第7話
8.ありえない偶然
『歴史は、階層化された社会構造の最も表層のタイムラインが構成するものであり、
表層以外はどんなにユニークな出来事であっても、刻まれることはない』 ハリ・セルタン
その公演は、週末のみの短期なものだった。とんでもないことに、某女優とマドンナとの殆ど二人だけの芝居と言っても過言ではない板だ。馬鹿な管理人は二日間の全公演チケットを買って、全舞台を見たー ほんとうに馬鹿だ。ロビーで「あたしが二人のサイトの管理人でござい!」と叫びたいのはやまやまだったが、ここが裏稼業のせんないところ。興業側のスタッフでさえ、そんな奇跡が起こっていることを全く知らない始末だった。悔しいよね、ほんと。
舞台は見事と言うかなんというか、若干世代差のある女性同士の恋愛葛藤みたいなもので、ベテランの某女優にマドンナが食われるかとおもいきや、マドンナは見事に張り合って、決して負けるとも劣らなかった。ここに管理人稼業の頂点と言うか、見事なサイト管理のご褒美を頂戴したような冥利だった。残念だったのは、例の騒ぎのほとぼりがまだ完全に冷め切っておらず、メディアを警戒してか、楽屋訪問はなしとのこと。ただ、最終公演のラストに楽屋通路で関係者のみ役者整列にて握手御礼をするそうだ。無論こちらはマドンナに頼んで、その列に加わらせて頂くことに。感激のグランドフィナーレとともに楽屋にむかう。
限られた関係者列だけあって、渋滞列となってしまったのは致し方なかろう。二十分ほど経過して、やっと二人が堂々と並んで皆に握手とプレゼントまみれとなっている姿を目にすることができた。おべっかでない笑顔にあふれて、先ずはマドンナにプレゼントとご挨拶。ここはあうんの呼吸でマドンナが某女優に礼し、管理人を紹介してくれた。応援始めてもう十年、とうとう某女優にこのツラさらす時が来たか。
にこやかな握手としばし三人での談笑。あまりの偶然の驚きと喜び、そして最後にサイトを維持できなかったふつつかなお侘びとそれに対する哀れみと感謝の念。本当に素晴らしい感性が交差し、そこには管理人稼業でなければ味わえないセンス・オブ・ワンダーがあった。
「そうだ、記念に三人で写真を撮りましょうよ」 なんと、某女優から
狙って持参したデジカメを、マネージャーとおぼしき美麗のご婦人にお渡し願うー それは正に、光のひとつひとつが収めれた奇跡と呼ぶにふさわしいデジタルファイルとなった。
それから数週間の後、公演の素晴らしい報告のそののち、
おしまれながらも某女優のサイトを閉じた。
残念半分、ほっとした気持ち半分。
しかし手元の勲章だけで、それでもう十分だった。
なんと、才女に会う機会があった。イベントで。
残念ながらデビューのあと、才女は警戒を強め、当方も執筆を諦めたので、キャンパスではちらりと拝見する程度しかチャンスがなかった。もっとも「声かけ禁止」はデビューしない約束のそれで、した限りはもうホゴのつもりだったが。ほどなくあちらは大学を卒業し、晴れて経済キャスターとして、ひとコーナー持つことになり、その記念イベントでの機会だった。
チラシのプロフィールを見て、爆笑した。ここにたらたらと書いても仕方がないが、その卒業専攻内容は、あの時の当方執筆内容と相当かぶる部分があった。きっと、才女の指導教官よりこっちの方が詳しかったろうに。おもしれぇー そっとせずに教えてあげればよかった!
なんつったらいいのか・・・・迷った。そんなこんなでイヤミのひとつでも言ってやろうか? いやいや、単に祝意にしておくか。しかし、なんだかんだ言いながら、のこのこ出てゆく管理人も管理人だ。並んでいるのはおよそ二百人くらいか。あえて顔を花束で隠し、順番を待つ。
そして、ぱっと花束から顔を出した
「おひさしぶりでーす!」 ありゃりゃ、あっちからご丁寧にキャンパスでは絶対に見せたことない笑顔で。
「おひさしぶりでした」 ニヤニヤ 「お元気そうでなにより」
言いたいことは腐るほどあったが、まぁ、ええか 「ご卒業おめでとうございましたー ところで私の専攻、なんだか知ってました?」 そんなんだったら、おしえたんに・・・・などとはさすがに公の席では、いえねぇわな!
