化物と魔物


――戦う為に必要なものは何か?

大概の人間は武装と答えるだろう。

しかし、それでは半分正解としか言えない。

極一部の者は、そう言うのだろう……。



声のした方向を見れば、デカブツが右腕を高々と掲げ、滴り落ちる鮮血を飲んでいた。

さしずめ人血ジュース。先程の声は断末魔だったというわけだ。

(近付き過ぎるからだ)

通常、大型との近接戦は一撃でも貰えば彼の世行きはほぼ免れない為、何としても避けるべきであるが、そもそも大型自体、大抵の便利屋は遭う事が無いに等しいドーピング剤系種である為、この鉄則は中々知られていない。

(はぁ……軍属でもなく、大した業績も無い奴等はこれだから……)

新人は無謀……更に言うなら、勇敢と蛮勇の違いを知らない。それが成り上がりの力に酔った奴なら、尚更の事だ。

ともあれ、死んでしまった奴は自業自得と割り切る。引き摺っていては、自分が後を追うだけ。

今は……残っている無謀者の援護が先決。

照準を修正。デカブツの頭部目掛け、7.62㎜小銃弾を叩き込む。

無論、大した損害は与えられない。精々、鼻を磨り減らしたり、頬肉をほんの少し削ぐぐらいが関の山。

それでも、注意を引ければいい。

案の定、比較的皮膚の薄い顔面を執拗に撃たれ続けたデカブツがこちらを向く。

(それでいい)

残る残弾を撃ち切り、リロード。

完全にこちらに注意が向いた所で、45㎜HEを二点射。

着弾し、爆炎がデカブツの視界を塞いでいるうちに、空薬莢を排出。大腿部に巻いた弾帯から予備弾薬を抜き、装填。

(用意しておいて良かったな)

射撃。

今度は爆発せず、額に大穴を穿つ。

榴弾HEから徹甲弾APに変えたからだ。

戦車砲等の大口径砲用弾薬である装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSに比べれば、単純な速度と弾体強度のみの運動エネルギーで対象をブチ抜く古典的な対装甲擲弾ではあるが、充分効果があった。

「今のうちに撤退しろ!」

もう一体のデカブツにライフルで射撃を行いつつ、前方の成り上がり共に撤退を促すが、

「出来るかよっ!新鮮な獲物を前にしてっ!!」

奴らは拒否し、もう一体のデカブツに攻撃を開始する。

チッ、コイツら……目先の獲物にしか興味が無いのか。面倒だな。

効きもせず、牽制等の目的すら無い射撃はするだけ無駄。精度の悪い射撃なら尚更の事。

それを証明するかのように、デカブツが両手を組んで頭上に持ち上げ――一思いに降り下ろす。

巻き込まれた五人の男は悲鳴を上げる暇さえなく、潰れる。

続けて近くにいた一人が掴まれ――

「離せよっ!化物がぁっ!!」

更に精度の落ちた射撃を行うも、

「あぁぁぁぁっ!!」

ライフルを握る腕が引き千切られ、絶叫。

俺は45㎜徹甲弾を発射するが――

デカブツが残る男の腕を千切るのと、徹甲弾の着弾は同時だった。

「……済……ね……助……っ…………」

ただ一人、両腕を千切られた男は感謝の意を述べた直後に絶命。

「……」

辺りを見回すと、死体しかなかった。先程の男が最後の一人だったようだ。

(……自業自得か)

撃ち切ったランチャーから空薬莢を排出。再装填。スリングを肩に回し、背負った所で無線が入る。

『殲滅……終了?』

「あぁ」

『そう。……今から回収に向かう』

「了解」

と、ノルシェとの無線が終わった直後に、また別の無線が入る。

『便利屋〈RAS〉、被害甚大!これ以上の作戦継続は不可能だ!』

『こちら便利屋〈A&F〉、甚大な被害が出た。遊撃続行は不可能だ!防衛ラインの構築はまだかよっ!!』

同業者達はかなり厳しい状況らしい。

デカブツの群れにでもかち合ったか?

『後、720秒は掛かりますっ!何とか凌いで下さい』

『無茶言うなっ!生き残りは俺一人だけなんだぞっ!?』

『援軍は寄越せないのかよ!?』

悲痛な無線を聴きながら、俺は軍の事を思い出す。

出来なくは無い筈だ。エリアRos正規軍なら大抵の兵種は腐るほど人員がおり、空挺ヘリポーン部隊ぐらい、すぐに展開できるはず。要請も既に済んでいるのでは?

