混沌の帝国

 指揮所襲撃の後、一度ムスペルヘイム軍の領域まで引き上げて補給を受けて再び出撃した。

それを繰り返しているうちにブルーノは義勇軍最強のゲリラ戦士と呼ばれるようになった。

初めての出撃に関しても、指揮所に奇襲を仕掛けて成功させたのはブルーノの部隊だけだ。


 戦局がムスペルヘイム側有利に傾き、ホルス領内に攻め込むようになった頃にムスペルヘイム国内が不安定になって停戦する直前に指導者のベントリーが戦死した。

新しい指導者を選ぶことになり、ムスペルヘイム軍の指名によりブルーノが新リーダーとなった。


 ブルーノは義勇軍、正規軍を問わずその戦果のために名が知れ渡っていた。

ムスペルヘイムからすれば英雄を指導者に据えることで士気高揚に利用しようという考えだ。

しかし選んだ張本人であるムスペルヘイムが戦争から手を引いたため、義勇軍は会議を開いて今後の方針を決めることにした。


******

義勇軍戦艦ゲルズ ブリーフィングルーム



「中央戦線に転進して戦いを継続すべきだと思うが、貴官らはどう考えているのか忌憚なく述べてほしい」

ブルーノの言葉で会議が始まった。


 ムスペルヘイム軍が義勇軍に与えた戦艦ゲルズのブリーフィングルームにブルーノと幹部4人を集めての会議だ。

「ホルス国内に潜入して内部から切り崩すというのはどうでしょう? こちらも連戦で兵力を消耗しています。そんな状態でゲリラ戦を展開しづらい中央戦線に赴くなど無茶です」

幹部の一人が発言した。

「潜入したとしても外部からの支援がなければ国内での活動は無理だろう」

別の幹部のアルバーンが言う。

「彼の言う通りだ」


 2人の幹部が発言に同意する。

「では兵士を勝機なき戦場に送るつもりですか?」

「援護なしで戦う国内ゲリラかイルダーナの支援を受けて戦うことのどちらに勝算があると思う?」


 アルバーンは自信があることを示すように口角を上げる。

「イルダーナは連合軍の大攻勢の直後からルーン人が反乱を起こして南部は彼らの支配下に置かれているそうではないか。それに大攻勢で同盟軍は大打撃を被った。そんな陣営と組んでスヴァローグを取り戻せるとは思えない」

「先の大攻勢では確かに同盟軍は甚大な被害を受けて戦線も後退したが、連合軍の損害も大きい。状況は何も変わっていない」

「しかし、これ以上の戦闘は危険です。国内でのゲリラ戦が無謀だとおっしゃるのなら今ここで解散を宣言すべきです。あなた方はまだ無益な流血をお望みなのですか?」

「黙れ! 貴様はこれまで倒れていった者たちを無駄死にだと言うのか! それでも栄えあるイルダーナ人か!」


 会議開始から黙っていたブルーノが席を蹴って立ち上がった。

その瞳には怒りの炎が戦火のように広がっている。

「そのようなことは言っていません! ただ私は――」

「もういい。民族の誇りを忘れた者に用はない」


 その行動に誰も反応できなかった。

それはあまりにも自然だった。

ブルーノは懐から拳銃を取り出した。

そして引き金は引かれた。

響く銃声。

倒れる幹部。

唖然とする2人。

まるでスローで映像を見ているようだ。

それは非現実的な情景で、見る者の意識を現実から吹き飛ばしてしまう。


「何事ですか!」

2人の警備兵が室内に飛び込んだ。

2人は扉の前に立って警備している者たちだ。


 幹部2人は意識をこちら側に取り戻した。

「反逆者を始末しただけだ。本来の職務に戻れ」

ブルーノは2人の幹部を見た。

あまりいい顔色をしていない。


「会議の結果だが、言うまでもないだろう。それと、地上部隊に直ちに戦艦に乗り込むように命令してくれ。すぐに出発するからな。では解散」

ブルーノは悠然とその場を去った。


******


 ブルーノが率いる艦隊はイルダーナ、ミッドガルド軍との合流を果たすべく北上を続け、ミッドガルド西部に到達した。

この頃、新年攻勢で疲弊した連合軍が攻勢で得た占領地の一部を放棄して、ミッドガルド東部まで後退を開始していた時期だ。


「11時の方向よりホルス軍所属と思しき艦影が近づいているとのこと。いかがいたしましょう?」

参謀ポジションに自然と収まったエイブラムが言った。

幹部のうちの誰かがこの役職に就くのが普通だが、周囲にエイブラムがいつもブルーノの近くにいることが当然という認識が定着したので、幹部の中に参謀になろうという人物が現れなかったのだ。


