正義の名において

「ホルス人はみんな悪人。同朋は遠いスヴァローグの地で苦しめられているんだ」

私はそのように親や教師から教わった。

やつらはとんでもない鬼畜であると何度も聞いた。

そのような教育を幼少の頃より受けていた為、必然的に反ホルス思想が身についていた。

そして当然のようにCDFに入隊した。

第2期生訓練生としての過程を修了し、第4歩兵師団プリデリに入隊した。


 それからというもの、訓練に明け暮れ、入隊から8年後についに実戦の時が来たのだ。

ミッドガルド、アルフヘイム戦役では後方に予備軍として待機していたが、ホルス侵攻戦、すなわちフィンブルの冬作戦にプリデリが投入されることになった。

攻略目標はラドカーンという都市で、防衛線を正規軍の機甲師団が穴を開ける。

開いた穴を拡大して敵にとどめを刺し、ラドカーンを占領することがプリデリの役目だ。


 初めての実戦だが、2期生という古参の為、CDF少尉の小隊長という肩書を持っている。

「カーライル、怖いか?」

同期のバンフィードが言う。

「劣等民族相手にビビる必要はあるか?」

バンフィードは肩をすくめて笑った。

「まあそうだな。ここを生き残れば小隊長になれるはずだ。お互い健闘しようや。なあ“バッカス・カーライル“中隊長殿”」

気が早い男だと思いつつ、手入れの為に解体した銃を組み立てた。


「トラックに乗れ!」

各員は決められたトラックに乗り込んだ。

ガタガタと揺れながら進みだすトラック。

その前方を自走砲が先行している。


 しばらく進むと、橋が見えてきた。

橋の向こう側には大勢人がいる。

ホルス兵だ。

橋を確保してラドカーン攻略に向かわばければならない。

橋の守備隊は機甲師団と事前に行われた急降下爆撃により戦力を低下させているはずだ。


 トラックが停車し、私たちは降車した。

そして速やかに自走砲の陰に隠れた。

自走砲が動き出した。

それに合わせて私たちも橋を渡る。

後方から迫撃砲が対岸のホルス兵に向けて砲撃している。

土煙の舞う対岸の陣地へと我らは進んでいる。


 煙ったい戦場に着いた時だ。

「散開!」

上官の命令に従って部隊は散った。

ホルス軍の陣地はかなり混乱している。

私は逃げ惑うホルス兵に向けて銃を撃つ。

あっけなく倒れるホルス兵。

なんだ、こんなものか。

初めて戦場で人を殺したというのに、この程度にしか思わなかった。

すぐに他の獲物を探し求める。

そして撃つ。

それだけだ。

所詮は劣等民族か。

そう思うと敵があっけないことにも納得がいった。

このようなあっけない形で初陣を飾ったのであった。


 この日の夜、野営地で少しばかりの酒を飲んだ。

勝利の美酒というやつだ。

それはするりと喉を抜けて、心地よい酔いを味あわせる。

そして睡魔≪ヒュプノス≫の祝福を受けるのであった。


******


「突入せよ!」

命令が下った。

ラドカーン都市部への突入開始だ。

ラドカーンは包囲しており、制空権も確保している。

あとはとどめを刺すだけという格好である。


 小銃を構えて突入する。

爆音と銃声が瓦礫と化したビル街にこだまする。

転がっている瓦礫はバリケードとして利用されている。

私の目の前にいる敵もそうだ。

瓦礫の上から機関銃や小銃が顔をのぞかせている。

うかつに近づけば返り討ちにあう。


 そこで手りゅう弾を使うことにした。

腰に身につけているうちのひとつを手に取り、安全装置を解除していく。

後は栓を抜くだけだ。

曲がり角から敵の様子をうかがう。

機関銃と小銃が弾幕を張っている。

投げる機会をうかがっていると、にわかに弾幕が薄くなった。

機関銃か小銃の弾が切れて弾倉を交換しているのかもしれない。


 投げるならいまだ。

栓を抜いて腕を思い切り振って敵に投げつける。

