空に花を咲かせて

「攻勢に出て雌雄を決しよ……ですか」

電報で受け取ったブルーノからの命令について、エイブラムとモニターの向こう側にいるアルバートと話し合っている。

「我々は陽動が目的でここにいる。決戦に持ち込めということは奇襲が失敗したのだな……」

「おそらく。ですが、こちらには増援があります。数の上では勝っていますよ。問題は--」

「地上部隊が消耗している。そうなのでしょう?」


 エイブラムの言葉を遮って、手元の画面を2分割してダスティンが割り込んだ。

「ええ、そうなりますね。地上戦力でニブルヘイムに勝利するのは非常に困難です。ですが命令である以上、今あるものをすべて使って勝利するしかありません」

エイブラムの言葉に、ダスティンは半ば諦めたような薄っすらと笑みを浮かべ、少しの間目を閉じて言った。

「華麗なる勝利、あげて凱歌を高らかに」

「そうでありたいですね。作戦ですが、この戦いはスピードが命です。空母を擁するアルバート艦隊が地上部隊を叩き、我々が敵艦隊へ突入します。これをニブルヘイム軍の増援が来るまでに完遂しなければいけません」

「了解した。速やかに敵地上部隊との交戦に入る」


 アルバートはモニターから姿を消し、麾下の艦隊と地上部隊を率いてムスペルヘイム軍の陣地へと急行した。

それを見たダスティンもまた画面から姿を消した。

後に残ったのは人の顔ではなく艦隊の位置に切り替わったモニター。

「敵から離れたところに展開し、艦首を下にして地上部隊を攻撃してください」

エイブラムの指示で、前進を続けるアルバートの艦隊以外が少し後ろに下がる。

「撃て!」


 禍々しい色をした魔導砲の光線が地上を深く穿つ。

戦艦の主砲斉射を受けたムスペルヘイム軍地上部隊は、一撃で前衛部隊の相当数を存在を抹消させられてしまった。

大きく揺さぶられた戦線に空母から出撃した航空部隊が機銃を、爆弾を浴びせかける。

「その手があったか……。だが主砲を下に向けるために後退しているせいで、最前線を射程に捉えることで限界だ。艦隊を前に押し出して空母機動艦隊を攻撃しろ。後ろで主砲で援護射撃している艦隊を誘い出す」