……と、思うのが普通だが、現実は非情に出来ている。

『無理ですっ!今回は派遣されているのは、第13機甲大隊第8、9小隊のみです。それに先程から増援要請は出していますが、総司令部HQは全く応じません』

ほら、な。石頭共のやりそうな事だ。数年前に設立されたばかりの部隊を寄越しやがって。しかも戦車部隊だけだと?ふざけるのも大概にしろ。

――兎も角、増援として行けそうなのは俺達だけらしい。

とはいえ、こっちも弾薬に余裕があるわけではない。補給線でもあれば別だが、便利屋相手に用意しているとは思えないしな。

……ノルシェの話し合いが必要か。

『……行く?』

思った直後、ノルシェから確認の問い。

「……弾薬の都合がつけば、だがな。……大丈夫か?」

『肯定』

――なら、ある程度は問題無いな。

俺は回線を戻し、告げる。

「……俺達が行こう」

『先輩っ!?』

『誰だお前は?』

「同業者だ。お前らの援護に向かう。位置情報を教えてくれ」

『…………頼りにしていいんだな?』

「早くしろ。全滅する可能性が増すだけだ」

『分かった。…………お前がいる位置から14時方向に10㎞のあたりだ』

「了解した。通信終了」

続けて、便利屋内回線に切り替える。

「聴いていたな?」

『準備は出来てる。後、30秒で合流』

周辺を見回すと、こちらに向かって直進する輸送車が見えた。

「あぁ、見えてる。詳しい作戦は車内で」

そう言い、真横で停車した輸送車に乗り込む。

「セルゲイさん!」

「携行火器も用意しておけ」

フィアに指示を返し、俺は45㎜徹甲弾を補充。再びガンポートに出ると同時に、輸送車が急発進。

『正面を見る限り……デカブツ、雑魚共に多数』

面倒だな……。

「俺とノルシェでデカブツを殺る。フィアは雑魚だ」

『え?軽く100体以上いますけど……』

「一体たりとも撃ち漏らすな」

市街地戦になると面倒だ。

『プレッシャーをかけないでくださいっ!』

「騒ぐな。できる限りの援護はしてやる。とにかく、やらなければ、E-Cenに多大な被害が出る」

一応の気休めだけは言い、回線を戻す。

(元々、軍上層部の石頭共の人的損失を過剰なまでに嫌った判断が原因だがな……)

前方を見れば、確かにデカブツの群れが見える。

(あの量なら苦戦するわけだ)

ざっと見た限りで70は確実。徹甲弾と成形炸薬HEAT弾頭が足りないな。

(出来る限り、115㎜は温存しておきたいからな……)

……脆弱部位を狙って、やるしかないか。

『クソッ!〈RAS〉の奴がデカブツに喰われた!俺達も長くは保たねぇぞ!!』

『後、5分で着く』

『5分だな!何とか凌いでやるよっ!支援を頼むぜ』

「分かっている」

スコープを覗き、距離計レンジ・ファインダーを起動。15709mか。

弾薬の最大射程は6700m。約半分まで距離を詰めなければならない。

11000m。

早過ぎる。

9812m。

――まだだ。

7458m。

――――あと少し。

5659m。

射程内。だが、距離による威力減衰が大き過ぎる。

3178m。

これぐらいなら、問題無い。

俺は銃口を雑魚の群れに向け、トリガーを引き絞った。

スコープ内に写るのは、血飛沫と千切れ飛ぶ魔物の肉体。

それが見えなくなれば、別の群れへと銃口を向け、掃射を行う。

ある程度、雑魚を減らした所で輸送車が一度止まり、俺は、

「先に行く」

と、だけ告げ、ガンポートから直接下車。

代わりにノルシェが顔を出して、対物ライフルを構え、フィアが後部のドアを開けて出てくる。

突撃銃アサルトライフルと……自動式拳銃オートマチック・ハンドガンが二挺。それに、CA HF31-G――破片手榴弾――が三つか)