「交戦だ。同盟に義勇軍の艦隊戦を見せてやろうじゃないか。直ちに11時方向に回頭だ」

艦隊戦の経験がない指揮官率いる艦隊が戦闘態勢に入った。


 通信手や砲手は緊張のあまり手に異様なほどの汗をかく。

艦隊がいよいよ敵を射程に捉えようとする。

敵もこちらに気づいて艦砲をこちらに向けている。


「撃て!」

どちらが先に撃ったのかわからない。

ただ砲火は交えられた。

「陣形を円にしろ」

義勇軍艦隊は円形陣を敷いて守りを固めた。

ホルス艦隊は両翼を広げて半包囲を試みた。

これはこのような状況における定石だ。

左右両翼は鳥が翼を広げたようになった。


 そのときだ。

「紡錘陣だ! 紡錘陣に変更して手薄な中央に突撃だ!」

決着は着いた。

義勇軍艦隊が薄いホルス艦隊中央に肉薄する。

狙いが荒く艦に致命傷を与えるのに手間取っているが、それでもホルス艦隊を恐慌状態に陥らせるのに十分だ。

陣形が崩れてホルス艦隊は艦隊の体を失って瓦解した。


「9時方向より新たな艦影です。イルダーナ艦隊のようです」

「本当か、それならば合流しよう。そして我ら義勇軍を戦列に加えてくれるよう頼まなくては」


 ブルーノはエイブラムを通して通信手に接近中のイルダーナ艦隊旗艦に無線をつなげてもらった。

「こちらは義勇軍総帥ブルーノ・オルコットです。貴軍との合流を希望します」

「イルダーナ軍中将アルバート・ベアードだ。貴官の望み通り合流を許可する。こちらの後衛に回れ」


 ブルーノは驚いた。

彼の耳に届いた声はまだ若さの余韻が残ったものだった。

だいたい30歳になったばかりぐらいだろうか。

「了解しました」

「これより同盟軍前線本部に赴いて今後の動向を決める会議に参加するが、貴官も参加する資格がある。義勇軍もわれら同盟の為に戦って南部戦線を戦い抜いたのだからな」


 かくして彼らはイルダーナ、ミッドガルド国境を守るモリガン要塞線に到着した。

イルダーナは山脈で他国と隔てられており、国境を越える主要なルートは限られている。

隣接するルーン、ミッドガルド、ムスペルヘイムの3国とイルダーナを大軍が進軍できる地域はおのずと制限される。

イルダーナはそんな地形を利用して要塞を建設した。


 それはただの要塞ではない。

点ではなく線で守るという概念の要塞線だ。

両国を結ぶ地域の国境線に複数の要塞を連ねたものだ。

要塞線はルーン方面のヴァハ要塞線、ミッドガルド方面のモリガン要塞線、ムスペルヘイム方面のネヴァン要塞線の3つある。

なかでもネヴァン要塞線が最も規模が大きい。

ブルーノたちが訪れたモリガン要塞線は2番目に規模が大きい要塞線だ。


 ブルーノはそのような場所の会議室に足を踏み入れた。

彼が会議に参加することはアルバートを通じて会議参加者に伝えられている。

ブルーノが席に着くと、すぐに会議の仕切る人物であるベルバーニー大将が現れた。


 ベルバーニーは見るからに堅物そうな容姿をしている。

四角い顔つきに偉ぶった雰囲気を醸し出す口髭、そして鋭い目つきと眉間の深い皺。

細められた目は現在ではなく大昔を見つめているように見える。


 大将以外の3人の会議参加者は起立して敬礼した。

ベルバーニーの着席を確認すると3人も着席した。

「先ほど急報が入った。首都で共産主義者アカが反乱を起こしたそうだ。残念なことに、陛下は亡き者にされたとのことだ。南部ではルーン人が反乱を起こして占拠している上に、先の攻勢の損害と今回の反乱だ。国全体が危機的な状況にある。そこで我々はどう動くかが問題だ」


