終わりは新たな世界の序曲
要塞線をすべて突破された。
このことは否が応でも、ブルーノとその周辺を動揺させた。
さらに決戦兵器と目されたトゥアハ・デ・ダナーンは、投入した10両のうち、6両が帰ってこなかった。
撃破されたのではなく、足回りの故障で放棄されたのだ。
ドルドナ計画で開発された他の兵器は、実践投入のめどすら立たない。
空中要塞は建造途中、高威力爆弾は生産段階に入っていない。
諸々の事実が、会議室の空気を重くする。
「現状をもって、講和に持ち込むほかありません。もはや戦争に勝つ術はありません」
はっきりとシェリンガムが言い切った。
ブルーノに近い参謀でもこのような状況である。
ブルーノとて平静でいることは難しい。
先の反乱を鎮圧したばかりで、この戦況である。
反乱軍の方が正しかったという意見だって、出るやもしれない。
そのようなことは分かっている。
タラニス前面で迎撃して、せめてホルス軍、ニブルヘイム軍に、壊滅的被害を与えることができれば、多少マシな条件で講和できるかもしれない。
幸い、首都の手前にはブリギット高地があり、地理的に優位な高所に拠って戦うことができる。
「予は現段階で講和しない。イシュケ山脈で別動隊を抑えているうちに、ブリギット高地で決戦を敢行する」
「無茶です! ブリギット高地より守りの固い要塞線でも勝てなかったのですよ」
「現状で和を乞うとしても、国土の大半を失うことになる。イルダーナ民族の領土は一体不可分である! また虐げられるようなことがあってはならない!」
「その通りです! スヴァローグの悪夢を繰り返してはなりません! そのために戦ってきたのですから」
CDF総隊指導者アルバーンが言った。
彼はエイブラムに次ぐ、義勇軍時代からの古参の幹部である。
ホルスによる、スヴァローグ地方在住のイルダーナ系の虐殺を、肌で知るものである。
義勇軍出身の古参にとっては、スヴァローグ地方の解放が自分たちの目的であり、それを為せないことは、屈辱以外の何物でもない。
「ブリギット高地にて、敵を撃滅する! 予も艦隊で陣頭指揮を執る」
シェリンガムも呆れたようにふらふらと席を立ち上がり、作戦を立てるべく部下のもとへと向かった。
******
「このまま勝ちの勢いに乗じて、タラニスを落とすべきだろう」
アルフレートは言った。
ムスペルヘイム側も異論はなく、タラニス侵攻は実施に移されることになった。
途上、ヒルデブラントはアルフレートに尋ねた。
「この戦争は我らの勝利に終わるでしょう。戦後の青写真はあるのですか?」
国家戦略を尋ねられたことに、彼は少し面食らった。
まさか、軍部が権力を掌握するために擁立した人間に、そのようなことを聞くとは思わなかったからである。
「大陸を南北に分けよう。南はムスペルヘイム、北は我が国。ホルスは極力モローズ半島に封じ込めたい」
「妥当ですね」
それだけ言って、彼はその場を離れて言った。
1時間後、敵影を捉えた。
ブリギット高地の稜線に広がるジグザグの塹壕、そして要塞線での戦いで登場した、トゥアハ・デ・ダナーンの姿もある。
一撃で戦艦を撃ち落とす攻撃力と、こちらの砲撃、爆撃にも動じない、鉄壁の防御力。
あれを沈黙させなければ、こちらの損害は増える一方だろう。
「撃て!」
交錯する光線。
地を駆ける鉄獅子。
砲弾が、爆弾が高地に降り注ぐ。
連合軍の圧倒的火力が、地を穿ち、土を舞い上がらせる。
立ち上る土煙。
煙を吹き払うように、血よりも赤い一線が、地を洗う。
トゥアハ・デ・ダナーンの反撃だ。
数輌の一撃で、突撃をしていた部隊が、地上より永遠に喪失した。
「散開して突撃しろ。艦隊は遠方から地上を撃て。あの自走砲を黙らせてくれ」
アルフレートの命は下された。
稜線に降り注ぐ光。
塹壕に土が舞う。
トゥアハ・デ・ダナーンを光線が貫いた。
乗員が脱出する間もなく、それは爆発。
この世から失せた。
「残りは3両か」
戦場に到着したばかりのブルーノが、トゥアハ・デ・ダナーン撃破の情報を受け、艦橋で呟いた。
「これ以上の火力の喪失は、防衛に差し障る。艦隊戦を敢行する」
「艦隊戦力の差は不利です。わざわざ出ていくのは危険が過ぎます!」
傍らのシェリンガムが言う。
彼の指摘はもっともである。
エギル=ハールヴダンの戦いで、イルダーナ軍の艦隊戦力は壊滅的な被害を受けている。
連合軍との戦力の差は、埋めようのない状況にある。
「わかっている。だからこちらに引き込んで、対空陣地の中で戦うんだ」
果たしてその手に乗るのか。
そもそも乗ったとしても、大軍を迎え撃てるだけの対空戦力と言えるのか。
頼みの綱のトゥアハ・デ・ダナーンも、至近で攻撃を受ければ、撃破されるのは明白。
シェリンガムには悲観的な考えしかできなかった。
「艦隊を前に出せ」
ブルーノが命じた。
針路上には、大艦隊が空を埋めている。