 参謀に命じると、後方でじっとしていたニブルヘイム艦隊がようやく重い腰をあげた。

「ついに艦隊が出てきましたか。こちらも前進して迎え撃ちましょう」

オースティン艦隊、ボイエット艦隊が突出してニブルヘイム艦隊を迎え撃つ。

14個艦隊のイルダーナ軍を相手にすることなど、6個艦隊のムスペルヘイム艦隊にできるわけがなく、6個艦隊はすぐに後ろへと下がった。

「追撃はいけません、後退してください」

退いていくムスペルヘイム艦隊を追うことなく、大人しく下がるイルダーナ艦隊。

「ついてきてくれないか……。後続の対空部隊で葬ろうと思ったが、敵も甘くはないということか」


 ヘルツォークは嘆息して次の手を考える。

「ロケット砲部隊で敵機動艦隊を叩け」

数千両規模のロケット砲による一斉攻撃がベアード艦隊を狙う。

精度が低くてもこれほどの戦力による攻撃であれば、ムスペルヘイム軍の陣地へかなり接近しているベアード艦隊へのダメージは大きなものとなる。

ベアード艦隊の前衛部隊はロケット砲という名の無数の矢をその身に受け、首を下へと向ける。

エンジンに直撃した船はその場で鉄塊へと姿を変える。


 戦艦の主砲斉射で開けられた戦線の穴を数多いる機甲師団が塞ぎ、対空部隊が空母艦載機を濃密苛烈な対空砲で叩き落とす。

急速に戦力を減少させ始めたベアード艦隊にさらに追い打ちをかけるように、ホルスのヴァルフコフ艦隊が側面へ向いつつあるというのだ。

「ベアード艦隊は速やかに撤退してください」

命令を受けると全速力かつ整然と後退を開始した。

艦隊や地上部隊が追いすがろうとする。

それをオースティン、ダスティン艦隊が牽制して行動を阻止する。


「対応が早いな。ホルス艦隊が来てくれたのは助かるが、それでも敵の方が艦隊戦力では上か……」

艦隊戦力の劣勢を嘆くヘルツォーク。

地上戦力ではイルダーナ軍を上回っているとはいっても、先ほどのように艦首を下に向けて主砲を浴びせられてしまうので、その優位は攻勢では生かすことができない。

「提督、ハールヴダン基地が攻撃を受けたそうです」

参謀がそう報告した。

「やはりこっちは陽動だったか。基地の損害は?」

「基地にダメージはありません。それどころかイルダーナ軍に大損害を与えて後退させたそうです」

「奇襲で戦果を挙げられず、こっちで攻勢に出て勝利しようという魂胆か」


 相手の考えを理解すると勝利を確信したかのように、にやりと笑った。

「こちらは守りを固めていればそれだけでよし! 連中から勝手に仕掛けてくるぞ。迎撃準備をしておけ!」

守りを固めるヘルツォークに対し、エイブラムは作戦に苦慮していた。

艦隊戦力の数的優位すら怪しくなった現在、先ほどのような艦隊戦力の優位を生かした作戦はとれない。

しかし攻撃に出なければ目標の達成はできない。

ブルーノからの作戦中止命令が出るまで構成に出続けなければいけないのだ。


「ボイエット艦隊は先ほど同様、艦隊主砲による地上攻撃、残りは突出してくるであろう敵艦隊の対応を行います」

ボイエット艦隊は艦首を下に向け地上部隊に主砲を叩き込む。

これに対してヘルツォークは地上部隊を下げ、艦隊を前に出す。

エイブラム、ベアード艦隊がその対応をする。


「地上部隊全軍突撃!」

主砲を避けるために下がっていた地上部隊が一気に攻勢に転じた。

「主砲斉射!」

対艦砲の紅い閃光が地を抉る。

一瞬にして消滅する戦車と歩兵。

それでも圧倒的な地上部隊の物量にまかせて進軍を続ける。

「地上部隊を投入します。地上部隊は敵の前衛を、ボイエット艦隊は前進して敵地上部隊の後方を攻撃してください」


 イルダーナ軍のT-7がアウトレンジ攻撃を仕掛けるも、膨大な物量を捌くことができず、足回りに集中砲火を浴びて動きを封じられる。

砲台と化したT-7に歩兵がとりつき、砲塔に吸着地雷を設置して爆破。

炎上して鉄屑となった鋼鉄の猛獣たち。

燃え上がる車輌から命からがら脱出した兵士を容赦なく銃弾を撃ちこみ、ある者は銃剣で何度も何度も突き刺す。


 進路を確保した対空戦車が対艦砲の猛攻にさらされながらも果敢に前進し、エイブラム、ベアード艦隊に対空機銃をシールドのない艦底部めがけて銃弾をぶつける。

戦艦も対地機関砲で反撃を行う。

銃弾の応酬。

地上と空中が銃弾の高密度帯と化す。

さらにロケット砲がその中に加わる。

続々と押し寄せてくる対空戦車とロケット砲部隊の前に、艦隊は劣勢の崖へと追いやられていく。

対艦砲をどれほど撃ちこもうとニブルヘイム軍の物量はイルダーナ軍の予想を超えたものであった。


 イルダーナ軍が危うい状況に立たされる中、新たな情報がエイブラムのもとに届いた。

「14個以上のニブルヘイム軍と思われる艦隊がエギル・モリガン要塞線のルートを遮断しようとしている……ですか。全軍モリガン要塞線まで撤退してください!」

後方へ陣形が崩れないギリギリの速度で下がるイルダーナ艦隊。

そこへ追い打ちをかけるようにアルフレート率いる5個艦隊が側面から迫る。


 アルフレートの傍らに控えるラッシが言った。

「陛下、こちらに向かわず皇帝を追撃した方がよかったのではないでしょうか? あそこで皇帝を討てば戦争そのものを終わらせることができた可能性だってありました」

「アハティラ准将、『討てるかもしれない』より『討てる』を選ぶ方がより賢明というものです」

ヒルデブラントがラッシの発言に批判を加えた。

「もし皇帝の背後を遮断できていたなら追撃もいいでしょう。現実は背後をとれていないのです。それなら背後をとっているエギルの敵の側面を衝いて殲滅できることの方がより確実に戦果を挙げられるのではないでしょうか?」