悪くない選択だ。

そう思いながら、俺は雪が積もる大地を蹴り、走り出す。

早速、襲い来るのは、先鋒たる麻薬系種。

〈GW30〉の装弾をAPからHEへ。

貪欲に俺を引き千切らんとする集団の中心目掛け、ライフルを構え、照準はやや上へ。

ランチャー側のトリガーを引き、擲弾射出。

軽い音を立てて飛翔する擲弾が放物線を描いて、群れの中心に着弾。

炸裂し、十数体単位で吹き飛ばす。

だが、俺は着弾結果は確認していない。

発射した時点で、次の照準作業に移っており、着弾する頃には二射目を撃ち終えていた。

適当に撃とうが、外す事は無いぐらい、数が多いから。……外すつもりは無いが。

雑魚を蹴散らし、作った道を進む。

背後から聴こえる、銃声はフィアか。

聴く限り、まだまだ無駄弾が多そうだ。

同時に、視線が前方のデカブツを捉える。

突貫しつつ、右腕を振りかぶっていた。

数秒後に繰り出されたデカブツの右フックを避け、懐へ。

こちらを向く、デカブツの顔。

眼球に照準を合わせ、セレクターを三点射へ。

トリガーを引く。

銃声。

全弾がデカブツの眼球に着弾し、絶命。

まずは一体。

マガジン内の残弾は15発。

この方法がいつまでも通じるならば、ワンマグで6体のデカブツを殺れるが、そううまく行くわけが無い。

撃ち切っていた〈GW30〉に徹甲弾を装填。

再び走り出す。

寄ってくるデカブツの顔面目掛けて構え直し、照準修正。

発射。

(……少し距離が遠いな……。殺れるかは半々か)

とは感じたが、二体のデカブツが顔面から血飛沫を上げて崩れ落ちる。

脆い。かなりの少量摂取で変異したらしいな。

空薬莢を排出。

再装填しつつ、牽制代わりに他のデカブツの顔面目掛け、ライフル弾を数射。

こちらも、あっさりと貫徹。

少量摂取変異者が多いのか?

ざっと、周囲のデカブツ達を一瞥。

(…………多いな)

通常量を摂取した変異者程、肉体が異常発達した個体が明らかにいない。

好都合だ。この程度ならば、ライフル弾で対応可能。

と、認識を終えたところで、ノルシェから無線が入る。

『……ペースが遅い。どうしたの、セルゲイ?』

最後方からは手こずっているように見えたか。

「……コイツらは少量摂取変異体だ。おそらく、Ver.1.02位だな」

『そう』

反応が薄いが、そもそも大口径高威力である対物ライフルを扱うノルシェには関係無い事か。精密射撃による火力支援が前提の狙撃手だから。

(……さて。続きと行こうか)

再装填を終えた得物を構え直し、俺は次の標的へ照準を修正した。



(予定以上に遅い……やはり練度不足だなぁ)

対空機銃座に着いて周辺を見回し、私――ノエル・アヴァロンは溜息を吐く。

遊撃部隊が甚大な被害を受ける裏腹で、戦車部隊も悪戦苦闘していたのだ。

私の属するエリアRos正規軍第13機甲大隊は、同軍機甲部隊の中でも最も新しい。

故に、装備こそ新しいものの、兵員は寄せ集めの未熟者達ばかりで、実のところ、今回の戦闘が初陣であった。

(本当に……上は何を考えているの?)

私達は捨て石に過ぎない?

(冗談じゃない……)

虚空に舌打ちする。先輩の言う通り、軍上層部には反吐が出る。

「軍曹。車内に戻れ」

部隊長から呼ばれ、配置に着いた主力戦車〈AD BT27C1〉に乗り込む。

マイク付きヘッドホンを被り、砲座に着いて各種データの確認を開始。

(初弾はドーピング剤系種だからAPFSDSにしたいけど……。先鋒は麻薬系種。とすると、HEかな)

