第5話
6.解決策のないテスト
「それは最良の時であり、最悪の時でもあった」 二都物語より
さて、その才女が番組の規定の二十週勝ち抜きをして、卒業間近となったのは、次の年の早々であった。彼女のサイトでは"常連さん"の間で、勝ち抜いた場合には、花束と才女が欲しいと書き込みをしたことのあるホラダのガラスの器をプレゼントしようと言う話になった。そこでサイトで集金することにまでなったのだか、いささか管理人(才女のサイトでは一常連)としては、倫理的・法的に問題あるのでは、と考えた。しかし殆どのメンバーは何かここに賭けている様な想いをつのらせており、とてもここに来て冷水な状況にはなかった。実はこの番組が収録されているのはその近所の多摩のスタジオで(才女がこの番組に出ようと思った要因のひとつは学校が近かったことと漏れ聞く)、そのキャンパスと同じく地元エリアであった当方としては、直接接触の負い目もあって、ここは欲得抜きでみんなの為に尽力し、裏稼業の本領を目一杯発揮せんと意気込んだ。とーぜん、当初はプレゼント買ってスタジオに届ければそれで済む、と思っていた。現にその十年程前、そのスタジオの製作関係者に会うため、受付で記帳してすんなり入れた記憶があったからだ。
ところが、これが裏稼業の人間にあるまじきミスだった。
テレバイザーメディアの権威はその頃とは様変わりしており、受付で「じゃ、よろしく」で済む話ではなくなっていたのだ。なんでも、中に渡す相手がいるか、ないしは宅配業者でなくては無理なのだそうな。その「中に居る』人物もいわゆる彼らが言うところの『素人』(これも酷い差別用語!)では受付られる身分ではない。なーんじゃそりゃ? ナニサマのつもり? 前にも述べたが客より手前のセキュリティ先に考えるんだったら、そんな仕事やめちまえ!
ついぞそんな不遜で愚弄な状況とは考えなかった管理人は(これじゃ、潜入して仕事を遂げるなんて、無理じゃん!)、ネットバンクを提供してくれたほんとーに親切な常連さん達の願いの結晶である頼み料をしっかと握り、先ずは良識の範囲内で買えるその器を探しあて(まだネットショップが充実していなかった頃の話・・・・結構苦労した)、彼女が勝ち抜きを決め(この情報はなーんとか入手できた)、その次の卒業の収録となるであろう日、スタジオの近くで花束買って、およそ収録日と目される日にのノコノコ届けにいってしまったのだ。宅配も考えないではなかったが、いかんせん依頼して万が一ガラスが割れたら元もこもなく、加えて配達料は頼み料に入っておらず、けちりたいがゆえだった。
だが結果はそれだ・・・・門前払い。おまけにその日は噂となっていた収録日ではなかったのである。
これはピンチ! 聞いたところによると、例え宅配だったとしても生花は一旦都内本局の集配点検専門センターに送られるため、腐り果てるゆえ先ず届けるのは無理、とのことだった。
しまった! ろくに調べずほいほい預かっちまったのが運の尽き・・・・これじゃ、尽力どころか詐欺になっちまう。頼み料の踏み倒しなんぞ、外道も外道、始末されても文句は言えぬ。
さてどうしたものか・・・・キャンパスは後期試験中で、いつもの時間と場所に才女は現れず、接触はまず難しい。それに才女を探すためにキャンパスをほっつくのはどーも倫理的に頂けなかった。ああ、おまけに花束一式自腹でオジャン!
まいった・・・・本当に参った・・・・
そこで思い出したのが、十年前、映画プロデュースの際、世話になったその関係者だった。慌てて名刺をさぐりあて、駄目もとで連絡をとる。彼は親切に段取りを教えてくれた。彼が先ず「勝ち抜きー」のプロデューサーに話をつけてくれるよう手配、およそ収録は失敗した日の一週間後であろうことが判明、その二日ほど前に十分日持ちのする形で花をスタジオの目の前の花屋に依頼し、器のケースもそこに委託。その店ならば宅配業者に依頼し器もこわれることもなく、スタジオの馴染みの花屋なので支障ないと言う。プロデューサーが事前に知っていれば、本社の点検も必要ないだろう、とのことだった。
ありがたい! 先方に謝意し、管理人は指定どおりの作業を無事こなし、近所の花屋の元に全てをゆだねた。あとは無事、ひととおり才女の手元に届くことを祈るしかない。(管理人注:この経緯をほんとーは臨場感あふれる描写で書きたかったのだか、いかんせん時間がないー ご容赦あれ!) こうして筆達管理人は、通常では絶対に届けることが不可能な花とガラスの器をスタジオに一度に届けることに成功、面目躍如とあいまった。才女も予想通り無事二十週勝ち抜き、届いたプレゼントへの御礼を書き込むオールハッピーエンドとなったのだ。
「管理人、質問があります」 若い管理人候補生は尋ねる 「どうやってプレゼントを一気に届けられたのですか? 時間的に見て内容からして、不可能と思われます」
