第3話

4.出会い:その2

 

 「かく言うメディアは権力となり、世論と言う創作場によって

    たった千人の調査をして歴史さえも画策されることとなった」  ジョン・キル


 

 その娘は、目立たぬよう、わざとヤボな姿に身を宿していたのだ!

 そうそう、昔見たスーパーガールのヘレン・スレイターそのものだ!


 彼女は間違いなくその頃、テレバイザーの「物知り女子大生勝ち抜き合戦」で十週勝ち抜いてレギュラーになっていた正にスーパーガールだった。美貌も噂となっていて、管理人も先ごろその番組自体の「応援ページ」を後学のために見聞したことがある。ややちゃらい美辞麗句もあったが、彼女のいまどき珍しいお嬢様キャラに、皆比較的行儀のよい賛美の書き込みが並んでいた。 

 これは困った・・・・今までの時とは訳が違うー 無論、一定度の知名度がありかつどー考えても表向きは事務所の息がかかっていないことは確かだ。もし彼女をプロデュースできたなら、これは石油を掘り当てたに等しいかもしれん(と若干、資本主義がささやいている)。

 しかしだ、迂闊には動けない。無論、勇気も準備もが必要だ。ここは一端熟考して、あとのことを考えるとしよう。

 まだ管理人稼業を始めた頃、コンビニに勤めていた娘をかなりストーカーぎりぎりのパターンでスカウトしようとしたことがある。素性を明かしねばって運良く話し合いに応じてもらえ、先方が既に事務所所属で立ち入る余地がないことがわかり、そのまま成功を祈って終わったこともあった。今考えるとヒヤヒヤものだが、相手が善良であったからこそ済んだ話。この才女の場合、警戒心は比ではなく、そうは簡単にまいるまい。

 

 考えたー いや、かなり考えた。

 先ず番組のそれでなく、彼女独自の応援ページだが、仮に運営するにしても、ただでさえふたつのサイトの管理人(あくまでも裏稼業のそれー 表の稼業まで含めたら片手では収まらぬ)なのに、彼女のそれを加えたら収集がつかなくなりそうだ。管理人稼業は毎日の掲示板の管理、情報の掲載、前述のファン提供コンテンツの作業など、軽くひとサイト一日二時間は費やす。二サイトでその状況なのに、三サイトは幾ら世を恨む仮のフリーターでもしんどい。

 次に、今の2人はどちらも基本舞台人で、テレバイザー人ではない。無論、その才女とて、完全なテレバイザー人ではないものの、こーゆー番組に出られる御仁は、それなりの息がかかっているとも伝え聞く。いや、難しい。

 そんなこんなであれこれ考え数週間、とうとう、別の管理人が才女の自主応援ホームページを作った。あー、やられたか! でも、それはそれ、やはり管理人は2人まで、との天の声と想い、あきらめることにした。図書館や食堂でひとり楚々と過ごす才女の姿をままみかけたが、ひとまずは様子見。ひとつだけ、信用を得るため、その自主応援ページにメッセージを書き込みしておく。警戒を解かせる為ご近所さんだと、意図的に特に。思ったとおり才女は、そのページにときおり現れ、書き込みをするようになった。

 そのサイトの管理人は管理人は初めての様で、やがてなんとなく"常連さん"数人で掲示板等運営管理する体制が自然と整った。イオン荒らしが来た 時 は、"常連さん"で書き込みを重ね、スレッドを一番終わりまで持ってゆき、あとは管理人に通報するシステムも固まった。才女がきちんと書き込みに応答するがゆえ、サイトも活況に至るー このインタラクティブ性がサイト人気秘訣の一義である。しかしまぁ、普段目にする才女、テレバイザーの才女、そしてネットでの才女はどうも同一人物とは思えない。やはり影のプロデューサーがいるのだろうか?


 一方、マドンナ・サイトの方だが、二人三脚のサイト運営は活況を呈していた。公演がある度にマドンナからの告知メール、こちらでサイトに掲載、書き込みも芝居の感想もなかなか盛況で、その内こちらでも"常連さん"が集うこととなった。但しこちらの場合はより近しい関係にあり、公演等で顔を合わせる事もあって、半ば「off会」に似た形になったのは、想像に易い所だ。ただ管理人としては自分からおおっぴらに身分を明かすことはなく、あくまでも裏稼業としてのスタンスを守った。

