ローランド、エルフを罵る。

1、ローランド


 その時、挨拶あいさつを終えたローランドが帰ってきた。

「ふう。お得意さまと話をするのは神経を使うな。とくに相手がエルフさまの場合は……おい、君……」

 通りがかった女給を呼び止める。

「店の番頭を呼んでくれ。大至急だ」

 ふところから銀貨を出して、女給に握らせる。

「ブルーシールド家の者が会いたいと言ってな。いいか、大至急だぞ」

「は……はい」

 女給が駆け足で調理場にむかう。

 すぐに、小太りの中年をつれて帰ってきた。

 緊張からか、禿げ上がった額の汗をしきりにハンカチでぬぐっている。

「これは、ブルーシールド家の方々。よくお越しくださいました。ひょっとして、店の者が、なにか失礼を……」

「いや……そうじゃない。あちらのテーブルにダークエルフの方々がいらっしゃる」

「え? ああ……はい」

「くれぐれも、粗相そそうの無い様にな」

「は、はい。かしこまりました」

「基本、エルフの方々は人間の食べ物はしょくされない。ただし、ハーブ茶は別だ。お茶だけをご注文されると思うが、余計な気を回して、他の料理を勧めないように。それから、この店では、金属製の食器を使っているか?」

「いいえ……」

「それなら良い。エルフの方々は、金属類にれることを大変に嫌がられる。木製の品は良い。陶器も良い。だが、金属類だけは持って行かないように」

「はい。かしこまりました」

 番頭、女給ともども、そそくさと調理場に去って行った。

「へええ、エルフは金属類が駄目なのか……あれ?」

 アラツグが首をかしげる。

「でも、あの二人、装身具を身に着けていなかったか? それに女の子の方は、剣も持っているぞ。革鎧には補強金具やバックルも付いているし……」

 アラツグの問いかけに、ローランドは、エルフたちのテーブルへ向けて小さくあごをしゃくった。

「連中を良く見ろ。……いや、やっぱり見るな。見なくていい。連中が身に着けているのは、飾り物から実用的な金具まで、全部、銀製・金製・プラチナ製だ。……エルフと言う生き物はなぁ、アラツグ。全員、金属にさわれない体質で生まれてくるらしいんだ。金属にれると、とたんに気分が悪くなるんだと。金、銀、プラチナ以外はな。合金の場合も、さわれるのは、それら貴金属類の比率が半分以上のものだけなんだそうだ。……まあ、厄介と言うか、贅沢な体質だよな」

「へ、へえ……そうなんだ。で、でも、ローランド、なんか、お前、さっきとずいぶん口調が違うな。『連中』とか言ってさ。なんか、すごく嫌そうじゃないか」

「まあな。お前は知らないだろうけど……付き合ってみれば分かる。この世にエルフほど嫌な種族は居ないぞ。傲慢ごうまんで、気位が高くて、表向き穏やかな顔をしてはいるが、その実、俺たち人間をとことん見下みくだしている」

「まさか。そんなこと無いだろ。き、気のせいじゃないのかな。俺が知っているエルフと言うのは、えーと、静かに森に住んでいる平和を愛する種族で、人間の魔法使いがどんなに頑張っても使えないような強力な魔法を生まれつき使えて……」

「けっ! なーにが、平和を愛する森の種族だ。アラツグ、そりゃ、ガキの読む絵本の中だけの話だ。絵本作家だって、現実のエルフと一時間でもいっしょに居てみろ、そんな下らん戯言ざれごとは指をへし折られたって書かなくなるさ。……奴ら、その気になったら、とことん冷酷になれるんだぜ。人間の命なんて屁とも思っちゃいねぇ……おっと、食事中に汚い言葉を使っちまった。失礼な。メルセデス」

 ローランドは一瞬、婚約者の方を見て謝ると、ぐにアラツグに視線を戻して言った。

「それと、連中が皆、強力な魔法を使えるってのはその通りだ。だが、人間が絶対にかなわないという訳でもない。人間の魔法使いの中でも飛び抜けた奴は、エルフと同等か、それ以上の魔力をもっているらしいぜ。まあ、俺も実際にそんな魔法使いには会ったことは無いが」

「ずいぶん悪し様に言ってるけど、そんなに言って良いのか? き、聞こえないかな? あ、あちら様に……」

「大丈夫だって。あんな、クソでけぇ耳してたってな、やつらの五感はそれほど鋭くない。せいぜい良くて一般の人間と同等だ。これだけ離れていれば聞こえやしない。お前の方がよっぽど耳は良いよ」

