第5話 記憶の最果て

 メーゲローは悪だった。それも死刑囚候補の弩級の悪だ。あんな悪いやつはいない。とんでもない悪だ。殺人? 盗難? とんでもない。やつはそれ以上の大悪人さ。

 やつが何をやらかしたって。ああ、聞いてくれ。やつは伝染病にかかっても治そうとしないんだ。こんな悪はいないだろう。聞いたことはないのか。世の中でいちばん悪いやつは伝染病を治さないやつだって。それがメーゲロー、この世でいちばんの札付きの悪さ。

「げへへへへへ、病院? 行ってやるもんか。保健所もくそくらえだ。げへへへへへっ、おれは薬なんて絶対飲まないんだぜえ」

 被害は相当なものだ。

 メーゲローがもとで感染したってやつは何千人もいる。その何千人がもとで感染したやつがまた何千人もいて、きっと全体ではものすごい数なんだ。

 メーゲローの病気は、記憶喪失になる伝染病だ。メーゲローのせいで何千人、何万人が記憶喪失になっているんだ。

「この街を隔離しろ。みんな、記憶喪失になってしまうぞ」

 ああ、だが、うまく隔離できなかった。それで、しばらくしたら、人類全体が記憶喪失になってしまったんだ。

 宇宙飛行士だけが記憶が残っていた。

「なんと愚かなことだ。人類は何をまちがえたというのだ」

 宇宙飛行士は嘆いた。

 だが、原因は単純だ。

 メーゲローが病院に行かないだけだ。

 最悪だ。ともかく、最悪なやつだ。まさに、いちばんの悪だったといえた。

 伝染病に死にもの狂いの抵抗をした医者がメーゲローに会うことに成功した。

 自分の体を密封し、友を見捨て、看護婦を利用し、密封された服の中で三年間すごすことに成功した男だ。

「貴様の病気を治さなければ、死んでも死にきれん。覚悟しろ」

 襲いかかる医者、ぼけえとしたままのメーゲロー。

「ああ、やめろ、やめろ。むごごごご」

 その医者はメーゲローの病気を治してしまった。

「ああ、そんなことでは人類は思い出してしまうよ。第三次世界大戦が起きて、悪人しか生き残らなかったことを」

 悪人が勝ちました。そんな歴史を覚えておけというのか。いやだ。そんな歴史を覚えておくのは。

 いちばんの悪とはメーゲローさ。人類すべてをだますつもりだったんだ。

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