第2章 甦る、炎の記憶。
目撃者
2日前――。時刻はすでに午後の2時をまわっていた。
「おかしい……」
署内の一室で調書を読み返しながら香緒里は独り言のように呟く。
何故ならば目撃者である男、
それは中川の写真を見せた際のこと、わずかに動揺が見られたからだ。
香緒里はそれを見逃さなかった。それだけではない。
『犯人は20歳くらいの背が高い黒髪の男。容姿端麗――』
そう。あの時刻、遠くからほんの一瞬目撃したにしてはあまりにも詳しすぎる。
(この男は何かを隠している)
事実を確かめるべく、香緒里は六野のもとへ再度話を聞きに行くことにした。
**
数年前からホームレスとなっていた六野は、その日も事件現場からほど近い河川敷の橋げたで煙草をくゆらせ、何やら思い詰めた様子で手の中のメモを見つめていた。
香緒里の存在気づいた六野は、その何かが書かれた2つ折りのメモを慌ててポケットに隠す。
「なんだい、刑事さん?」
「本当のことを話してください。あなたは何を知ってるんです?」
香緒里の問いにしばし押し黙っていたが、やがて口を開く。
「警察は、信用できねぇ……。10年前の件もそうだった」
そう言って六野は苦々しい顔を見せる。
「10年前の……?」
10年前といえば、丁度香緒里の父親が亡くなった年である。
香緒里は、10年前まで自分と同じく刑事であった父親が、当時ある事実を追っていたことを思い出す。
この偶然の一致は、何か関係があるのだろうか。
傾く太陽が香緒里の黒髪を照らし、鮮やかなナチュラルブラウンに染め上げる。
「世の中にはな、知っていい真実と知っちゃならない真実ってのがある」
「悪いことは言わねぇ。この件から手を引きな」そう言って六野は背を向ける。
結局、六野はそれ以上のことを話そうとしなかった。
だが香緒里は、あることを確信する。
やはり自分の推測は正しかったと。
そして、全ては10年前で繋がっている――と。
軽く礼をし、香緒里はその場を後にする。
「【S】……。あの選択は、やはり間違いだったのか……」
自問する六野の声も、香緒里の耳に届くことはなかった。
**
――そして現在。香緒里は現場となった公園で斎藤 瞬矢と対峙していた。
「茜、少しあっちへ行ってろ」
茜は初め不服そうにむぅ……っとむくれていたが、渋々と離れる。
すぐ近くにあったベンチへ腰掛けると、瞬矢はジャケットから煙草を取り出す。
煙草の先端でゆらゆらと燃えるライターの火に目を伏せ、軽く1センチくらいを味わう。
「で、警察がなんの用?」
ゆっくりと煙を吐き出し、瞬矢はライターの火が消えると同時に香緒里を見上げ訊ねる。
「先日ここで起きた事件について少し」
31日の所在について香緒里が訊ねると、煙草から立ち上る煙を眺め思い出すような口調で瞬矢は言う。
「あぁ、新聞に載ってた。アリバイってやつだろ? その日は1歩も外出してねーからなぁ」
「じゃあ、それを証明できる人は……」
「ま、いないだろうね」
さほど取り乱した様子も見せず、あまりにもあっけらかんとした態度に香緒里の表情は自然と険しいものになる。
「言っとくけど、俺はやってない」
静かに、だがはっきりとそう言い切ったのだ。
香緒里には、何故そこまで冷静でいられるのか理解し難く、思わず口調を強める。
「犯行直後、現場近くの防犯カメラであなたの姿が確認されてるんです。あなたは【S】が何か知ってるんじゃ?」
「あなたが【S】なのでは?」喉元まで出かけたその言葉をぐっと堪え、香緒里は詰め寄る。
「さあな」
目の前の瞬矢の
瞬矢は備え付けの灰皿に煙草の灰を落とし、わずかな微笑と共に「でも……」と言葉を続ける。
「きっとまだ続く」
「……そうね。でも、必ず止めてみせる」
応えるように香緒里も口角をつり上げ一言そう返す。
2人の間に、緊張感にも似たえもいわれぬ空気が漂う。
状況証拠は全て彼を示している。
だが明らかに足りないものがあった。
それは中川との接点、そして動機だ。
そのふたつを固める為、香緒里は一旦退くことを決める。
(斎藤 瞬矢、あなたは私が必ず……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます