野心の彷彿
イルダーナ軍が12個艦隊と2人の将軍を失ったことは本国南方軍集団司令官に飛ばされたアンブローズ・ベックフォード大将のもとにも知らされていた。
「逝くにはまだ早いじゃないか……」
執務室の椅子に腰かけ、天井を仰ぎ見た。
ところどころ汚れが目立ったいる。
司令部の施設の古さがうかがい知れる。
「葬式に行けるだろうか……」
これから自分が成そうとしていることを思った。
自分の帝国を作り上げる。
自分こそがブルーノよりも優れた指導者のはずだ。
前回の戦争末期の時はブルーノの正統性に敵わず、その野心を殺すことになった。
しかし今は違う。
ブルーノの戦争指導がイルダーナを滅ぼそうとしている。
暴君を討ち、救国の英雄として他の軍部の有力者を抑えて新しい皇帝として君臨する。
そもそもこのような思想を抱かせたのは彼の父親が原因がある。
アンブローズの父であるカーティス・ベックフォードは下級貴族の生まれである。
彼は魔力水の水脈を掘り当てて一代にして巨万の財を成した。
水脈を武器に大量の魔力水を使用する軍部に取り入ることに成功した彼は、息子であるアンブローズを士官学校に入れてさらなる勢力拡大を図ることにした。
彼にとっては大金を手にしても、成金扱いされたり爵位の低さをバカにされるのは我慢ならなかったのである。
アンブローズ自身も周りの貴族の子弟から学校でいじめられることが度々あった。
「万の兵を動かせる将軍になれ」
そう言われて航空軍士官学校の門をくぐったアンブローズ。
そこで出会ったのがアルバート・ベアードだった。
彼とは寮の相部屋で、話す機会は嫌ほどあったわけである。
「これからよろしくね」
屈託ない笑顔であいさつするアルバート。
なんだか平凡でつまらなそう。
初見の印象はあまりいいものではなかった。
「なんでここに来たの?」
平凡な少年に尋ねる。
「国に尽くすためさ。うちは代々軍人の家系だからね」
「平凡だな」
「失礼なことを堂々と言うんだね……。そういうアンブローズはどうなんだい?」
いきなりファーストネームで呼ばれたことに少し眉をひそめる。
「力が欲しいから。権力を手にして誰にも文句を言わせない身分になる。たとえ相手が公爵であってもだ。実力に裏打ちされた権力で膝を折らせてやるんだ」
独立戦争後の騒乱と軍拡の中で、軍人が力を伸ばして相対的に貴族の力が落ちている。
それはどのような生まれであっても実力さえあればのし上がれる。
そんな時代である。
決して妄言でも夢物語でもない。
具現化できる、やってみせる。
強い意志を秘めたその目でアルバートを見つめた。
まばたきも視線を逸らすこともなくアンブローズを見つめ返す。
「強い人なんだね」
それは当然のように、葉っぱを見て緑と言うぐらいに自然な言い方をした。
「まだ何もしてないし、地位もないのにか?」
「うん、なんだか本当に将官まで上り詰めそうな気がするんだ」
「あ、ありがとう……」
どうも変わった人だ。
わずかな間に印象はがらりと変わった。
それからというものの、戦術や戦略の基礎、格闘技、銃の扱いについて習い、士官候補生同士で模擬艦隊戦を行う機会があった。
模擬戦の方法はタッチパネル式の戦術モニターを使ったものである。
敵を射程に捉えたら自動的に攻撃するようになっている。
交戦するペア同士のモニターはデータリンクして、相手の艦隊の前進、後退などの動きが見えるようにされている。
今回の対戦の戦力は山岳地帯の拠点に陣取ったアルバートに1個艦隊、それに対峙するアンブローズの2個艦隊。
アルバートが一定時間拠点を死守するか、アンブローズが攻略するかで勝敗が決定する。
教官の合図で戦闘が始まった。
相手は山岳地帯にいる以上、数の優位は生かせない。
そうなればおびき出すほかに勝機はない。