「……参謀長のおっしゃる通りです。出過ぎた発言をして申し訳ありません」

ラッシが唇を噛み、眉間にしわを寄せ、その目に悔しさを映し出した。


 彼はアルフレートについていき、階級は王国時代の大佐のままニブルヘイム軍人となった。

アルフレート即位の際に准将に階級が上がっただけで、ニブルヘイム軍人としては大きな軍功を挙げていない。

それ故になんとしても功績を打ち立てたいのである。

現状はヒルデブラントの策に従いイルダーナ艦隊を壊滅に追いやろうとしている。

ラッシにとっては悔しいことで済むが、エイブラムはそれどころではない。


 敗北を認めた彼はモニターに映る2人の将軍に命令を出す。

「まだ陛下からの指示は出ていませんが、この場を離脱します。私の艦隊が殿≪しんがり≫を務めます。ボイエット、ベアード艦隊は全力で後方へ抜けてください」

「なりません。たった6個艦隊で撤退までの時間稼ぎなんて到底無理でしょう。それよりか8個艦隊の方がまだ望みはあるというものです」

「ここは敗軍の指揮官として責任を--」

「なりません!」


 ダスティンがエイブラムの発言を制す。

「貴官は陛下の信任の篤い方、このようなとこで喪失の危機にさらすわけにはいきません。貴官がいなくなればいったい誰が陛下を輔弼なさるのですか。自身の立場を弁えてください」