弾数は満タン。125㎜滑腔砲、対空/軟目標用の25㎜重機関砲共に問題無し。

スコープを覗いても、前線の死闘が見えるだけ。

だとすれば、無線の方に意識を向けるべきかな。

『第5、第6車両、配置に着きました』

『同じく第9機甲小隊、配置に着きました』

やっと終わった……。遅過ぎるよ。

「よし。全車両、そのまま待機」

『了解』

「軍曹は前線部隊に連絡を」

「了解」

前線部隊への伝令を頼まれ、周波数を合わせて、口元のマイクに向けて告げる。

「こちら、第13機甲大隊第8小隊。防衛ラインの構築が完了しました。頃合いを見て、後方に下がってください」

『やっとか、了解した!』

『了解した』

残る便利屋二社からの返答を聴き、私は安堵する。

先輩達は生きてた……。

――血と硝煙に汚れた前線じごくの中で……。

とは言え、思案と安堵に長く浸る程の暇は無い。

遊撃部隊が後退を始めた事で、群れが向かってくるからだ。

「全車両に告ぐ。化物共が来るぞ!砲撃準備!HE、込めっ!」

「了解」

故に、意識をスコープとトリガーに戻す。

狙いは……よし。後はトリガーを引くだけ。

「撃てっ!!」

車長の怒号と共に、全車砲撃。

その砲撃はさながら交響曲シンフォニーのようだった。

一拍置いて、榴弾の雨が炸裂。

先頭たる雑魚共が物言わぬ骸と化す。

「手を緩めるなっ!次弾装填、急げっ!!」

言われるまでもなく、装填済みです。

照準を補正し、第二射、第三射と継続的な砲撃を行うと、先輩達が数を減らしてくれたからか、僅か数分で雑魚が駆逐される。

「後はデカブツだけだ!APFSDS、込めっ!」

弾種変更。HEからAPFSDSへ。

照準補正、砲撃。

鈍重なデカブツは良い的。

スコープ内で頭部に綺麗な風穴を開け、倒れる。

『余裕だぜっ!』

『大した事無いな!』

『眠い……』

優勢を悟った仲間が軽口を叩き始めたが、

(フラグだよ……)

私は軽口を叩く気は無かった。こういう時に限って、災厄は舞い降りる。が、そこまで深刻な不安を感じているのは私だけらしく、

「砲撃止め!警戒状態に移行しろ」

部隊長の指示は、現在位置に於ける警戒に留まる。

不安を拭いきれない為、トリガーユニットに手を添えたまま、無線に意識を向けると、

『おい、なんか外がうるさくねぇか?』

『そうか?車体の駆動音じゃねぇか?』

『それとは明らかに違う音なんだよ。風切り音みたいな――』

不審な会話と共に、爆音が響いた――



「クソッ!」

防衛ラインへと後退する途中、近くで火柱が上がる様を見た俺は舌打ちする。

全長6m位の魔物が主力戦車を踏み潰したのだ。

身体全体の筋肉が異常発達している風貌と先程の着地衝撃。かなり遠くからの跳躍だろう。

おそらくだが、全身強化型ドーピング剤系〈F〉の過剰摂取一歩手前だな。

魔物と化した服用者は種別にもよるが、異形の部位は持てども人間としての形はある程度保つ。しかし、過剰摂取した場合は人間としての形を持たない、本当の意味での“魔物”になる。

当然、過剰摂取個体の基礎能力は一般的な個体の比ではない。また、特異の変化を遂げる可能性も高く、かなりの強敵になりうる。

(手持ちの火器が効くかどうか……)

確実に7.62㎜小銃弾は無意味に等しく、45㎜APも効果が薄いだろう。……と、なると115㎜HEATに賭けるしかない。出し惜しみして正解だった。

しかし、万が一という事はある。保険もある方がいい。

「ノルシェ。対物ライフルの残弾に焼夷徹甲弾APIはあるか?」

『20発』

「充分だ」

一つ目の保険は確保。次は――

「フィア。115㎜HEATは何発残っている?」

『すみません……零です』

二つ目は駄目か。

……まぁ、大丈夫。殺れるはず。……いや、殺らなければならない。

故に最後の準備の為、レシーバーに向けて告げる。

「第13機甲大隊に告ぐ。下がれ、そのデカブツは俺達が駆逐する」

『正気ですかっ!?』

返答はノエルの声。その反応も予想の上。理由もある。

「鈍重かつ小回りの利かない主力戦車は餌でしかない。後方からの支援砲撃を頼む」

『……貴様、それでは都市への被害が出るだろう?』

通信に割り込む男の声。……部隊長か。

「残る障害はソイツだけだ。それでも心配か?」

『こちらにも軍人としての責務がある。奴は我々が始末する。貴様らの役目は終わりだ』

強情だな、この部隊長。士官学校出の堅物か?