瓦礫の前をころころと転がり、手りゅう弾の外殻が盛大に散った。

弾幕が消滅した。

「突撃!」

部下とともに瓦礫に近づく。

敵兵はみな体のどこかしらから血を流している。

中には手足がちぎれている者もいる。

わずかに息のある者を見つけると、とどめを刺した。


 担当の区域の制圧が完了したので、通信兵にその旨を伝えさせた。

そして新しい指示が下されたのである。

それは敵が立てこもっている市役所の制圧である。

中には相当数の敵が残っているらしく、増援を求めているそうだ。

空爆で吹き飛ばせばいいと思うかもしれないが、施設は地下にもあるため空爆では殲滅できないのである。

さらに隣には軍需工場があり、市役所が倒壊した場合工場に被害が及ぶので、無事に確保したい軍にとっては困ることなのである。

そこで周りへの被害を抑えるために地上部隊を投入することになったのだ。


「市役所外の敵は掃討済だ。安心して突入してくれ」

中隊長は言うが、外は安全でも中に入ってすぐに敵の攻撃を受けるかもしれない。

とはいえ入らなければ始まらないのは確かだ。

「突撃!」

私は麾下の小隊に命じた。

それと同時に他の小隊も突入していった。

兵士たちが建物内に吸い込まれるように入っていく。

そして散開して周囲に敵がいないか確認する。


「エントランスには敵影なしか……」

ひとまず安心だ。

ここからが問題だ。

地下を攻めるか、上階を攻めるかだ。

上階は5階まであり、地下は2階までだ。

敵はおそらく地下にいるだろう。

上階は爆撃や砲撃で吹き飛ばされる可能性があるからだ。

しかし私の一存では決められない。


「1階は別の部隊が展開する。各小隊は地下に降りろ」

中隊長が無線で命じた。

「地下に降りるぞ!」

緊張が走る。

敵がいるのはわかっている。

しかし規模がわからないのだ。

もしかしたら大規模な部隊がいるのかもしれない。

そう考えると実に恐ろしいのだ。


 階段を下ると、扉があった。

「……カーライル隊とバンフィード隊……地下1階を、他の……は2階を制圧……」

地下にいるため、無線が入りにくくなっているが、命令は十分に理解できる。

「カーライル、俺が扉を開けた瞬間に手りゅう弾を投げ込むから、その後に制圧射撃をしてくれ」

「ああ、了解した」

バンフィードが扉を蹴破り、手りゅう弾を投げ込んだ。

「撃て!」


 アサルトライフルを撃ちながら中に突入した。

煙が舞い上がる中、とにかく撃ちまくるカーライルたち。

叫び声が方々からあがる。

弾倉を空にした頃にはどこからも声があがらない。

煙が晴れるとそこにはホルス軍の軍服に身を包んだ兵士の死体がそこらへんに転がっていた。

念の為、拳銃で死体の山を撃っていく。


「ここは制圧完了だ。下のフロアはどうなっている?」

「制圧完了だ」

下に行った部隊の隊長が無線で言った。

「地上階はすでにおさえている。この地は完全に制圧した。我が軍の勝利だ」

同じく無線で中隊長が勝利宣言をした。

「やったぜ! 俺たちの勝ちだ!」

緊張から解き放たれて、糸が切れた人形のように、銃を構えている腕を力なくおろした。

「撤退だ」

その後、私もバンフィードも中隊長に昇進し、モローズ半島の付け根に当たる都市である、ヴェレス攻略へと向かった。


******


大陸暦339年12月


 私は前線の様子を見に来た大隊長を護衛している。

膠着した戦線に業を煮やした隊長は、自ら前線を視察しに来たのだ。

「なるほど、いろんなところから突然、少数のホルス兵が現れて、こちらに奇襲するのだな」

「はい、家の扉突如開いて、強襲することがしばしばあります」

「状況は理解した。司令部にこのことについて話しておこう」


 そう言って大隊長が戻ろうとしたとき、どこからか銃声が響いた。

距離が近い!