エイブラムはわずかに思考した後に言った。

「ボイエット艦隊に殿を任せます。他はモリガン要塞線方面へと脱出してください」

「了解」

2人の将軍は同時に言った。


 そしてモニターが黒を映す。

「円形陣を組んでください。陣の外縁部は装甲の厚い艦を展開!」

ダスティンの命令に従い急速に円形陣が構築された。

そこに迫るニブルヘイム・ムスペルヘイム・ホルス軍17個艦隊。

ボイエット艦隊の倍以上の火力の奔流が苛烈に襲いくる。

「ホルス艦隊に火力を集中させてください!」

これまでの経験で最も弱いのはホルス軍だと考えた結果である。


 しかしホルス軍は艦隊を散開させることで集中砲火をいなした。

「ホルスの指揮官はヴァルフコフか……」

根拠なき確信をして拳をギュッと握りしめる。

「円形を小さくしてください」

縮小させたことで空間に占める砲撃の密度が高まり、命中率が上がる。

しかし事態はそれでは止めようもないのであった。


「地上部隊が全滅ですか……」

もたらされた報告に唖然とするしかない。

いくら高性能を誇るT-6、T-7を擁しているといえど、包囲下ではどうあがいても物量に押しつぶされるしかないのだ。

そして地上部隊がいないということは対地機関砲以外の妨害を受けることなく対空兵器の攻撃にさらされるということである。


 圧倒的な対空砲の火力が戦艦を火だるまに変えていく。

円形陣に綻びが生まれ、対艦砲がそれを力ずくで広げる。

「紡錘陣に変更! 正面の艦隊に最大限の火力を叩き込んでください」

敵の猛攻を受けつつもなんとか先の尖った形に陣形を改めることに成功した。

「撃て!」

光の束が正面にいたムスペルヘイム艦隊を貫く。

唐突な反攻に陣形が微動し、艦隊戦力が貴重なニブルヘイム軍は戦列を立て直しと警戒のために少し退いた。


 そしてムスペルヘイム軍にその矛先を迅速に変えようしたとき、ボイエット艦隊は鋭い楔を打ち込まれようとしていた。

ムスペルヘイム艦隊に攻撃を加えたその隙に、ニブルヘイム艦隊が陣形が崩れそうなほどの速さで突撃を仕掛けてきたのだ。

その圧倒的な速さに防衛態勢が間に合わない。

対艦砲を撃ちながらボイエット艦隊に切り込むニブルヘイム艦隊。

無防備な側面を衝かれ、崩れゆく陣形。

正面からはホルス艦隊と持ち直したムスペルヘイム艦隊が食らいつく。

急速に数を減らし、継戦能力を瞬く間に喪失していく。


 側面を切り崩し、進撃を続けるニブルヘイム艦隊は他とは形が異なる戦艦を捕捉した。

遂に旗艦を捕捉したのだ。

それを容赦なく紅い光が船体を貫く。

船の内部では部品の破片が飛び散り船員を切り裂き、魔力水に引火した炎が船体を覆わんと魔手を伸ばす。


 火の手が回っているのはブリッジも例外ではない。

「もうだめなようですね。転送装置が壊れて他の船で指揮を執ることもできないのではね」

傍らの参謀が深くうなだれる。

「みんなには迷惑をかけてしまった……。申し訳ない」

ダスティンはブリッジを見渡す。

この期に及んでも各砲塔に指示を出し続ける砲撃司令官。


ガラス片がお腹を引き裂き、こぼれそうな臓物を押さえながら母親の名を呼ぶ者。

血走った目で駆けずり回り、イルダーナ万歳を叫ぶ者。

「アルバート、アンブローズ……すまない」

爆散する旗艦。

ダスティンは爆発の中にその姿を永遠に消した。

そして指揮官を失った残存艦隊もこれ以上戦う力は残されていなかった。


******


「中央に砲撃を集中させてください」

進路を塞ぐ15個艦隊にエイブラム、ベアード艦隊が攻撃を開始した。

「火力を中央に集中させてください」

光線がニブルヘイム艦隊中央を穿つ。


 それに動揺したのか中央の艦艇が後退していく。

中央に引きずり込んで翼包囲を狙っている。

それはエイブラムとて理解している。

しかし一刻も早くここを突破しなければさらにひどい犠牲が出ることは明白だ。


「中央に突入します」

紡錘陣を展開し、火力を一点に集中して突撃を開始するイルダーナ艦隊。

それを押しつぶそうとするニブルヘイム艦隊。

広げていた左右両翼を狭めてイルダーナ艦隊の退路を断とうと試みる。

徐々に退路は狭まり、やがてイルダーナ艦隊は翼に包まれる。

「全軍10時方向へ突撃1」

エイブラムの号令で真っ直ぐ向かっていた艦隊が急に10時の方角へ針路を変えた。

「包囲するために陣形が伸びて薄くなっている今を狙うのです」

エイブラムの言葉通りニブルヘイム艦隊の両翼は薄く伸びきっており、イルダーナ艦隊の火力の集中に耐えきれず、翼を食い破られてしまった。


 しかし背後と側面をさらしたイルダーナ艦隊は逆襲の総攻撃の中で、次々に艦艇を失っていく。

「全速力で突破してください!」

急速に戦場を離脱しようと試みるイルダーナ艦隊。

「敵の増援です!」

エイブラムは参謀の連絡を受け、ボイエット艦隊の全滅を悟った。

そして敵の火力が増大することも。

目を閉じ、唇をぎゅっと静かに噛みしめる。

それまで薄くなったとはいえ、頑強に進軍を阻んでいた中央の艦隊が波が引いたように左右に避けていった。

困惑するイルダーナ艦隊。


 手元のモニターに青色の凸が画面の端から現れた。

ブルーノとアトキンソン艦隊が危急の戦場にやってきたのだ。

挟撃を恐れたニブルヘイム艦隊は翼包囲下のイルダーナ艦隊を解放せざるを得なかったのである。

ニブルヘイム、ムスペルヘイム、イルダーナ艦隊はここで手を引くわけがなく、イルダーナ艦隊の追撃を開始した。

27個艦隊による前代未聞の規模の追撃戦だ。

「全軍撤退!」

ブルーノの号令でモリガン要塞線を目指して逃避行を開始する。


 命令を下したブルーノの乗る戦艦リジルにアトキンソンから電報が届いた。

シェリンガムがそれをブルーノに手渡した。

「小官はただいまをもって栄えあるイルダーナ帝国軍の籍を放棄す。麾下の者たちは反逆者たる小官に強引に従わされているにすぎず、銃後において不利な扱いを受けないことを賊将ながら望む。帝国に、陛下に栄光と武運が行き先を照らさんことを」