『軍人として責務?……紙切れ数枚程度の責務に何の意味があるの?』

今度はノルシェが通信に割り込む。

『何だと?本気で言っているのか、小娘』

『嘘に思える?』

『正規軍を愚弄するか、無名の便利屋風情が――』

「――黙れ」

部隊長の発言を遮るように、俺は静かな怒りを口にした。

捨て駒同然の新参者が責務なんて大層な事を語るな。

現状のお荷物はアンタら機甲部隊だ。

等々、吐き出したい怒りは抑え、折衷案を纏めて、突き付ける。

「ならば、俺達が奴を引き付ける。機甲部隊はその場で支援砲撃を頼む」

飽くまで、火力としての機甲部隊は無視できないが、前に出張ってくるのは余程の腕が無い限り、魔物の餌になるだけ。

軍としても、俺達便利屋としても避けたい事態だ。……まぁ、軍と便利屋では理由が違うが。

『…………了解した』

「通信終了」

無線を切り、停止した輸送車から飛び降りる。

着地と同時に、背負っていた〈TRG-4〉対装甲ランチャーを抜き、残る二人に指示を出す。

「ノルシャは狙撃準備。フィアはその補助だ」

『了解』

「了解」

返答を聴きながら、デカブツ目掛けて走り出す。

300m程走り、ランチャーを構えてスコープを覗く。

デカブツは未だに主力戦車の残骸を漁っている。……食欲に忠実な奴だな。

照準線レティクルを右肩甲骨に合わせ、トリガーを引く。

軽い衝撃と共に撃ち出され115㎜HEAT弾頭は、数瞬後にロケットが点火。

一気に加速し、デカブツの肩甲骨に着弾。高速の微細金属奔流メタルジェットが骨格諸共、右腕を削ごうとする。

しかし、前面の筋肉が削げる程度損害しか与えられなかった。流石は純粋な肉体強化剤由来というべきか。

ともかく、苦悶の声を上げながら、デカブツが俺を視認。標的に見定められる。

挑発も含め、俺は腰に提げた115㎜弾頭を掴み、ランチャーに捩じ込む。

直後、デカブツは走り出す――かと思いきや、

「っ!?」

真横の地面にひしゃげた転輪が突き刺さる。

(アイツ……動く気無いのか?)

何としても、こちら側に引き付けなければ、機甲部隊の被害が増すだけだ。

弾頭のピンを抜き、擲弾を射出。

二発目も右肩甲骨に着弾。既に筋肉が削がれていた為、メタルジェットは神経と骨を貫く。

言うまでもないが、右腕部に致命的な損害を与えた事になる。

流石にキレる筈だ。

しかし、向かって来たのはデカブツ本体ではなく、投擲された戦車の残骸。

横方向への飛び込み前転。何とか直撃を避ける――――が、

「ごふっ!?」

俺は宙を舞っていた。

血反吐を吐く。

胸に激痛が走る。肋骨を何本か折やられたのか?

ふと下を見れば、先程のデカブツが腰を沈める姿。

(跳ぶつもりか)

俺を殺れていない事に気付いてやがる。

(どうにかしないと、な)

しかし、身体の感覚が鈍く、何の対応もできないままデカブツに掴まれ、

地面に向かって投げ付けられる。

その瞬間から、時間の流れが遅くなり始めた。

(死に際……か……?)

――いや、違う。

まだ、コイツを殺る――俺が生き残る――手段はある。

もっとも……使いたくは無かったものだがな。

(何にしても……使わなければ死ぬだけだ。……済まないノルシェ。…………使うぜ)

後方にいるはずの仲間に謝罪しながら、俺はまぶたを閉じる。

地面までは後10m。


――細胞仮死状態……解除。

――損害調査……終了

――内骨格調整…………終了。

――――神経伝達リミッター……解除。

――――稼働テスト…………異常無し。

――全器官活動再開。

――――確実な破壊を。


瞼を開くと、地面は約2m先に迫っていた。

即座に姿勢を整え、着地。

周辺を見渡す。

一五時方向、約700m先にデカブツの姿を確認。

十字砲火クロスファイアによる足止めを受けている。

(急ぎ復帰しなければいけないか。武装は……損害無し)

移動しつつ、装備確認を行ってみれば、偶然にも武装、弾薬共に被害が無い。115㎜弾頭は駄目になっていると思ったのだが。

『Доброе утро(おはよう)、セルゲイ』

その途中でノルシェからの無線が入るが、いつもより抑揚が無い気がする。

「……済まない。“使う”羽目になった」

『そう』

二言目の返答はいつもと変わらない。気のせいだったか?