アンブローズは敵の拠点の裏手に回るよう、随伴の地上部隊を操作した。
山岳地帯を抜けて拠点の裏にある補給路を断ち切るのだ。
狙いに気付けば部隊を差し向けて食い止めにかかるだろう。
そうなるといけないので、艦隊を拠点へ前進させた。
拠点まであと4キロのところで敵艦隊と遭遇した。
開戦だ。
艦隊を前進させて突破を図る。
敵陣の第1線を紙を破るように簡単に突破してみせた。
薄すぎる。
案の定、次の防衛線が張られていた。
これは極端な多重防衛線が敷かれている。
アンブローズは見抜いた。
薄い防衛線をいくつも敷いて、それを突破するたびに疲弊させる。
そして決定的な一撃をもって敵を葬る。
それがアルバートの狙いだ。
狙いはわかっている。
だからといって攻勢を止めるわけにはいかない。
そうすれば露骨な陽動だと悟られてしまう。
それだけは避けなければいけない。
攻勢を継続し、敵の防衛線を4つ抜くことに成功した。
アンブローズはここで一度攻勢を停止し、陣形を立て直した。
敵の対空兵器の攻撃がアンブローズを揺さぶってくる。
その被害が大きくなったこと、そしてこれ以上多重防衛線の沼にはまれば取り返しがつかない。
そうなる前に引き、敵にもそこそこの打撃を与える消耗戦の形を取ろうというのだ。
両軍は対峙して動きを見せない。
その間にアンブローズ側の別動隊が背後に回り込もうと進軍している。
再び攻勢に出てアルバートの動きを封じようかと思案していた刹那、アルバート軍が陣地を捨てて後退し始めたのだ。
見抜かれたか。
ならなぜ陣地を捨てるのか。
陣地の固守が勝利条件のアルバートにとって、それは自ら負けにいくようなもの。
罠だ。
誘いこんで伏兵で一網打尽にするつもりだ。
陣地に突入するのは危険だ。
アルバートが後退しているということは、別動隊の存在に気付かれてしまう。
別動隊を主力のいる位置まで引き上げさせようとした。
いや違う。
アルバートの勝利条件は陣地の固守。
わざわざ引きこまなくても時間稼ぎをしていればいい。
別動隊の存在を見抜いたが、戦力が不明だから確実に仕留められる戦力を差し向けた。
そしてそれを見て罠だと察知して陣地に突入しないことをアルバートは見越している。
いまアルバートの陣地は罠も何もない無防備な状態だ。
突撃するしかない!
「タイムアップだ。陣地の固守に成功したベアード君の勝利」
アルバートのことを平凡だという印象はがらりと崩れ落ちた。
かなり度胸のある、有能な男だ。
「アンブローズ、陣地ががら空きなのを見抜いていたよね?」
彼はうなずく。
「やっぱり……実戦なら負けていた」
「なぐさめなら無用だ。負けは負け、それ以上でもそれ以下でもない」
「そういうつもりはないよ。ただこれからも仲良くしたいだけさ」
一緒にいたら退屈しなさそうだとうそぶいてみせる。
「勝手にしろ」
やがて2人は戦場で血の洗礼を受けることとなる。
******
ミッドガルドでは200年台までは王政であったが、内戦によって民主制の国家へと変貌した。
しかし民主派の勝利は妥協の結果でしかない。
人心が離れていると確信した有力貴族たちが、新政権で要職に就けるというのなら民主派に味方するという条件で取引を持ち掛けた。
戦線が膠着し好転の見込みがなかったため、貴族たちの持ち掛けた条件をのんだ。
その結果として王政は倒れ、共和国が誕生したのである。
新政権の要職は王政時代の貴族が就き、元々民主派の幹部だった者たちは政府の手によって抹殺されていった。
ミッドガルドの実態は、共和国の名を借りた有力貴族による連合政権でしかなく、選挙を実施しても貴族間の利害調節のために票を操作する。
そのような腐敗した政府に対し、かつての民主派残党が蜂起し、ミッドガルド東部を制圧したのだった。