読み終えたブルーノはシェリンガムを呼びつけた。

「アトキンソン艦隊はどうなっているんだ!」

「それが……要塞線に向かわずに敵艦隊へ向っております。先ほどから呼びかけているのですが、一切応答がありません」


 投降するだけなら艦の上部に白旗を掲げて動きを止めればいい。

しかし現状はそれをせずに敵へ突っ込んでいる。

「あの男、殿をするつもりだ! 何としてでも呼び戻せ!」

「なりません。敵との距離が近い上に損傷の大きい艦が多くて全速力で動けないので、このままではいずれ追いつかれます。ここは殿を置いて少しでも時間を稼がなければいけません。指揮官たる者、非情な決断をしなければいけない時もあります。今がその時です。それが人に死を命じるものとして知っておくべきことです」

「やむを得んのか……。アトキンソン艦隊の行動を追認する。しかし将軍を軍籍から除名することは認めない。イルダーナ軍人として死地に赴くことを命じる!」


 アトキンソン艦隊を置いて撤退するイルダーナ艦隊。

その動きを手元のモニターで確認して安堵の表情を浮かべるアトキンソン。

そして迫りくる3か国連合艦隊。

その正確な位置を魔導士が魔法で強化した目で視認し、それで得た情報をデータ化して指揮官の手元にいつもあるモニターに反映させた。

あと4秒のうちに射程圏内に入る。

4、3……。

アトキンソンが右手を上げる。

2,1……。

上げた右手は振り下ろされた。


 交差する光線。

魔導砲を弾いて煌めくシールド。

圧倒的な物量でアトキンソン艦隊に綻びを作り出そうとする3か国連合艦隊。

右翼でアトキンソン艦隊を釘づけにして。残りの艦隊で側面、背後に回り込もうと試みる。

同数の戦力なら陣形を伸ばして回り込まれるのを阻止できるが、アトキンソン艦隊がそのようなことをすれば陣形が薄くなり、攻勢に耐えられなくなる。

だからといって後退することもできない。


 アトキンソンは一瞬考えたのち、右手で2時の方向を指した。

「2時方向に攻勢に出よ!」

ローランドが麾下の艦隊に命令を伝える。

砲火を苛烈に支持された方角へ叩きつける。

猛攻にたじろいだのか、左翼の艦隊が少し後ろに下がった。

「さらに攻勢にでますか?」

ローランドの問いにアトキンソンは首を横に振った。


 それに続けて右手を10時方向に指した。

先ほどと同じように猛攻に出るアトキンソン艦隊。

この方角にいるのはマックス・ベーレント率いる艦隊である。

「左翼への攻勢をやめてこちらに攻撃を集中か……。火力を一点に集中させてこちらを後退させる。そうやって時間を稼ぐのが敵の狙いだ」

マックスはアトキンソンの狙いを看破してみせた。

「敵の攻勢にうろたえるな! 戦力じゃこっちが上なんだ。やつらの中央に攻撃を集中しろ!」


 火力の奔流がアトキンソン艦隊を襲う。

艦隊中央はその戦力差の違いを味わされてしまった。

陣形に穴を開けられ、そこにベーレント艦隊が突撃を敢行した。

それを援護するように、他の艦隊も攻勢に転じる。

「戦力を散開させて敵の攻勢を分散させましょう!」

ローランドの進言をまたしてもアトキンソンは首を横に振るだけ。

「散開させると火力の密度も減少して反撃が弱くなります。こちらは戦力が少なく、ハールヴダンで消耗しているのでなおさらです」

ハールヴダンで受けた奇襲の被害は、撃沈された艦もさることながら、ひどい損傷を負った艦も多く出している。

「副官の分際でとやかく言うな!」

アトキンソンがローランドの左肩にそっと手を置いた。

「失礼しました」


 そうこうしている内に、状況はどうにもならないものへと転がっていく。

アトキンソンの乗艦の目の前にはニブルヘイム軍の戦艦が主砲を向けてこちらを見ている。

彼は喜びも悲しみも載せたため息をひとつ吐いた。

刹那、禍々しい赤いものが彼を、ローランドを、リリーホワイトも皆を熱く包み込んだ。

後には爆発の花が咲き、鉄くずの花びらを散らすだけ。

何も残さず消えていく。

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