「敵艦隊が出てきた? ならばこちらも前進する。翼包囲してしまおう」
アルフレートには敵の意図が見えていない。
地理的障壁のない平原に出て、戦おうとしている。
少数の側が、数の不利を補える山脈も、渓谷もない。
両艦隊が互いに射程に捉える。
「撃て! さらに前進して距離を詰めろ!」
連合軍の艦隊が、一気に接近する。
数の優位を生かした行軍だ。
「引け!」
ブルーノが急いで命じた。
予想以上に進軍が速い。
罠を疑い、慎重に進むと考えたが、正反対であった。
「引いたか……。ためらわず進め。航空隊を先行させて、対空部隊を潰してもらう」
イルダーナ軍は誘い込んで対空部隊と、艦隊で袋叩きにしたいのだろう。
その意図は撤退行動を見て、アルフレートは分かった。
要塞線のように、狭い場所ならともかく、ここは広域な高地だ。
数で劣る対空部隊を、集結させることができない。
突撃したところで、密度の薄い砲火が待っているだけ。
しかしトゥアハ・デ・ダナーンは危険なので、航空隊に破壊してもらった方がいいだろう。
アルフレートはそう考えた。
300機規模の航空隊が、ブリギット高地上空を舞う。
一転、急降下し、爆弾を投下。
逃げ散る対空砲部隊、炎上する対空戦車。
イルダーナ軍の戦力で対処できる以上の数で、航空隊が襲いかかる。
もはやイルダーナに勝機はない。
地上を蹂躙され、トゥアハ・デ・ダナーンは集中攻撃を受け、2輌を失った。
「地上部隊は何をしている! やつらが空を自由に飛び回っているじゃないか!」
「数が多すぎて、どうにもできません」
死んだ目のシェリンガムが言う。
「そうか……エイブラムに電報を送ってくれ。後は任せた、とな。全軍突撃!」
「……御意。陛下と民族に栄光のあらんことを」
立ち去る彼には表情はなかった。
「艦隊が出てきたか。中央に砲撃を集中! 1点突破を狙う!」
火力の束が、イルダーナ艦隊を揺さぶる。
対するイルダーナ艦隊も反撃するも、連合軍の一撃に比べれば、小川のせせらぎのようなものに過ぎない。
左翼に陣取るアルバートは、今まで経験したことのないほどの、危機的な状況だと感じた。
戦術や運で、どうにかなるような状況ではない。
微々たる反撃で、あの火力にどう打ち勝てというのか。
彼にはわからない。
「味方中央、崩壊寸前です。このままでは分断されてしまいます」
参謀は判断を急かすように報告した。
急いてどうにかなるものか。
救援に向かわせる兵力もない。
向かったところで勝てるわけでもない。
覆う閉塞感。
しかし膝を簡単には折りたくない。
信じた君主と、彼が掲げた思想を後世に伝えていきたい。
それが亡国の臣下たるものの務め。
「いつでも撤退できるようにしろ」
カタストロフを前に、彼は端的に命じた。
ブルーノもまた、カタストロフの前で身を処さねばならない。
彼も敗北を理解した。
視界にはニブルヘイムの艦隊が映る。
もうすぐそこまで、死神の迎えは来ている。
「ここまで来て、何も為すこともなく、何も残すこともなく、ただ逝くだけか。人生とはとんだ茶番劇、そうは思わないか」
別の場所で戦う友に呼びかけた。
答えはない。
皇帝ブルーノは赤い閃光に飲まれた。
******
リジル撃沈。
その情報はすぐにエイブラムに入った。
ブルーノ亡き今、最高階級の彼がこの場の指揮官である。
彼の下す決断はもう決まっている。
「ブリギットとイシュケで戦う全軍に告ぐ。タラニスに撤退せよ。ただし―」
タラニスにも皇帝戦死の報は伝わり、外相バントックは降伏の特使を派遣した。
戦争継続は不可能。
バントック以外の閣僚、軍人に聞くまでもなくわかっていた。
ブルーノを後を継ぐべき皇太子はいない。
皇族はブルーノが即位する際に粛清している。
ベレンスフォード朝は断絶した今、閣僚が戦争に幕を引き、戦後処理を行わなければいけない。
軍と閣僚が暗黙の了解で、終戦に持ち込もうとする一方、CDFは違った。
アルバーンは自身のイデオロギーと、隊員のことを考えれば、簡単には降伏できない。
CDFには、ニブルヘイムや、占領したミッドガルド出身者で構成された師団がある。
彼らが投降すれば、どれほどの過酷な仕打ちが待っているだろうか。
何としても逃がさなければいけない。
副総隊長に全軍の指揮を委ね、彼自身は、いずれ来る連合軍の前で責任を取ることにした。
指揮を任された副総隊長ホーガンは、西方の砂漠地帯へと、隊員たちとともに消息を絶った。
いずれにしても、2度目の大戦は終結した。
大陸に再び平和が訪れた。
それは次の争乱の、つかの間の休息か、長い長い平和の日々の始まりかは、この時は誰も知らなかった。
ユグドラシル大陸戦記 New order 鳴河 千尋 @miu1889
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