Restart Trigger
対価を払い、得た物も基本的には崩れ去る。
有形の物は勿論だが、無形の物ほど壊れやすくは無い――
数時間後――
俺とノルシェはマスターの店に入る。
「帰ってきたか」
「アイスコーヒー」
そして注文しつつ、いつものカウンター席に着く。
「ブラックだな?」
「…………いや、ミルクたっぷりで頼む」
「……珍しいな、お前がブラックじゃないとは」
マスターは僅かに目を見開く。
「
実際はカロリーが足りないだけだが。
「了解した。ノルシェちゃんは?」
「セルゲイと同じの……」
若干、眠そうに言う。
「アイスコーヒー、ミルク大盛り二つだな。少し待ってろ」
注文を取り終えたマスターが作業に移ると同時に、
「ふぁ……」
ノルシェも隣の席に着く。
「……眠いなら付き合わなくても良かったが?」
「そういう問題じゃない……」
端から見れば別れ際のカップルのような会話を続ける事数分――
「 お前らは相変わらずだな……」
目の前に二つのグラスが置かれる。――が、
「……〈ウィンナー・コーヒー〉を頼んだ覚えはないが?」
中身が違う。
「どちらにしろコーヒーだ、飲めよ」
……まぁ、いいか。確かにミルクたっぷりのコーヒーではある。――いつの間にか、ノルシェはクリームを混ぜ始めているし。
俺もクリームをコーヒーと混ぜ合わせ、一口含む。
甘い……。
久しく飲んでいないから余計に甘く感じる。
……だが、美味い。
「で、結果はどうだった?」
……依頼の事か。
「それなりの報酬は払う、そうだ」
二口目を含み、質問に答える。
正直、報酬額に期待はしていない。軍縮だの、何だのと屁理屈を並べ立てて、逃げるのが上の連中だ。提示額の4割貰えれば良い方だろう。
「なるほどな。……腐ってやがる」
俺と同じく軍属だったマスターも、同じ事を思ったらしい。
「……
「ハハッ!身も蓋もねぇ事言うな、ノルシェちゃん」
だが、真実だろう。
世の中、利益を得るのは決まって、汚れた奴等。
結局は誰しもが欲望に忠実であり、表に出やすい形が金と異性だというだけ。
「客観的な意見を言っただけ」
興味が無い事を示すように、ノルシェは淡々と答える。
「違いねぇ」
あっさりとマスターが引き下がり、
「そう言えば、昼間のチンピラ共がそっちに来なかったか?」
俺に話の矛先が向く。
昼間のチンピラ共……やはり奴等だったか。
「……奴等、盗み聞きしやがったか」
「あぁ。『ヒャァッ!獲物だぜ、お前ら!!』とか言って、店を出ていったな。……で、どうなった?」
「全員、死んだ」
マスターの問いに一言、そう答えると、
「死ぬとは思っていたが、やっぱりか……」
若干、呆れた声が返ってくる。
やはり、そう思うのが普通か。
「大型一体に返り討ち」
加えて、ノルシェが補足し、
「あー……そりゃ、死ぬな。成り上がりは馬鹿ばっかりだから」
マスターは納得する。
軍人なら大型種の恐怖は、嫌という程体感する。
と、そこで俺は疑問符が浮かぶ。
「マスター、一ついいか?」
「なんだ」
「どうして、その話を?」
スラムの日常茶飯事を、わざわざ言う必要は無いと思うのだが。
「奴等がタダ酒したからだよ」
なるほど。店としては許しがたい事案だ。
「ま、飲ませたのは消費期限切れの不味い酒だから、良かったけどよ」
……ゴミ処理に利用しただけか。
「ハァ……」
人知れず、小さく溜息を吐く。
今回の依頼で再確認した事。……やっぱり正規軍上層部は腐っていた。
俺達が守るべき者達は私腹を肥やす奴らではない。あくまで、市民と自分……後は、身内か。
だが、そんな信条など犬も食わない。生きる為には、誰しもが汚れるしかない。
故に、俺も“過去”を受け入れるべきなのだろう――
