二話 闘技場の吸血鬼 その二 首府インテグロン

 インテグロンはリィンの故郷、王都エタイトに比肩する立派な町だ。


 人口十万人規模。下水道が、完全ではないものの、ある程度は整備されている。街は大通りは馬車通りと歩道で分けられ、貴族と平民の居住区域が分かれている。と、インテグロンとエタイトには共通点がある。一流大都市と名乗るに必要不可欠な要素が共通している。


 もちろん、二つは別の町なのだから、相違点もある。


 エタイトは一部城塞都市だがインテグロンに城塞はない。エタイトは南北で貴族街と平民街を分けていたが、インテグロンは町の内郭を貴族街、外郭を平民街というふうに分けている。貴族街と平民街の間にはゲートが配されているが、そのゲートが閉じられることはほとんどない。ゲートには兵士が配されているものの、門番というよりは警備員で、見るからに怪しい人物でもない限りは見咎められない。平民は自由に貴族街へと行くことができるし、逆もまた然りだ。


 インテグロンは、エタイトとは違って身分による隔たりが薄い。エタイトでは貴族が平民と馴れ合うことは、下僕を除いてありえないことだが、インテグロンでは身分の違いがあっても、幼児ならば貴賤を問わず同じ公園で遊び、学徒ならば同じ学び舎で学び、大人になれば、同じ酒場で酒盛りする。


 これは他の町では見られない一種異様な光景だが、それはインテグロンという町の成り立ち、その歴史からこのような特殊な文化が生まれた。


 それをここで綴るには長くなるし、物語にも何の影響も与えないので割愛する。

 このような特殊な文化が醸造され、また今日までもそれが続いているのには、現領主の寛大な心と理解のおかげでもある。


 フレ・トゥーグラス=ディ・クレスラン。ディ・クレスランとはクレスラン国領主という意味だ。トゥーグラスはゲイン・ローアン・ブランツ大帝国女帝クラーカの臣下であり、クラーカ女帝からクレスラン国一国を賜り、インテグロンに居を構えている。インテグロンはクレスラン国の首府だ。この点も、王都エタイトとは違う。エタイトには王がいるが、インテグロンには領主がいるのみだ。


 トゥーグラスの邸宅は、インテグロンの中心にある。一国の領主でありながら城ではなく、限りなくそれと近い働きをする大邸宅に起居している。これには政治的な意味合いがあるが、それもまたこの物語には不必要な情報だ。


 領主の邸宅から二つの通りを挟んで円形闘技場があった。闘技場にはこの町の古の勇者の名前が付けられ、ケサン・ワントと呼称されている。ここでは二年に一度闘技祭バトロンと呼ばれる大会が開かれる。栄えある優勝者には素晴らしい特典が与えられる。これもエタイトにはないこの町の特徴の一つだ。


 さて、前置きが長くなった。長い前置きと、固有名詞の羅列は嫌われるし、必要な情報はある程度出揃ったので、そろそろ物語を進めようかと思う。


 とかく、エタイトとは似て非なるこの町に、この物語の最重要人物の二人の男女が到着したのはつい先日のことだった。


 エタイトの反乱事件から一か月が経っていた。


 かの国の支配圏から逃れた二人だったが、安堵ばかりもしていられない。富めない人間には目先の問題が付いて回る。


 衣食住、それらを潤す金、金、金。とにかく懐が寂しい。


 二人の男女のうち、一方はそれほど金に困っていなかった。彼はもう長く旅をしていたし、旅の中で自らのことを理解していたし、どのようにすれば金を稼げるかも熟知していた。それだけの腕と才覚があった。


 二人の男女のうち、一方の彼女は、あの事件から一か月経ってなお、まだ一銭も稼ぐことができなかった。この事実は彼女の胸中に重くのしかかった。


 彼女が彼に同行する理由はただ一つ、反乱事件の際の借りを返すためだ。借りの返し方は多種多様だが、まず一番は金だろう。彼女は彼に仕事を手伝ってもらいながら、まだその報酬を一部しか支払っていなかった。金の借りは金で返さなければいけないというわけでもないが、金の借りは金で返すのが一番わかりやすいともいえる。


 しかし、一か月経っても彼女は金を稼ぐどころか、自らの衣食住を、借りのある彼に捻出してもらっている状況だった。


 プライドの高い彼女に、この状況は歯がゆかった。借りを返すという名目で同行しておきながら、その実借りを増やしている。


 彼の方は、別段思うところもなかった。旅は気楽に見えて過酷だと彼は知っている彼は、旅初心者の箱入り貴族娘が一か月そこらで報酬を支払ってもらえるなどとは到底思っていなかった。一か月目など、旅に慣れるので一苦労だろう。まして金を稼ぐなど簡単にできることじゃない。彼は彼女が同行を申し出たその瞬間から、この二人旅が長期的なものになるだろうと予想を付けていた。状況はほぼ、彼の予想通りに推移している。


 インテグロンという、エタイトにも勝るとも劣らない町に辿り着いた時、彼女は燃えた。ここなら何らかの仕事もあるだろう。今日こそ金を稼いで、多少なりとも彼に返そう、彼女は固く決意した。そして、わざわざ彼の前でそれを宣言した。


「そう固くならないほうがいいと思う。焼きが入るのはいいけど、入れ過ぎると折れる」


 彼は、熱く燃える彼女に言った。それは彼なりの気遣いだったが、逆効果だった。彼女はさらに燃えた。


 決意満面に彼女は、彼の宿の部屋から出て行った。早速仕事を探しに行ったに違いない。


 彼はちょっと心配そうな顔で、彼女の出て行ったドアの方を見て、後頭部を掻いた。彼は立ち上がり、彼もまた部屋を出て行った。彼には彼で、やるべきことがある。旅の目的、己の神剣のルーツを探すために、彼はインテグロンの町へ繰り出した。

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