残党の勢いは強く政府軍だけでは抑えられなかったので、隣国のイルダーナ帝国と、国内にある魔力水の採掘権を引き換えに相互防衛同盟を締結し、それに基づきイルダーナ軍がミッドガルドに出兵したのだった。
******
311年12月 ミッドガルド共和国東部 ヘーニル
学校を卒業したアンブローズとアルバートは同じ小隊に配属された。
そして早速内戦中の隣国へ送られたわけである。
「しかしいきなり前線に送られるとはね」
白い息を一息ついてみせたアルバート。
「昇進のチャンスでもあるがな」
そう言ったアンブローズは周りを見る。
瓦礫があちらこちらに散らかっている。
ヘーニルは反政府軍の補給ルートの中継地で、ここを討伐軍に抑えられたためにルートを迂回して補給に時間がかかっている。
さらに他の前線からみて突出しており、元の補給ルートを取り戻して速やかに攻勢に出たい反政府軍が大挙する可能性がある。
しかしそれは戦略レベルの話であり、彼らにはあずかり知らぬ話であった。
「そういえばこちらの小隊がヘーニル付近で壊滅したらしい。壊滅するぐらいだから、敵の戦力も推して知るべしだね」
「大軍がいるということはそろそろ攻勢を仕掛けてくるということだな」
これから戦闘に行くと言うように、アンブローズはヘルメットを深く被った。
そんな2人に雪を小気味良くサクサク言わせて音が近づく。
「今からここの分隊に配属されたダスティン・ボイエットです。よろしくお願いします」
ダスティンと名乗る男は同じ分隊の者にあいさつ回りをしているそうだ。
背は高く、さらさらの黒髪が風にたなびいている。
「よろしく、もしかして例の壊滅した部隊にいた人かい?」
アルバートが尋ねた。
「そうですよ。その話についてはこっちにも伝わってるんだね」
ダスティンは眉をひそめる。
そのとき街を覆うようにけたたましく鳴り響いた。
「敵襲か!」
周りの兵たちも一様に同様している。
彼らもまた新兵なのだ。
「うろたえるな! 配置につけ! 装甲車や物陰に裏に隠れろ!」
アンブローズたちは銃を担いで近くにとまっていた装甲車の裏に隠れた。
隠れるやいなや銃弾が装甲車をしきりにノックする。
「相手の戦力はどれくらいだ」
アンブローズが言う。
「規模はわかりません。ただ彼らはおそらくミッドガルド軍を離反した者たちですよ。装備が粗雑なものではなかったです」
ミッドガルド軍の一部は民主派に同調して政府に反旗を翻している。
「反政府軍の精鋭ということか」
「今はそれよりも目の前にいる連中をどうにかしなきゃだよ」
しかし今いる通りがあるだけで、曲がり角も何もない。
アンブローズたちと対峙している兵士が、対戦車砲を持ち出してきた。
「装甲車じゃ防ぎきれないです! どこか隠れられる場所を……」
ダスティンが周りを見る。
他に道がなく逃げることはできない。
「あそこだ!」
突如、装甲車が吹き飛んだ。
破片が3人に降りかかる。
ダスティンとアルバートは急いでアンブローズの誘導に従って、アパートの中に入った。
「すまない。ここしか逃げ場がなかった」
他の建物は扉が閉まっていて、鍵がかけられている可能性がある。
扉を破壊するには時間がかかるので、扉が過去の戦闘で破壊されたここを選んだ。
「ここに籠城することになりそうですね」
外には味方はいない。
反政府軍がいるだけだ。
3人は階段を上がり、迎撃体制をとる。
「楽しいお泊り会になりそうだな」
自嘲気味なアンブローズ。
「泣きたくなりそうだけどね」
困った顔のアルバート。
「来ましたよ!」
扉を蹴り破って敵兵がなだれ込む。
すかさずライフルを撃ちこみ出鼻をくじく。
撃たれた兵士が狭い入り口で倒れ、後続を塞ぎとめた。
しかし倒れた兵士を押しのけ、新手が押し寄せる。
階段を登ろうとする敵を上階の陰からライフルで撃ち払う。