「で、でもホラ、そういう魔法もあるんだろ? 良く知らないけど、感覚を増幅させるような……」

「それも問題ない。エルフと言ったって、無限に魔法が使える訳じゃないからな。魔法を使えば、それなりに体力も消耗する。常時、意味も無く魔法を使うなんてこともない」

「そ、そうなんだ……それにしても、ローランド詳しいね。エルフの事」

「まあな。相手を知るのは……相手の強み、弱み、癖、生活習慣、歴史……なんでも頭に叩き込んでおくのは基本中の基本だからさ。商売においても、ケンカでも、な」

 ローランドは、そこで一旦いったん話すのを休んで、水差しから自分のコップに水をそそいで一口飲み、自分とエルフの関係をアラツグに説明する。

「どんなに嫌な奴らだろうと、連中エルフの作り出す魔石は、俺ら人間にとっちゃ掛け替えの無い物だ……一方、エルフにとっても、人間がつくる工芸品、とくに貴金属由来のものは必需品なんだよ。エルフは、自分ら自身では、鉱物を掘り出したり、精製したり、加工して装飾品や実用品を作ったりは絶対にしない。人間に作らせて買い取るしかない。お互い、腹ん中で何を考えていようと、それはそれ、これはこれ、商売は商売ってわけさ。実際、エルフはブルーシールド家にとっちゃ大得意様だ。面と向かえばニッコリ笑顔で、たんまり儲けさせて貰っている」

「なるほど……ねえ。あ、ゴメン、ちょっと、もよおして来ちゃった」

 アラツグは手洗いに向かった。


2、スュン

 

 便所で用をたしながら、アラツグは、あのダークエルフの美少女の顔を思い浮かべる。

(しかし、まあ、ローランドの奴、ひどい言い様だったな。あのダーク・エルフの女の子も、奴が言うような嫌な性格なのかね……まあ、少し冷たい感じはしたかなぁ。俺の方を見たとき……あれ……なんか、ちょっと固くなってきた。ち、違うぞ、俺のムスコ。俺は、そんな風な気持ちで彼女を見ていたわけじゃないぞ。静まれ、静まれぇぇぇぇぇ)

「しずまれぇぇぇぇぇ」

 頭の中で考えていたつもりが、思わず声に出ていたことにアラツグは気づいていない。

 廊下では、さきほどの女給と番頭がひそひそ話し合ってた。

「あ、あの番頭さま……」

「なんだね?ドリスくん」

「男性用のお手洗いから、なんか変な声が……」

「放って置き給え。我々にできるのは、失礼の無いように……そして出来るだけ早くこの店から出て行って頂くように祈る事だけだ……エルフにも、ブルーシールド御一行様にも、な」

 手を洗ってテーブルに戻ると、こんどはメルセデスが席を立って手洗い場へ向かう。

「おい……アラツグ」

 席に着くなり、ローランドが声を掛けてきた。

「おまえ、あのダーク・エルフの女に気があるのか?」

「な……な、な、な、何のは、は、は、は、はな、はな、話ですか?」

「ああ……おまえ本当に分かりやすいな……メルセデスの言ったとおりだ」

(ひどいよ、フリューリンクさん、いきなり言いふらすなんて、ひどい)

「エルフだけはめておけ。いいか、大事なことだから、もう一度言う。エ、ル、フ、だけは、ぜ、っ、た、い、に、止めておけ。……まったく……なあ」

 ローランドが頭を抱える。

「お前は、今まで、俺の言うことを聞いていたのか? この世の生きとし生けるものの中で、エルフは最悪の種族だぞ。しかも、よりによってダーク・エルフとは……噂じゃ、あいつら、普通のエルフに対して、魔力は二倍、プライドの高さは三倍って話だ」

「プライド三倍って、どうやって計測したんだよ」

「まあ、何にせよ、エルフは有り得ん。エルフだけは、な。……さっきも言ったが、お前はいずれ出世する。いや、俺が必ず出世させて見せる。十年、いや五年待て。お前は、人類最強の英雄として世に名を轟かす。そうすりゃ女なんて、より見取みどりだ。百人でも二百人でも、好きなだけ嫁さんもらって、ハーレムでもパラダイスでも何でも作りゃあ良いじゃねえか」

「いや、俺が英雄って、それ妄想だから」

「第一だな、お前が幾らその気でも、向こうがお前を相手にすると思うか? お前、サルと結婚した女を見たことがあるか? ヒツジと結婚した女を見たことがあるか? 犬と結婚した女を見たことがあるか? ネズミと結婚した女を見たことあるか? カタツムリと結婚した女を見たことあるか?」

「カタツムリって……」

「つまり、エルフの女にとっちゃ、俺ら人間の男は、その程度の、いや、それ以下の存在ってことだ。……大体なあ……アラツグ。万が一、万が一だぞ、エルフと一緒になれたとして、その後どうする?」