そう感じて銃を構えた私の後ろで、大隊長が膝から崩れ落ちた。

「狙撃手がいるぞ! 大隊長を医者のところまで運べ!」

頭から血を流し、顔を朱に染めた大隊長を、他の兵士が担いでいく。


 私は彼らを護衛しつつ、周囲を警戒した。

敵はもう撃ってこない。

移動したのだろうか。

そんなことを思いつつ、何とか司令部までたどり着いた。


 事の仔細をプリデリの師団長であるエッカート少将に報告した。

「大隊長代理を貴官に任せる」

「了解しました」

短い期間でもう大隊長まで出世してしまった。

どんどん責任が重くなっていく。

重圧に負けないようにしなければ。

そう思い、彼は大隊本部へと帰ろうとした。


 道中、2人の兵士が射撃練習しているのを見た。

私は関心して見ていたが、的を見て思わず絶句してしまった。

的になっているのは磔にされた敵の兵士であるのだ。

的にされた2人のホルス兵の体のいたるところに銃弾が撃ち込まれており、軍服やゲートルはボロボロになっている。

ひとりは目は潰れてただの穴になり、そこからドロドロと赤黒い血が涙のように流れている。

まるで今のホルスの有り様を嘆いているかのように。

もうひとりはもはや顔の原型を失って、元はどのような風貌だったのか、まるで想像がつかない。


「貴様ら、何をしている!」

「射撃練習です」

兵士は何をわけのわからないことを言っているのだろうと言わんばかりの目をしている。

「人を的にするとはどういう了見だ!」

「人ではありません。ゴミを的にしているだけです」


 ここで認識のずれを見た。

私はホルス人を懲罰すべき存在だと思っている。

しかし彼らは、そもそも人として見ていないのだ。

どうかしている。

この者たちは厳しい戦場でのストレスでおかしくなってしまったに違いない。

そのように自分に言い聞かせた。

そうでもしないと自分がどうかしてしまいそうになる。

的にされた兵士がこちらを見つめているような気がして、足早にその場を去った。


******


「まったく、どうかしている!」

バンフィードを前にして、私は怒りをぶちまけた。

誰かに聞いてもらわないと気が済まなかったのだ。

だからわざわざ大隊本部に呼び出して、この親しい友人に聞いてもらっている。

「確かに残虐な行為だ、しかし、彼らはホルス人、仕方ありませんよ」

「お前までそんなことを言うのか!」

「何もせずに彼らは消えてはくれませんから。あ、この後、捕虜の処分をしないといけないので、これにて失礼します」

「私も連れて行け!」

その時、彼は辟易したような顔をした。

「わかりました、車に乗ってください」


 車を走らせること約10分、そこはヴェレス郊外の森に到着した。

森には大勢の人数の捕虜とCDFの隊員がいる。

捕虜は一様に虚ろな目で、スコップを持っている。

「お前ら、スコップで地面を掘れ! 自分が入るぐらいの深さまでだ!」

無表情の捕虜たちは、黙々とひたすら穴を掘り始めた。

地面に恨みでもあるかのようにただただ掘り続ける。

かなりの深さになったところで、突如、銃声が鳴り響いた。

何発も立て続けに捕虜に向けて銃弾が放たれる。

足から力が急に抜けたように崩れ落ち、自らの手で掘った穴に落ちていった。


「なんてこった…」

目の前で繰り広げられる惨劇に、ただ茫然とするしかなかった。

何もかもが遠い事象に思われた。

立場が変わり、恭しい態度で接する戦友、正しいと思っていた戦争で行われる虐殺。

私が求めていたものはこんなものではない。

そうだ、私と思うことが同じで、階級が上の者ならこんな虐殺を止められる。


 その思いが私を師団長のもとへと運んだ。

「戦場での虐殺行為をやめるように厳命してほしいと、そういうことだな?」

「はい」

「しかし、貴官の言う虐殺行為は、こちらでは清掃行為だと考えている。ゴミが散らかって汚いので掃除をしている。わかってくれたかね」

なにを言っているのか私には理解できなかった。

そもそも彼らはホルス人を人として見ていないのだ。

彼らにとってのホルス人とは害虫とさして変わらないということだ。

「貴官はゲリラ対策などで気が休まらず、疲れているのだろう。本国の参謀本部に連絡をして、新しい席を用意するよう、頼んでおく」

師団長の疎ましそうな顔を印象深かった。


 そして私は本国のCDF参謀本部第4課に配属された。

課に配属された隊員は、課長によって各々に振り分けられた計画を具体化して、作戦を立案する。

立案した作戦を課長を通して参謀本部長に提出する。

本部長に採用されると、本部長とともに皇帝陛下(場合によれば国軍参謀長も同席している)に謁見して作戦の内容を説明する。

陛下が採用すれば、作戦は実施段階に移される。


 私は支配地域の住人で構成されたCDFの新しい師団の後方への移送計画の立案を担当した。

新たに創設された師団は全部で8つ。

ミッドガルド、アルフヘイム、ルーン、ルゴス、ムスペルヘイム、ホルスのイルダーナ占領下の在住者、エゲリア王国の諸民族とニブルヘイム・旧トゥオネラ国民で構成された2つの義勇軍をCDFに入隊させて、師団として再編成したものである。