「手りゅう弾使いたくなるね」
アルバートが言う。
「敵との距離が近すぎる! そんなことしたら俺らもろとも無事に昇天だ」
「ライフルで頑張るしかありませんね。援軍を期待しましょう」
冷静なダスティンが弾を装填しながら言った。
「来ればいいんだけどな」
「いや、援軍なんて待ってると持たないかもしれないね」
アルバートがポケットの中を見せた。
予備の弾倉はもう1つしかない。
「持久戦ができないとなると……これは……強硬策もやむなしですね」
ダスティンが手りゅう弾を取り出す。
「2人にこの場はお任せします。私が敵を引きつけますので、タイミングを見てここから脱出してください。では」
そう言ってダスティンは、手りゅう弾を手にバルコニーへと駆け出した。
走りながら安全装置を解除し、バルコニーに出るやいなや、外の通りに投げ込んだ。
そこにいるのは後続の反政府軍兵数名。
何も気づいていない兵士たちの頭上に手りゅう弾の外殻が弾け飛ぶ。
たったの一撃で後続は絶たれた。
うめく兵士のそばにダスティンは華麗に飛び降り、アパート内にいる兵士を背後からライフルで撃つ。
「突っ込むぞ!」
中にいるアンブローズとアルバートが正面の敵に向かって突撃。
状況の突然の変化に戸惑う兵士をなぎ倒し、アパートの外で3人は合流した。
「綺麗に決まりましたね。美しい作戦は良いものです」
破顔一笑。
ダスティンは2人に白い歯を見せた。
「無茶するなぁ」
またまた困り顔のアルバート。
「たまの無茶も良いではありませんか。本当はもっときれいにいきたかったのですけどね。戦争も政治もね」
きれいであること。
それが彼にとっての最大の価値。
「否定はしないが、まずやるべきことをしよう。自陣に逃げるぞ」
アンブローズは2人を促し、味方のいるところへ撤収していった。
その後、反政府軍はヘーニルの中心部を押さえたものの、そのときには既にイルダーナ軍が街を囲んでいたのだ。
イルダーナ軍の作戦は反政府軍をヘーニルに引き込み、別動隊が街を包囲して主力を殲滅するというものであった。
この戦いで反政府軍の中軸が壊滅し、内戦は2か月のうちに収束へと向かう。
******
3人は順調に出世を重ね、やがて艦隊司令官へと就任した。
就任したての頃、アンブローズはダスティンを自宅に招いてお酒を飲み交わしたことがある。
その際にアンブローズはこう言った。
「万民の上に立ちたい」
ダスティンは特に意見も言うことなく一言だけ言った。
「その時はお供しますよ。華麗に鮮やかに、我らの旗で大陸を覆いましょう」
彼もまた不満を持つ者。
皇帝と軍部が延々と主導権を求めて闘争を繰り広げるこんな国、革命が起こるべき。
それが彼らの共通認識。
そんな中現れたのがブルーノという男。
第1次大陸戦争末期の国内の混乱という千載一遇のチャンスを、アンブローズの手からいとも簡単に奪い取った。
それでも自然と口惜しさはなかった。
彼は自分と似ている、自分が成しえたいと願うことを、彼ならやってくれる。
そう信じた。
だが実際はどうか。
彼には彼の思想があり、動機があり、それに忠実であり続けている。
まるで頑迷と言っても言いほどに。
自分との考えの違いが耐えられない。
思想の固執した人間に何ができる。
この国を正しく導くのはアンブローズ自身である。
その自負は士官学校に入学した時から変わらない。
彼の価値基準はきれいであること。
果たして今の政治はどうか。
自らの復讐のために国家を私物化しているではないか。
「俺の味方をしてくれる、そうだよな、ダスティン」
汚れた天井に、今は亡き同志の名を呼ぶ。
「さて、革命といこうか」
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