――――なんて、今は考えることじゃないか。
「……もう一杯」
「了解」
その証拠に、ノルシェはコーヒーのおかわりを要求。
――同時に、店の入口に人の気配を感じる。
おそらくは――
「まだ寝てなかったのか、フィア?」
振り返り、店の入口を見る。
視線の先には――
「はい……。こんばんわ、マスター」
苦笑したフィアの姿があった。
「おう、眠れねぇのか?」
「はい。どうにも目が覚めちゃって……」
「新兵ってのはアドレナリンが過剰分泌されやすいからなぁ……。注文は?」
「ホットミルクをお願いします」
「ほい、出来上がり」
ものの数分で出されるホットミルク。……仕込んでいたか。
「ありがとうございます」
「礼には及ばねぇ。美味しく飲んでくれんなら良いんだよ」
笑って答えるマスターを一瞥し、
(……全くだ)
俺もコーヒーを飲む。やっぱり、仕事の後のコーヒーは格別だな……。
それから暫く、無言の時間が過ぎ――
「セルゲイさん……」
フィアに話しかけられた。
「私、強くなりたいです」
「そうか」
誰しもが思う事だ。別段、驚く事も感心する事でもない。
「さっきの依頼で私は何の役にも立ってない」
一端、フィアは口を閉じ、やや躊躇してから言葉を続ける。
「デカブツにアッパーを食らった後のセルゲイさんは、明らかに動きが違った。……それこそ、人間じゃないみたいに」
「……」
だろうな。あの時の俺は人間ではなかった。……いや、既に人間じゃないが。
「流石に、あそこまで強くなれるとは思いません。でも、足手纏いにならない程度には強くなります。……なりたいです」
「……そうか」
何となく、予想できた言葉。俺としては、勝手にしろ、としか言えない。
隣のノルシェも見る限りは、同意見のようだ。
「頑張れよ、フィアちゃん」
「はいっ」
故に、まともに反応を返したのは、マスターだけだった。
「お前ら……。大事な後輩だろ、何か励ましの言葉は無いのか?」
「「無い」」
同時に否定を返す。
「即答するなよ……」
呆れながら、マスターは2杯目をノルシェに渡す。
(下手な励ましは逆効果だろう……)
そう思いながら、氷の溶け始めたコーヒーを口に含んだ直後、
「セルゲイ。通信」
ノルシェに言われ、懐からプレート状の携帯端末を取り出す。
確かに、通信を示すランプが点灯し、画面に相手の情報が表示される。
相手の名は――グラナデ・ヴェルファー。
(全く……夜中に通信を送るな……)
知り合いだった為、マスターに許可をとった上で通信に応じると――
『やっほ~、セルゲイ』
さっそく、呑気な声が返ってくる。
「夜中に通信を送るな」
場合によっては寝ていたぞ?
『ゴメンゴメン☆ちょっと報告がね』
……重要な案件か。
「……なんだ?」
『近いうちに帰るって事』
「……“観光”は良いのか?」
『もう充分。早く帰りたいよ~』
泣き言を無視し、俺は続きを促す事にする。
「……で、いつ頃になる?」
『う~ん……。二週間後くらいかな?』
「了解した」
通信を終える。
「……誰から?」
「グラナデからだ」
質問に答えるとノルシェは、
「…………騒がしくなる」
通信相手を知ったノルシェは呟くように言う。
「あ……」
フィアの腹が鳴る。
(……そう言えば、
明日にでも補充に行くとして、今は腹拵えか。
「マスター。軽食を頼めるか?」
「軽食?夜食の間違いだろ」
マスターが笑いながら答え、フライパンを手に取る。
「…………そうだったな」
俺も小さく苦笑し、残るコーヒーを飲み干す。
今夜は長そうだな――
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