管理人は得手に片手にリンゴを持ちながら 「プレゼントが渡せるように、規則を変えたんだ」
管理人候補生は絶句する 「はぁ?」
管理人は得意気に告げる 「規則にのっとって物事がかなえられないのなら、先ず規則をうたがって、規則をかえればいい。」
管理人候補生は怪訝に 「それは逃げですー ズルだと思います!」
管理人は満面の笑みで、手にしたリンゴをかじった 「要は、負けるのがキライなんだ!」
ところがこのあとがいけないー
タンツボサイトの才女スレに、この結果を誹謗中傷やっかみ罵詈雑言する書き込みが、怒涛のごとく書き込まれ始めた。事の発端は「これだけのプレゼントをスタジオに限られた時間で届けるのは無理」とのそれなりに事情を知っている人間の揶揄だ。タンツボサイトなど見るのも書くのもイヤなのだが(前述のとおり、こちらがサーバーを借りる金がなかっただけの話)、事情通の良識ある常連スタッフが情報を伝えてくれたのだ。
実は一連の出来事は、数人の常連スタッフには相談済みだったー 当たり前だ・・・・アンフェアが一番キライなこの管理人、スタンドプレーなぞ、そのコケンにかかわる。しかし、このタンツボ書き込み、いやに事情がよく解っている。もしかして、仲間内に裏切者がいるのだろうか? 余り考えたくはないが、この稼業の脚本には、極めてよくある話だ。
一方、社会科学者として視点からは前にも簡単に記したが、別のふたつのサイトとの比較がどうしても釈然としない。才女の応援を決めたのも、一義には地勢学的要因もあるものの(要はご近所様)、立派な人材であることがその理由だった。但し現状のポテンシャルから言えば、某女優やマドンナの方が当然のことながら実あり敬される存在である筈だ。所が、そちらの管理人は接触しようが、リークでポカやろうが、全く以って批判されることはない。
まぁ常連さん達はいずれのサイトでも自らの意思で参画しており、それなりの人々であるが、時折時節気分で参加し、タンツボサイトに書き込むダークな民衆にこれほどおひれがつくということこそ、けだし、テレバイザーの影響そのものなのである。不特定の民衆にしらしめることこそ、その価値ポテンシャルの空間的創作につながってしまっている現状を、この事件を通じてまざまざと知った次第。ただかく言う「民衆」と一般化客観化した視点で自己を例外化する記述そのものも不遜の極みであって、いやはやなんともトートロジーな問題だ。
とにかく管理人がそれなりのサイトの元締であり、古参のブローガーであり、(誰なんだ、ブローガーなどと言う造語を一般化させたのは?)それなりの社会科学者であるとの事実を知りもせずに批判する輩には、しょーじき、ムカついた(予言の数々を的中させたにもかかわらず社会的発言権を封殺され、ただでさえ恵まれぬ立場にあって、余計に)。こーゆーところから、テロや戦争が派生するのよ、ほんと。
一方、これだけは言っておきたいー 残念ながらわずかな人数ではあるが、ハートを以ってことにあたる人々も必ず存在している。それはどのサイトでも同じ話。誓って奇麗事ではなく、外道にならぬためにも、彼らへの感謝を決して忘れてはならない。
そして、ある日、その懸念が決定的となった
いくつものサイト管理や書き込みに悲鳴するメーラーに、ふと見慣れぬメールが届いていた。
差出人の名は「だーくさいど」・・・・その内容は・・・・
『あれだけのプレゼントを局を通じて渡せるはずがない。お前は才女のストーカーだろうー
当局に訴えてやる!」
来た! 遂に超ド級のイオン 荒らし が!
とにかく、常連スタッフを緊急招集、メールを見せて一体なぜこちらが間接的ながら接触したのかを知っているのか、知恵を借りる。ここで才女サイトの管理人が、普段はぼんやりとしていたかに見えていたが、危機にあって颯爽と、その「だーくさいど」が番組付きの「異常者」であるとの情報を教えてくれた。「だーくさいど」は以前別の出演者に自らのサイトで同様のプレゼント企画を営み、こちら同様の理由でうまくできずに遅延が生じたのだと言う。そ れ で成功した私を妬んでの攻撃ではないか、との意見だった。
そこで「だーくさいど」に対し、こちらから当方地元で才女と接触したとしてもなんら(まー『なんら』は都合よすぎかもしれないが、)問題なく、またこちらがベテラン管理人である事実等も伝えた。しかしそれでも「だーくさいど」の執拗なメール攻撃は収まる気配がなかった。ただ、面白いと言ってはなんだが、「だーくさいど」はその常連スタッフのひとりに、当方筆達管理人がストーカーであると、告げて来たのだ。無論、「だーくさいど」はその常連さんと合意でこちらが全ての計画を遂行したのなど、ついぞしらない様子だ(この手のアラシはとかく自分のダークさゆえに、世の中に善があることが信じられないのである)。
一体、どーなってんだ?