計画を完成させ、課長、作戦本部長をパスし、陛下に謁見する機会を得た。


 忘れもしない、340年3月6日のことだ。

私は作戦案の説明の際に、ホルスでの虐殺のことを伝えることにした。

陛下は戦場での蛮行を存じていない。

栄えあるイルダーナの名誉に泥を塗られていることを知らない。


「……以上が新師団後方移送計画です」

「特に問題は無いように思われる。卿もそう思うだろう?」

今回の作戦は国軍も協力する為、出席していた陸軍総参謀長グレゴリー・バートレット大将に尋ねた。

「問題ありません」

「陛下、お耳に入れておきたいことがございます。」

2人の会話が終わったところを見計らって、私は口を挟んだ。

「東部戦線では、現場の兵士たちのモラルは崩壊しております。平気で捕虜を虐殺しています。戦闘法規にもとる行為で、我が国、民族の栄誉を汚す行為でもあります。どうか、現場の指揮官にそのような行為はやめるよう、通達を出してもらうように、ご指示願います」

陛下が私を見た。

その目はまるで、柔らかいけれど、丈夫なゴムを初めて知ったかのようであった。

「それがどうしたというのだ。貴官は蚊を殺すことをためらうのかね」


 私はその時ようやく理解したのだ。

私とみんなでは、見ている世界が違うのだ。

私はホルス人という民族がいる世界。

みんなはホルス人という害虫がいる世界を見ているのだ。

前提条件が違うのに、話が通じるわけがないのだ。

みんなの前提条件が間違っている!

我らイルダーナ人は、ホルス人を正しい方向へと矯正し、導くことが使命なのだ。

にもかかわらず、彼らはホルス人を滅しようとしている。


 これは間違ったコールマン主義だ。

『覚醒する民族』には、民衆はカリスマ性を備えた英雄的指導者に支配されたいと望んでいるとある。

民衆とはまさにホルス人ではないか!

「陛下! 優秀なイルダーナ人が、凡愚たるホルス人を良き方へと導く、それこそがコールマン主義ではありませんか!」

「貴様ごときに何がわかるか! 失せるがいい!」


 陛下が言い終わるや否や、参謀本部長より先に動いたバートレット大将が、私の腕を掴んで謁見の間から強引に連れ出した。

「自宅に来てもらおう」

私は状況が読めなかった。

なぜバートレット大将の自宅に行くのか、皆目見当がつかない。


 車に乗せられ、走ること約20分、首都タラニスの郊外に森に囲まれた邸宅が姿を現した。

邸宅は、バートレット家が格式ある家ということもあり、立派なレンガ造りの外観に、彫刻が施された噴水を備えた、広大な庭が広がっている。

「降りてくれ」

促されるままに車を降り、応接間に通された。


「単刀直入に聞こう。貴官は陛下、現政権に不満を覚えている。違うか?」

バートレット大将が私を見つめる目は鋭く、こちらの目を背けることを許そうとしない。

「陛下に対して不忠などと考えておりません!」

「では陛下が貴官の意見を一蹴したことはどう思う。きっと失望を覚えたはずだ。なにしろ信じていた人物に裏切られたのだからな」

「べ、別に裏切られたわけでは……」


 私の反論を遮るように大将が発言した。

「貴官の進言を容れなかった陛下は蛮行による信望の低下、それによる支配地域の住民の支持を失い、果ては国民の輿望をも喪失することとなる。貴官はそのような未来を見たいか?」

皺のひとつひとつが私の髪の毛一本一本監視していて、眼光は私を射抜いてしまいそうである。

「見たくありません」

「その心の表れが先ほどの陛下への進言だ。貴官の考えは素晴らしい。あれはこの国を救い、正しいコールマン主義の姿を表している。どうだ、私と共に来ないか? 私にはこの国の未来を変える力も同志もいる」

「何か組織でもあるのですか?」

「ああそうだ。この国を正しき方へと導く同志たちで構成されている。貴官もその同志たるに相応しい人物だ」

「私もぜひその組織に入りたいです!」

「歓迎する」


 大将は席を立ち、手を差し出した。

私も慌てて起立し、その手を握った。

「ようこそ、コールマン主義革命会議へ」

こうして私はブルーノが即位した第1次コールマン主義革命に続く第2次コールマン主義革命運動へと身を投じるのであった。

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