、

スウェーバック《回避》。

続け様の足払い――相殺。

立ち上がり様に飛び膝蹴り《ジャンピングニー》。

「ごふっ!?」

「ふみゅっ!?」

相討ち。

数歩後退り、短機関銃と自動拳銃の銃口が交錯――

ほぼ同時に銃爪を引き絞った。

結果は――

「あうっ!?」

私だけが被弾。

しかも額に。

ゆっくりと視界が変わる。

グラナデさんから、蒼穹に。

「狙いが分かりやすいよ~。フィアちゃん」

しかし、綺麗だと思う前に視界は歪んでいく。

身体から力が抜けていく。

「ありゃ?反応が無いなぁ」

意識が――遠退く……。

「クリーンヒットしちゃったかなぁ?」

そして、私はグラナデさんの言葉を聴きながら、意識を失った……。


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