こりゃ、どー考えてもなんらかの関係者としか、思えないのだが・・・・
一考した我々スタッフサイドは、先方の度肝を抜く作戦に出た。ひとつはタンツボサイトに、奴の犯歴を並べてしまうこと(これは、他の番組応援サイトの組合から情報協力が得られた)。そして、スタッフ全員の連名でこのプレゼント企画が事前に皆の協力のもとになされていた事実を伝えるメールを打った。「だーくさいど」は追い詰められ、とうとう最後に当該筆達管理人にたっぷりの恨み節を残し、攻撃を収めネットからも姿を消した。
やはりネットにおける匿名性の文字通りの「だーくさいど」を、まざまざと見せ付けられる事件だった。まこと救われたのは、その僅かではあるが存在する、善良な人々である。改めて感謝の言葉とともに何より、才女に迷惑がかからなかったことを喜ぶ。
それにしても、あの「だーくさいど」、第三者にしては余りにも情報に通じており、また言葉のはしはしから、業界関係者のかおりもした。一体誰だったのであろうか・・・・・
「だーくさいど」事件もひとまず解決。まぁね、若干『いい気』になっていた戒めと思えば、腹もたつまい。そして才女が勝ち抜いて番組に出なくなったことを見計らい、こちらも図書館がよいを再開した。いかんせん、次の表の稼業(バイトとも呼ぶ)を探すまで非資本主義経済本執筆の時間が余りないからだ。
そんなある日、いつものスミの席でケインズの原本翻訳を読んでいると、徐に肩を叩かれた。
ふりかえって驚くー 才女本人だった! 彼女はヒトケのないボックスコーナーを指差し、こちらも頷いてそちらに赴く。ははぁ、正にヒーローが"つなぎ"をつける時のアレ、だ。
彼女は一礼し「なにかいろいろとご面倒をおかけしたみたいで、申し訳なかったです」
こちらも別に目くじらな訳でなし「いやいや、こちらも立ち入った様で申し訳なかったです。」
「実は・・・・」 才女はなんとなくものが挟まったように 「デマチやストーカーがひどくて、こちらも警戒していたんです。ですからあなたもその中のひとりなんじゃないかと、疑ってました。}
そうか、そんなに居たんだ。正直、『その中のひとり』とはこたえたがー だったらこっちももーちーと考えるべきだった。しかしなぁ、だったとしたらマドンナにこそ、こちとら訴えられたって仕方ないとこだ! 全くテレバイザーの影響って奴は・・・・なんなんだ、この差は!
とは思ったが、ここは謙虚に 「そうでしたか、こちらもそんなに酷い状況と知っていたのなら、控えたところでした。思慮が足りず、改めてお侘びを」
「あのー」 才女がおごそかに切り出す 「お願いがあるんですが、わたしもうテレバイザーには出ないつもりですし、かと言って支えて頂いた方皆さんにお会いした際、邪険にすることもしたくないんです・・・・ですから、ここで会ってもそっとしておいていただけますか?」
そうだな・・・・それが一番かも知れない・・・・事件が終われば、松坂慶子がすっと我等がヒーローのわきを過ぎていったラストのあれに似たりか(何だかんだ言って、かぶれ過ぎ)。
「解りました。デビューなさらないおつもりなら、裏稼業の掟にかけて、その約束は守りましょう。」
「わかってもらえてありがとうございます」 その言葉には、まだ解けていない警戒感がかもしだされていた。でもまぁ、こうして改めて挨拶してもらえたんだからありがたいじゃないか。ゆえにさっと簡単な返礼を、礼を失せずしつこくならずに。
「こちらこそ。それじゃ、お元気で」 さもあっさりとこちらから、ブースをあとにする
才女は見送るようにもう一度深々とお辞儀をしていた。本当にできた女性だと感心し、無論惜しい気も後ろ髪もあった。だが裏稼業の人間としては、とにかくサイトの人々が喜んでくれてそれでいい訳だし、これほど有意義で充実した経験に、感謝の念で一杯だったのである。
さて話は変わり、それから一週間ほどのこと。世間はとある女優の結婚話でもちきりだった。丁度サイト管理している某女優とその女優が共演していたところだったので、某女優サイトではその話題を毎日楽しんでいた次第。
その朝も管理の為に掲示板を開くと、結婚の是非なんぞの話題の書き込みがつらなり、そのうち「これは酷すぎ」「幻滅」「なに考えてるんだ」などと言う書き込みがなーんか一日数件の書き込みが常道なのに、やたら書き込まれてた。もー、他人様の話にこんなに書き込みとは迷惑。整理しようと臨んだところ、常連さんから即刻メールが・・・・
「テレバイザーつけるべし!」
んが? 朝の番組なぞついぞみないのだが・・・・パソ付きチューナーを開けると・・・・ありゃりゃ!
画面には、詐欺まがいで訴えられている某IT会社社長と某女優との結婚記者会見の模様が映し出されていた!
その直後から、某女優サイト掲示板はパンク寸前! ひぇぇっ!
一難去ってまた一難ー なんなんじゃ、こりゃあ!
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