 そのとき会議に参加している男、アンブローズ・ベックフォード中将の目が野心的に煌めいた。

艶やかな黒髪に美麗な顔立ち、そこに影を差しかけている恐ろしく黒い瞳。

それが見せる黒い影が作る陰影が美しい顔をより深みのあるものにしている。

美しい顔の裏側では野心的な考えが組み上げられている。

この場でベルバーニーを殺害して軍団の指揮権を掌握する。

会議参加者のひとりであるアルバートとは初陣以来ともに戦ってきた戦友でもあり、プライベートでも酒を飲みかわす仲だ。

きっと仲間になると踏んだ。


 アルバートと共に首都に攻め上がり、反乱分子を駆逐して王族をどさくさに紛れて抹殺し、新たな王朝の開闢を宣言する。

疲弊した国情である以上、新王朝に抵抗する力はないはずだ。

そのときに連合軍に対して停戦の表明と反乱を起こした南部のルーン人の独立の承認を発表してルーン人を味方につける。

そうすればルーン人討伐に赴いている友人のダスティン・ボイエット中将が孤立するのは間違いない。


 となると、ダスティンは降伏せざるを得なくなる。

ブルーノはホルスとの戦いを求めているが、停戦するので考えが合わないからベルバーニーと一緒に始末しておく。


 ここまで計画を練り上げたところでブルーノがいきなり立ち上がった。

「小官を擁立して首都に攻め上がりましょう。小官はブルーノ・ベレンスフォード。王家の者だ」


 そう言って懐から筒と短剣を取り出してテーブルに置いた。

筒から羊皮紙を広げて見せた。

テーブルに出したのは分家の証の短剣と、王家の末裔であることを示す家系図だ。

「バカな、ありえん。貴様ごとき卑しい者が王家の血を引いているとは思えん。盗んで手に入れたものに違いない」

「待ってください! たとえ偽者でも彼を擁立すれば事態を打破できます」

アルバートが言った。

「しかし……」


 過去を見つめていそうな瞳が現実を受け入れられず、困惑したようにきょろきょろと彷徨っている。

「このまま手をこまねいていれば、共産主義者が政権を握ってしまいます。そうなると我々の命はどうなるかわかりません」

「ベアード中将のおっしゃる通りです。この場を切り抜けるにはそれが最善の手段です」


 予想外の事態になり、野望は胸の奥にしまうことになったアンブローズが言った。

ここで野心を剥き出しにしたところで、ブルーノの血筋という正統性には敵わない。

「そのようなことをすれば反逆罪に問われてしまうではないか」

「もう愚者に用はない」

そう言うやいなや、アンブローズは銃を抜いてベルバーニーを撃った。

「さあ首都へ行きましょう、陛下」

ブルーノは鷹揚に頷いた。


******


 イルダーナ帝国首都タラニスにブルーノ率いる大軍が襲来した。

艦底部の機関砲が反乱者を撃ち殺し、歩兵師団が地上を蹂躙して王宮に乗り込んだ。

王宮の外に逃れようとする者を片っ端から捕えて、一般の官吏は釈放され、王族だとわかった場合は後継問題で厄介な存在になるので、その場で射殺した。


 事が収まるとブルーノは煙がくすぶる王宮のベランダから布告を出した。

内容はブルーノが新皇帝に即位すること、連合軍と停戦して反乱を起こしているルーン人にイルダーナ南部で共和制と社会主義体制の2つの国として独立することだ。


 アンブローズは自分の考えと酷似していることに戦慄を覚え、義勇軍の者にとって連合軍との停戦は意外なものに映り、それ以外の者はルーン人の独立国を2つに設定したことに疑問を覚えた。

人々を疑問の渦に投げ込みながらも大戦にピリオドを打った。


 イルダーナの停戦宣言した翌日の2月14日にホルスの革命に呼応するようにミッドガルドとアルフヘイムでは共産主義者が反乱を起こして政権を奪い取り、停戦を宣言した。

連合軍はそれぞれの宣言を受け入れて、3か月後にルーン帝国首都アウストリで参戦各国による講和会議を開いた。


 そこではイルダーナ南部に成立した2つのルーン人国家とニブルヘイムのトゥオネラ併合の承認とアルフヘイム、ミッドガルド間の国境は大戦前の状態にするということが決められた。


 結局のところ、連合軍も同盟軍も勝者になりえなかった。

勝ったといえるのは領土を大きく拡大して大陸北部に覇を唱えることとなったニブルヘイムだろう。

中途半端な結果を肯定したアウストリ講和条約はさらなる大きな流血を招くこととなる。

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