才女はご愛嬌でいいかもしれないし、ハエラルキー的にはもう、こちらがなに言おうと影響を受けない階層に達したので構わない。ただ、マドンナだけはそうはまいらぬ。例のプライベートがトラブり、次の公演のこともあって相当よろしくない状況らしい。相談メールも結構なレベルに至り、実にありがたいことだが、プライベートな関係に至る「管理人の掟」に抵触するところまで達して来たことを感じていた。うーん、迷う。この一線からもし踏み込めば、それはやはり管理人の「外道」になる可能性がある。そうはしないからこそ、「だーくさいど」とも胸を張って戦えた訳だし、そこは筋は通したい。
一方でそんな虚勢がゆえに、いままで何度かプライベートなチャンスをなくしたことも確かだ。女性と言う生命体は「優しい人が好き」と言ってオオカミを選ぶ非論理的生命体なので、コリナールがモットーの管理人としては、縁も由香里もクソもない。さてぇ~どーしたものか。
忌憚なく言えば、例えば管理人が女性であったなら、マドンナが男性だとして、異性として見れるかは難しいところだろう(ほれ、こーゆーことを予想して、最初に"美人ながら好みではないタイプ"を選んだわけじゃ)。ただ、おとこっちゅーものは極めて許容範囲がある。ここが、難しいんだよね、うんうん。相手が悩み中なのになんて不謹慎と思うだろうが、男は男でたかがこの程度の生命体なのである。しかし、ここは筆達管理人ー あのヒーローの名にかけて、それは絶対許せない。よし、決めた! 徹頭徹尾マネージャー目線でことに臨もう!
才女が番組生中継で紀州を訪ねるという。紀州と言えば、「だーくさいど」事件でお世話になった常連さんの地元である。これは借りを返すためにも、何としてでも二人に会ってもらいたかった。接触の寡占も管理人稼業としては無論、本意ではなく、それでこちらもいささか一息の感があったからだ。
だが、問題は場所だ。単に紀州と言えどもいろいろ。生中継が始まって番組終了までに辿り着くのは難しいだろう。ここは裏稼業のメンツにかけても何らかの手で一週間以内に、ふたりをひきあわせねばならないー 再び知恵の出しどころ。運のいいことに(ここで注:自らの役得でなく、人を想えば必ず運は来るー プレゼントの時や、奇跡の共演の時もそれに同じく)、才女が街頭募金のキャンペーンに出ると言うー しめた! チャンス到来! 当方、当日までにロケ場所の情報を得る幾つかの方策と嘆願をメモり、早朝の街頭募金に備えるべく、その日は早く床についた。
それから一時間ほどしたろうか・・・・電話が鳴った。一体、今頃誰だ?
「もしもし」 かすれたその声は、間違いなくマドンナだった
「え? 何かありました?」
「今夜、泊まるところないでしょうか・・・・」
いや、健全なる読者諸兄に申し開きしたい。実はマドンナは地方の実家から時折東京にかよう生活をしていた。けだし、時折こちらがマネージャーよろしく宿を世話することがままあったのだ(拙宅なぞ、誓ってないぞよ ! )。だが、当日突然と言うのは初めてである。話を聞くと、結局例のプレイボーイとの別れ話がぐだぐたで、加えて次の芝居の稽古で演出家にけたくそにされ、途方に暮れるうちに最終に間に合わなかったのだそうだ。
いやはや困った! こんなことあるんかいな? 明日早朝の街頭募金に間に合わねば、例の借りは返せなくなるかもしれないー かく言う、マドンナをほっておくわけにもまいらぬ!
なんなのこれ、こんなぐーぜんって、ほんとにあるの? この日本一モテない男が!
さて、ここで問題ー あなたなら、どちらを選びます?
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