「どうするって……末長く幸せに……」

「有り得ん。全く、有り得ん。おまえ、エルフの寿命がどんだけだと思ってんだよ」

「……あ……」

「そうだ。さすがに永遠に生きながらえるってのは嘘だがな。連中が永遠に生きられるなら、この世はエルフだらけになっちまう。モノの本によると、エルフの寿命は平均二百五十年程度だそうだ」

「はあ、そうなんですか」

「しかも、俺ら人間とは成長の仕方というか、老化の仕方が全然違う」

 ローランドが、ダーク・エルフのテーブルをチラリと見る。

「確かに見たところ、あのダーク・エルフの女は十代後半、俺らと同い年ぐらいに見える。今は良いさ。今はな。エルフは、生まれてから二十歳はたち過ぎまでは、人間と同じように成長するからな。ところが、二十代前半でピタリと成長……あるいは老化が止まる。そのまま二百年以上も生きるんだ。そして、最後の数十年で急速に年老いて、死ぬ。……つまりだな、今から六、七十年後、お前がヨボヨボの爺さんの時に、相手は……少なくとも見た目は二十歳はたちそこそこの、ピチピチ娘というわけだ。これがどれだけ悲惨か事か、分かるか?」

(言われてみれば……そうだよなぁ)

「悪いことは言わない。エルフは止めろ。エルフだけは。エルフと付き合うぐらいなら、ゴブリンと結婚しろ」

「いや、それは、無理」

 アラツグは、こっそりスュンという名のエルフの少女を盗み見た。

 ……どういう訳か……相手もこちらを見ていた。

 視線が合った。

 ドキッ、として急いでうつむく。

(……ローランドの言うとおりだよな。どう考えても、ありえん……)

「ああ、ああ、分かったよ。おっしゃる通りだ」

 こちらは視線をそらしたけれど、エルフの少女は今でもこちらを見ている。

 なぜかは分からないけれど、アラツグには彼女がこちらをジッと見ていると、確信できた。

(さっきは、凝視されて失礼だとか言ってたのに……向こうが、こっちをジーッと見るのは失礼じゃないのかよ)

「たしかに、お前の言うことは、いちいちもっともだよ。ローランド。えーっと、ほら、あのエルフの女の子すっごい美人じゃん。それは認めるだろ」

「……まあな」

「だから、ちょっとポーッとなって、良いなぁ~って思っただけだ。冷静に考えりゃ、今から俺と彼女の間に何かが始まるなんて可能性は全く無いさ。天地が逆さまになって、太陽が西から昇って東へ沈んでも、無い。お前だって、町を歩いてて可愛かわいい女の子に出会ったら、振り向いたり、ポーッとなったりするだろ? その程度のことだよ。その程度の……」

 その瞬間、アラツグは何かを感じた。

 それは……初めての感覚だった。

 強いて近いものを挙げるとすれば……殺気?

 修行中、何度も感じた、背筋がゾワッとする、あの感覚に少し似ている。

 無意識に、その感覚の方向……ダーク・エルフの少女の方向に顔を向けていた。

 少女は、もうこちらを見てはいない。

 横顔が、何だか、やけにけわしい。

 入ってきた時と変わらない、美形だけどちょっと冷たい感じのする顔を連れのダーク・エルフに向け、何事かを話している。

 その時、メルセデスが帰ってきた。

「な~んだ、ずいぶん長かったじゃないか。ひょっとして……」

 下品な冗談を言おうとしたローランドの頭を、席に着きながらコツンと叩く。

「冗談だよ、冗談。今、ちょうど、アラツグの野郎への尋問を終了させたところだ。結論から言うと、ちょっと可愛いかったから見惚みとれていただけだとさ。まあ、エルフじゃなかったら、俺も見惚みとれちまうかな。客観的に見れば、すげぇ美人だしさ」

「あら、そうですか。じゃあ、私の次に御指名あそばしたら? ローランド・ブルーシールドお坊ちゃま? 第・四・夫・人、に」

「勘弁してくれ。まあ、何にせよ、この件に関しては、メルセデスの勘ぐりすぎってことだな」

「そう? なら、良いんです。なんか、初めて彼女を見たときのブラッドファングさんの表情、尋常じゃなかったから。尋常じゃなく、思いつめた感じだったから、少し心配だったんです」

 アラツグは、もう、ローランド達のじゃれ合いを聞いてはいなかった。

(あの時、確かにあのスュンとかいうエルフの少女の視線を感じた……それから、俺が『エルフなんて何とも思っていない』って言った瞬間、彼女から発せられた殺気のような感触……あれは何だ?)

 良くないことをしていると思いつつ、それでも、どうにも我慢できず、エルフたちの会話に意識を集中してしまった。

 アラツグの並外れた聴覚が、エルフの男女二人組の声を拾い出し、その声を意味のある「言葉」としてとらえ始めた。

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