『セルゲイさんっ!?生きていたんですか?』

一方、フィアは驚いている。こちらが当然の反応だろう。一般的に。

「勝手に殺すな」

確かに、一歩間違えば黒炭化ミンチになっていただろうけど。

「ともかくだ。現状は?」

『私の判断で十字砲火による足止め中実行中。機甲大隊の残弾が少ない。急いで』

大方、予想通りか。

「了解した。十字砲火を継続。フィアはノルシェのバックアップ」

『はい!』

指示を送って無線を切り、再度デカブツの姿を確認。

左腕部、頭部に極軽度の損傷。右腕は肩から損失か。

まずは戦闘力を削ぐ。

地面を蹴って疾走。

約500mを18秒弱で駆け抜け、ライフルを構える。

そのまま、ガラ空きの右脚に二発の45㎜APを撃つ。

僅かに怯むも、外傷はほぼ無い。やはり筋繊維とは相性が悪いか。

バックステップ。排莢。

脚部ホルダーから弾薬補充。

ならば、コイツか?

補充終了と同時の先刻のAPが穿った傷口に二 点射。続けて排莢。

今度は盛大に血飛沫が上がる。……とはいえ、見かけより損害は小さい。

撃ち込んだのが〈ホローポイント〉だからか。

対猛獣用の内部破壊と苦痛付加に特化した弾種だからな。 が、基本的に痛覚の鈍いか、存在しない魔物に対しては行動抑止力ストッピング・パワーが低い。……人間ならば大抵ショック死するか、痛みで悶え苦しむ事になるが。

ともかく、傷口から骨が露出している。後は破壊するだけだ。

再装填した弾薬はHEAT。

発砲。

着弾。

数瞬後、メタルジェットに貫かれた骨は過負荷によって軋み、折れる。

片足を失ったデカブツはバランスを崩し、転倒――しない。

クソッ。両脚折らないと駄目か……。

弾薬が足りなくなる。

――ならば、機甲部隊を有効利用するまでだ。

「機甲部隊、デカブツの左足に火力を集中させてくれ」

『第9小隊、了解。残り一発だったが、アイツの薄汚い筋肉は剥がしてやるぜっ!なぁ、野郎共っ!!』

『Да(あぁ)!!』

……血の気が盛んな奴らだな。

『こちら第8小隊。……要請を受諾する』

やけにすんなり聴いたな、部隊長。……何があった?

数秒おいて――

『Урааааааааааа!!』

エリアRos特有の怒号と共に、全車両一斉射。

11発の125㎜榴弾全てがデカブツの左脚に着弾。

黒煙と暴風を撒き散らし、筋繊維を焼く。

『機甲部隊おれたちは弾切れだ。……後は頼むぜ』

「……あぁ」

機甲部隊から無線に応え、俺は晴れかかっている黒煙――デカブツ――に向かって走り出す。

途中で晴れた黒煙が晴れた先にあるのは、僅かに肉のこびり付いた太い骨。

足を止めずにライフルを構え、最後の45㎜HEATを叩き込む。

弾頭の軌跡は一瞥もせず、背負ったランチャー、腰から115㎜HEAT弾頭を抜き、装填。

同時に反撃として繰り出される左フック。

不安定な体勢だというのに、凄まじい速度。 常人には避けられないな。

だが、生憎と“今”の俺は常人じゃない。

ライフルを背負い、迫る拳を受け止める。

その衝撃により、足下が陥没。

「良い打撃だ。効かんがな」

お返しとばかりに、受け止めた左手の一部を

右手が血に濡れたが、構わず、左手に握るランチャーをデカブツの顔面目掛けて発射。

擲弾の着弾と左脚の破壊は同時。

自重を支えきれなくなり、デカブツが転倒。

着弾したHEAT弾によって、顔面の皮膚が著しく損傷したようだが、絶命には至っていない。

ならば、と俺はランチャーを背負い、ライフルを抜くと、倒れたデカブツの眼球に銃口を突き立てる。

セレクターは三点バースト。残弾はフル。

――――チェックだ。

誰に言うでも無く呟き、人差し指はトリガーを絞り込む――

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