 外野の興味のある向きは、管理人とマドンナの関係を揶揄するだろうが、本当にものの見事にビジネスライクであった。勿論、管理人がハナもひっかけられないと言う現実もあったが、それだけではなく、管理人自身がなんとしてもこの稼業の掟を守り、やれイタイだのストーカーだのと、この手の自主応援を誹謗する向きをけん制してみせたかったからだ。

 但し、最初は必要とあらばサイトデザイン等で打ち合わせをなんの臆することなく快諾していたマドンナが(喫茶店で共演した有名俳優達の話を余りの声でまくし立てたゆえ、隣の客たちが耳をひそめ始めたので、こちらが注意したことがあったほど)、なぜか電話のみの会談に応じるだけになったのが、この頃の変化だった。

 管理人、ピン、とくるー ははぁ、男だな。

 しかしこの稼業、決して相手のプライバシーに関与してはならないー これは掟と言うよりは、管理人は食わねどウエッジウッド、みたいな意地である。

 そして、これほど律儀な自分の姿を、なんとか営業を模索している才女の方にも伝えたかったのだが・・・・

 

 躊躇して二ヶ月ほど、クイズに勝ち抜く才女に対し、問題の傾向と対策をみんなで熟考する掲示板を図解を掲載させるため別途設置する話となり(番組的には難しい所だが、勝ち残ってもらいたいファンたちの要望もあり)、その板を当該筆達管理人が技術提供することになった。まぁ、この手の作業はお手の物。サラっと作って才女の御礼書き込みも頂戴する。

 実は才女サイトの書き込みは、某女優サイトに負けずとも劣らないアクセス数と書き込みがあった。全く信じられない話である。こちらとしてはヤラセを疑ったほどだ。それゆえ、この問題考察専用板は、設置直後眉唾な数の御礼書き込みで埋まり、それが例え単なる「お世辞」であったとしても、人に渇望の身ゆえ、悔しいが、報われる様で嬉しくも感謝の至り。

 しかしながら、お陰で某女優サイトの出演情報調査が遅れ、謝罪書き込みばかりとなったのは、いやはやなんとも申し訳ない限り。


 そんな折、その某女優さんが生の公開番組に出演することになり、勿論サイトでの告知、自分自身の参加と、久々の生の彼女の美しい姿を堪能すべくスタジオへとうかがった。

 「でも、某さんの魅力は、やはりファンの方への積極的な接触の姿勢だと思うんですよね」 司会の女性アナが語る「そのファンの皆さんに接する場合、こころがけていらっしゃること、ありますか?」

 極めつけ品のある調子で某女優はつづった「日本ではとかくファンの方と俳優との間に一種線を設けますが、例えばあれだけ契約に則ったハリウッドでさえ、ファンサービスはそのビジネスの一部としてきちんと位置付けられています。私は特に舞台出身ですから、ファンの皆さんに尽くすとの教育はきちんと受けているつもりです」

 はぁ、さすが、管理人の見込んだ姉御、粋だねぇ!

 言葉ひとつひとつ、しぐさひとつひとつに惚れ直し、公開スタジオをあとにする。

 実は某女優のファン暦拾年余りの当該管理人、会ってはいたのだが、自分が管理人であることを吐露してはいなかった。今後もなにかことがあるまでは「三人目の管理人」として、決してこのツラ表にさらすことは、事某女優に限ってはあるまい、と誓っていたのだ。それゆえ、某女優がスタジオやその他の場所で、管理人に特別に接することは勿論ない。ただそれで、それだけで十分だった。うーん、こちらも知らぬ内に、ハエラルキーを鑑みているのだろうか。いやいや言い訳ながら、この場合は敬服の二文字との、実に勝手な解釈を、させてもらおうではありませんか。


 そして、その収録の帰り、地元の交差点の角で信号を待っていると、青を待つ人垣の中に、はっきりと見覚えのある顔があったー

 なんと、あの才女だ!

 ひっつめの髪に地味なメガネでいつもどおりクローキングしていたが、間違いない。

 ここはキャンパス内ではない。キャンパス外で出くわすことはめったにない。それについ先日、例の問題検討板設置に御礼もらったばかりだ。

 その時ばかりは、聞きたての某女優の言葉と残像が、我が身をと勢い付け、背中を押すー

 ここはいくっきゃないだろう!

 

 意を決し、 

 「あのー」

 その声に、びくっと才女の歩みが止まる

 一息ついて極めつけ丁寧に礼を 「先日は対策板設置のお礼、ありがとうございました」

 次の瞬間、疾風のごとく才女の姿は消えた。

 

 それが忘れもしない、サイアクのファーストコンタクトのはじまりだった・・・・・

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